第52話
1.
一二三二年一月。韓家で話がまとまった日の空気は、祝いより先に、家の中の傷を外へ見せぬ静けさで張っていた。
韓家の主人との面談を終えた福海大人は、低い声で、必要なことだけを言われた。長々とは責めぬ。怒鳴りもせぬ。ただ、家長として引くべき線だけを、そこへ置かれた。
「野合はいかん」
たったそれだけであった。
若様――成安は俯いたまま、
「……もっともです」
としか言えなかった。
私は横で、ああ、これはこの方にいちばん堪える裁かれ方だ、と思った。理屈で打ち負かされたのではない。家の側から、順を違えたとだけ言われる。そう言われれば、この人は反駁できぬ。
ところが、そのあとで長男様が口を開かれた。
「家の結びつきはさてこそ、私は、
お前もまた人の子であったことを
嬉しく思う」
私は思わず顔を上げた。父上が家の順を正した、そのすぐあとで、それを言われるか、と驚いたのである。
若様はなお俯いたままだった。だが、肩がわずかに硬くなったのは私にも分かった。
認められたのに選ばれなかった傷は、家を出てから三年と少し経った今も、まだ胸のどこかに残っている。長男様はそこへ、まっすぐ手を置かれたのだ。
父上は家の倫理を断ち、長男様は人として迎える。まことにこの家らしいやりようであった。
若様は救われた顔などなさらぬ。ただ、ますます返す言葉を失った顔で黙っておられた。責められればまだ筋を立てられるが、こうして迎えられると、この人はかえって弱い。そこがまた、面倒くさいところである。
2.
そのあとの話は早かった。若様がまだご自分の過ちと自責に足を取られているうちに、両家の年長者どもは、もう婚儀の日取りと体裁の整えへ移っていた。
ここで効いてきたのが、月蓮である。
――布と塩。
言葉にしてしまえば、それだけだ。だが燕京で暮らしていれば、その「だけ」がどれほど大きいか、いやでも分かる。人は大義では毎日食えぬ。着るものと、炊くものが要る。
韓家は布を扱い、李家は塩を握る。その二つが縁で結ばれれば、ただ責任を取ったという話では済まぬ。
私は年長の手代どもの顔つきが、祝言の相談のうちに、もう半ば別の勘定へ移っているのを見た。
誰が損をせずに済むか。どこで礼を立てるか。燕京のどの家へ、どれだけの響きが出るか。祝いの顔の下で、そういう算段が静かに走っていた。
韓家にとっては、娘をただ泣き寝入りさせずに済む。李家にとっては、次男の厄介な立場へ厚い緩衝が一枚つく。
しかも双方にとって、暮らしに要る物、そして貢納品そのものを握る家どうしの縁は、表向きの体裁よりよほどよく効く。
若様だけが、まだそこに追いついておられなかった。謝るべきことは分かる。順を違えたことも分かる。だが、なぜそれがこうも早く家と家の実務へ変わるのか、胸のどこかでまだ飲み込めておられぬ顔である。
私は内心で苦笑した。若様は破れの値段はよく分かる。だが、破れを塞いだあとで、どの家がどれだけ得をするか、それを自分のこととして見るのは遅い。そこがこの方の、まことに若様らしい面倒くささであった。
もっとも、月蓮は違った。奥で身を休めながらも、必要な紙と口上だけは先に整えてあった。騒ぎ立てず、恩に着せず、ただ家がもう一度まっすぐ動ける形へ戻してしまう。
私はその手際に、また感心していた。あの方は若様の理屈を否定せぬ。だが理屈だけでは暮らしが回らぬと知っている。だから先に、暮らしの方を壊れぬ形へ置き直すのだ。
3.
婚儀の予定が公にされると、燕京の政庁は、ひどく分かりやすく変わった。
昨日まで若様を「北狄の犬」だの「売国奴」だのと陰で噛んでいた連中が、急に声を柔らげるのである。もっとも、人格を見直したわけではない。損得の勘定が変わっただけだ。
ある者は、廊下で行き会うと、ふと思い出したような顔で言った。
「この春は、婦人方も布地の取り合わせに
心が向くようでしてな。
どのようなものが流行るのでしょうな」
私はその横で、危うく鼻で笑うところであった。流行が知りたいのではない。韓家へ少し口を利け、と言っているのである。しかも、自分の口では一つも頼んでおらぬ顔で。
別の者は、もっと雅であった。
「めでたい折と伺えば、こちらも
心ばかりの品など考えねばなりませぬな。
もっとも、近ごろは家内も春の支度に
目ざとく……」
祝意と家計の泣き言を一息で混ぜる。まことに官の人間らしい。さらにまた別の者は、書付を差し出すついでに、
「いやはや、近ごろは燕京でも通州でも、
筋を違えぬことが肝要と見えますな」
とだけ言った。
脅しでもない。媚びでもない。ただ世相を語る顔で、もう触れては損な男になった、と伝えてくるのである。
そればかりではない。呼び方まで変わった。前なら若造を見るような目で「李書記」と呼んだ者が、「成安殿」と言う。書類を回す順が変わる。席を立たせぬ。軽輩扱いだけが、急に消える。
しかも、そういう者ほど目を合わせぬのである。露骨に媚びるのは、まだ下等で分かりやすい。
だが政庁勤めの人間どもは、そこを一段ひねる。昨冬までは、若様が何か言えば、若いくせにやかましいという顔で、わざと返事を半拍遅らせた。
それが今では、先に椅子をすすめ、書付の端を揃え、妙に物腰だけは整えてくる。礼を失してはおらぬ。むしろ、礼は尽くしている。
だからこそ私はなおさら薄ら寒かった。人を人として重んじているのではない。損を避けるために、礼の形だけを先に差し出しているのである。
私はそれを見ながら、乾いた気分になっていた。人は正しさで付き合いを決めるのではない。暮らしの損得で決める。昔から知っていたことではある。だが、こうもあからさまに見せられると、さすがに笑うしかない。
4.
ただ一人、その変化にいちばんうまく馴染めなかったのが、若様ご本人であった。
ご自分の机上の勝ちでは得られなかった緩衝が、婚家と月蓮の力で先に手に入ってしまったのである。怒る筋はない。ありがたくないわけでもない。だが、そのありがたさが、そのまま敗北の味になる。
若様にとっていちばん苦いのは、そこなのであろう。自分の正しさが間違っていたわけではない。
政庁で噛んできた連中の卑しさも、見立てとしては少しも外れておらぬ。けれど、それを跳ね返す壁を、ご自分の手ではまだ作れなかった。
家と婚家が先にそれを作ってしまったのである。理では負けておらぬ。だが、生きる上での勝ち負けでは、もう負けた気がする。若様はそういうところが、実に面倒くさい。
ありがたければ黙って受ければよいのに、それでは帳面が合わぬとでも申すように、胸のどこかでまだ勘定を続けてしまう。
その夜の若様は、ひどく深刻な顔で黙り込んでおられた。紙へ向かうでもなく、湯へ手を伸ばすでもなく、ただ座って沈んでいる。
こうなると、私などには「また始まった」としか言いようがない。理屈は山ほど立つくせに、いちばん肝心なところで内側へ潜るのだ。
そこへ月蓮が来られた。
何も細かくは問われなかった。若様の顔を一目見、それから近くへ座られた。慰めの言葉を並べるでもない。敗北感を論じるでもない。ただ、若様を抱き寄せ、子にするように頭を撫でられたのである。
その手つきが、たいそう好ましく映った。
甘やかすのではない。事務でもない。情のこもった手際である。放っておけば、まだこの人は沈む。だからここで回収する。そういう手つきであった。
「もう、その顔はおしまいでございます」
低く、そう言われた。
「次を整えましょう」
若様は何も返されなかった。ただ、さきほどまであれほど硬かった肩の力が、そこでようやく抜けた。理で勝った顔ではない。敗北を言い募る顔でもない。ただ、人がようやく息をつく顔であった。
私は額へ手を当て、ひとつ息を吐いた。国の帳簿を回す顔で座っていた男が、こうして奥方の腕の中でやっと人の顔へ戻る。苦笑もした。だが、それ以上に、月蓮には恐れ入った。
私は若様に長く付き合ってきた。面倒くさいときの沈み方も、しょうがないときの黙り方も知っているつもりでいた。けれど、この若様を理で負かさず、愚痴も言わせず、抱いて撫でて、そこで終わらせてしまうのか。
いやはや、この奥方にはかなわぬ。
紙と墨の匂いばかりまとって生きてきた若様が、最後には湯気のある方へ戻ってゆく。
家を残すとは、案外、こういうところから始まるのかもしれぬ。




