第1の試練
二日後。
フェティ、シャルア、ゾマクの三人は日時を決め、街の外で集合した。
「ではこれから第1の試練へと向かうわけですが、準備はよろしいですか?」
少しテンションの高いシャルアが二人に向けて声を上げる。
一番先に反応したのは、魔術師を表す黒衣のローブに身を包んだゾマクだ。
「もちろん僕は何時だって万端さ。なぁ、フェティくん」
「俺も問題ない。いつでも出発可能だ」
そう呟くフェティだが、その姿には少し違和感があった。
シャルアは特に触れないが、ゾマクは口にせずには居られない性格である。
「気合い入ってるよねぇ。背中に鞄を背負い込むなんて。かなりの量だよね?」
そう。
いつも通りの作業着姿をしたフェティの両肩には、円形を描いた収納袋がある。
誰かから頼まれた小包ではなく、彼が私物を抱えて迷宮に行くのは珍しい。
「街で回復薬などの道具を揃えて置いた。携帯食料もある」
「へぇ、攻略に数日かかると踏んでいるわけだ」
「クンモの一族が用意した試練だからな。どんな場所でも油断は禁物だ」
「ふむふむ、試練ね。それで? 僕達はいったい何処に向かうんだっけ?」
「それは、炎の洞窟です」
――第一の試練、炎の洞窟。
その名でイメージするならば火に囲まれた、あるいは溶岩が流動する場所のようだが実際は違う。……少なくとも、入り口は。
「ここが炎の洞窟かい。なんとも普通の迷宮にしか思えないけど」
そう言いながらゾマクは閉ざさた扉を見上げた。
入り口の高さは大人二人分、幅は荷馬車が入れるくらいの広さがある。
実際、車輪の跡のある現場を目にし、ゾマクは期待はずれだと溜息を吐く。
「ボクは初めて来たけど、このダンジョンで依頼される難易度なんて精々、ランクDじゃなかったかい? とても試練に使われる程の過酷さは無いと思うけど」
「いいえ。それは表向きの世界では、です。この洞窟はクンモの血筋を受けた者が触れれば、別のルートが出てくる仕掛けがあると聞きます」
そう言うとシャルアは、閉ざされた鉄の扉に手を触れる。
途端、シャルアの掌から青白い光が発生し、波紋となって扉全体を覆い広がる。
――ガコン、と扉の内部で何かが切り替わる音が聞こえた。
「良かった、キチンと作動したようです。このまま扉を開けば、試練の始まりです」
ズズズ、という引き摺る音と共に、鉄の扉が自動で開く。
迷宮は引き込むのではなく、押し出すように口を開ける。
そして、そのダンジョンから来る空気にフェティ達は顔をしかめた。
「うっ」
「これは、なるほど。炎ではないけれど」
「……蒸し暑い、ですね」
彼らを襲ったのは、湯気を伴った温風である。
しかし一見すれば、此処はただの仄暗い洞窟迷宮でしかない。
熱源など迷宮内部に設置された松明くらいのものだ。
「炎の洞窟かぁ。いやぁ、熱に炙られた魚の気分というか、長居すれば水分が出て行って干涸らびそうって感じだけどさ。何で普通の洞窟なのに、ここまで気温が高いかねぇ」
怯える様子が皆無のゾマクは興味深そうに中に入る。
続いてフェティとシャルアも内部に進むと、背後の扉がバタンと閉まった。
太陽光が遮断され、周囲は松明の明かりのみで薄暗く照らされる。
「ふーむ。自動開閉と来たか、これは素晴らしい装置だ。この迷宮内の温度と良い、いったいどういう仕組みなのか知りたいねぇ」
「扉は魔力探知だな。暑いのは太古の魔術的な技法で地熱を集め、洞窟の温度を高めているんだろう。そして見ての通り密閉空間だから湿度も高い。環境に適している魔物は爬虫類型が多いと思うが」
「……うわぁ、さすがフェティさん。私が言うまでもなく、魔物の生態まで推測してしまうとは。これがダンジョン・コンシェルジュの知識なのですね」
「うんうん。詳しそうだねぇ、フェティくん。こういう場所での知識は武器だ。知っていることは是非とも共有させてくれよ」
「知っていることはない。経験則を口にしただけだ。むしろ試練の場所を把握しているシャルアの方が詳しいんじゃないか?」
「いいえ。残念ですが私も場所や、ちょっとした注意点以外は特に知識を与えられていません。そもそも、丁寧にアドバイスを貰っているようでは試練になりませんし」
「まぁ、確かに道理だねぇ。こうなるとフェティくんの経験とやらが重要になってくるわけだ、うんうん」
「……Aランクとなれば、迷宮攻略の経験も豊富ではないのか?」
「僕は迷宮攻略よりも魔物退治や護衛、貴重な野草の採取を主体としていたからね。最強というのは対戦成績のことさ。こういう場所での調査は苦手なんだ」
自信満々に胸を張るゾマクに、フェティは冷たい視線を送る。
しかし当の本人は全く意に介さず、髪を掻き上げる余裕さえ見せた。
「やれやれ、先が思いやられるな。……まぁ、いい。シャルア」
「はい、なんでしょう?」
「この試練における、合格基準と何だ?」
「第一関門ですから簡単ですよ。ここでの試練とは、禁止事項を守って出口を目指すことだと聞きました」
「ふーん、Dランク相当の迷宮の出口に行くだけ? たしかに僕の実力なら余裕だね。でも禁止事項ってなんだい?」
「魔法を一切使用しないことです」
「うん、なんだって?」
真顔になってゾマクは聞き返す。
シャルアは何の悪意もない、純粋な笑顔で再び口にした。
「ダンジョンの出口まで、魔法を一切使用しないことです」
「あの、僕は魔術師なんだけど?」
「知ってますよ。だから魔法は使わないでくださいね。魔法発動すれば使用者は討伐資格を剥奪されると聞きましたから」
「……じゃあ僕に、どうしろって言うんだい」
「頑張ってください」
そう言いながらシャルアは、スマッシュナックルを装備した手で親指を立てる。
その動作に釣られたのか、感情を失った顔でゾマクも親指を立てる。
一方、フェティは通路の先を見つめていた。
「……どうやら入り口で長居しすぎたようだな。痺れを切らした魔物が、俺達を出迎えに来たぞ」
「――GRURURU」
フェティの指摘を証明するように、甲高い唸り声が迷宮に響く。
その音源はフェティ達から百メートル離れた先、丁字路の右奥からである。
「なんだか、鳥類のような声色ですね」
「この鳴き方には覚えがある。ワイド・リザードマンという巨大なトカゲ型の魔物だ。野生種に魔力が帯びた生物だから大した魔法は扱えないが、火の玉くらいは出す」
「なるほど。でも大丈夫です、私の準備は整っていますから」
回復術士でありながら、拳闘士のような戦闘態勢に入るシャルア。
その堂に入った勇士にフェティは注目し、ゾマクは奮起した。
「あぁ。僕も頑張るさ、他にやることを教えてくれても良いけどね」
「頑張れよ、ゾマク」
「……そうかい、頑張るよ」
再び無表情になって親指を立てるゾマク。
そんなやり取りをしている間に、唸り声を上げた魔物が姿を現す。
「GYARARARARA」
威嚇と共に大きな口を開けた姿は鰐のようであるが、皮膚は明らかに蛇などの鱗に覆われており、両生物の混雑種のような気味悪さだ。
「これがワイド・リザードマンですか。私くらいの大きさなら丸呑みされそうですね」
「実際、子供や家畜が襲われることもある。火の玉で相手を倒して、噛み殺すことを得意とするからな。接近戦は危険だろう」
「むぅ。では私は前衛で戦わない方が良いと?」
「そもそも回復術士は前衛に立たないからな」
「つまり遠距離攻撃というわけですか」
シャルアはチラリ、とゾマクの方を向く。
彼女の視界に立つ黒衣の魔術師は、苛立った顔を隠せずにいた。
「こんなゲテモノ、僕の魔法なら一撃で仕留められるのに」
「……魔王討伐を諦めるなら、それでも構いませんけれど」
「これからも参加したいなら耐えろよ、ゾマク」
「あー、はいはい。分かったよ、使わないさ。というかさ、フェティくんも魔法使いじゃなかったっけ?」
「魔法も使えると言うだけだ。専門的に扱ってはいない」
「ふーん。じゃあフェティくんは、どんな担い手なんだい?」
「ダンジョン・コンシェルジュ。何でも屋の総合職だ」
「君は何を言っているんだい」
「まぁ、百聞は一見にしかずだ。ここは俺に任せて貰おう」
そう言うとフェティは作業着のズボンポケットから、Y字の木の枝を取り出す。
ソレには伸縮性のある紐が付けられており、彼はそこに小さな玉を乗せて弓矢のように構えるのだった。
「あ、見たことありますよ、この武器。たしかスリングというやつですね」
「そうとも。飛距離は弓矢ほどではないが、コイツ相手には充分だ」
「うわぁ、えぐいなぁ、それ。刃物まで付いてるじゃないか」
ドン引きした様子のゾマクの視界には、フェティが摘む弾に小さな鏃が埋め込まれている瞬間がバッチリ焼き付いていた。
だがゾマクの声はフェティに届かない。もはや獲物しか見ていないのだ。
「的が大きくて助かるな。外すことはない」
フェティの宣言通り、打ち出された弾はワイド・リザードマンの腹部に命中する。
たとえ小石サイズとはいえ、高速で弾かれた固形物が肌に当たれば激痛を伴う。
ましてや鋭利な金属部分が先端にあれば、分厚い皮膚を持っていても無駄だ。
「GYAFUUッ」
ワイド・リザードマンは仰け反った。
――フェティの放った球は敵の身体に突き刺さり、めり込んでいる。
「まぁ、腹を食い破るように当てられちゃ、あぁなるよね」
「……おそらく、傷の痛みよりも毒の刺激の方が強い。体内に侵入すると焼け付くような炎症を起こす粘液を刃に付着させていたからな」
「あぁ、そうなんだ。僕は生まれて初めてリザードマンに同情しちゃったよ」
「魔法を発動させない為には、集中力を乱す事が有効なんだ。シャルア、今なら接近戦でトドメが刺せるぞ」
「はい、ではコレより先は私が頂きますッ」
フェティの許可を聞き、シャルアは犬のように走った。
毒に苦しみ地面に転がるワイド・リザードマンに対し、一直線に拳を落とす。
鋼鉄の凶器が向かう先は腹部、それも心臓近くの急所である。
「ど、せいッ」
気合いの入ったかけ声の後、シャルアのナックルがリザードマンに当たる。
――瞬間、ドシャッという肉が弾ける音と共に血糊が噴水のように飛んだ。
ピンク色の筋と白い繊維が混ざった肉片が壁や地面にこびりつく。
「えっぐい。フェティくんの攻撃よりエッグい」
青ざめた顔をしたゾマクが、血まみれのシャルアに怯えた視線を向ける。
しかしシャルアは気にしていない。
興味の対象は今のところ、目と目が合った彼の評価だけなのだ。
「どうでしたか、フェティさん。これで私のこと、少しは頼りにしてくれますか?」
「あぁ、さすがは勇者の末裔。魔王退治を挑むに相応しい強さだ」
「えへへ。そうですか、良かった」
安堵した様子で胸を撫で下ろすシャルアと、満足そうに頷くフェティ。
ソレを横目に見ていたゾマクは、ただ一人小さく呟いた。
「……やだ。この二人、こわっ」
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