第46話
1.
一二三一年九月。秋に入ったというのに、燕京の政庁からは夏の濁りがなかなか抜けなかった。草原の冷えなら、人の胸も少しは鎮まろう。だがここでは、熱は紙と壁のあいだへ籠もり、籠もったまま言葉だけを乾かしてゆく。
漢中城の報せが届いてから、もうしばらく経つ。泣き叫ぶ声は早く消える。残るのは、返書の遅れ、使者の扱い、言葉の端に立つ小さな棘の方である。
南へ渡すはずの文が、一日遅れる。前なら二つ返ってきた問いが、一つしか返らぬ。応対の言い回しは丁寧でも、丁寧なぶんだけ冷たい。そういう遅れや薄さが、兵糧より先に机の上へ積もり始めていた。
その朝、晋卿様は南向けの控えを最後まで見もせず、低く言われた。
「悼む言葉を増やしても、足りぬ」
若様は黙っていた。
「いま要るのは、
恨みを増やしすぎぬ段取りだ」
それだけで、十分であった。非道を非道と言うのではない。言ったところで南の腹は軽くならぬ。ならば、どの名で兵を動かし、どの名で糧を運び、どの順で負担を散らすか、その方を先に整えねばならぬのである。
若様はすぐに紙を引き寄せた。兵糧輸送とは書かぬ。協力とも書きすぎぬ。徴発の語も薄める。
南の面子を立てる順、こちらの得を露骨に見せぬ順、後で恨みの単位になりやすい文句を避ける順。そういう順ばかりを、細い字で積んでいく。
私は横で控えを揃えながら、昔の若様なら、こういう仕事をもっと露骨に嫌ったであろうと思った。
だが今は違う。濁るのを嫌うだけでは、人も家も残らぬところまで来てしまっている。嫌なものを嫌なまま使うほかない、と、もう知っておられる顔だった。
2.
しかも悪いことに、漢中の血は南だけへ付かなかった。燕京の中でも、諸家の座る位置が、ぬるく変わり始めていたのである。
露骨な和解ではない。杯を重ねて泣き笑いするような話でもない。ただ、これまでなら同じ卓へ着かぬ者どもが、いつの間にか同じ場におり、互いの面子を損なわぬ程度の受け答えだけは出来ている。
ジョチ家とチャガタイ家のあいだに、そういう薄い橋が掛かり始めた。
さらに、別の席ではトルイ家へ向く口ぶりが、妙に柔らかい。新たに贔屓が生まれたのではない。もとよりあった見込みが、誰にも否みにくい形で卓の上へ並べ直されているようであった。
外から見れば諸家の睦まじさである。近くで見れば、誰が誰と同席し、誰がどこで言葉を飲み、誰がどの名目で一歩引いたか、その手つきばかりが妙に整っていた。
若様は、その整い方をひどく嫌っておられた。
「出来すぎている」
ぽつりと、そう言われたことがある。
実際、出来すぎていた。自然に近づいた者どもの顔ではない。かといって、誰かが無理に縫い合わせた継ぎ目でもない。もっと嫌な、反対しにくい正しさの顔をしていた。
ある日の寄り合いで、也速哥様が、諸家の往来が円くなったことを穏やかに寿がれた。争うよりは結構、行き違いよりはまし、互いの面子が立つなら帝国のためでもある。そういう、誰も否定しにくい言い方である。
誰も反論できなかった。晋卿様も、そこで口を挟まれなかった。諸家が睦まじく見えること、そのものに異を唱えれば、今度はこちらが狭量の顔になる。
だが若様だけは、机の上へ落とした指先をしばらく動かさなかった。あの方には、結構なことが結構なままに見えぬときがある。よすぎる整い方の向こうに、別の傷みを嗅ぎつけるときである。
3.
その夜、若様は珍しく羊串の一本目をなかなか口へ運ばれなかった。炭火はいつものように赤く、脂はいつものように落ちている。だが若様の目は、串の焼け具合より昼の座の運びを見ていた。
「ヨハンナン」
「はい」
「諸家が近づくのは、悪いことか」
私は少し考えた。
「近づき方によります」
「そうだ」
若様は低く言われた。
「近づいたのではなく、近づいて見える」
それから、ようやく串を口へ運ばれた。
「見える形が先にある」
私は黙って聞いた。若様はこういうとき、まだ腹の中で分類が済んでおられぬ。済んでいれば、もっと短く切る。
「ジョチ家とチャガタイ家が
同じ卓へ着く」
若様は皿の端を見ながら続けられた。
「それ自体は結構だ」
「ええ」
「だが、その結構さが
どこへ向いているのかが見えぬ」
私は、その言葉でだいたい察した。諸家が円くなるのが嫌なのではない。円く見えることで、別の場所に立つ者だけが、あとで角ばった顔になる。それが嫌なのである。
「トルイ家でございますか」
若様はすぐには答えなかった。
「……あの家のまわりへ、
疑う理由のない疑いが残る」
言ってから、ご自分でも言葉の足りなさに気づいたらしい。杯を置き、低く続けられた。
「人を減らす顔ではない」
私は黙った。
「減らさぬ顔で、座だけを動かす」
その一言で、私は少し寒くなった。ああ、若様はそこが気味悪いのか、と思ったのである。
也速哥様は誰かを切れとは言わぬ。疑えとも言わぬ。ただ、結構なことを結構なまま整える。その整いのあとでだけ、誰が輪の外にいたかが、妙に見えやすくなる。
4.
宿舎へ戻ってからも、若様はすぐには筆を取られなかった。南向けの文案、兵糧輸送の言い換え、徴発負担の散らし方、諸家往来の控え。机の上には、血の臭いを帳簿の臭いへ変える紙ばかりが並んでいた。
若様はその一枚ずつを見ておられた。昼に通った理屈も、夜の屋台でこぼれた言葉も、漢中で乾ききらぬ血も、紙の上ではもう別の顔をしていた。
「晋卿様は、反対できぬ」
ぽつりと、そう言われた。
「諸家の睦まじさを
否むわけにいかぬ」
私はうなずいた。こういう名目の強い正しさほど、人の手を縛るものはない。
「だが」
若様はそこで止まった。
「何が悪いのか、まだ言えぬ」
灯りの下で見ると、その顔はいよいよ疲れていた。怒り切っている顔ではない。むしろ逆である。理に落ちぬ不快を、まだ理の形へ出来ずに持て余しておられる顔であった。
私は湯を置いた。若様は礼も言わず、湯気だけを見ておられた。
「也速哥様は、理に外れておらぬ」
「ええ」
「人を減らせとも言わぬ」
「ええ」
「なのに、場が終わったあとだけ、
何かが少し減っている」
私は杯の底を見た。まことに、嫌な言い方である。だがその嫌さは、よく分かった。
城の中で人が死ぬのは、もう見えている損耗である。徴発で村が痩せるのも、帳面へ書ける損耗である。
だが座の重みだけが少し動き、責の形を持たぬまま、不信の置き場だけが一つ増える。そういう減り方は、紙にも数字にもなりにくい。
若様はようやく筆を取られた。取られたが、すぐには書かなかった。紙の余白へしばらく指を置き、それからひどく細い字で、南向け文案の脇へ別の控えを起こし始めた。
私には、その中身をまだ見ぬうちから分かった。
見える敵意ではない。見えぬ疑心の残り方を、若様はもう数え始めているのである。
火の上で湯が小さく鳴った。秋の夜は静かだったが、机の上にだけは、漢中から続く血の乾く音が、まだ薄く残っていた。




