第38話
1.
一二二九年八月。草原の空は高く、白かった。高く白い空ほど、人の胸の内が、そのまま地へ落ちて見えることがある。
クリルタイ前夜である。
次のカンはオゴデイ様――そういう筋は、もう大きくは崩れぬ顔で、皆が座っていた。大カンの遺訓があり、兄弟の順もあり、諸家も表向きはそれに背かぬ。
だが私は、そういう「決まっている」ときほど、椀の置き方や、人の黙る間の長さを見る。決まっているなら、もっと早く空気は緩む。祝意も、酒も、声も、自然に前へ出るはずである。
この夜は、そうではなかった。
ジョチ家のバトゥ様は遠かった。礼は失せぬ。承認も、祝意も、言葉の上では足りている。だが足りているだけである。
座は詰まらず、顔も近寄らぬ。こちらの決まりへ、自分の熱まで乗せる気はない――そういう遠さであった。
見せてもらおう。
そういう顔である。オゴデイ様を、ではない。チャガタイ様をも、トルイ様をも、まとめて見ておられる顔であった。
それに対し、チャガタイ様は筋を負っておられた。遺訓はこうである、順はこうである、ゆえにオゴデイ様である――その理を、まるでご自分の骨で支えるように、何度も場へ置かれる。
「オゴデイ」
最初は、静かであった。
それに応じる声も、ないではない。だが広がらぬ。なお多くは、黙したままであるように見えた。反対ではない。異を唱える気配もない。ただ、名を継がぬのである。
チャガタイ様は、なお言われた。
「オゴデイ」
今度は、少しだけ強かった。だが、やはり広がらぬ。響いた名が、そのまま白い空気へ吸われて消える。
私はそのとき、腹の底で冷えた。
ああ、まだ閉じていないのだ、と。
2.
場に足りぬのは、理ではなかった。
遺訓はある。順もある。チャガタイ様もそれをよく知っておられる。だからこそ、声に苛立ちが混じるのである。理の上では、もうここで決まってよい。いや、決まらねばならぬ。
それなのに、皆がまだ、別のものを見ている。
私はその視線の先を、見ぬでも知っていた。
トルイ様である。
あの方はこの夜も大きかった。父君の喪の中にあり、監国として最も近くにあり、誰より多く場を支えてきた家の主である。しかもご本人は、座を奪う顔を少しもしておられぬ。
それが、かえってよくない。
ただ野に出て羊を焼き、差し出された物を分け、家も人もよく働かせ、そのうえ自分では前へ出ぬ。そういう人を見れば、見ている側が勝手に次の重みを足す。
前にも私は、殿より周りの方がよほど危ういと思ったものだ。あれは、こういう意味であったのだろう。
場の誰もが、遺訓だけを見てはおらぬ。
もしトルイ様が座っても、驚かぬ。
その現実が、まだ消えていないのである。
チャガタイ様の顔へ、一瞬だけ別の冷えが走るのを、私は見た。オゴデイ様に対してではない。ご自分が何度筋を言っても、なお場がトルイ家の大きさを勘定に入れている、そのことへの冷えであった。
筋で閉じるはずの話が、まだ閉じぬ。
最後にトルイ家の手が要るのなら、それはもう、理だけの勝ちではない。
バトゥ様は、なお遠いまま座っておられた。こちらの苦さも、あちらの大きさも、まとめて見ておられる。誰に借りが立ち、誰の恩が残るか、その順まで量っておられるように見えた。
私はその夜、自分が李家の帳場にいた頃を思い出していた。若旦那の才が当たるほど、父上も兄上も、別の冷えを胸へ入れた。
正しいことが、そのまま場を閉じるとは限らぬ。正しいからこそ、誰の重みで決まったかが後まで残る。
帝国の夜も、それと同じ顔をしていた。
3.
場を閉じたのは、トルイ様であった。
悲壮な顔ではない。苦渋を見せるでもない。まして、座へ未練を残す顔でもなかった。ただ大きく、静かに、その一言だけを置かれたのである。
「父上の遺訓である」
それだけであった。
長くもない。飾りもない。だがその一言の中へ、孝も、弔意も、秩序も、正統も、みな入っていた。
それで、初めて決まった。
チャガタイ様が押し切ったのでもない。諸家が一斉に声を揃えたのでもない。オゴデイ様がご自身で奪い取ったのでもない。
座へ最も近かった家が、自らその近さを断ち切り、父の名で帝国の形を閉じたのである。
私は息を呑んだ。
ああ、こういう重さがあるのか、と。
前に見たことのある大きさであった。肉が来れば場へ流し、進物が来れば抱えず、人の顔を近くで見て、惜しまず、ためらわず、その場で役のあるところへ回してしまう大きさである。
だが今夜のそれは、肉でも進物でもなかった。もっと大きいもの――次の座そのものを、ご自分の手で流してしまわれたのである。
それは、徳と呼ぶには少し冷えすぎていた。善意だけでは済まぬ。帝国の形を、誰の名で、誰の口で、どこで完成させるか。その最後の仕事を、トルイ様が引き受けられたのだ。
オゴデイ様の方を見た。安堵はあった。だが安堵だけではなかった。
決まった、という顔ではない。
決めてもらった、という冷えであった。
ドレゲネ様のまなざしにも、同じものが一瞬だけ走ったように見えた。誰よりそれを早く勘定へ入れられる方である。勝ったのではない。借りが立ったのだと、そのくらいのことは、あの方なら即座に見て取られたであろう。
バトゥ様は、そのときだけごくわずかに動かれた。ようやくお手並みを見終えた人の動きであった。
ジョチ家は、そこでようやくこの決まりに身を預けたのである。
4.
その夜の空気は、祝賀の前夜にしては白すぎた。
酒は回る。声も立つ。だが私の胸には、別のものばかりが残った。オゴデイ様の即位は、たしかに正しい。晋卿様も、おそらくはそう見ておられる。遺命も、兄弟の順も、諸家の承認も、みな筋は通っている。
それでも、あの場で最後に帝国を閉じたのは、トルイ様であった。
私は火のそばで、しばらく湯気を見ていた。
若様――成安がこの家へ深く入ってゆくのも、分からぬではなかった。ご自分の正しさが、誰かの手の中で生きて動く。理が理のまま人を痩せさせず、家の中で息をする。トルイ家には、そういう手応えがたしかにあった。
だが今夜、私は別のことを知ってしまった。
この家は、大きいだけではない。大きいまま、引くことができる。
しかも、その引き方があまりに美しいとき、人はそこへなおさら次の重みを足す。座を取らぬからこそ、座に最も近く見える。欲を見せぬからこそ、支えうる家に見える。
それは、強さである。
同時に、恐ろしさでもあった。
私はそのとき、はっきりと気づいた。若様はもう、李家の次男坊としてではなく、トルイ家の傷みを先に数える者として、この夜を見ておられるのである。
オゴデイ様の座がどう立つかより先に、トルイ様が何を断ち、何を残し、その借りがどこへ積もるかを数えている。
それが、少し怖かった。
人は、いつのまにか根を下ろす。
忠義や恩義などという立派な名が付く前に、目の方が先に居場所を決めてしまうのだ。
祝賀の前夜、白い空の下で、私の胸に残ったのは、その問いだけであった。
若様はいま、どこへ根を下ろし始めているのか。




