第53話
1.
一二三二年一月。李家と韓家の婚礼支度が目に見える形を取り始めると、燕京の冬の寒さも、少しだけ人の顔つきから遠のいた。
祝いごとというものは、派手に笑う前から、もう家の手つきへ出る。帳場では塩と布の動きが少し変わる。奥では、使う椀と使わぬ椀が分かれる。
誰に先に報せるか、どこの家へどの順で品を回すか、その細事の並びだけで、家というものは先に慌ただしくなる。
若様――成安は、その慌ただしさの中でも、別に浮き立つ顔はなさらなかった。もっとも、喜んでおられぬわけでもあるまい。ただ、この方は昔から、自分に近いことほど、かえって顔へ出にくい。
その代わり、まわりの者どもが少しだけ安い顔をした。月蓮の件で順を違えた傷は、まだ消えておらぬ。だが婚礼まで定まれば、ようやく家の側からも、あの綻びへ蓋が出来る。
私としても、それはありがたかった。若様は国の綻びなら数え上げるが、家の綻びだけは、ご自分の胸へ入るまで少し遅い。
放っておけば、今でも順を違えたことや、余計に月蓮を疲れさせたかもしれぬことを、一人で勘定し直しておられただろう。
だが、家の静けさとは別に、外の風はあまり静かではなかった。
也速哥様の名が、この頃やけに広く散っていたのである。
ジョチ家へ顔を出した。チャガタイ家の使者筋へ口を利いた。内廷まわりの折衝にも手を貸しているらしい。
諸家の縁組、使者の取り次ぎ、誰がどこへ何を贈るか――そういう付き合いの細々したところに、あの方の名が思いのほかよく付いて回った。
別に不自然ではない。あれでも先のカンの子である。諸家のあいだを渡り歩き、祝いと調整の顔で現れるぶんには、筋は通る。
若様も最初は、ただ低く、
「お忙しいことだな」
と言っただけであった。
だが私は、その名を聞くたび、どうにも胸のどこかがぬるくなるのを覚えた。
あの方の物言いは、いつも平らである。正しい顔をして近寄り、正しいまま少しだけ人の座をずらす。そういう種類のぬるさを、私はもう知っていた。
2.
その日、也速哥様は何の前触れもなく燕京政庁へ現れた。
何の前触れもなく、というのは、あくまでこちらから見れば、である。あの方のような人は、たいてい来る前からどこかに気配を置いている。ただ、こちらがそれを掴めぬだけだ。
部屋へ通された時、若様はいつものように席を正し、私はその後ろへ下がった。
也速哥様は、相変わらず柔らかい顔をしておられた。寒い日の客らしく厚手の衣をまとい、言葉は穏やかで、急かしもせぬ。だが、あの方が部屋へ入ると、なぜか灯りの届く場所まで半歩だけ冷える。
「そろそろ、金の攻略も仕上がりですな」
そう言って、自然に腰を下ろされた。
「トルイ兄上の軍が、
大勝に次ぐ大勝にございます。
完顔陳和尚まで討たれたとか。
十五万を別動で蹴散らすとは、
父上が蘇られたかと思いましたよ」
口ぶりは寿ぐ者のそれであった。勝ち戦を喜び、名将の戦死を語り、しかも降将の扱いにまで話が及ぶ。
「処刑に際しても、
あの武名を汚さぬよう
取り計らわれたとか」
そういう細部まで、あまりに生々しかった。
若様は何も言われなかった。ただ、一度だけ指先が止まった。懐かしさがないわけではあるまい。あの方にとって、トルイ様の大きさは、帳面の届く主の大きさであった。
だが今の也速哥様の話しぶりには、戦勝の景気話と呼ぶには妙な近さがあった。公式の駅伝で、ここまで早く、しかもこういう細部まで届くものか――そういう疑いが、私のような門外漢にさえ先に立った。
也速哥様は、なお微笑まれた。
「西ではチャガタイ家が要を支え、
カスピの向こうではジョチ家が進み、
帝国はいよいよ形を定めてゆきます」
そこで一拍、軽く息を置く。
「兄弟の絆が強ければ、
帝国の栄えは万世に至りましょう」
まことに結構な言葉であった。
結構であるからこそ、私は余計に息苦しかった。あの方が兄弟の絆を口にすると、なぜか祝いの言葉がそのまま値踏みに聞こえる。
3.
話はそこで終わらなかった。
也速哥様は、ご自分もまもなくオゴデイ家の軍へ合流する、と何でもないように仰せになった。
なるほど、それもまた筋の通る話ではある。諸家のあいだを取り次ぎ、祝いを運び、折衝の顔で歩く者なら、そういう動き方もあろう。
けれど私は、その「筋が通る」こと自体が嫌であった。正しいからこそ、どこまでが表でどこからが腹の内か、ますます分からぬ。
やがて立ち去る折である。
也速哥様は、若様の方へわずかに体を向けられた。顔はあくまで穏やかで、言うことも祝いの延長でしかない。
「良縁を得られたこと、
ことのほか喜ばしい」
そこまでは、よい。
だが次の一言が、部屋の空気を妙に変えた。
「……あとは、お立場とお心を、
近づけすぎぬことでしょうな」
私は、その意味をすぐには呑み込めなかった。
実務官として、どこか一つの家へ情で寄りすぎるな。そういう、ごくもっともな忠告にも聞こえる。
聞こえるのだが、若様の顔がその場で石のように固まったのである。
私は横からその横顔を見た。
怒ったのではない。反駁の言葉を探している顔でもない。もっと別の、言葉になる前にどこか深いところを打たれた時の固まり方だった。
也速哥様は、それ以上は何も言われなかった。軽く会釈し、そのまま部屋を出てゆかれた。残されたのは、勝ち戦の寿ぎと、妙にぬるい一言だけである。
私はしばらく若様へ声を掛けられなかった。
やがて、胸のうちでようやく形になったのは、ひどく単純な疑いであった。若様は、トルイ家に入れ込んでいる、と言われたのか。しかも、それをまるで害のように言われたのか。
だが、そう言うには、あの刺し方は少し深すぎる気もした。
若様は燕京政庁の指図に従い、トルイ家の家産と東モンゴルウルスの財政へ筋を通し、帝国の兵站へつなげてきただけである。
私はそう思った。そう思ったが、それでも部屋に残った気分の悪さだけは、どうしても消えなかった。
4.
その日のうちに、晋卿様は書記部屋へかん口令を敷かれた。
命は短かったが、重かった。
「戦勝は事実である」
まず、そこは認める。
「だが、常識的な情報伝達から見て、
早すぎる」
声は低く、乾いていた。
「公式の駅伝によるものではない。
論功行賞の定まらぬうちに、
軽々な発言は控えよ」
それだけで充分であった。
部屋の空気が、そこで一段深く冷えた。勝った、めでたい、で済む話ではない。誰がどこから何を先に知り、誰がまだ知らぬまま座っているのか。そういう種類の重みが、ようやく皆の喉へ落ちたのである。
若様は、そのあいだ一言も発せられなかった。
私は横で、ようやく昼からの違和感の置き場を得た気がした。開封から遠いこの燕京で、戦の匂いより先に、内輪の争いの匂いが立ったのである。
しかも、それは血なまぐさい怒鳴り合いではない。祝いの言葉、兄弟の絆、各家の付き合い、そういう立派な顔をしたまま、静かに人の座を量り始める類の争いであった。
私は湯の冷えた杯を片づけながら、胸のうちで小さく息を吐いた。
若様は、理に落ちぬ不快を抱えたまま、また帳面へ戻るだろう。
だが今夜の私は、それより先に別のことを考えていた。
こういうぬるい違和感は、たいてい後で形になる。祝いの席の陰で立ったものほど、あとで家々のあいだに長く残る。
言わずとも分かった。
春節を迎える町の灯の下へ、戦の勝ち負けだけでは済まぬ別の冷えが、もう先に入り込んでいた。




