第3部1話 話球技大会と疑惑と誤解
六月、とある郊外の高校では球技大会が行われる。そろそろ、参加種目を決める時期だ。得意な者は楽しみに、苦手な者はどうやってやりすごそうかと悩むイベントである。
「女子は、バスケと卓球とテニスなんだね」
と長い黒髪の少女が言う。なかなか見ないレベルの美少女だ。名は、雪真冬という。
「なんでバレーないんだろ」
とショートヘアの活発そうな女子が返す。こちらは、水津湊。バレー部に所属している。
「バスケ部はバスケに出られないって。だから、バレーあっても湊ちゃんは出られないよ」
と球技大会のシステムを教えてくれたのは、やや派手めな女子。渡辺吉乃。
「ルールがどうでも、運動音痴には憂鬱ですよう……」
ぼやいているのは、小柄な眼鏡女子。坂東奏音だ。
この四人は、一年二組の仲良し女子グループのひとつだ。一見バラバラのタイプが集まっているが、仲がいい。
「湊ちゃんは、何がいい?」
「この中だったら、バスケかな。ラケット苦手でさ。真冬は?」
「私もバスケにしようかな」
なんてことのない雑談である。しかし、この二人は入学早々、ちょっとした噂になっていたのだ。
「真冬ちゃんと湊ちゃん、ラブラブですね!」
「いや、同じ種目に出るだけでラブラブって苦しくない?」
奏音のボケだか本気だかわからない台詞に、吉乃のつっこみが入る。
二人の噂というのは、真冬の初恋の人が湊だったというものだ。そしてこれは、本当なのである。ただし、湊のことを男の子だと勘違いしていたのだが。
この四人は数日前に、他のクラスの男子と合コンのようなことをした。でも、真冬に彼氏ができた気配はない。そんなわけで、いまだにネタにされるのだった。
この日の体育の時間は、球技大会の参加種目決めであった。
その結果、真冬と吉乃がテニス、湊はバスケ、奏音は卓球となった。
「不幸中の幸いですう。卓球なら他よりマシです」
「そういうもん?」
運動部で体を動かすのが好きな湊には、わからない悩みである。
「テニスかあ、授業でやっただけだなあ」
「わたしも。真冬ちゃんはいけるんじゃない? 意外と体育得意だし」
清楚で大人しそうな雰囲気の真冬であるが、体を動かすのは苦手ではない。四月の体力測定では、湊とそう変わらない結果だった。
「学校行事なんだしさ、楽しくやればいいじゃん。勝てたら嬉しいけど、負けることもあるよ」
スポーツが好きな湊の意見だ。勝てたら嬉しい。でも、負けても競技自体を楽しんでいるのだろう。
「運動得意な人が、みんな湊ちゃんみたいだったら、嫌じゃないかもです……」
いつもと違って、暗くなっている奏音。湊がそんな奏音の頭をポンポンして慰める。
「湊ちゃんが男子で、真冬ちゃんがいなかったら、恋に落ちてたかもです」
「何その条件」
「奏音は目黒くんじゃないの? 連絡とってるんでしょ、どんな話してるの?」
横で見ていた吉乃が聞く。ちょっとニヤニヤしているようにも見える。
「目黒くんとは、面白い動画、アニメ、ゲームを教えあったり、語り合ったりしてますよ?」
きょとんとした表情で答える奏音。
まあ、二人の付き合いはそんなとこだろう。仲良くなったきっかけからして。
「趣味があうと、話題もたくさんあって楽しそうだね。私も、何かあればいいのになあ」
「真冬は料理じゃないの? お弁当、毎日作ってきてるし。美味しいし」
お昼には、お弁当のおかずを交換することもある。だから、一緒に食べるメンバーは、真冬の料理の腕前を知っている。特に湊はよくもらっていた。
「料理は好きだけど、奏音ちゃんや目黒くんみたいに夢中になれるほどじゃないかなって」
「あそこまで、熱が入るのは一部だって。湊ちゃんがバレーをあんな勢いで話したりしないでしょ」
「なんだか変人扱いされている気がしますう」
カラオケで奏音と目黒が意気投合したのは記憶に新しい。周囲はまったくついていけなかった。
「そうだね、好きだけどあの勢いでは話さないね」
「湊ちゃんまで。百年の恋も冷めちゃいますよう?」
そんなことを言っている間に、次の授業の時間になった。みな、自分の席に戻る。
真冬の席は、湊のすぐ後ろである。授業が始まってから、湊の背中を見て考えていた。
(湊ちゃんと大崎くんには、バレー部っていう共通点があるんだよね……)
大崎は、先日のカラオケに参加した男子の一人だ。真冬を紹介してほしい、と湊に頼んでいたらしい。でも、真冬ではなく湊狙いなのでは、という疑惑が持ち上がった。
(大崎くん、悪い人じゃないし。むしろいい人だよね。湊ちゃんも嫌いじゃなさそう)
疑惑が浮上してからというもの、真冬は二人のことが気になっている。
(もし二人が付き合ったりしたら……って、考えすぎかな)
これはやきもちなのか。もちろん、大崎に湊をとられるという心配だ。そして、このやきもちは友人としてなのか。初恋の人だからなのか。それとも、まだ恋している相手だからなのか。
(ちゃんと、今の湊ちゃんを見られるようになったと思ったのに)
再会直後の真冬の動揺ぶりはひどかった。ママのアドバイスで、普通に湊と接することができるようになった──はずだった。
でも、二人で出掛けることを『デート』と言われると意識してしまったし、湊に彼氏ができるかも、と考えたら落ち着かない。自分の気持ちを持て余している。
(雪女の力って、なにも役に立たないなあ)
真冬は実は、雪女である。比喩やあだ名ではない。なんにもないところに氷を作ったりできる。その能力は、今の悩みにはなんの助けにもならない。
(お雪さんと巳之吉さんみたいに、上手くはいかないなあ。あ、ラストでお雪さん、いなくなっちゃったんだ)
思考がだんだんずれてくる。今は授業中、こんなことを考えている場合ではない。きちんと授業を受けなければ、と気持ちを切り替えようとした。
(……やっぱり気になる。もう、湊ちゃんに聞いちゃおうかな? うん。そうしよう!)
真冬は、少々先走った決意をするのだった。
大崎と湊のことは、ただの疑惑である。真冬と吉乃と奏音の三人だけで話していることだ。
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「でかいと思う」
真冬の「大崎くんのことどう思う?」に対する湊の回答は、これだった。
大崎は背が高い。バレー部の男子は平均して高身長だが、その中でも上位に入るだろう。
「私もそう思うけど。そういうのじゃなくて……カラオケの時、よく話してたよね」
「二人で幹事やったしね。うちの猫の写真も見せたし」
それは真冬も知っていることだ。女子側幹事が湊で、男子側幹事が大崎だった。大崎が猫好きと言い、湊が猫を飼っているので写真を見せていた。聞きたいのは、そこではない。
「ええと、二人は、仲いいのかなって」
「ん? 普通。顔見れば、話しくらいするよ」
真冬の意図は、湊に上手く伝わっていないらしい。が、この反応なら付き合うという話にはならなさそうだ。今の悩みは、先送りにできる。先送りがいいことかは、わからないが。
悩みが解決したわけではない。でも、真冬は少し安心した。湊は、このあとバレー部の練習があるので、二人の会話はそれで終わった。
一方、部活に向かいながら湊は考えた。
なぜ真冬は大崎のことを聞いてきたのか。カラオケの時は、別の男子と話していた。あの場で大崎と仲良くなった様子はない。そんな相手のことを、わざわざ聞いてくる。
「真冬、大崎みたいなのがタイプ?」
湊の中で、事実とまったく異なる誤解が生まれていたのだった。
お雪さんと巳之吉さん:小泉八雲の「雪女」より




