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カモにされている男

 カランコロン、とドアに備え付けられたベルが鳴った。

 開かれた扉は客入りと理解する店員は、笑顔で迎え入れる。


「ようこそ、冒険者ギルド・チェトックへ」


 ギルド・チェトック。エアとよばれる町に一つだけある冒険者組合だ。

 平均的な民家五つ分ある広さを誇る店内は、居酒屋も兼ねたカウンターがある。

 いくつかの木製円卓を潜り抜け先には、酒棚を背景に女性が座っていた。


「あら、フェティくん。依頼の準備支度かしら? 何か買ってく?」

「……いえ。既に済ませました。受け取りサイン貰ったので、照合を願います」

「うそ。もうBランクを完了したの? もう少し掛かると思ったのに」


 銀、いや灰色の髪を宿した女性がフェティの顔を見ながら首を傾げた。

 Bランクといえば危険な仕事であり、複数人で達成すべき難易度である。

 並の冒険者では不可能に近い。少年が単身で達成すれば不思議がるのも当然だ。


「たしか依頼者からの届け先は魔族領に位置する暗黒山脈近くの魔窟でしょ? 辿り着くだけで三日は必要だったのに僅か二日で済ませたなんて、まったく一体どんな魔法を使ったのかしら」

「気合いで終わらせました。今までが下級依頼ばかりでしたからね。これからは中級冒険者や上級冒険者達の依頼が欲しいので、仕事が早いところを見せないと」


 そう言いながらフェティは懐からサインの綴られた用紙を渡す。

 灰色髪の女性が素手で触れると、まるでランプのように紙が輝いた。

 本人確認が証明された事を示す橙色の光明だ。


「うん、本物ね。凄い有望株だわ。登録から半年未満でBランク級の依頼達成は当ギルドで史上二人目の快挙よ」

「俺はAランクでも歓迎ですよ。高難度であれば、資金やコネも集まるので」

「うわぁ、随分と気軽に言ってくれるなぁ。Aランクは上級者の最高峰なんだけど」

「……生意気と思われても言うしかないですよ。まさかBランクになっても下級依頼しか来ないとは想定外です。嘗められない為にも、Aランク達成は必要なんです」


 苦虫を噛み潰したような表情でフェティは愚痴る。

 冒険者というのは上昇志向が強い。それゆえに、新参者が順調に成り上がったら嫌われるという仕組みを十六歳の少年は受け入れられずにいた。


「まぁフェティくんは社交性の無いボッチですから、余計に美味しい依頼が舞い込まないという要素があると思うけれど」

「そこは余計なお世話ですよ。仲間は必要ない、一人が良いんです」

「……人付き合い無くして仕事はありませんよ?」

「一流冒険者の代表格であるAランクになれば、きっと仕事の方からやって来ます。だからこそ俺は昇級したいのですが」

「でもまだ上位難易度は一つしか受けていないでしょう? このままAランクの依頼を解禁となると、歴代最速の異例を作ることになるもの」

「良いじゃないですか、歴代最速。宣伝になります。是非、やって欲しいですよ」

「特例って反響もあれば反発も多いから、調整するの大変なのよ。つい最近、それを経験したからこそ言える苦労話なんだけど」

「でも不可能では無いんでしょう? フロンさんの手腕というか、立場に逆らえる人は居ないと思いますが」 


 フェティにそう言われた女性、フロン・チェトックは町の権力者と言えた。

 冒険者ギルドを管理運営するチェトック商会の令嬢でありながら、受付役と看板娘を務めている町の有名人にして人気者である。


「父親がギルド長してるからって、規則や伝統を私物化できる訳じゃないのよねえ。せめて規定の半分、Bランクの依頼を達成したら選考対象にしておこうかしら」


クスクス笑いながら伝えた内容でも、充分に特別扱いである。

 口伝されずとも、店内で酒を飲んでいた冒険者達のフェティを睨み付ける視線がそう語っているのだ。


「フロンさんがそう言うなら、仕方ないですね。では早速、Bランク相当の依頼を受けたい所なんですが」

「うーん、残念。Bランク級の迷宮依頼は入っていないのよ。やっぱり新規事業って知名度も低いし様子見する人も多くてね。まぁ、なにより」


 一端、言葉を切ってフロンは受付机に備えられた引き出しに触れた。

 ソコに入れられた紙の中から、的確にフェティ専用の仕事書類を手にする。

 そしてフェティの報酬依頼の手続きをしながら、再び会話に戻った。


「上級冒険者ほど、腕に自信があるものね。難しい依頼を見知らぬ誰かに手伝って貰うなんて状況、プライドが許さないって人は多いのよ。報酬の分け前にも関わるし。冒険者じゃない人からの依頼も、実績がなければ舞い込まないし」

「分かっていますよ。でも小さな仕事ばかりなのは、嫌ですね。前人未踏の迷宮なんて今では少数、有名所ほど攻略法が確立している以上、仕方のないことですが」

「ダンジョンに拘らないのなら、護衛や魔物退治とかなら幾つか見繕えるけれど。フェティくんの実力なら、戦闘力を買われてすぐに依頼殺到するわ」

「いえ、ダンジョン内部でのトラブル解決以外は断ります」

「……選り好みしなければ、ランクは上がるわよ?」

「ただ、ランクを上げる意味なんて無いんです。俺はダンジョン内部の『何でも屋』として名を上げたいのであって、冒険者としての地位も正直、興味は無いので」


 その発言の直後、室内の温度が他の冒険者達の憤怒によって上昇した。

 無言の圧力で済んでいるのは、大事になればギルドの迷惑になるからだ。

 フェティは場の空気が読めない。ここで冷静な対応をするのもフロンの役目だ。


「……そんな態度だからボッチなのよね、フェティくんは」

「余計なお世話ですよ。俺に社交性が無いのは諦めてください」

「はいはい、分かったわ。この話はお仕舞いね。それよりも報酬の件なのだけれど」

「今回は割りと高額でしたよね。確か百五十万イヘカだったと記憶しています」

「えぇ、報酬の金額が百五十万イヘカ。ここからギルド仲介手数料として、千イヘカを差し引きますね」


 イヘカは通貨単位であり、千もあれば少し豪華な食事が賄える。

 三十万イヘカともなれば平均的な町民の一ヶ月分の給料に等しい。

 ――百五十万。一回の仕事で稼ぐ金額としては充分に破格だ。……しかし。


「次に新規事業に対する許可料、特殊依頼への取次手間賃として百二十万一千イヘカを頂きまして、フェティくんの取り分は二十九万九千イヘカです」


 ザワ、とギルドのテーブルに居座る冒険者達が、驚愕に揺れる。

 報酬の大半を徴収するというのは明確な暴利である。前代未聞とも言えた。

 だというのに、フェティは苦い顔をしたまま頷くだけだった。


「相変わらず法外ですね。初期投資だと理解はしていますが、少しくらい手加減して欲しい物です」

「ふふふ。報酬の八割消失を小言で済ませる辺り、フェティ君は本当に有望株ね。これからも活躍を期待していますよ」


 ニッコリと笑うフロンの表情はまさにビジネススマイルであった。

 受付カウンターから金庫に向かい、一万イヘカに相当する金貨を二十九枚、千イヘカに相当する銀貨を九枚、木製の会計盆に乗せてフェティに差し出す。 


「一応、この額でも一般的には大金なのよね。十六歳のフェティ運が所持するには危険かも知れないし、なんならギルドで預かることも出来るのだけれど」

「でも手数料取られるんでしょう、だから持って帰ります」


 そう言いながらフェティは用意していた革袋を取り出すと受け取ったお盆を傾け、流し込むように金貨を詰め、受付カウンターから背を向けた。

 そして、気付く。冒険者の視線が嫉妬や嫌悪から同情に変わっていると。


「……言っておくと、別に俺はカモにされている訳じゃない」

「――――」


 冒険者達は何も言わない。弱肉強食の掟を知っている彼らは、フェティの背後で『余計な事は言わないでくださいね』とメモした用紙を見せるフロンに逆らえないのだ。


「注目されているのに沈黙という返答も少し傷付くな。まぁ、良いですけど」


 そんな事情を露知らず、憮然とした顔で退出しようとするフェティだが、唯一の出入り口は次の来客によって塞がれた。

 カランコロン、という呼び鈴と同時に、可憐な声が店内に響く。


「あの、フェ二ティさんに依頼をお願いしたいのですが!」


 発言者は金髪碧眼の美少女で、白磁のような修道着を身に付けている。

 ……それはフェティが先日助けた、回復術士であった。

 何事かと衆目が注目する最中、シャルアはフェティを見つける。


「あの、どうか混成魔王が封印されている遺跡まで、同行して頂けませんか。魔王破砕専用武器、このスマッシュナックルで魔王を打ち倒す手伝いをして欲しいのです!」


シャルアは見せびらかすようにフェティに向けて両手を挙げる。

 その拳には、指を覆うように金属で作られた鉄拳制裁武器が装備されていた。

 スマッシュナックル。それはかつて混成魔王を封じた伝説の武器の名である。

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