依頼成立
――シャルアが提示した成功報酬、五億イヘカは巨額と言えた。
紛れもなくギルド・チェトック史上、最高額の報奨金である。
その受取人になり得るフェティは意外なことに、冷静な態度で頷いた。
「……五億か。クンモの一族の本気っぷりが窺えるな。いよいよもって混成魔王の復活は避けられない事態って訳か。面倒なことだ」
溜息混じりに窓の外を見るフェティを見て、フロンは我に返る。
顧客に動揺を見せた失態を恥じて、二人に対し頭を下げた。
「少々、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえいえ。お気になさらず。どうぞ頭を上げてください」
「ありがとうございます。しかし五億イヘカが巨額なのは事実。証拠金などの提示が必要となりますが、現在の持参金はどれくらいですか?」
フロンは改めてシャルアを観察する。
その可愛らしい容姿はともかく、服装は至って普通の神官服だ。大量の金貨を所持している様子は見受けられない。
「御安心ください。保護者から、ソレに関しての信書を頂いておりますので」
そう言うとシャルアは小さな手提げ鞄から、一枚の封筒を取り出した。
上質な白紙に、赤い封蝋がされたソレを、フロンに手渡す。
そして有能な受付係は、開ける前からその信書の異様さに気付く。
「……あの、これ。封筒にされた印璽が、宰相閣下の家紋なんですが」
「それは私がお世話になっているおじさまの物です。陰ながら協力するという意味で押してくださいました」
「……へぇ、後ろ盾が国家の要職に就かれる方なんですね」
そう言いながら若干、開封する指が震えていることをフロンは自覚する。
政府の中枢が関わっているとなれば、想定以上の大仕事だ。
そんな疑念が、中身を読んで確信に変わった。
「……ふぅ、なるほど。これは少し厄介な事態ですね」
「あ、あれ? お金が支払われないとかですか?」
「いえ。五億イヘカの保証は問題ないと認めます。ですが、その」
「――大方、宰相から今回の件で釘を刺す文言でも書いてあったんでしょう?」
言いづらそうに濁すフロンの代わりに、フェティが正解を口にする。
オブラートに包む必要がなくなったことで、フロンは頷きながら話し始めた。
「今回の依頼に関する全ての行動はシャルアさん主導で進め、なおかつ起きた事象は例外なく秘密裏に処理する事をギルド側に指示しています。実質的には、命令書ですね」
そう言いながらフロンは少し気の毒そうに依頼主を見る。
同情されている事にシャルアも気付くが、理屈が分からずに首を傾げた。
二人の心情を正しく読み取ったフェティだけが、溜息混じりに口を開く。
「裏で協力はしても、表立って国が動く気は無い訳か。大金は口止め料の意味合いもあるんだろうな。シャルア、お前はソレで構わないのか?」
「はへ? それは一体、どういう意味ですか?」
「この件は失敗すれば全てお前の責任、成功しても無かったこと扱いされる。お前の持ってきた封書は、お前を助ける物じゃない。権力者が都合よく利用する為に用意した小道具に過ぎない。……クンモの一族が雲隠れするわけだ。英雄も政治には敵わんか」
などと呟きつつ、フェティは未だに付けている真実の腕輪をジッと見る。
クンモの家宝と言われるこの道具は、なるほど確かに重要な財産だ。
「権謀術数の世界で嘘を見破れるのは確かに最強の武器となる。お前の家族は権力者の悪意から守れるよう、これを渡したのかも知れん」
「えーと。何だかフェティさんの視線から、まるで両親のような温かい視線を感じるのですが、もしかして私のことを心配されてます?」
「少なくとも、今までの誰よりも不安に感じる依頼主だ」
「うぅ、否定は出来ません。でも知っておいて欲しいのですが、おじさまの思惑は全て了承済みです。それでも私は混成魔王を倒す道を選びました」
背筋を伸ばし、覚悟した顔でフェティを見る。
一族の将来や自分の今後を真剣に考えなければ、作る事の出来ない表情だ。
フェティは、そういう顔をする少女に共感してしまう性格だった。
「そうか、少し見直した。実力は知らんが、その気力は勇者に相応しいじゃないか」
「私の事よりもフェティさんはよろしいのでしょうか。冒険者の方は名声や実績が重要だと聞きました。今回の依頼で報酬は得られても、依頼達成の認定はされないかも知れませんけれど?」
「あぁ平気だ。むしろ、俺にとっては有利な状況といえる」
「そうなんですか?」
「世間に知られずとも、権力の高い政治家連中は事の動向を把握するのは間違いない。成功すれば、国に恩を売れるようなものだからな。そうなれば、俺の目標を一気に進められるというものだ」
「目標、ですか。それは一体どのようなものなんですか?」
「そう言う機会に恵まれたら教えるさ。今は依頼の成立を優先したい。フロンさん。ギルドはこの依頼をどう処理するつもりなのか聞きたいんですが?」
「安心してください、たとえ秘密裏であっても依頼の成立は認めます。ですが、私個人の提案を聞いて頂けますか」
「提案?」
「ギルド、いえ私が推薦するAランク冒険者を同行させて頂きたいのです」
そう口にするフロンは真剣な目付きで二人を見据え、笑顔が消えている。
対処が分からずシャルアは戸惑うが、フェティは大方の察しが付いていた。
「……三人まで行ける遺跡に、チェトックの都合を介入させると?」
「はい。国に恩を売りたいのはフェティくんだけではないと言うことです。この依頼は絶対に成功して欲しいと判断しました。ですが、依頼主の意志を無碍には出来ません。なのでシャルアさんが了承してくれるのなら、という希望ですが」
「……本人次第、か。だったら俺も口出しできないな」
どうやら、世間知らずの少女を丸め込むつもりはないらしい。
そう判断したフェティは口を噤み、シャルアの意志に委ねた。
「あの。その方は、フェティさんより強いのでしょうか?」
「……当ギルドで最強の存在だと思います」
「さ、最強ですか。それは頼もしいですね」
「興味を持って頂けたのなら、せめて顔合わせだけでもお願いします。この街にある、マーシウ・イオイという料理店を知っていますか?」
「いいえ、私は知りません。なにぶん、上京したてなので」
「俺は聞いたことがある。何でもこの街で一番人気の食事処だと」
「まぁ、ソレは素敵ですねッ」
シャルアがここ一番の反応を見せた。依頼成立よりも嬉しそうな顔だ。
予想以上の食い付きっぷりに頬を緩ませてフロンは語る。
「えぇ、三人分の予約を取っておきましょう。そこで食事をしながらの会話、というか面接をしてください。了承さえしてくれれば、後の調整は私が処理しておきます」
「えーと、うーんと」
言葉に詰まるシャルア。
答えが出せないと言うよりは、自分に遠慮した態度を感じフェティは首を捻る。
「どうかしたのか? 先程から俺の方をチラチラ見ているが」
「あの、フェティさんはどう思いますか。この話について」
「話が怪しいと思うなら、俺に聞くより真実の腕輪で裁定する方が早いぞ」
「うっ。そ、それはフロンさんに失礼すぎます。私だって、人付き合いの何たるかくらい心得ています。ただ、フェティさんの報酬が減るかも知れないことなので」
「なるほど。そういう配慮を依頼主からされるとは想定してなかった」
戦力の増員に関してフェティに口を挟む権利はないのだが、シャルアなりの気遣いは素直に喜ばしいと感じた。ゆえに親切には誠意で答える。
「まぁギルドが推薦する相手が弱いわけがない。ましてやランクA。会って損は無いだろう。だが、決めるのはシャルアの役目だ。俺は御依頼主の意向に従うさ」
「そうですか。では会ってみようかと思います。何しろ、最強ですし。美味しい料理の予約までされては断る理由がありません」
「……あぁ、俺でもそう選択するだろうな。賢明な判断だと思う」
「は、はいッ」
ようやくシャルアの表情が明るくなった。
誰も損をしない契約成立に対し、フロンも上機嫌に口を開く。
「えぇ。では、そういう流れで段取らせて頂きますね。お疲れ様でした。早速の事で大変恐縮ですが、これから事務手続きに移行しますので、一階までお越しください」
「……やれやれ。受付は構わないが、酒場の連中が面倒だな。好奇な視線に晒されるのは避けられんだろうし」
「あ、そういえば私、ここに来るとき依頼内容を大声で喋っていました。あれってもしかして情報漏洩という物に抵触するのではないでしょうか?」
「御安心を。あの場に居た方の顔と名前は全て把握しておりますので。事後処理は全て当ギルドの職員にお任せください」
「え?」
「安心して、くださいね?」
「あ、はい」
大人しく頷くシャルア。
だがそれはフロンの強気なビジネススマイルを見て、初めて目の前に居る女性が怖いと思ったからなのだった。




