第13話「これが恋のバルク」
## 第13話「これが恋のバルク」
堀井愛華。
“タカハシジム”のオーナー兼インストラクターである高橋秀の幼馴染。
最近ハムストリングが発達してきて仕事用の服が入らなくなってきたことに悩む乙女。
「…………何なのよもう!」
新たに賃貸契約をしたジムの近くの部屋に帰ってきた愛華はベッドにダイブした。
(……一回、諦めたはずなのに)
タカハシジムのパーソナル会員になってから、愛華は幾度となくジムを訪れていた。
その第一の目的は、高橋の周りにいる女性たちの監視。
小学校から社会人になる今の今まで、高橋の周りにあんな距離感で女性がいることなど全く記憶にない愛華は、その高橋の変貌ぶりを危惧したのだ。
監視対象その一。笹原陽子。
高橋がジムを開いた建物の大家、笹原ウメの孫。ものすごい運動音痴である。
「ジムには運動不足改善のために通っていると証言。秀に対する恋愛感情の可能性はD判定……と」
愛華はそう呟きながらスマホで開いた表計算ソフトにデータを打ち込む。そのファイルには、陽子の顔写真、スリーサイズ、好きな食べ物からお気に入りの筋トレメニューまで網羅されていた。
「監視対象その二、軽井沢重子。ネットを主戦場に活躍するインフルエンサー……ジムにはリバウンドしてしまう自分の体質の相談で入会」
愛華の目からハイライトがスーッと消える。
「秀に対する恋愛感情の可能性は、C判定……!」
「あの女、秀のパーソナルを受ける時だけ、声のトーンが上がるのよね」
愛華はサンプル.mp3を再生する。
「うん、間違いない。これは引き続き監視が必要ね」
さて、この堀井愛華。こんなことをしているが、今まで高橋と過ごしてきた数十年間、彼にその気持ちを告白したことは一度もない。
それはなぜか、答えは簡単だ。
(まぁ、相手が何人いても、秀に最初に告白してもらうのは私だから――)
告白待ち、である。
「はぁ。あいつの心に棲みついて離れない“あの女”さえ消えてくれればなぁ」
愛華はため息をついた。
高橋がジムを開業したもう一つの理由。
愛華が“マッチョ女の幻影”と呼んでいるその存在は、今も高橋の心に深い爪痕を残したままだ。
「個人経営ジムめぐりが趣味ね……だからってあいつのジムにその人が現れるかどうかなんてわからないでしょ」
「……なんて思ってたんだけどね」
ガバッと愛華はベッドから起き上がり、監視データの詰まったスマホをベッドに放り投げた。
「…………やっぱり、デカくなってるわね」
愛華の“監視”は思わぬ副産物的結果を生み出していた。
それは、“恋のバルク”というべき奇妙な現象。
「私、どーしても筋トレ頑張れなかったのにな」
そう。愛華は知っている。高橋の心を奪うには筋トレでデカくなることが近道だと。
しかし、何度も何度も挑戦したが、愛華は筋トレで追い込めなかった。
「それなのに、ね」
愛華はグッと腕に力を入れる。
今まで、自分の体についたことのない“山”が、そこにはあった。
「あいつが他の女といちゃついてるところを見てると、なぜか追い込めるのよね――!」
愛華は悶絶した。自分の歪み方に。
「なんなのよそれ!! アイツが見てないなら意味なんてないのにぃ!」
そう。高橋はパーソナル中は会員に全集中している。その間愛華がどれだけ追い込んでも高橋は褒めてくれない。気づいてすら、くれないのだ!
「さ、さすがにどうにかしなくちゃいけないわね」
愛華は決意した。
ここ数日で、“筋トレで追い込む”という感覚はよく理解できた。
「大丈夫、今度こそ! 絶対にアイツが振り向く筋トレをしてみせるんだから!」
愛華は再びベッドにダイブ。スマホを拾い上げた。
「べ、別にパーソナルの予約するだけだから、アイツに連絡しても変じゃないわよね」
◇◇◇◇◇◇
『ねえ』
愛華は高橋にメッセージを送る。
画面を凝視すること数十分。“既読”がついた。
『なんだ? 色々送信取り消ししてるけどなんかあったのか』
(あっやべ)
『メッセージが削除されました』
『おい、なんだ』
『なんで消した』
『気になるだろ』
その後、高橋から謎のボディビルダーがポーズをとっているスタンプが何通か送られた。
◇◇◇◇◇◇
(焦ってまたメッセ消しちゃった)
「…………会うの、気まずくなっちゃったな」
愛華は知っている。このままではいけない。
愛華は高橋のことを好きになってから、幾年もの年をこんな感じで過ごしてきた。
重ねて、このままではいけない。
「いや、違うか」
愛華は決意する。
「筋トレができるようになった今こそ! アイツと正々堂々向き合わなきゃ!」
◇◇◇◇◇◇
『明日、パーソナル空いてる?』
『明日はウメさんの日だから無理だわ』
◇◇◇◇◇◇
「はあああああああああ!!!!!」
愛華はスマホを壁に叩きつけた。鈍い音が響く。
意を決して送った高橋へのメッセージ。十秒も待たずに返ってきた返信。
「なんなのよもぉぉぉぉ!!!」
◇◇◇◇◇◇
『うるさいぞ、ご近所迷惑だ』
『バカ!』
◇◇◇◇◇◇
隣に住んでいることをすっかり忘れて叫び散らかしてしまった愛華は、そのままふて寝につくのだった。
「…………グスン」
「筋トレなんか、嫌いよ……」
愛華は部屋の明かりを消した。
◇◇◇◇◇◇
『そんなにパーソナル受けたいなら閉店後にやるぞ?』
『おーい』
『寝たのか』
『マッチョのスタンプ』
『いつでも頼んでくれ』
◇◇◇◇◇◇
翌朝この高橋からのメッセージを読んだ愛華は爆発した。




