第10話「昼に出る幽霊」
## 第10話「昼に出る幽霊」
高橋の及び知らぬところで、思わぬ誤解が生まれた翌日。
「……あれ、なんだろう」
「どうしたんですか? 高橋さん」
今日は軽井沢重子のパーソナルの日。
休憩中につぶやいた高橋のスマホを覗き込む重子。
「い、いや……これ、どう思いますか?」
高橋のスマホには、あるメッセージアプリの画面が開かれていた。
「堀井……愛華さん? 彼女さんですか?」
「いやいや! 違いますよ。俺とアイツはただの友達です」
「ふ〜ん、それで……この人がどうしたんですか?」
「……なんか、黒くなってる」
「あ、アイコンのことですか? ホントですね。真っ黒」
表示された愛華のプロフィールアイコンは真っ黒に塗りつぶされていた。高橋が以前確認した時は、愛華の可愛らしい写真だったのだが……。
「な、なんかあったのか……?」
「う〜ん、これ、失恋――とかじゃないですかね?」
「失恋!?」
「そんなに驚きます!? でも、こういうのそのパターン多いですよ?」
高橋は考えた。
愛華に、彼氏がいた? いや、それ自体は喜ばしいことだ。だが、先日高橋が彼女にビラのデザインを頼んだ時も、それ以前もそんな話は聞いたことがなかった。
(まさか、この短期間で変な男につかまったとか――)
高橋は考えた。
それと同時に、妙な感覚を覚えた。
(なんか、嫌だな――堀井がそんなやつと付き合ってるの)
「連絡してあげたらどうですか? “お友達”なんですよね?」
「あ、ああ。後で連絡してみる」
高橋は重子の助言を聞き入れることにした。
「ま、今は私のトレーニングに付き合ってもらいますから! “他の女”のことなんて考えちゃダメです」
「へ、変な言い方するな……」
そんな軽口を叩く重子だったが、その体は見違えつつある。今日のパーソナルも、しっかり追い込み切るのだった。
◇◇◇◇◇◇
『久しぶり、元気か』
その日の晩。高橋が愛華に送ったメッセージ。
既読は、つかない。
『ビラ、助かってる。近所の子供に大人気だぞ』
オープン後も、愛華デザインの“マッチョコレクター”付きのビラは人気だった。
「あ、既読ついた」
その後しばらくして、高橋が送ったメッセージに“既読”のマークがつく。
「…………」
しかし、返信はない。
『大丈夫か』
高橋は続けて送る。
やはり、既読はつくが返信はない。
『困ってたら、相談してくれ』
その日は、そう送って終わった。
(ま、杞憂って可能性もあるしな。男女関係で堀井がヘコむ姿も想像できないし――)
そして、高橋はあることに気づく。
(そういえば、堀井とそういう“誰かと付き合った”とか――恋愛の話ってしたことなかったな)
(……やっぱり杞憂か)
そう考えながら、眠りにつく高橋だった。
◇◇◇◇◇◇
1:13『堀井愛華から写真が送信されました』
1:13『この人誰』
◇◇◇◇◇◇
1:13 メッセージが削除されました
1:13 メッセージが削除されました
◇◇◇◇◇◇
翌朝。
「ヘイワデスネー」
ジムのオープン時間にいつも通り、当たり前のように現れたトムさんがストレッチしながら言う。
「そうですねー」
高橋はジムを見渡す。朝に来るのは高齢の会員さんが多い。散歩のついでに立ち寄り、器具を使ったトレーニングや、超軽量(一キロとか)ダンベルで運動機能のトレーニングなどに取り組む。
ほとんどがパーソナルではなく一般会員なので、高橋は基本的な器具の使い方を教えたり、運動の提案をするだけ。
「ハイ!ソウ!イイデスヨ〜」
「ふぅ! ありがとうねぇ、トムさん」
なぜかトムさんもそういったトレーナー的な立ち回りをしてくれている。本人曰く「インターバルにちょうどいい」ということなのだが、どう考えても所属トレーナーにしか見えない。
「ちょ、ちょっと高橋さん!」
そんなことを考えていたら、会員の一人が高橋に声をかけてきた。
「ど、どうしましたか?」
「な、なんか表でこっちをじっと見てる子が――」
高橋は振り向いた。
ガラス張りのジム。入り口は商店街の通りに面している。
平日の朝。通勤時間も過ぎ、人通りは少ない。
「だ、誰もいませんね……」
「確かにさっき、こっちをものすごい形相で睨んでた子がいたはずなんだが――」
高橋は考えた。
ジムの入会希望かな? と。
「ま、また来てたら声をかけてください」
その日は、それでなんとなく流れた出来事。
しかし――
「高橋君! また“あの子”きてる!」
「タカハシサン! “アノコ”、イルヨ!」
「高橋さん!後ろ後ろ!」
来る日も来る日も増えていく目撃情報。
しかし、高橋だけがその姿を見ることができない。
(こ、怖い――!)
高橋は怯えた。
それはまさに昼に出る幽霊。
目撃情報では、“その子”は高橋と同じくらいの年齢で、いつも高橋をものすごい形相で睨んでいるらしい。
「ミスター・タカハシ、ノロワレテルンジャ」
「怖いこと言わないでください!」
高橋には心当たりがない。
トムさんに外に出てもらったこともあるが、そういう時は出ないらしい。
「なんなんだ一体――」
そして、ついに――
◇◇◇◇◇◇
――バンッ
次の重子のパーソナルの日。
その日は、珍しく他の会員やトムさんがおらず、重子と高橋だけの空間。二人がトレーニングに没頭してると、外から妙な音がした。
「ギャァァア!!」
「ど、どうしたんですか軽井沢さん!!」
直後、外を見て叫ぶ重子。
「外! 外っ!」
ジムの入り口を指差す重子の示す先に目をやると――
「ほ、堀井か!?」
ジムのガラスにへばりき、刮目する堀井愛華の姿があった。




