腕輪よ、裁定せよ
話し合う為、フェティとシャルアは受付カウンター備え付けの椅子に座った。
二人を見守るように、机を挟む形でフロンが直立したまま聞き耳を立てる。
ギルドは盛況だが、バリアがあるかのように三人の側に誰も近付かない。
「……初歩的な疑問だ。そもそもなんで、混成魔王が封印されている遺跡に用事があるんだ? 千年前に倒されて以来、ただの一度も姿を現すことが無い。もはや名前だって忘れられつつある存在なのに」
そう言いながら、フェティはフロンの顔色をチラリと窺う。
彼女はニコリと笑顔で返す。混成魔王という存在に怯えてる様子は欠片も無い。伝説が遥か過去に置き去りにされている証拠と言えた。
「駄目ですよ、その油断が命取りなんですッ」
真横に座るシャルアが、犬が餌に食い付くような勢いでフェティに接近する。
しかも小さくて柔らかい両手で肩を掴むと、母親が子供に言い聞かせるような目線で口を開いた。
「簡潔に言えば、混成魔王の封印が破れる時期が来ているのです。人々から恐怖が消えつつある時代に、大きな抵抗をされる前に、あの混成魔王は邪悪な波動を世界にもたらそうと眠りから目覚めようとしているのですッ」
「……必死なのは分かったよ、でも顔が近い。恥ずかしいから、少し離れてくれ」
「あ、すみません」
パッとシャルアが手を離し、両者ともに赤面させながら一定の距離は保たれた。
ほんの少し訪れる、気まずい雰囲気。
冷静を取り戻したのか、シャルアは身体をもじもじさせながら俯いて呟く。
「あの、取り乱してしまったのは申し訳ございません。でも私としましては、どうしても貴方に協力して貰いたい一心でして。もちろん騙す気も無いですし」
「別に謝罪は要らない。その話自体も、全て作り話だと思わない。なにしろ本物のスマッシュ・ナックルだろ、それ。千年前の勇者が装備していた伝説の武器だ」
そう言いながら今度はフェティがシャルアに近付いて、その指を触る。
ひんやりと冷たくゴツゴツと固い。乙女の柔肌は、そんな金属に覆われていた。
使い手を守るのではなく、敵を殴殺する為に設計された凶器である。
「うん、やっぱり本物だ。問題は、どうして浄化や補助魔法が得意な回復術士の格好した女子がこんな格闘武器を装備しているかという疑問が出てくるわけだが」
「何故も何も、スマッシュ・ナックルは我が一族に伝わる家宝ですから。私以外に扱える者が居ないだけです」
「……家宝? 待て待て。それじゃあ、一族って言うのはまさか、クンモか?」
「はい。クンモは私の一族の家名ですが、よく御存知ですね?」
「――――」
シャルアの言葉を聞いた瞬間、フェティの顔が凍った。
そして何故か、親の仇と相対したかのような視線を相手に向ける。
だがその意図に気づけず、首を傾げたままシャルアは笑顔で返した。
「申し遅れましたが、私の名はシャルア・マーツ・クンモと申します。千年前に混成魔王を倒した勇者の末裔です。どうぞ、私のことはシャルアとお呼びください」
「シャルア、ね。まさか勇者の末裔と、こんな所で出会うとは。混成魔王と同様、伝説に語り継がれる存在だと思っていたよ」
「一応、私がこういう場に名乗り出るのは特例ではあります。ですが一族の悲願を果たす為に、下山してきました」
「下山?」
「一族のほとんどが、山奥に住んでいますので。私自身、こうやって町に住むようになったのは十日前からなのです」
「…………」
フェティは少し考え込むように目を瞑る。
沈黙は五秒ほどだった。目を開くと、落ち着きを取り戻した様子で口を開く。
「なるほど。表舞台から忽然と姿を消して久しいし、てっきり滅びたのかと思っていたけど、クンモ一族は隠匿生活をしていたのか」
「この国の政府や王家と交わした約定なのです。場所は秘密ですが、世間に干渉されない自治領を頂き、その見返りに私達は名声と権力を捨てました」
「ふーん。一説には国外に渡ったと言われていたが、知られざる歴史の謎が明らかになったな。郷土研究家が聞けば喜びそうだ」
ほんの少し、その声色には拗ねている感情が含まれていた。
普段は冷静沈着なフェティの珍しい対応の仕方に興味が湧いたフロンは、つい二人の会話に割って入る。
「さっきから聞いていると、随分とクンモっていう一族に詳しいのねぇ。もしかしてフェティくん、今回の依頼者に深い因縁を持つ間柄だったりするの?」
「……違います。ただ、クンモや混成魔王の情報は他の人間より詳しいでしょうね」
「へぇ、どうして?」
「彼女ほどじゃないですが、俺の一族は古代から続く魔術師の家系ですから。この国の歴史資料は大量に収集されていて、クンモ一族と混成魔王についても基本的教養として習得済みですよ。特に混成魔王と言えば、人工的に作られた使い魔が暴走して産まれた怪物ですからね。研究対象にしている魔術師は多いんです」
「ふむふむ、研究対象ね。じゃあ今回の依頼はかなり興味深い話なんじゃない?」
「……彼女の言い分が全て本当ならば、確かに。魔術を囓って身としては、気になる事は否定しません。けど眉唾な点もあるので素直に聞くのは危険です」
「わ、私は怪しいことなど一言も述べていませんッ」
感情が高ぶったシャルアはガタン、と椅子を揺らして立ち上がる。
そして宥めようとするフェティに気付かないまま、自分が持参してきた肩掛け鞄を開けるとガサゴソ何かを探し出してソレを取り出した。
「信用できないというなら是非、これをお使いください」
「……なんだ、それは?」
「実家の両親から頂きました、家宝の一つです」
「ほう」
シャルアが取り出したアイテムを訝しそうに目を細めるフェティ。
彼女が握っているのは、小さな割れ目が文様のように刻まれた茶色の腕輪である。
「これは真実の腕輪というマジックアイテムだそうです。その効果は嘘を見破り本当のこと以外は認めないという、交渉術において最強の武器であると聞きます」
「膨大な魔力は感じる。だけど真実をどうやって見分けるんだ?」
「アイテムを腕に装備し、『腕輪よ、裁定せよ』と唱えた後に誰かに質問をすると、本当なら青く光って、嘘なら赤く光ると聞きました」
「面白い。じゃあ少し貸して貰おうか」
「はい、どうぞッ」
家宝と言いつつ、シャルアは悩まず無警戒で腕輪を差し出す。
シャルアから受け取ったフェティは早速、装着して口を開いた。
「さて、と。『腕輪よ、裁定せよ』ね。フロンさんは、俺のことを良い金蔓だと思っていますか?」
「え?」
喧噪だった店内が一瞬、静寂に包まれた。
意表を突かれたフロンはパチクリと瞬きをするが、すぐさま笑顔を取り戻してニッコリと返答する。
「いいえ、まさか。まったく酷い質問をしますね、フェティくんは」
ピカーッと腕輪が光り、店内が火事になったかのように真紅へと染まる。
おおう、という驚愕のどよめき。しかしフロンが真顔になっている事に気付いて観客達はすぐ口を閉じた。
「なるほどね。確かにコレは本物だ」
気不味い雰囲気が漂う中、フェティは腕輪の効果は正しいと理解する。
彼に感情の乱れは無い。周囲など構わず、チラリと本命に目を移す。
事情の分からず首を傾げているシャルアと向かい合い、再び口を開いた。
「『腕輪よ、裁定せよ』。シャルアの言っている内容は真実なのか」
「あ、酷いですね。私は五歳から嘘を吐いた事なんて無いです。これからだって、その気はありません」
憤慨するシャルアに裁定が下る。
腕輪は、炎上する店内を鎮火させるように蒼く色を変えて点灯した。
「ほら、見てください。私の言葉に偽りなどありません」
「まぁそうだろうな」
「はへ?」
「でも一応、ギルドに納得して貰う為には、こういうやり取りは必要なんだよ」
「あの、それはいったい、どういう意味ですか?」
その質問にフェティは答えない。
ただ、何事も無かったかのようにフロンに顔を向けて話しかけた。
「今回の依頼は、極めて重要で慎重を要する案件でしょう。出来ることなら、ギルドの二階で話を進めたいのですが」
チェトックの二階部分は特別応接室のみ用意されている。
そこは依頼受付カウンター兼酒場とは違い、特権階級を有する客のみに許された待遇が与えられていた。
「……そうですね。ここでは何かと都合が悪いですし、密室の方が安全です。調整役として私も同行しましょう。こちらです」
「えぇ、お願いします」
そう言ってフェティは席を立つと、フロンが先導する二階へ向かう。
事情を飲み込めず座ったままのシャルアに対しても、振り返り促した。
「お前も早く来い、シャルア・マーツ・クンモ。依頼主が居ないと話が進まない」
「依頼主? あ、では受けて頂けると言う事ですかッ」
「いや保留。それを決める為にも、二階に行かなければならない」
「わ、分かりました。すぐに向かいます」
飼い主にすり寄る犬みたいな勢いでシャルアは階段を駆け上る。
その頃にはフェティとフロンは特別室の扉へ辿り着いていた。
シャルアも追いつきドアを開ける直前、フロンが申し訳なさそうに口を開く。
「あの、フェティくん」
「なんです?」
「さっきの金蔓云々というやり取り、どうか忘れて欲しいのですけれど。私、フェティくんとは末永く友好的な関係を築きたいと思っているので」
「もちろん、構いませんよ。『腕輪よ、裁定せよ』。俺は別に、自分の事を被害者だとは思っていないですから」
ピカーっと腕輪が光る。
周囲は、青空のように澄んだ輝きが広がった。




