第7話
一二二七年七月。西夏攻略もいよいよ詰めへ向かうというのに、通州へ届くのは勝ち戦の景気話より、道端に溜まる腹の減った者どもの数の方であった。
戦が長引くと、まず先に道が痩せる。次に馬が痩せる。そのあとで、人が荷からこぼれる。
避難民だの流民だのと、人は分けたがる。だが、腹の減った顔はたいていよく似ている。子を抱えた女も、荷車を失った老人も、どこかの隊商から弾かれた若い男も、みな同じように道の脇へ沈んでいた。
市では米と麦の値が目に見えて上がった。塩や鉄の高下なら帳場の者も驚かぬが、食うものが上がると、皆の声が少しずつささくれる。
「このまま道へ置いておけば、
夜のうちに荷へ寄りますぞ」
「寄る前に追い払えばよろしい」
「いや、宿へ近づけぬのが先だ」
帳場の者どもは、皆もっともらしい顔でそう言った。流民を憐れむ者はおらぬ。憐れんだところで、売掛は立たず、荷札も守られぬからである。
福海大人は黙っておられた。こういうときの旦那様は、誰の声が先に損へ触れるかを見ておられる。
成安は、米麦の控えと、ここ十日の盗難書付と、宿場の人足勘定を並べていた。
嫌な予感がした。若様が紙を三つ並べるときは、たいてい誰かの機嫌が悪くなる。
「追い払うな」
成安は、顔も上げずに言った。
「炊き出しを出して、動ける者は
荷運びと夜番へ回す」
その場で、何人かが笑った。笑って済む話にしておきたかったのである。
「若旦那、流民を雇うと?」
「泥棒を見張りに立てるようなものだ」
「飯をやれば、仲間を呼びますぞ」
その言い方に、私は昔の市場の臭いを思い出した。売られる前の子らも、よくそういう声で値を決められた。厄介、面倒、盗むかもしれぬ。人は、相手を人でなくしたいとき、まず損の名で呼ぶ。
だが成安は、嘲られても眉一つ動かさなかった。
「外に飢えた手を置く方が高くつく」
低い声で、そう言った。
2.
場の笑いは、そこで少し止まった。
古参の一人が、鼻を鳴らした。
「高くつく、とは」
「盗まれる」
成安は、書付へ指を置いた。
「宿の裏で失せた干し魚が三。
馬具の革紐が二。夜番の小競り合いが四。
追い払って減ったことはありません」
「だから飯を食わせると?」
「飯だけではありません」
成安は言った。
「働かせるのです。
炊き出しで腹を繋ぎ、
荷運びへ回す。
夜は見張りへ立たせる。
札は持たせるな。
二人一組で古参を付ける。
賃は日ごとに切る」
それは情け話ではなく、まるで濡れた縄の処理を言うような口ぶりだった。
「若様は、あれを人とご覧でないな」
誰かが半ばあざけるように言った。
成安はようやく顔を上げた。
「人だからです」
その声は低かった。
「腹が減れば盗る。
居場所がなければ荒れる。
なら、先に置き場を作る方が安い」
私はその言い方に、少しだけ息を呑んだ。
同情ではない。慈悲でもない。ただ、壊れる順を先に見て、その手前へ板を打つような物言いだった。
私のように売られ、切られ、使われた子は珍しくもない。だから私は昔から、涙の多い善人を信用しない。そういう者は、気が変わればすぐ去る。
だが成安は、気の毒だから生かすのではなかった。損が増えるから死なせぬのである。
その乾き方が、かえって真に見えた。
福海大人が、ようやく口を開かれた。
「施しではない、ということだな」
「はい」
「宿を荒らさせぬための勘定か」
「その方が安く済みます」
旦那様は、しばらく帳面を見ておられた。
「……よかろう」
短く、そう言った。
「動ける者だけ拾え。
女と子には鍋を出せ。
だが札は持たせるな。
夜番へ入れる者は、
先に顔を見て選べ」
帳場の者どもは返事をしたが、その声は揃っておらぬ。若旦那の案が通るたび、家の中のどこかが少し冷える。私はもう、その冷えを覚え始めていた。
3.
その日の夕刻から、鍋は宿の裏庭へ据えられた。
最初に寄ってきたのは、子連れの女と、脚を引く老人ばかりであった。動ける男どもは遠巻きに見ていた。追い払われぬか、いきなり縄を掛けられぬか、その匂いを嗅いでいたのであろう。
成安は、鍋の前へは立たなかった。米麦の減りと、人足の欠けを見ていた。あの若旦那は、人の腹へ粥を入れるときでさえ、先に帳面の方を見る。
だが、二日目には若い男が三人、荷運びへ回った。三日目には、夜番の焚火へ流民上がりの者が一人増えた。四日目には、宿の裏で干し魚が消えぬようになった。
そこでようやく、帳場の者どもの顔から笑いが消えた。
効いたのである。
効くと分かれば、人は急に真似をする。
先だってまで「泥棒を招くようなものだ」と笑っていた商家が、鍋を出した。人足を募った。夜番へも立てると言い始めた。
だが、思ったほど集まらぬ。
集まったところで、痩せたのと目の濁ったのばかりだと、彼らは不機嫌な顔で言った。李家へはまだ動ける者が寄るのに、こちらへは寄らぬ、と。
理由は私には分かった。最初に腹の減った者を敵ではなく手として数えた家と、李家がうまく行ったと聞いてから鍋を出した家とでは、湯気の匂いまで違う。
人はそういう違いを、案外よく嗅ぎ分ける。
後追いした者どもは、それでも負けを認めたがらなかった。李家は先に使える者だけをさらったのだとか、あれは慈悲ではなく青田買いだとか、言い換えだけは上手であった。
やがて、そのうちの一人がダルガチへ訴えた。
「李家は近ごろ流民を囲い込んでおります」
「見張りだの荷運びだのと申しますが、
宿場の治安を私の家ひとつで
扱わせてよい話ではありますまい」
もっともらしい顔で、そう言ったのである。
私はその場で、少しだけ笑いそうになった。もう自分でも鍋を出したくせに、集まらなかったとは言えぬ。真似して負けたとは、なお言えぬ。だから秩序の名で他所を縛ろうとする。
人は正しさに負けたと認めるくらいなら、公益の顔で嫉みを言う。
4.
だがダルガチは、その訴えに眉一つ動かさなかった。
「それで盗難は減ったのか」
まず、そう訊いた。
訴えた男は少し詰まった。
「……李家では、そのように」
「宿は荒れたのか、収まったのか」
「収まりはしたようですが」
「では、よいことだろう」
それで終わりであった。
男はなお何か言い募ろうとしたが、ダルガチはそれ以上聞かなかった。
「散らして盗ませる方が面倒だ。
他所も真似すればよい」
そのひと言で、場が静まった。
誰も反駁しなかった。できなかったのである。もう鍋は出した。人も募った。来なかった。それを口にした瞬間、この訴えが嫉みであると露わになる。
私はその沈黙の形を、よく覚えている。
数日後、ダルガチは李家のことを、通州の顔として上へ報せたらしい。流民処置に手際あり、宿場秩序の維持に使える家だと、そのような文言であったと聞く。
帳場の者どもは色めき立った。福海大人も、長男様も、皆それぞれ違う高さから、その重みを量っておられた。
ただ一人、成安だけは顔も上げなかった。
「若様、よろしいのですか」
私がそう言うと、成安は帳面の端を押さえたまま、
「それで麦が増えるのですか」
と言った。
私は思わず黙った。
「まだ合っていません」
成安は低く続けた。
「炊き出し三日分で減った麦と、
盗難の減りが、まだきちんと
釣り合っていない」
通州の顔と持ち上げられても、若様はなお、鍋の底と帳面の余白ばかり見ていた。
この人は、壊れる前に止める勘定はできる。人が荒れる前に置き場を作る算段もある。
だが、湯を置く手がない。
救われた者の顔色より、先に減った麦の目方を見る。褒め言葉でなく、残った損を数える。そういう若様であった。
私は鍋の残り香のする庭を見ながら、ふと思った。
この人には、家の内から湯を置ける者が要るのだろうと。
人が壊れる前に止めようとする男はいる。だが、自分が壊れたあと戻る場所まで一人で作れる男は少ない。
若様は前者で、後者ではなかった。
そして、その欠けを本人だけが、まだ知らぬのである。




