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家譜 ~中書省員外郎 李成安の生涯  作者: 早瀬 構
第五部

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第41話

1.


 一二三〇年八月。燕京の夏は、草原のように風で抜けぬ。熱は壁と紙のあいだへ溜まり、いったん籠もると、人の目から先に乾かしてゆく。


 その朝の若様――成安は、もうだいぶ前から起きていたはずである。私が書記部屋へ入ったときには、机の上の帳面が三つ開かれ、四つ目の綴りへ手がかかっていた。


 馬数。替え馬の間。宿継ぎの日数。倉別残数。残存戸口。徴発後に、どの村がいつまで保つか。


 紙の上では、どの筋もよく通っていた。


 この宿で草を継ぎ、この駅で馬を替え、足りぬぶんは次の倉で拾い、戸口の痩せた村は脇へ回し、そのぶんはまだ残る別の里で埋める。線だけ見れば美しい。実務者の机で引かれた線としては、文句のつけようがない。


 だが若様は、その美しさを見る顔をしておられなかった。


 綴りの端を押さえたまま、低く言われた。


「人が、そこに居続けることを

  前提にしている」


 私は返事をしなかった。こういうときの若様は、もう半分、自分で分かっていることを口へ出しているだけである。


 徴発を掛けても、村は村のまま残る。男手は逃げぬ。里正は腹の底で舌打ちしても、表では命に従う。倉は倉として口を開け、宿駅は草と水を出し続ける。


 つまり帳面の正しさとは、紙の外の人間が、こちらの都合どおりにじっとしていることの上に立っていた。


 若様はそこで、しばらく指を止めた。


 去年までなら、今ごろは草原の風の通る幕のあいだにいたかもしれぬ。だが今年は違う。征討が動き出した以上、若様も晋卿様も、燕京で兵站を切らさぬ側へ貼りついていた。


 草の匂いも、遠くで鳴る馬の鈴もない。


 あるのは乾いた紙と、乾いた目だけであった。


2.


 そもそもの始まりは、去年の冬からである。


 オゴデイ様のもとで金攻略再始動の方針が固まり、それが燕京へ降りてくるや、晋卿様の机のまわりだけ、季節が一つ早く進んだような騒がしさになった。


 表では、皆よく似たことを言う。


「今度こそ金を詰める」


「南北から挟めば大勢は決まる」


 大きい話である。大きいが、机へ落ちてくるときには、たいてい荷駄の数と草料の置き場に変わる。


 晋卿様の下では、その変わり方が早かった。文案が来る。差し戻しが来る。言い換えが入り、削るべき一行が増え、別紙で回すべき筋が増える。


 若様はそのたび、下書きを起こし、兵站の控えを揃え、折衝のための数字を立てた。


 西域側の実務者どもは、乾いていた。


「取れるときに取る」


「動くものは動かせ」


 そういう言い方をする。ひどいことを、ひどいとも思わずに言う手合いの声である。


 それに対し、漢地側の役人どもは、別の苦さで渋る。


「戸口が逃げます」


「里正が崩れます」


「今年取れても、来年が持ちませぬ」


 どちらにも理があった。だから若様には、よけい堪えたのである。


 若様は漢地側の渋りを、帝国の机で通る理屈へ直せてしまう。


 戸口を守るための言い方を立てたつもりが、そのまま徴発の精度を上げる。村を潰さぬための順を整えたつもりが、その順のよさのぶんだけ、もう一度絞れる村が増える。


 若様は、そこに薄い自己嫌悪を持っておられた。


 もっとも、薄いだけで済んだのは最初のうちである。夏が深くなるにつれ、その嫌悪もまた、机の上で紙と一緒に積み上がり始めた。


3.


 晋卿様もまた、楽をしておられぬことくらい、横で見ていれば分かった。


 あの方は、もともと顔へ疲れを大きく出す人ではない。声も乱れず、言葉も短い。だが、紙の戻り方が変わった。


 前なら一度で済んだ文案が、二度返る。削ったはずの一行が、別の形でまた戻る。


 南を敵にしすぎぬための言い換えを入れれば、今度は北から「弱い」と言われる。兵糧を潰さぬための留保を書けば、横から「ぬるい」と言われる。


 ある日、若様が宿継ぎと倉別残数の控えを抱えて晋卿様のもとへ出たときのことである。私はその脇で紙を持っていた。


 晋卿様は、中身を最後まで見ぬうちに言われた。


「その案では、南が早く痩せる」


 若様は黙っていた。


 晋卿様はさらに続けられた。


「だが止めれば、北がもたぬ」


 それだけであった。


 嘆きでもない。愚痴でもない。ただ、もう両方を呑んだ声である。


 私はそのとき、若様の横顔が少しだけ固まるのを見た。ご自分だけが苦しいのではない、と、たぶんそこで改めて知ったのである。晋卿様もまた、正しいだけでは守れぬ場所で、まだ少しましな線を残そうとしておられる。


 だが、ましな線とは、きれいな線ではない。


 荒らさぬために取る。潰さぬために回す。敵にしすぎぬために言い換える。そうやって二人で持たせてしまうからこそ、征討だけはまだ正しい顔で前へ出る。


 兵站は破れていない。


 そこが、いちばん嫌だった。


 壊れていれば、まだ誰かが立ち止まる。だが壊れぬように継がれている限り、大義は正しい顔のまま前へ出る。若様も晋卿様も、止めているのではない。止めぬための傷み方へ、帳面を整えているのである。


 そのことが分かるほど、若様の筆は速くなった。速くなるぶんだけ、顔色は死人じみた。


 私は横で見ながら、ああ、これは働いているのではない、削れているのだ、と思った。


4.


 夏の終わりに近づくころ、議論はますます大きくなった。


 南北から挟む。挟めば金は詰む。チンギス・カン以来の大義に従えば、あとはどう実施するかだけだ――皆、そういう顔で座っている。


 不思議なものである。誰も大枠には異を唱えぬ。争うのは実施の順だけであった。どの路を先に使うか。どの村へ先に負担を掛けるか。どの倉を先に吐かせるか。どこまで南へ圧を掛け、どこで止めるか。


 つまり、やるかやらぬか、ではない。


 どうやれば、まだ回るか、だけで争っているのである。


 若様は、その空気を机の端から見ておられた。前なら、正しい制度をどう通すか、そこへ目が行ったであろう。損耗を減らすには何を削り、誰の名で言えばまだ通るか、そこにだけ苦しんだであろう。


 だが今は違った。


 正しい制度が人を減らすのではない。


 正しいと皆が信じている大義そのものが、人を逃がさず、その場へ縫いつけるのだと、若様はようやく知り始めていた。


 村が逃げても、帳面は追う。戸口が隠れても、別の村へ付け替える。兵糧が痩せても、持たぬところを持たせる筋を二人で書く。人が減っても、筋だけは立つ。そうして正しい戦は、正しい顔のまま続いてしまう。


 若様は帳面を閉じた。


 閉じたが、捨てはしない。その人は、そういう方である。正しいだけでは人が残らぬと知りかけても、なお雑な帳面の方がもっと早く人を減らすことも知ってしまっている。


 だから筆は置けぬ。


 晋卿様も、たぶん同じであろう。


 正しい大義の外へ出られぬまま、その内側で少しでも荒れぬ筋を探している。そういう者どもが二人、燕京の夏の熱と紙埃のなかで、戦を止めぬための後味の悪い正しさばかり書いていた。


 私は火の弱った書記部屋で、その背を見ていた。


 草原の夏は、今年はなかった。風の通る幕も、余った肉がどこへ回るか見るような夜もない。あるのは、乾いた紙と、乾いた目と、正しいのに人が減るという、どうにもならぬ苦さだけであった。


 そして若様は、その苦さを、もう制度のせいだけには出来ぬところまで来ていた。

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