第12話「愛の漸進性過負荷」
## 第12話「愛の漸進性過負荷」
高橋の幼馴染、堀井愛華がジムのパーソナル会員になってからしばらく経った。
彼女は会員としてしばしばジムに現れたが、一向にパーソナルの予約が入らない。高橋がそのことについて愛華に聞こうと思っていた頃、同じくパーソナル会員である笹原陽子は、異変を感じていた。
(気のせいかしら、私のパーソナルの日、堀井さんが必ずジムに来ている気がする……)
ここは“タカハシジム”。
都会でも田舎でもない絶妙な立地の商店街にあるそのジムは、まだ会員数がそこまで多くない。パーソナルの日に他の通常利用会員がいることは珍しくないが、その偶然の一致があまりにも連続すると、さすがに気になってしまう。
(でもこんなこと聞いて、私の気のせいだったら恥ずかしいか……)
陽子は、高橋の懸命なパーソナルによってそこそこの運動ならなんとかできるようになっていた。そのスクワットはまだ前衛的な動きの面影があるが、百人に聞いたら六十人くらいはスクワットだとわかる動きだ。大いなる成長である。
「も、もう少し体幹をぶらさずにやってみましょう」
「…………はい!」
高橋は陽子の横に立ち、一緒にスクワットをする。それをお手本としながら陽子も同じ動きをする(本人は同じ動きをしているつもりだ)。
「もう少し腰を――」
高橋はそう言いながら陽子の腰を押す。
「……こうですか?」
「そうそう! いい感じです!」
その様子を、愛華はものすごい鋭い眼光で見ていた。その手にはダンベルが握られている。
(き、気のせいかしら、高橋さんが私に触れるたびに堀井さんのダンベルが大きくなっていっているような――)
愛華は今、6キロのダンベルでダンベルカールをしている。正直筋トレ初心者の女性が持つにはいささか高重量なダンベルだ。
――ブン! ブン! ブン!
しかし、そのダンベルをものすごいテンポで動かす愛華。
(気のせいよね……)
「あっ! また戻ってますよ! 腰を引きすぎずに――」
「あ……」
高橋がまた陽子の腰に触れる。
「すみません! こうですよね!」
「はい! コツは掴んできたみたいですね! 次は無意識にできるように――」
陽子はまた愛華の様子を見る。
(あれ!? やっぱり! ダンベル変わってない!?)
愛華は7キロのダンベルを持っている。いつの間に――
――ブン! ブン! ブン!
(怖い怖い怖い!)
その間、全く視線をぶらさずに高橋たちのパーソナルを凝視している愛華。彼女の腕は信じられないほどパンプしており、そのトレーニングの異常性が見て取れる。
(コレハ、“イツザイ”デスネェ……)
トムさんはそんな愛華の様子を興味深そうに観察している。
一方の高橋は、そんな愛華の様子に気づかない。パーソナル中は、対応中の会員に全神経を集中しているため視野が狭まっているのだ!
◇◇◇◇◇◇
そして、陽子のパーソナル終了後――
「陽子さん、最近集中できてませんね」
高橋は心配そうに陽子を見た。
「何か心配や不安があればいつでも言ってください。俺、力になりますので」
高橋のその言葉を聞いて、二人の様子を観察していた愛華はついに限界を超えた。
彼女の嫉妬によるワークアウトはデッドリフトへと種目を変えており、その重量は七十キロに到達。体重をゆうに超える重量を上げ切ってみせた愛華は、「フゥー!!」と息を吐き、腰に巻いたパワーベルトをカチャカチャと外してみせる。
(オミゴト、ミス・アイカ……!)
トムさんはそんな愛華を見て涙している。
「そ、その! 高橋さん!」
限界を超えたのは陽子も同じだった。話を遮り、高橋に詰め寄る。
「はい、なんでしょうか。なんでも言ってくださいね」
「あの! その……」
陽子は迷った。
愛華が見ている中、一体彼に何を言えばいいのだろうか。
高橋と愛華が幼馴染であることは重子から聞いたので知っている。しかし、その幼馴染である愛華が自分たちのパーソナルをどうして凝視しているのか。
なぜ、高橋が自分に触れるたびに愛華のワークアウトの苛烈さが増すのか。
――ひとつ、考えたことがあった。
それは……!
「あの! 筋トレで、少しずつ重量を上げていくのって、どういう意味があるんですか?」
苦し紛れの質問だった。それは、遠回しに愛華の行動を高橋に悟ってほしい。という陽子のアシスト。そのつもりだった。
しかし――
「…………いい質問ですね!」
「えっ!?」
高橋の目が輝いた。
「それは筋肥大において非常に重要な考え方です」
「あっいやそういう話じゃ」
「例えば、先週よりも重い重量設定で同じセット数、同じレップ数を行う。先週よりもセットを増やすなど……段階的に扱う総重量を増やしていく。“漸進性過負荷”を与えていくと、筋肉はより成長するんです!」
「は、はぁ……」
「ついに陽子さんも筋肥大に興味が湧いたんですね!」
「……え?」
陽子は青ざめた。いやいや!どうしてそんな話の流れに!?
「い、いや別にそんなんじゃ」
「次回から、頑張って取り入れていきましょう!」
「あの――」
「まずは、簡単なダンベル種目から始めましょうね!」
陽子は助けを求めるようにジムを見渡した。
トムさんは真っ白な歯を覗かせて笑顔。なぜかサムズアップ。
愛華も……恐ろしいまでの屈託のない笑顔で陽子を見た。その体は、先ほどまでの見事なワークアウトの成果と言うべき、パンプした四肢が輝いている。
(あっ……)
陽子は何かを察した。
そう、愛華も“被害者”なのだ。
高橋と長く付き合いのある彼女が、筋トレと無関係でいられたはずがないのだ。
そして恐らく――
(この私も、例外じゃない――!)
この日を境に、陽子のパーソナルトレーニングの強度が一段上がった。




