最強の道化師
街一番と評判の料理店マーシウ・イオイは、戸外に張り出し客席を並べたカフェテラスの様式で営業している。
そこで現在、シャルアとフェティは最も人気とされる料理に舌鼓を打っていた。
「おいひぃ、おいしいですねぇ、フェティさん」
シャルアは幸せそうにモグモグと口を動かしてフェティに同意を求める。
彼女の食べている物はミートスパゲッティ。そんな定番料理に感嘆している様子をフェティは理解できなかった。
「まぁ、俺が食べた麺類の中で一番美味いのは認める。だが目尻に涙を浮かべるほどの物だろうか?」
「そりゃ感動もしますよッ。これほど味の濃いソース、生まれて初めてです」
「……それだけの理由か? 報酬に五億イヘカも出せる勇者の末裔なんだから、食事は充実してると思っていたんだがな」
「私の育った地域は人との交流もない、千年の歴史を持つ山奥なんです。食事は必須であっても楽しむ為の娯楽ではありませんでした。空腹で困ったことはありませんが、基本は食材を生かした薄味です。もはや味が完成されすぎてて、飽きていたのですよ、私は。でも此処に来てから、私の舌は翻弄され続けています」
そう言いながらシャルアはテーブルにあった塩や胡椒、ソースの入った瓶を愛おしそうに眺めている。
「調味料に微笑む奴を初めて見た。よほど質素な生活だったようだな?」
「えぇ、そうですね。無い訳ではありませんが、塩でさえ贅沢品でありました。知識はあっても技術は発展しなかったと言いますか。料理上手になるより、魔王を倒す為に強くなることが優先される一族でしたので」
「ほぅ、それはそれで興味深い歴史だな。クンモが生活向上より自己強化に重きを置いた結果、いったいどんな文明が作られているのか気になる学者は多いだろう」
「モグモグ、ゴクン。興味深い、ですか」
フェティの言葉を受けて、シャルアは忙しなく動いた口と手を止めた。
好奇心で目を丸くする子供のような表情で、話し相手に向き合う。
「……じゃ、じゃあフェティさんも知りたいですか? 一族や私の事とか。山が何処にあるかとかは無理ですが、私の睡眠時間や趣味なら教えられますが」
「そうだな。出会った当初は田舎娘だったのに、今では微かに漂う香水を身に付けてしまう順応性の高さは驚嘆に値する」
「うっ。気付きましたか」
フェティの指摘に、シャルアは気不味そうな顔でカラン、と手に持っていたフォークを静かにゆっくりと皿へ置いた。
……そして恥ずかしそうな表情を浮かべ、腰をもじもじと揺らす。
「だ、だって、ギルドと違って着飾った女性が多い店内ではありませんか。こういう、普通の人達が楽しそうに食事をしている場所で、何の洒落っ気もないのは年頃の乙女としましては気後れすると言いますか」
「だが服装は回復術士のままでいる辺り、香水を振りかけるのが精一杯だったのか」
「そ、そうですよぉ。服は親から貰う物でしたから、お店も未だに気後れしますし。この香水だって、道端で商品を宣伝している方が良い匂いだと仰っていたから、勇気を振り絞って買ったモノですし。あ、もしかして不愉快でしたか?」
「別に駄目出ししているわけじゃないんだ。年頃なんだから、そういう風に人生を楽しめば良いと俺は思うがね」
「……そういう言葉自体は嬉しいのですが。同い年なのに私に比べて大人びているフェティさんにフォローされると、少し落ち込みますよぉ。うぅ、ギルドから紹介された人にも気取っていると勘違いされたら、ちょっと立ち直れません」
「ソレは困ったな。魔王退治の前に挫折されては、俺の立場がない」
さてどうやって雰囲気を変えようかと思案していた最中、空気が変わった。
キャアキャア、と。
人通りの多い町中から、女性達による黄色い歓声が響き渡ってくる。
「……あれ、何の騒ぎでしょうか? なにやら楽しそうな賑わいがコッチに近付いてきている気がするのですが」
喧噪のする方を振り向いて、椅子越しから様子を窺うシャルア。
彼女の視線には、塊のような人集りが移動してくるのが確認できた。
女性達は輪のように広がり、中心を囲うように取り巻き蛇を連想させる。
「あ、フェティさん。あの人、私と目が合いましたよ」
そう言ってシャルアが指さす先には、銀髪で褐色肌の美男子が居る。
役者のような派手な格好で胸元を晒し、女性からの好奇な視線に背筋を伸ばす。
彼こそ人の垣根の真ん中に陣取り、騒乱を支配している張本人であった。
「あ、あれ? あの方、こちらに向かって歩いてきていませんか?」
シャルアの指摘は正しい。
ゆっくりとしていた褐色の青年の足取りが、速度を上げて迷うことなくフェティ達の座る席までやって来たのだ。
「……ふぅ。やっと見つけたよ。良い匂いだね、キミ」
辿りついて早々、褐色の青年は口説くような態度で二人に話しかける。
フェティは冷めた視線で迎えるが、シャルアは顔を赤く染めて戸惑った。
「わ。私ですか? や、やはり香水という物は魅力的なアイテムなのですね?」
「違うよ、お前じゃない。むしろ臭いから近付かないでくれる?」
「クサッ⁉」
ショックで固まるシャルア。
年頃の少女を傷付けておきながら、褐色の青年は何の罪悪感も持たずフェティに熱っぽい視線を向けて口を開く。
「魔的だねぇ、この仄暗い洞窟のような体臭。文明的な人里で嗅げるとは思いもしなかったよ、こんな原初で無垢な魔力の気配を」
「何を言っているのか分からんが、喧嘩を売っているのか?」
「いや誤解しないでくれ。むしろ僕は君達の仲間になりに来たのさ」
「ふぇ?」
予想外の言葉を聞いて間抜けな声を上げるシャルア。
だが言葉を出さずともフェティも同じ気持ちに陥っていた。
「……まさか、お前がギルドからの派遣冒険者なのか?」
「そうだとも。僕の名前はゾマク。ゾマク・ラギウル・アヤルツさ。チェトック史上最速のランクAに駆け上がった天才って言えば、この僕さ。以後、よろしく」
そう言いながらゾマクは仰々しい仕草で頭を垂れた。
大勢の観客を背後にして行われたその光景は、まさに役者と呼ぶに相応しい。
いや、きっと道化と言うべきだろう。フェティは冷たい思考でそう呟いた。
「……ゾマク。そうか、お前が俺より先にギルドの特例を認められた男か」
「君も有名人だから会わずとも知っているよ。顔を合わせるのはコレが初めてだけどね」
「そんな状態で良く俺達に気付いたな?」
「指定場所は聞いていたし。なにより回復術士の少女と作業服の少年なんて、此処以外じゃ見当たらなかったさ」
「なるほど」
「まぁ、会えて光栄だよ。共に旅をするなら尚更だ」
そう言いながらゾマクはスッと右手を差し向け、友好を示す。
しかしフェティは握手を交わさない。
「……残念だが、まだそうと決まってはいない。今後の方針は、お前が侮辱した依頼主の意思次第だからだ」
指摘を受けて、ゾマクは石化したまま動かないシャルアに目を向けた。
当初の視線はまるで汚物を見るようであったが、すぐに切り替わる。
彼は演者なのだ。だから、罪悪感に満ちた表情でシャルアに接する事が出来た。
「あぁ、君がクンモの一族か。道理で神聖な雰囲気があるわけだ。いや先程は無礼な態度をして大変すまなかった。謝罪するから、どうか許して欲しい」
「あ、いえいえ。私の方も香水が苦手な方とは露知らず、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
なにごとかと衆人が注目する中、お互いが頭を下げる。
余計な騒ぎを嫌ったフェティはパンパンと手を叩いて早期終結を図った。
「秘密裏に遂行すべき任務がコレじゃ台無しだ。場所を変えるぞ、二人とも」
「え? 待ってください、まだ食事の途中ですよ」
「またの機会にすれば良い」
「その必要はないさ」
「なに?」
「せっかくだし、ここでボクの得意技を披露しようか」
そう言うとゾマクはパチンと指を鳴らす。
すると彼を囲い集まっていた女性達は、まるで蜘蛛の子を散らすように町中へと姿を消していく。
「え? あれ?」
去って行く人々に会わせ、シャルアがキョロキョロと首を左右に振る。
彼女たちは既に、フェティ達どころかゾマクさえ見ていない。
一方、フェティは感心しながらゾマクに声を掛けた
「魅惑の魔術か。まさか、町中で使う酔狂が居るとはな」
「ご明察だよ。少しでもボクに好意を向けて、なおかつ魔力の抵抗が弱ければ人捜しの手伝いをしてくれるんだ。便利だろう?」
自慢そうに語りながらゾマクは再びパチン、と指を鳴らす。
今度は料理屋に居た人々も、至って普通の様子で食事を再開した。
……今度は魅惑ではなく催眠効果が発動している。
「詠唱無しで魔法の行使をしているのか? まるで魔物だな」
「まぁこれは秘伝の技さ。攻撃魔法や回復魔法も取得しているけれど、精神操作や肉体操作を得意としているからね。どう、依頼者さん。ボクを雇うかい?」
「……操作系ですか。たしかに便利そうですが、個人の強さではありません。むしろ
大勢を操る事で地位を得ていたのなら、混成魔王討伐との相性は最悪ですし」
「ふーん。簡単に入れないなんて、燃えるねぇ。なら腕試しをさせてくれよ」
「う、腕試しですか?」
「あぁ。魔王復活の前に試練を乗り越えなきゃ行けないと聞いたよ。そこまでボクを同行させてくれよ」
「あ、危ないのですよ? 死んでしまうかも知れません」
「おいおいおい、僕はAランクだよ? 最強の僕が達成できない試練なんてないさ」
「うぅ、そこまで力強く仰れると断りにくいですが」
自信満々に語るゾマクにシャルアは丸め込まれつつあった。
フェティは介入しないまま周囲に会わせて食事に戻っている。
……そして食べ終わる頃。
「んじゃ改めてよろしくね」
勝ち誇った顔の褐色の青年はフェティ達と同席する。
……こうして、混成魔王討伐の三人パーティーが完成した。




