第6話「公平にいきましょうね」
「え、ええ〜!?」
某日、タカハシジム。
都会でも田舎でもない絶妙な立地の商店街にあるそのジムに、素っ頓狂な叫び声が響いた。
「こ、これ、高橋さんなんですか?」
受付カウンター付近で高橋のスマホを覗き込むのは先日パーソナル会員となって、本日そのダイエット初日を迎えた軽井沢重子。
「はい。俺、元々ガリガリだったんですよ」
重子はものすごい勢いでスマホに映る学生時代の高橋と今の高橋を見比べる。
「す、すごい……!」
重子は羨望の眼差しを高橋へと向けた。
「で、でもなんで……私にそのことを……?」
「いや……これでチャラだとは思いませんが、軽井沢さん、自分の見せたくない部分を、俺に教えてくれたじゃないですか」
「…………え?」
「だから、俺も見せたくない過去を――」
――ゴトッ
重子は、あまりの感動に手に持っていたスマホを落とした。
(あ)
「高橋さんッ……!」
また劇場版スイッチが入った重子。高橋の手を握る。
「私ッ……ここでなら、頑張れる気がします!最後まで……!」
「本当の意味で、ダイエットに“成功”するまでッ……!!」
「は、はい! その意気ですよ! 一緒に頑張りましょう!」
(ガメン、ワレテナイトイイデスネ〜)
今日はバーベルスクワットをしながら、トムさんはそう思った。
◇◇◇◇◇◇
「とりあえず、まずは運動能力を把握させてください」
「はいっ!」
やる気は十分の重子。
高橋はまず、どれくらい動けるかの確認を行う。
(とりあえず、簡単な自重トレーニングから――)
そして、その後……高橋は信じがたい光景を目にする。
(き、綺麗すぎる……!)
(ワーオ!ベリーグッド!)
筋トレ猛者の二人が唸る、重子のスクワット。
それは、百回(本人談)のダイエットを戦い抜いた彼女の戦歴を表すに足りるスクワットだった。
「ど、どうでしょうか……?」
絶句する高橋。
床には重子の汗が水溜りになろうかというほど落ちている。
(天才だ……!)
(この人は……! ダイエットの天才!)
「あ、あの! 何か言ってくださいよぉ!」
「す、すみません! あまりにも美しいフォームだったもので」
「あぁ……やっぱりそうですか」
なぜか残念そうにする重子。
「筋トレで痩せるっていうのは、もう何回も……それはもう何回も通ってきた道なんです。」
(あ、あぁ……なるほど……)
「もしかしたら、何か秘密のやり方があって、その方法ならリバウンドしない……なんて期待は、捨てた方がいいですね」
高橋は戦慄した。
この重子という天才に、自分が教えることはあるのか?
(いや……弱気はダメだ! 考えろ……そもそも、頑張れば軽井沢さんは一人で痩せれるんだ! 俺がサポートするべきはそこじゃない――)
「大丈夫です! まだまだ、いろいろ試してみましょう!」
散々色々試してきた重子には少し酷な提案ではあったが、高橋の真摯さに打たれた重子は、次のメニューへと移る。
「フンッ!!フンッ!!フンッ!!!」
なんと、バービージャンプを連続で行う重子。
九十五キロの体が、美しく舞っている。
タカハシジムが、揺れ動く。
「ハァ……!ハァ……!フーッ!!」
またもや、ものすごい脂肪燃焼を乗り越え汗だくになる重子。
(間違いない……このまま継続すれば、この人は痩せる。だが……それだけではダメってことだよな)
そもそも、なぜ重子はリバウンドしてしまうのか。その理由を思い出す。
(痩せたら……また幻のモデルとして人前に出たいんだよな?それで――)
高橋に、ある閃きが。
(プレッシャー……か……)
重子はリバウンドしてしまう理由を“プレッシャー”と表現していた。高橋は、この“プレッシャー”を解剖する必要があると感じる。
◇◇◇◇◇◇
今回のパーソナルトレーニング終了後、クールダウンする重子を手伝いながら、高橋は口を開く。
「痩せたら、またモデル活動を……?」
その質問に、重子は気まずそうに頷いて返した。
「わかってるんです……きっと、人前に出るのをやめれば……注目されるのを避ければ、痩せたままでいられるって」
「唯一……それだけ、試してないんです」
高橋は黙る。
野暮な質問だった。当然、ここまでのワークアウトができるようになるまで追い込んだ経験のある彼女が、その発想に至らないはずがない。
「でも……嫌なんです」
「ファンのみんなは……今も私を覚えてくれてるんです」
ストレッチをする重子の手が震えている。
高橋は確信した。
重子へのプレッシャーの正体。
ここまで追い込める理由と、痩せた後の重圧の仕組み。
「軽井沢さん。わかりました」
「……え?」
「今回は、ダイエット、諦めましょう」
「…………え!?そんな!!」
高橋の口から告げられた衝撃の言葉に、重子は戸惑う。
「今回は行うのは、変化ではなく、ダイエットでもなくて――」
高橋は重子にならって、タメにタメて言う。
「ボディメイクです」
重子は高橋の言い方に乗っかって、ものすごい驚きの表情を浮かべた。
(ソレ、ホトンドオナジイミジャナイノ?)
スクワットからルーマニアンデッドリフトにメニューを移行していたトムさんは訝しんだ。
「そ、それって……どう違うんですか!?」
ごもっともである。
「……重子さんは、筋トレをして……体が絞れたらそこでやめてしまってるんですよね?」
重子はその言葉を聞いて黙った。
「ファンの期待に応えたい。その気持ちが、百回のダイエットを成功させている。それは素晴らしいことでもあり……もったいなくも思います」
「…………」
「だから、今から目指すのは、太った自分、痩せた自分。そのもう一つ先にある、“第三形態”です」
「だ、第三形態?それは一体――」
「マッスルメモリーって、知ってますか?」
「……え?」
高橋に策あり。
重子のダイエット戦争に、新たな軍師が加わった瞬間だった。




