混成魔王イムラス
ギルドの二階にある客間のコンセプトは豪華すぎず、質素すぎず。
椅子や窓枠、壁にある絵画も全て百万イヘカ程で購入できる品質で彩られていた。
そんなインテリアに囲まれた空間で、三人による調整会議が開かれた。
「混成魔王は、あらゆる生物を取り込んで成長する個体だ。しかも並大抵の攻撃では無効化される身体能力もある。大勢で挑めばその分、混成魔王の餌食となって戦いが不利になる。味方の数だけ、危険が増す。ゆえに高い攻撃力を有した少数精鋭で挑む事が最適解と言われている訳だが」
木製の円卓に腰を落ち着かせながら、フェティは同様に座る二人に向け説明する。
フロンは勉学に勤しむ学生のように耳を立てているが、シャルアは緊張感無く少し浮かれた様子で話に加わった。
「まぁ、よく御存知で。我が家に伝わる混成魔王討伐戦術でも、同じ結論を導き出しています。しかし一族で討伐基準値を超えた者は私だけ。だからこそ、町に降りて混成魔王に対抗できる方を探していたんです。そして、貴方を見つけましたッ」
念願が叶ったと言わずとも、キラキラと輝く瞳がシャルアの心情を表していた。
対照的に、フェティの顔は暗雲の相を見せる。
「どうやって俺を見つけたって言うんだ。こっちはお前の正体も知らなかったのに」
「お忘れですか? 私、五日ほど前に貴方と出会っているのですが」
「ん?」
「ほら、あのキラーアント達に襲われていた時ですよ。あのパーティーに私も参加しておりましたので」
「……あのDランクの依頼か。そういえば、こんな格好をした女も居たな」
「そうです。あの時の戦いを見て、私は貴方の実力を理解しました。コレは是非にでも仲間にしておきたいと思い、ギルドに来訪したら連絡して欲しいとお願いしました」
「ふーん、一応だが辻褄は合うのか。しかしそんな前から因縁があったとはね」
本のページを捲り直すように、フェティは過去を思い出す。
なるほど、とフェティは頷き、シャルアは相槌を打つ。しかしただ一人、腑に落ちない様子のフロンが口を開いた。
「……Dランク相当の冒険者が、魔王退治ですか」
「あ」
フェティの目が点になる。シャルアはキョトンとしている。
固まった少年を前にし、フロンは無理もないと溜息混じりに調整に乗り出した。
「私自身は混成魔王という存在に詳しくありませんが、伝説になるほどの存在と関わるならばAランク以上の難易度を設けるべきだと提案しますが」
「あ、あれ? もしかして難易度の設定ってギルド主導なんですか?」
依頼を断られるかも、と慌てるシャルア。
そんな顧客の不安に対し、フロンは笑顔を作って安心させる。
「いいえ。依頼のランクは依頼者の希望に添って登録することが原則です。ですが高難易度と想定できる依頼は、Aランク以上の冒険者への依頼を勧めさせて頂きます」
「……でもAランクでソロプレイヤーさん、少ないですし。混成魔王の遺跡を多くの人目に晒すのは危険なんです。フェティさんみたいに個人的能力が高くないと、混成魔王の遺跡にある試練に耐えられません」
「試練? そんなものまであるんですか」
「魔王を利用しようとする勢力に対抗する為、とても強い罠や魔物を配置しているんですよ。ここら一帯に三つほど。同時に、それらを乗り越えなければ魔王討伐の資格無しと見なされるわけです。ちなみに、人数に頼った戦法は絶対に通じません。一族の以外の者が一定数いると認識できなくなる魔法があるからです」
「……なるほど。つまり大勢だと遺跡には辿り着けない仕組みがあると?」
「えぇ、そうなのです。最大戦力は三人までと決まっているのです」
「うーん。それは困りましたね。上級冒険者ほど効率よく戦う傾向がありますし、協力して依頼を受けるのは今の時代の流行ですし。単独行動を好む上級冒険者はボッチのフェティくん以外、このギルドではあと一人くらいなものです」
「で、では私の希望通りの展開と言う事ですか?」
「そうですねぇ。難易度の不当な設定と判断すれば受理されませんが、フェティくん案件なら許容範囲と言えますかね。本人も名声や実績を欲しがっていましたし」
「つまり、フェティさんの返事次第と言う事ですね」
光明が差したかのように、シャルアの表情が喜びに輝く。
だが、当事者たるフェティは暗澹たる感情を隠さないでいた。
「いやまて。受ける前に常識的疑問だ。そもそもなんで魔王退治に挑む奴が、明かな下位ランクの依頼を受けているんだ?」
「えーと。ランクは問わないので、ちょうど回復役が欲しいと言われまして。私としても魔王退治をする前に、ダンジョンについて知りたいなと思いまして」
「加入するときに、どんな魔法が使えるか聞かれるはずだが」
「補助魔法を扱えるとは言いましたが、それを回復魔法も含まれると相手方が認識していたらしいのです。悲しい誤解でした」
「くそが、何だその失態は。即席の下級ランク冒険者パーティーかよ。情報の共有は死活問題だと頭に入れておけ」
「反省してます。でも許してください。なにぶん。田舎からやって来たもので」
命の危険さえあったのに、天気の話でもしているかのような気軽さだ。
これに魔王を倒し得る強さがあるなどと、フェティは納得できない。
「回復が出来ないのは、まぁよい。だが戦闘能力に不安があるのは大問題だ。キメラアントに追い詰められていた時点で、混成魔王は無謀な挑戦だぞ」
「私、虫が苦手でしたので。でもいざとなれば、戦っていましたよ?」
座りながらシャドーボクシングをする少女を見て、フェティは頭を抱える。
勇者の末裔ではなく、アホの子と接している気分に陥っているのだ。
「こんな適当な奴が、本当に混成魔王をどうにか出来るのか?」
「何を言っているのですか。だからこそ、私は貴方のようなしっかり者に協力して欲しいのです」
「……少しは否定しろよ。むしろ俺が戸惑うだろうが」
「私としても見捨てられたくないので、必死に食い下がるしか無いのですッ」
「おい、開き直るな。なにより卑怯だぞ、その言い方は」
そう言いながらも拒絶反応は無い。フェティは押しに弱い性格だった。
しかも悪意も無く頼られると断れず、世話焼き気質でもある。
だからきっと、シャルアが勇者の末裔とは関係なく、ソレは運命だったのだ。
「まぁ、仕方ない。乗りかかった船だ、シャルア・マーツ・クンモ」
「は、はい。なんでしょう」
「混成魔王の眠る遺跡への同行、承った。道中の世話係と考えれば、まぁ気楽だ」
「ど、同行だけですか。あの、出来ることなら魔王とか、その」
「……管理人にとって依頼の達成は最優先事項でな。その障害になるなら、多少の戦闘も行うときがある。魔王だろうと、その範疇だ」
「と、言う事は?」
「依頼達成の証明サインを貰うまでは、お前の用事に付き合うこともあるだろうさ」
「まぁ、ありがとうございますッ」
シャルアは感動した様子を露わにしながらフェティと握手する。
ゴツゴツした武具が少し痛い事は黙ったまま、少年は為すがままになっていた。
だがこれで完了というわけでは無い。その為にフロンが居るのだ。
「両人の合意は構わないのですが、報酬の提示額はいかほどでしょうか?」
そう、これはギルドを挟んだ仕事の依頼だ。
つまるところ善意で解決するのでは無く、金銭が発生するのである。
「あ、あのー。それっていくらほどかかるのでしょうか?」
現実に戻ってきたのか、少し戸惑った様子でシャルアは尋ねた。
迷える子羊を連想させる態度に、フロンは穏やかで優しい声色を使った。
「Bランクの依頼登録料は、一万イヘカ。それとは別に、成功報酬金の提示をお願いしていますね。こちらに規定の額はありませんが、慣例的に言って最低百万イヘカ以上の予算が無ければ上級冒険者からは相手にされません。忘れられつつあるとは言え、魔王関連とくれば数倍の費用が要求されても不思議はないかと」
……と、ニッコリ笑顔で良心的な説明を心がけた。
実際、適正な相場なので決して暴利では無いが温情もない。
その打算の無さにフェティは閉口し、シャルアは驚きで口を大きく開ける。
「まぁ、お安いですねッ」
意外そうに目を丸くするフロン。
勇者の末裔ならば払えると思っていたが、少しも怯まない事に驚いたのだ。
「まさか安いという返事が来るとは予想外でした。ではシャルアさんは、どれほどの用意があるのでしょうか?」
「とりあえず予算限度額は五億イヘカです。依頼達成時には全て差し上げます」
「ごッ」
復唱はそこで途切れた。フロンの表情が笑顔のまま停止したのだ。




