番外編4 雪家のご先祖さまはいかにして人間社会に溶け込んだか
この話だけ普段と雰囲気違います。
本編未読でも読めると思います。
「まま、お雪さんのおはなしして」
「どっちのお雪さん?」
「ごせんぞさま」
とある田舎の一軒家、若い母親が幼い女の子を寝かしつけている。寝る前の読み聞かせに、女の子は「ごせんぞさまのお雪さん」の話を聞きたがっていた。
この若い母親、そして女の子は雪女である。といっても、普通の人間と変わらない生活をしている。そうなったのは何代か前のご先祖様である「お雪さん」のおかげだ。
「むかしむかし、あるところに…」
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お雪さんはママや真冬と同じ、雪女でした。
このころの雪女は、まだ、普通の人間のようには暮らしていませんでした。
たまに人里に降りて、人間を襲ったり、素敵な人がいたら、その人のお嫁さんになったりしていました。
お雪さんが、初めて人里に降りたときのことです。お雪さんは、お母さんから人間がどんな暮らしをしているか、聞いていました。でも、実際の人間は、聞いていたお話とは少し違っていました。
町の一番大きなお屋敷は見たこともないものでした。大きいだけではなく、石のようなもの……レンガが使われていたのです。お雪さんの知っているお家は、木や紙……障子などで、できているものでした。
ほかにも、なんだか様子が違うものがありました。ちょんまげの男の人がいません。女の人の格好はあまり変わっていないのですが、ちょっと違う人もいました。若くてお金持ちのお嬢さまです。袴をはいて、髪の毛を大きな布……リボンで飾っていました。
不思議に思ったお雪さんは、ずっと人間の町に住んでいる妖怪、お歯黒べったりさんにお話を聞くことにしました。お歯黒さんは、のっぺらぼうに口だけあるような、女の人の妖怪です。
「お侍さんは、いなくなっちゃったのよ」
「どうして?」
「戦争をして負けたみたいね。お偉いさんも入れ替わったみたいよ」
「ふうん?」
一般妖怪には、わからないような大きなことが起きていたようです。
「それで、お花さんは何か変わった?」
お花さんというのが、お歯黒さんの名前です。
「そうねえ、侍を驚かせて斬られそうにはならなくなったわねえ」
「なら、いいことじゃない」
「でも、私の一番のウリの『お歯黒』を、最近のおかみさんたちは、しなくなってるっていうのよ」
それは大変そうです。お歯黒が廃れたら、お歯黒さんはどうやって人間を驚かせたらよいのでしょうか。
お花さんと別れたあと、お雪さんは考えました。
人間の世界が変わっている。お歯黒がなくなりそうでお花さんは、少し困っている。雪女にとっても、良くないことが起きているかも?
人間たちになにが起きているかを、知る必要がありそうです。人間の家にお手伝いさんとして、入り込むのはどうでしょう。うん、それがいい、とお雪さんは思いました。
お手伝いさんになるためには、どうしたらよいのでしょうか。人間の事情に詳しそうな妖怪に聞いて回りました。
お手伝いさんになる家を紹介してくれる妖怪に会えました。ぬらりひょんというおじいさんです。ぬらりひょんさんは、いろんなお家を渡り歩いているので、顔が広いみたいです。
「町一番のお屋敷なら使ってくれるじゃろう。この紹介状を持っていきなさい」
「ありがとう、おじいさん」
お雪さんがお手伝いさんになったのは、最初に町に来たときに見てびっくりした、あのお屋敷でした。
お手伝いさんの仕事はたくさんあります。今みたいに、掃除機や洗濯機はありません。水も井戸から汲んできました。だから、お手伝いさんは女の子でも丈夫で力仕事のできる人がよかったのです。
その点、雪女のお雪さんは向いていました。細くてか弱く見えても、力仕事はけっこう得意なのです。最初はいじわるをする人もいましたが、お雪さんがきちんと仕事をしているうちに、いじわるをしなくなりました。
「お手伝いさんになれたけど、わかったのはお手伝いさんになるような家の話だけだわ」
お雪さんが会話できるのは、同じお手伝いさんだけでした。そういう人は、あまり身分が高くありません。人間の世界で起こっている変化には、詳しくないようです。だって、その日の暮らしで精一杯ですもの。
「旦那様や奥様は無理でも、お嬢さまとか、それもだめなら、物知りな人とお話できないかしら」
そんなことを考えながら、いつも通りに仕事をします。するとある日、いつもと違うことが起きました。
お雪さんが、勝手口を開けたときのことです。綺麗な着物を着た女の子がいました。お雪さんと同じくらいの年頃のようです。
「あなた、私のことは黙っててちょうだいね!」
と女の子は言って、戸の影に隠れました。
「お嬢さまー! どこですかー! お稽古の時間ですよー!」
という声が聞こえてきました。この女の子は、お屋敷のお嬢さまです。婆やさんが、お稽古から逃げ出したお嬢さまを探していたのです。
「ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。でも、いいんですか?」
お嬢さまは、婆やさんから後で怒られるのではないでしょうか。
「いいのよ。退屈なお稽古するくらいなら、一回怒られるほうがまだいいわ」
お嬢さまは、けっこうお転婆なようです。お雪さんは、少しびっくりしました。いいお家のお嬢さまというものは、お屋敷の中でおしとやかにお稽古などをしていると思っていたのです。
「……あなたずいぶん器量よしじゃない。どうしてうちで下働きなんかしているの?」
お嬢さまは、お雪さんに興味を持ったようです。お雪さんは、ぬらりひょんのおじいさんと考えていた、人間としてのお雪さんの身の上話をしました。お家が貧しいので、働きに出たというお話です。
お嬢さまにとっては、お雪さんの話はめずらしくて新鮮だったようです。お雪さんもこの機会を逃さないようにと、気になっていたことをお嬢さまに聞いてみました。
「袴で女学校に行くのは、学校では椅子に座るからよ。普通の帯では座りにくいでしょう?」
「学校では外国の言葉も習ったりするわ。なかなか難しいのだけど、お稽古よりずっと楽しいの」
「お侍がいなくなったのは……うーん、説明するのには、私がきちんと理解しないといけないわ」
お嬢さまは嫌がるどころか、楽しそうにお雪さんの疑問に答えてくれました。お稽古は嫌いでも、お勉強は嫌いではないようです。お雪さんには、お稽古とお勉強の違いはよくわからなかったのですが。
「あなた、なかなか面白いわね。またお話してちょうだい」
お嬢さまは、お雪さんのことを気に入ってしまったようです。またお話するには、お嬢さまが今日みたいに抜け出してくることになりそうですね。
予想通り、お嬢さまはときどきお稽古を抜け出してお雪さんのところに遊びに来ました。お雪さんにはお仕事があるので、あまり長い時間は取れません。でも、二人にとって、短い時間でするおしゃべりは、楽しいものでした。
ある日、お雪さんはお手伝いさんの中での偉い人──お嬢さまの婆やさんに呼ばれました。お嬢さまとお話ししていたことが、バレてしまって怒られるのでしょうか。
それは、半分当たりで半分は外れでした。お嬢さまは、お雪さん──お手伝いの中でも、お屋敷の人とは直接会わない下働きの人と会って話していたことを怒られました。
お嬢さまは、怒られたからといって諦める人ではありません。お雪さんを、自分のお世話係してくれるなら、きちんとお稽古をすると言い出したのです。してくれなければ、お稽古なんてやらない、とも。
お嬢さまがお稽古を抜け出すことに悩んでいた婆や、それに奥様は仕方なく許したそうです。旦那様は、なんだか面白がっていたらしいです。そんなわけで、お雪さんは下働きから、お嬢さまのお世話係に出世しました。
同じ『お手伝いさん』でも、お嬢さまのお世話係になると、今までとはやることが変わります。水汲みなどの力仕事はしなくてよいのです。
「お雪は、読み書きはあまりできないのよね。それは私が教えるから大丈夫よ!」
代わりに、お勉強が増えてしまいました。でも、お雪さんは嫌ではありませんでした。読み書きができるようになったら、本を読めます。本にはいろんなことが書いてあるそうです。
前はわからなかった、お稽古とお勉強の違いもわかってきました。お嬢さまの嫌いなお稽古は、お作法とかそういうものでした。でも、お雪さんをお世話係にする条件にしてからは、きちんとやっているようです。
「お嬢さまは、学問がお好きなのですね」
「そうなの。淑女にみせるためのお稽古よりずっと好き」
「お嬢さまは、学者さまになられるのですか?」
お雪さんは、学問──学校のお勉強のことです──が好き、学問をするなら学者さまになりたいのかな、と思ったのです。
「そうねえ、なれたら良いのだけど。私はもう何年かしたら、お父様の決めた人のところにお嫁に行くのよ」
お雪さんにとって意外な答えでした。お嬢さまがお雪さんをお世話係にしたときは、かなり無理矢理でした。そんな感じで、お嬢さまはやりたいことをどんどんやっていくのかと思っていました。
「学校でやっているお勉強だって、結局はよいお嫁さんになるための修行みたいなものよ。……卒業しないでお嫁に行くのが理想なんですって」
お勉強をしに学校へ行っているのに、途中でやめてお嫁に行くのがよい。じゃあ、何のためにお金持ちのお嬢さまたちは学校に行っているのでしょう?
「学問を修めることじゃなくて、いいお嫁さんになるために行ってるの。花嫁修業の一環ね」
答えてくれたお嬢さまは、なんだか複雑そうな顔をしていました。お嬢さまの考えていることは、お雪さんには少しだけわかります。
「お嬢さまは、花嫁修業としてのお勉強じゃなくて、お勉強自体が好きなのですね?」
「そうなの! こういう話ができるのは、お雪くらいだわ!」
お嬢さまには、女学校に何人もお友達がいます。お雪さんより先に仲良くなったお友達です。仲良くしていても、考え方は少し違うようです。
さて、お嬢さまがお父様──お雪さんからみたら旦那様の決めた人のところにお嫁に行くなら、そのときお雪さんはどうなるのでしょうか。
お雪さんは、別のところで働こうと思っていました。お嬢さまのおかげで、読み書きができるようになっています。お世話係として、お作法もやりました。そういうことができると、よいところで働けるはずです。
雪女の生活に戻ることも考えましたが、人間の生活はなかなか面白いです。今さら、山の中に戻って、ときどき人を襲う気にはなれません。お侍の代わりに、警察とか軍人とかいるそうですし。
でも、それはまだ何年か先のことです。お嬢さまは今すぐお嫁に行くわけではありません。今は、お雪さんを連れて小間物屋さんへお買い物へ行ったりしています。
お嬢さまのおうちは、町一番のお金持ちです。だからお店の番頭さん──お店で働く中で一番偉い人です──が、いっしょうけんめいお嬢さまの相手をします。お嬢さまに嫌われて、お買い物をしてもらえなくなったら、お店のご主人に怒られてしまいます。
お嬢さまはこのお店で小間物──かわいらしい簪やリボン、外国製の文房具などを買っています。お供のお雪さんにも、お嬢さまが簪を買ってくれたことがありました。
小間物屋さんに行ったとき、番頭さんに言われたことをする男の人がいます。お雪さんより少し年上でしょうか。とても働き者で、ニコニコしていて、感じのよい人です。栄次郎さんといいました。
何度か小間物屋さんに行くうちに、お雪さんは栄次郎さんと会うのが楽しみになりました。お嬢さまとこっそり会っていたときも楽しかったのですが、それとは少し違います。でも、何が違うかお雪さんはよくわかっていませんでした。
以前のお雪さんは、お稽古を抜け出してきたお嬢さまと短いおしゃべりをしていました。栄次郎さんとお話する時間は、もっと短いのです。お嬢さまのお供で、小間物屋さんに行って、品物を受けとるときくらいです。
栄次郎さんともっとお話してみたい、とお雪さんは思いましたけど、そんな機会はなかなかありません。
ある日のことです。お嬢さまが女学校に行っている間、お雪さんがお裁縫をしていたときに、栄次郎さんがお屋敷にやってきました。
「こちら、お嬢さまのお忘れものではありませんか?」
栄次郎さんは、お嬢さまがお店に忘れた扇子を届けてくれたのでした。
「そうです。お嬢さまのものです。ありがとうございます。よかった、お嬢さまも喜びます」
お嬢さまのお気に入りの扇子でした。失くなったものは仕方ない、と言っていました。でも、実はけっこう落ち込んでいたのです。
「お雪さんは、お嬢さまのことがお好きなんですね」
どういう意味でしょうか。
「今、自分のお気に入りが戻ってきたような、とても嬉しそうな顔をしていましたよ」
お雪さんは、あまり表情が豊かではありません。お雪さんの考えていることがわかるのは、お嬢さまくらいでした。お雪さんにとって、栄次郎さんは、なんだか他の人と違うようです。
ここから、お雪さんと栄次郎さんのあまずっぱいお話……にはなりません。二人ともお仕事があります。小間物屋さんに行ったとき、顔をあわせて少しお話をするだけ、というのが続きました。
お雪さんが、お屋敷で働きはじめてから何年か経ちました。お嬢さまがお嫁に行く日も近づいてきました。お相手は、隣町の大きな商家の跡取りだそうです。
さて、お雪さんはどうするのでしょうか。前に考えていたように、他の仕事を探すのでしょうか。
「お雪には感謝しているわ。いっしょにいられるのは、私がお嫁に行くまでね。でも、今後のこともできる限りのことはするわ」
次のお仕事を紹介してくれるのでしょうか。お嬢さまがお世話してくれるなら、見つかりやすそうです。
「小間物屋の栄次郎という人がいるでしょう」
お雪さんは、びっくりしました。なんで、ここで栄次郎さんの名前がでてくるのでしょうか。
「ちょっと調べさせたのだけど……土地持ち農家の次男、家はお兄さんが継ぐから下働きにでたそうね。小間物屋での働きぶりも評判もよいみたいね」
なんで、お嬢さまは栄次郎さんのことを調べさせたのでしょうか。
「悪い相手ではないと思うのだけど。お雪が嫌でないなら、どうかしら」
『どうかしら?』とはどういうことでしょう。
「もう、こういうことは鈍いのね。要するに縁談よ。栄次郎のところへお嫁にいくのはどう?」
「いきます」
考える時間もなく、お雪さんはすぐに返事をしました。
「鈍いのに返事は早いのね。まあ、いいわ。それなら話は進めておくから」
こうして、お雪さんは栄次郎さんと結婚することになりました。
二人が結婚してから、何年か経ちました。お嬢さま──今では、商家の奥様ですが、お雪さんにとってはお嬢さまです──からは、ときどきお手紙が来ます。栄次郎さんとの間に、こどももできました。色白なかわいらしい女の子です。
こうして、ふたりは幸せに暮らしました。
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「めでたしめでたし」
母親が語り終わったころには、女の子はすやすやと寝ていた。この話は、けっこう長いので、聞き終わる前に女の子は眠ってしまうのだ、
「真冬がこの話を最後まで聞けるのはいつかしらね」
この話は、小さい子向けに結婚で終わらせている。わかりやすいハッピーエンドだ。でも、実はもう少し先がある。
栄次郎のお兄さんが亡くなって、栄次郎が跡継ぎになった。それが、現在の雪家である。
「真冬はどんな人を好きになるのかしらねえ。生まれたときからパパが心配してるけど、ママは楽しみだわ」
娘の寝顔を見ながら母親はつぶやき、自身も眠りにつくのだった。




