第59話
1.
一二三二年十月。秋が深まり、燕京の空気にも、もう冬の硬さが混じり始めたころであった。
その日の昼、韓家へ一騎の早馬が駆け込んだ。表向きは、いつものように草原向けの品目追加を知らせる急ぎの書付である。塩と布の段取りを少し前へ倒したい、薬種の内訳を替えたい、そういう顔をしていた。
だが私は、封の端を見たときから、胸の底で何かがひどく冷えた。ああいう急ぎ方は、品の増減だけで済むときの手つきではない。
若様――成安は、書付を一読しただけで顔色を失われた。行間に埋め込まれた急を、もう読まれたのである。しかもその細工には、見覚えがあった。気づく者だけへ気づかせるように、わざと整えた乱れ方である。
「モンケ様だ」
低く、そう言われた。
私は何も言わなかった。言わずとも足りたからである。トルイ家の内で、あの癖を持つ者がそう多くあるまい。
トルイ様が重篤――。
言葉にしてしまえば、それだけである。だが若様の中では、その一語で胸のどこかが深く裂けたのであろう。書付を畳む手が、そこで一度だけ止まった。いつものように端をきっちり揃え切れず、紙の角がわずかにずれた。
若様はすぐに立たれた。
「北へ出る」
それだけであった。荷駄の算段なら途中でつけられる。騎馬を借りて急げば、まだ間に合うかもしれぬ。たぶん胸の内では、もうそういう順が立っていたのである。
私は止める言葉を持たなかった。こういうときの若様は、勘定より先に足が出る。それだけ、あの家への思いが深いのだと分かったからである。
だが、晋卿様は違った。
若様が辞去の口上を申し上げる前に、あの方は短く言われた。
「最悪のときに、最悪の選択をするな」
声に怒気はなかった。むしろ、ひどく冷たい慈悲だけがあった。
若様は何か言いかけた。だが晋卿様は、そこへ理を長々とは足されなかった。ただ、若様をまっすぐ見て、
「いま燕京でしか出来ぬことをしろ」
とだけ言われた。
若様は、そこでしばらく動けなかった。行きたいのだ。行きたいが、行って届く立場でもない。そのことを、誰よりご自身がよく知っておられる。知っているからこそ、よけい堪えたのである。
やがて深く頭を下げられたが、その背は、今まで見たこともないほど重かった。
2.
帰宅した若様は、玄関先でしばらく立ち尽くしておられた。月蓮は、もう湯を整え、灯りを少し落として待っていた。産後の身であるから、顔色はまだ薄い。だが部屋の内は、この人の指で整えられたぶんだけ静かであった。
成謙は母の腕の内で、乳の匂いをまとって小さく眠っていた。夜具には乾いた日の温みが残り、脇には替えの布がきちんと重ねてある。主の命が危ういというのに、この一隅だけは、まだ今日の暮らしの形を保っていた。
若様は、それを見てなお苦い顔をされた。家の静けさに救われたのではない。ここへ戻ったことで、かえってご自分が北へ走れぬ身であることを、はっきり知らされたのであろう。
月蓮は子を抱いたまま、慰めの言葉を先に置かなかった。
「燕京でしか出来ない働きがございます」
穏やかな声で、ただそれだけ言った。
若様は答えられなかった。だが、その一言が胸へ落ちたことくらい、横で見ていても分かった。
月蓮は理を説いたのではない。ここに家があり、ここで回るべき物があり、いま夫の手が要る場所はどこかと、生活の高さから置き直したのである。
若様はようやく座り、机の上へ書付を広げられた。
広げたが、すぐには筆が進まぬ。荷札の控えへ手をやり、絹布と書くべきところで、いったん絹糸と記しかけ、自分で止められた。ほんの小さな書き違えである。だが、あの方が品目の順を誤るのは珍しい。
私は黙って墨をすった。
若様は短く息を吐き、書き直した。
「……見舞いの言葉では足りぬ」
それからは、もう顔つきが変わった。情を捨てたのではない。情の置き場を、実務の方へ移したのである。
3.
翌日から、若様は迷いを断ち切るように働かれた。
冬が来る前に送るべき品を、根こそぎ洗い直す。毛織、乾酪、塩、薬種、馬具の修繕材、寒さに備える布地。何を先に、誰の手へ、どの筋で回せば最も確かか。品目だけでなく、届け先の顔まで含めて勘定へ入れる。
早便へ回すべきものと、通常便で足りるものを分ける。荷札の書き方まで変える。表にはいつもの商いの顔を残し、内では、どの荷がどの幕舎の誰へ渡れば滞りが少ないか、その順まで決める。
私は商団筋へ走り、草原の様子を拾った。若様は若様で、荷車の積み順まで見ておられた。毛織を上へ、薬種は湿りから遠ざけ、塩は揺れで崩れぬよう俵を替える。そういう細事にまで、ひとつずつ手を入れてゆく。
まるで祈りの形を、実務へ変えているようであった。
あの家はいま、トルイ様の重篤と、都で軽々しく飛び交った言葉の残り垢に傷ついている。そういうものが、家そのものの輪郭を薄くしている。
ならばせめて、物の流れだけは裏切らぬように守る。
若様の腹は、そこへ決まったらしかった。もっとも、決まったからといって、胸まで静かになったわけではあるまい。
荷札を見直す指先が、ときおりほんの一拍だけ止まる。書き付けた宛名の上へ、目が長く留まる。けれど、そのたびごとに、若様は紙の端を揃え、また次の一行へ手を伸ばされた。
行かぬと決めたのではない。
行けぬぶんを、別の形で届けようとしておられるのである。
私はその横顔を見ながら、ああ、この方はやはり、走るより先に損耗を止める人なのだと思った。いや、走りたいのに、それでも止める方を選ばされていると言うべきかもしれぬ。
そういう人間の祈りは、たいてい紙と荷札の形を取る。
4.
だが祈りは、届かなかった。
数日後、再び早馬が韓家の門を叩いた。前のような細工は、もうなかった。急ぎの商いに見せる衣さえ、今度は要らなかったのである。
若様は封を切り、短く目を走らせ、それきり動かなかった。
――トルイ様、ご逝去。
ただそれだけで、もう充分だった。
私は声を掛けることも出来ず、少し離れて立っていた。若様は書付を持ったまま、ひどく静かであった。大声も出さぬ。物も落とさぬ。だが、こういう静けさがいちばん深い傷であることを、私はもう知っている。
仕えたいと願った主が失われた。
それだけでも、人の胸は裂けるに足る。
だが若様がその場で知ったのは、もっと別のことであったろう。
これは一人の人間の喪に留まらぬ。これから先、あの家は、家そのものの形で痛み始めるのだと。
大きい者が一人倒れたというだけではない。人と物と面目と、家を家として繋いでいたものの流れが、一度に深く傷む。その始まりが、いま目の前の紙に書かれている。
若様はやがて、書付をゆっくり畳まれた。今度は、角のずれもなかった。整えられたのではない。整えねばならぬから、そうしたのである。
「……荷は、そのまま出す」
低く、そう言われた。
私はうなずいた。
言葉はそれだけで足りた。主は亡くなった。だが、家はまだ残る。残る家へ、これからいっそう要るものがある。悲しみの最中にさえ、そこへ手を止めぬのが若様であった。
外では、燕京の風がもう冬の匂いを連れていた。
私はその冷たさの中で、ああ、この日から若様の胸の中でも、何か一つ季節が変わったのだと思った。国の大きな流れを支えるだけでは足りぬ。名のある主へ忠を尽くすだけでも足りぬ。
家が傷んだとき、なお物を切らさず、流れを絶やさぬこと。家を残すとは、たぶんこういうことなのだ。
若様は、まだそこまで言葉にはしておられまい。だが、その日の静けさは、もう以前のものではなかった。




