第36話
1.
一二二九年四月。草原の風は和らいだようでいて、幕の継ぎ目へ入ると、骨へ細く残った。
若様――成安は、前にも増してトルイ家へ顔を出すようになった。用向きはいつでも乾いている。
だが、出入りの回数が増えるにつれ、若様の目つきだけは少しずつ変わっていった。
殿――トルイ様は相変わらず大きい。大きいというのは、ただ体つきの話ではない。人の顔を見るときに遠くへ座しておられぬ。
肉が来れば場へ流し、進物が来れば抱えず、役のあるところへ先に回す。惜しまぬというより、ご自分のもとへ集まるものを、自分だけの重みとしては持っておられぬのであろう。
長男君は率直で、次男君は相変わらず人の顔より手順を見、三男君はのびやかで若さの張りを隠さぬ。中華の家にも、燕京の政庁にもない風通しが、たしかにそこにはあった。
若様はそれを見ておられた。
だが、見ているのは羨望ばかりではない。あの方は、よいものほど先に損耗の筋を見る。
殿の大きさは本物だ。だからこそ、その大きさが家の外で勝手に膨らみ、本人は座を奪いに行く顔をしておらぬのに、周りの期待だけが次の重みを見始める。その危うさまで、若様は見ておられた。
「……少し、うさん臭い」
ある晩、火のそばで、ぽつりとそう言われた。
「殿が、ですか」
「殿というより、周りだ」
若様は火を見たまま言われた。
「ただ野に出て羊を焼き、
差し出されたものを分け、
よく働いているだけに見える。
だが見ている側が、そこへ勝手に
次の重みを足してゆく」
その言い方に、私は少し感心した。礼賛ではない。嫌ってもいない。ただ、主君の器というものが、本人の気質だけではなく、周りの願望で膨らむことまで見ておられる。
若様はもう、殿お一人を見てはおられなかった。
2.
もっとも、トルイ家は風通しのよさだけで立っているわけではない。
受けた物が、そのまま留まる家ではない。按分、受領、贈与、座の軽重、そのどれもが少しずつぬるい。抱えるべき物も、その場の重みで別の手へ回る。
進物が来れば礼になり、礼がまた別の家の顔になる。誰もそれを大仰に悪とは呼ばぬ。だが、帳面の上で見れば、家はたしかに痩せる。
若様は、それも見ておられた。
「三割、いや、もっと薄いときもある」
記録を指で押さえながら、低く言う。
「不正ではない。残さぬのだ」
私は前にもその声を聞いたことがある。怒っておらぬときの、いちばんよく切れる声である。
だが今度の若様は、そこで終わらなかった。前なら、残らぬ、だから変えるべきだ、とすぐ言ったであろう。今は違う。減っている。減っているが、家はまだ破れていない。その理由を、今度は別のところへ探しておられた。
答えは、お妃様であった。
ソルコクタニ様は、殿の大きさを削がぬ。止めもせぬ。ただ、前触れのないその手のあとで、どこが足りなくなるかを先に縫っておられる。
内へ残すべきものは残し、外へ立てるべき顔は立て、子らの座も奥向きの流れも、騒がずに整える。
私はそれを見てきた。ドレゲネ様を先に立てた座の取り方も、国母という名を笑いの中へ置く手つきも、遠いジョチ家を外さぬ一言も、みなそうであった。
若様はようやく、その縫い目を骨で知り始めたらしい。
「主君の大きさと、家の持ち方は別だな」
そう言われたとき、私は返す言葉を持たなかった。今さら口で言うほどのことではない。だが若様がご自分でそこへ辿り着いたのは、小さくない。
殿の魅力は本物である。皆がこの人へ重みを見るのも分かる。けれど家は、主お一人の大きさだけでは残らぬ。その大きな人を、大きいままで家として持たせている手つきが要る。
若様は、まだそれを恋とも忠誠とも呼ばれぬであろう。ただ、この家にいるときだけ、ご自分の仕事が誰かの手の中で生きて動くように感じ始めておられた。
3.
その頃の私は、トルイ家だけに出入りしていたわけではない。
布を持ち、帯を見せ、針仕事の道具を揃え、覆い、椀まわり、子どもの衣、寝所の細々した物まで見立てていると、向こうから別の注文が付く。
ジョチ家でも、チャガタイ家でも、諸将の幕舎でも、奥向きはみな同じようで少しずつ違う。どこが寒がり、どこが見栄えを好み、どこの女中が主の癖に先回りしているか。その違いを見るのは、嫌いではなかった。
私は別に、外交をしているつもりはなかった。若様お一人では高くつくところを、裏から少し安くしているだけである。
同じ教えの縁があり、宦者同士の気安さがあり、女中らに品の話をして笑われているうち、気づけば次の幕舎の口まで開いている。そういうことは、世にままある。
もっとも、向こうの口は案外率直であった。
チャガタイ家の女中の一人など、私の顔を見るなり、
「トルイ家出入りの色目人だろう。
……聞いた通り、男前で面白いね」
と笑った。
私は肩をすくめた。
「面白いかどうかはともかく、
うちのご主人様はちょっと堅物でね。
品は確かですが、言い方まで
柔らかくはないんですよ」
すると女中は声を立てて笑い、
「ああ、あの顔の固い漢人?」
と言う。
「固いというより、
損を見過ごせないだけでして」
そう返すと、今度は別の女中が、
「なら、話の早いのはあなたの方ね」
と口を挟んだ。
私は否定しなかった。否定したところで、もうそういう顔で見られていたからである。
それに、若様をそのままの顔で差し出せば、たいていの奥向きは一拍身構える。そこを「ちょっと堅物」と言い換えるだけで、怖さも半分ほど暮らしの言葉になる。
私は主を売る気などない。ただ、損なく通すには、そのくらいの翻訳が要るだけである。
私は、あちこちの幕舎で口を利かせられるようになった。衣の話をしていたつもりが、どの家へどんな顔を立てるべきかまで耳へ入る。
生活用具の注文を取っていたつもりが、誰が何を足りなくしているかの方が先に見える。
若様が一つの家へ深く食い込むあいだ、私はいくつもの家のあいだを浅く広く渡っていた。
あとで考えれば、まったく妙な話である。
4.
そうしているうち、若様が首をかしげることになった。
ある日、チャガタイ家へ入ると、取次の女中の当たりが前より軽かったのである。以前は、名を告げても一拍置かれた。今日は茶の置き方が柔らかく、必要な品の話まで向こうから出る。座を勧める声も、どこか気安い。
若様はそれをすぐ嗅ぎつけられた。
「……妙だな」
低く、そう言われる。
「何がでございます」
「前より話が早い」
私は目を伏せた。
「品が届いたからでしょう」
「それだけではない」
若様はなお首をかしげる。
「こちらは何も変えていない」
まことに、その通りであった。若様ご自身は、何も変えておられぬ。理の通し方も、顔つきも、言葉の硬さも、そのままである。変わったのは、その手前で誰かが少し空気を崩したことだけだ。
私は、それを申し上げなかった。言えば若様は、たぶん半分ほど軽くなられる。軽くなれば、その軽さのぶんだけ、見えるはずの綻びを取り落とす。あの方は、まだそこまで楽をしてよいときではない。
若様はしばらく黙っておられたが、やがて低く言われた。
「……この家にいるときだけでは
ないのかもしれぬ」
「何がでございます」
「仕事が、生きて動く感じだ」
私はその言葉を聞いて、少しだけ驚いた。若様はてっきり、殿の大きさか、お妃様の手つきか、そのどちらかだけを言われると思っていたのである。
だが違った。人へ物を渡し、顔を立て、言葉を少し言い換える。そういう見えぬ手まで含めて、ご自分の仕事が生きていると感じ始めておられた。
若様は火のそばへ戻ると、しばらく黙っていた。それから、ぽつりと言われた。
「主君の大きさに惹かれているのだと、
思っていた」
私は湯を置いた。若様は続けられた。
「だが、違うのかもしれぬ。
大きい人を、大きいままで
家として持たせている手つきの方だ」
火が、小さく鳴った。
私は返事をしなかった。返せば、その言葉を安くしてしまう気がしたからである。
若様はまだ若い。惹かれているくせに、その意味を最後までは解けておられぬ。だが、もう以前のように、正しい帳面だけで世界を切れる顔ではなかった。
どこで人が減るかだけでなく、どこで家が残るかを見る目が、ようやく育ち始めていたのである。
その夜、私は奥向きへ回す布の包みをもう一度だけ見直した。次にどの幕舎で何を言われるか、どこの女中がまた笑うか、そんなことはもう大して重くない。
若様がようやく、家というものの広さへ手を掛け始めた。
それだけで、この春の出入りは安くなかった。




