第31話
1.
一二二八年十一月。草原から燕京へ戻る道は、もう冬の乾き方をしていた。
若様――成安は、道中ほとんど物を言わなかった。トルイ家の幕舎で見た風通しや、人と物が役目に応じて流れてゆく手つきが、まだ胸のどこかに残っているのであろう。
だが燕京へ着いた途端、その余韻を味わう暇もなく、若様は金攻略へ向けた兵站の下働きへ回された。
策を授ける席ではない。馬数、糧秣、宿継ぎ、戸口、倉別残数、運路の日数。誰かが最後に辻褄を合わせねばならぬ類の、乾いた紙ばかりが机へ積まれた。
若様は、それを嫌がりはしなかった。むしろ、こういう束を前にすると、声がかえって低くなる人である。
だが三日もせぬうちに、その顔つきが変わった。
帳面の上では、どの筋もよく出来ていた。草はこの宿、替え馬はこの駅、荷はこの村、足りぬ分は次の倉――そういう順が、いかにも綺麗に通っている。
だが、その綺麗さには一つだけ大きな前提があった。
人が、そこに居続けることだ。
村は徴発されても村のまま残る。男手は逃げぬ。女や老人は戸口を隠さぬ。里正は命に従い、倉は倉として口を開け続ける。
つまり紙の上の正しさは、紙の外の人間が、こちらの都合どおりにじっとしていることを前提にしていたのである。
若様は、そこで指を止めた。
「……これは、持たぬ」
私は横で控えを書きながら、その低い声を聞いた。たいてい、そういうときはよくない。若様が持たぬと言うものは、あとでたいてい本当に持たぬ。
2.
現実は、紙の順では動かなかった。
少し圧を掛けると、戸口隠しが出る。徴発の名が回るや、若い男手は夜のうちに散る。次に回すはずだった荷駄まで、妙に早く消える。里正どもも、表では頭を下げるが、目だけはもう次の逃げ道を見ている。
若様は、そのたびに帳面を切り直した。
残存戸口を洗い直し、宿継ぎを詰め、荷の転用先を変える。人の消えた分を人で埋めるのでなく、今いる者がどこまでならまだ潰れぬか、そこから先に数えた。
見事なものである。見事だが、その見事さが書記部屋の空気を冷やした。
若様が修正した筋はよく通る。よく通るが、それはつまり、中華の村々から、いま残っている息まで上手に絞り取る筋にも見えるのである。
水場で、廊下で、湯気の向こうで、言葉が落ちる。
「……北狄の犬めが」
「面の皮だけ漢地風ってか……」
面と向かって言う者はおらぬ。だが、こういう罵りは、聞こえぬ顔をしていても耳へ入るように出来ている。
若様は、一度だけ顔を上げた。だが何も言われなかった。言い返せぬのである。ご自分は北のために漢地を売るつもりではない。ただ、無駄な損耗を減らしたいだけだ。けれど、その「だけ」が、もう立場の表明に見えることくらい、若様も分かっておられた。
私はさすがに腹が立った。
「じゃあ、あいつらはどこの禄を食んで
生きてるんです。……えらそうに」
つい低く吐くと、若様の手が止まった。
「やめろ」
短くそう言われたが、助かった顔ではなかった。むしろ逆である。私の弁護すら、若様には別の罵倒に聞こえたのであろう。
禄を食む。どこの側に立つ。そういう言い方をされた瞬間、ご自分が何者として見えているかだけが、余計にはっきりしてしまう。
若様はしばらく黙っておられた。それから紙の端を揃え、ほとんど独り言のように、
「……燕京が陥ちたのは、
私がたった五歳のときなのに」
と言われた。
私は返す言葉を持たなかった。
そうであろう、とも、ですがあの者どもはそう見ません、とも、どちらも言えなかった。ただ、この人はやはり、どこにもまっすぐ属せぬまま働いているのだと思った。私もまた、そういう者であったからである。
3.
月の後半、通州から福海大人と長男様が燕京へ来られた。名目はトルイ家との交易筋の確認であったが、帳面の置かれた部屋へ入れば、見る先が若様の手元へ寄るのは早かった。
福海大人は、若様の切り直した帳面を一枚ずつ見ていった。数字の誤りはない。筋も通っている。どの村からどこまで取れば、どこが先に痩せるか、その見立てもよく当たっている。
だが、帳面を閉じたあとで仰ったのは、褒め言葉ではなかった。
「お前は詰めすぎる」
低い声で、それだけ言う。
若様は黙っていた。反論は喉まで来ていたろう。ここはもう宋ではない、ここは帝国の版図で、その政策を実行しているだけだ――たぶんそのくらいの言葉は、胸の内で何度も立っていたはずである。
だが、それを父に言った瞬間、自分で自分を家の外へ置くことになる。若様はそこまでは言えぬ。
長男様も、若様の控えを見て、静かに言われた。
「人が残らぬやり方は、結局高くつく」
その声は穏やかであった。穏やかなだけに、堪える。兄上は若様の才を見誤ってはおられぬ。見誤らぬからこそ、真正面からは踏まず、柔らかい言葉で値段だけを言われる。
私はその横顔を見て、昔の通州の帳場を思い出していた。福海大人が「長男は家を保たせる、次男は破れを見つける」と言われた日のことを。あのときから、若様とこの家の噛み合わなさは、もう始まっていたのである。
若様はようやく口を開いた。
「兄上、もう――」
そこで止まった。
もう、何だと言いたかったのか、私はだいたい分かった。もう古い、もうその言い方では今の帝国は止まらぬ、そういう類のことだろう。
だが言えなかった。父上も兄上も愚かではない。善意で、家を思って言っている。善意で言われる、少し古びた正論ほど、若様の気を冷やすものも珍しい。しかも反論すれば、自分の方が冷たい側へ立つ。
部屋の空気は、そこでひどく静かになった。
4.
その夜、若様は書記部屋へ戻ってからも、すぐには筆を取られなかった。
火は弱く、湯気だけが細く上がっていた。草原で見たトルイ家の風通しと、この政庁に満ちる冷えとが、若様の胸の中でぶつかっているのであろう。
あちらでは、人も物も役に応じて流れた。ここでは、正しい紙ほど人の熱を奪う。
若様は火を見たまま、低く言われた。
「正しいのに」
私は黙っていた。
「正しいのに、人が減る」
それからまた、長い沈黙が落ちた。
私は、湯を差し出そうとしてやめた。励ましたところで何にもならぬと分かっていたからである。こういうとき、若様に要るのは慰めではない。ただ、言葉にならぬ息苦しさの置き場だけだ。
やがて若様は、ようやく紙へ手を伸ばした。だが、いつものようにすぐ朱を入れはしない。行の間を見、余白を見、どこまで書いて、どこから書かぬか、その順を量っておられた。
私はその横顔を見ながら、少しだけ薄ら寒かった。
若様は変わったのである。正しいことを見つけるだけでは足りぬと、もう知ってしまった。だが、ではどう通せば人が減らぬのか、その答えはまだ持っておられぬ。
草原で見た風通しは、たしかに眩しかった。だが燕京へ戻れば、村も政庁も家の中でさえ、そんなふうには回らぬ。
ここでは正しさそのものに、値段が付く。その値段を払うのは、たいてい紙を書いた者ではなく、紙の向こうに残った人間である。
若様は筆を取り、それでも最後には帳面の綻びへ朱を入れた。
捨てきれぬのだ。
この人は、正しいだけでは家も国も残らぬと、いずれ知るであろう。けれど今はまだ、その正しさを捨てる方が、もっと自分を損なう。だから息苦しくても、筆だけは置けぬ。
火の上で、湯が小さく鳴っていた。
私はその音を聞きながら、ああ、この若旦那はとうとう、自分の正しさに自分で冷やされ始めたのだ、と思った。




