第5話「これは百回生きた脂肪です」
“タカハシジム”。
都会でも田舎でもない絶妙な立地の商店街にあるそのジムは、ついにオープン初日を迎えた。
「おいーおっさん、Sレアマッチョでたぞ〜」
「お〜! おめでとう! はいこれ、ブルーベリーヨーグルト味のプロテイン(試飲サイズ)」
「わーい!」
「マタクルンデスヨ〜」
彼等が何をしているかというと、“マッチョコレクター”である。いや……申し訳ない。何の話か一切わからないだろう。しかし、“マッチョコレクター”なのである。
「いやはや、堀井のデザイン力には感服するな」
「コノマッチョ、ナンカワタシニニテルネ」
「そ、そうか?」
高橋のビラを参考に、東京のデザイナー事務所で働く幼なじみ堀井愛華が手がけたビラのデザインは斬新極まりないものだった。
ビラ一枚一枚、右下が点線で切り取れるようになっており、そこには多種多様なマッチョたちが描かれている。
そのマッチョたちにはレア度が割り振られており、Sレアをゲットしたマッチョコレクターは、この店で試供品サイズのプロテインをもらえるのだ!
トムさんが(なぜか手伝ってくれる)近隣の小学校の前で配ったところ大ヒット。プロテインも別に健康に悪いものではないためお咎めなし。
ビラも含め、各ご家庭にリーチすることができ、主婦層をはじめ、社会人の会員も増えた。
中には、少し遠い二十四時間ジムから乗り換えてくれた人もいて、滑り出しは順調だ。
「あ、あの……!」
「はいはい!見学の……」
さらに、ビラに電話番号を書いたおかげで見学の予約まで来るようになった。
予約ぴったりの時間に来たこの女性は――
「軽井沢さん、ですね!」
◇◇◇◇◇◇
軽井沢重子。二十五歳。
身長162センチ。体重――
(このお方は……かなり――)
95キロッ……!
(いや……こういう人にこそ、このジムが役に立って見せねば……!)
「あ、あの……!やっぱり私……」
黙ってしまった高橋の様子を見て、重子は慌てて帰ろうとする。
「待ってください!」
その重子の後ろ手を反射的に掴む高橋。
「はっ離してください! 私なんか――」
あまりの重量に引っ張られる高橋。しかし、耐える。
「百回もリバウンドした私じゃ、ジムに行ってもまた、リバウンドしちゃう――!」
「…………え? 百……?」
その重子の言葉に俄然興味が湧いた高橋は、本気で彼女を引き止める。
◇◇◇◇◇◇
「それで……ダイエットのためにいらっしゃったんですね」
「…………はい」
改めて、軽井沢重子、彼女はその体型を絞るという目標を抱き、タカハシジムを訪れた。
「それで、さっきの――」
「あ、あの……!笑わないでくださいね」
「まさか、笑うわけないですよ」
「……これ、見てください」
重子はスマホの画面を見せた。そこには、かなりグラマラスでモデルのような美しさの女性が映っていた。
「はい。見ました。この写真が何か――」
高橋は考えた。なぜ、重子がこの写真を今、見せたのか。
先ほどの重子の言葉、それを考えると、信じがたい一つの予感が。
「ま、まさか――」
「そのまさかですぅ」
「これ、軽井沢さん……なんですか!?」
重子は画像をスワイプする。
雑誌の表紙。
さらにスワイプ。
インターネットのまとめ記事。“幻のモデル”に関するものだ。
高橋は絶句した。
「あ、あの……! 私、何回痩せても――」
しかし、同時に理解した。この軽井沢重子という人物が抱える悩み。
高橋が、寄り添うべき会員の悩みを――
「リバウンドしちゃうんです!」
◇◇◇◇◇◇
「それで、今回が約百回目のダイエットだと」
「はい。元々はSNSで活動してるインフルエンサーだったんです。でも、注目されるにつれ、どんどんストレスが溜まって――」
「最初は、ちょっと肉付きが良くなったかな?くらいだったんです」
「でも、どんどん体重は増えていって――」
「加工でも誤魔化しきれなくなっちゃって……」
「なるほど……」
その後、重子は再び人前に出るために様々な方法でダイエットを行なったという。
リンゴダイエット、バナナダイエット、酢昆布ダイエット、炭水化物完全禁止ダイエット……。
恐るべきは、そのすべてのダイエットが“成功している”ということ。
その度に重子は人前に現れ、プレッシャーに耐えられずリバウンド。それを繰り返し続け……。
「さすがに百回は嘘ですよね?」
「まぁ……正確には数えてないです」
(なんか、変な人だな――)
「でもこの脂肪は、百回生きた脂肪なんです」
「ど、どういうことですか?」
「倒しても倒しても、蘇る……!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
なかなか劇場型の喋り方をする重子にタジタジの高橋。
「やっぱり……今回も、リバウンドしちゃうんでしょうか! 私は……一生この脂肪とのチェイス(逃走劇)から逃れられないんでしょうか――!」
「い、いえ!軽井沢さんっ……! そんなことはありませんよっ!」
テンションが最高潮に達しつつある重子に合わせるように、高橋は立ち上がり手を差し伸べた。
(ア……ノッカッタネェ……)
その様子をダンベルショルダープレスをしながら見ているトムさん。
「大丈夫です……! 一緒に、倒しましょう! その脂肪……百回生きた脂肪に……トドメを指しましょう!」
「は……ハイっ!」
立ち上がり高橋の手を取る重子。
(ゲキダンデモ、タチアゲルツモリナノ?)
ダンベルショルダープレスを終えたトムさんは考えた。
しかし、ともあれ、タカハシジムに新たなパーソナル会員が加わった。
軽井沢重子。
101回目(本人談)のダイエット。
その成功は高橋の手にかかっている――!




