第29話
1.
一二二八年八月。夏営地の草はまだ青く見えたが、人の寄り方だけは、もう夏の終わりの顔をしていた。
監国家トルイ様が兄君オゴデイ様を立てる、その大きさに変わりはない。変わりはないが、変わらぬことそのものが、かえって周りの胸算用を呼ぶ。強い者が欲を見せぬ時ほど、まわりの者どもは勝手に次を見たがるものだ。
若様――成安は、その「次」を嫌った。
嫌ったが、止めようとして大声を出す人でもない。帳面の上で荷の向きを変える。帰り荷の順を変える。どの家の名で通せば恨みが薄いか、どこから先を西の筋と見せれば揉めぬか、その線を一つずつ揃えてゆく。
オゴデイ家が風上に立つ格好は、崩してはならぬ。
そう若様は言った。別に、オゴデイ家へ阿るためではない。いまその格好が崩れれば、風下にいるはずの者どもまで、どこへ身を寄せればよいか分からなくなる。贈り物も挨拶も、誰の幕へ先に向ければよいか皆が怯む。
帝国の家々というものは、正しさだけでは並ばぬ。上に見えるものがあり、そこへ皆が一応の首を垂れるからこそ、下の荷も人も流れるのである。
若様は、東の荷を太らせようとはしなかった。太らせれば、西の筋と食い合う。食い合えば、表の秩序が傷む。傷めば、結局はトルイ家の重さそのものが毒になる。
「残るべき利だけ残ればよろしい」
火のそばで、若様は低くそう言った。
「取りすぎた利は、恨みを連れて戻る」
まことに、この方らしい言い方であった。若いくせに夢がない。勝ち筋を語らず、まず後日の摩耗を数える。だが、こういう時にはその冷えが役に立つ。
オゴデイ家の集散はそのままに、トルイ家には帰り荷と融通、それに幕舎どうしを結ぶ薄い口銭だけが静かに沈む。そのくらいが、いちばん痩せず、いちばん恨まれぬ。
若様は新しい仕組みを作ったのではない。ただ、もう走っている流れのうち、ぶつかるところだけを少しずつ削ったのである。けれど人は、削られて初めて元の流れの歪みを知る。
夏のあいだ、草原と燕京、西の諸家と東の幕舎とのあいだで、荷は妙に滞らずに流れた。流れたがゆえに、誰もそれを若様の手柄とは思わぬ。
ただ「今年は案外ましだ」と言うだけで済ませる。その済ませられ方が、私は少し可笑しく、少し恐ろしくもあった。
2.
荷の流れが整理されるのと並んで、也速哥様の顔も、いよいよ夏のどこにでも現れた。
婚儀がある。あの人がいる。祝いの杯が回る。あの人がいる。どこの家へ贈り物が先に届き、誰の名をどこで立てるか、その継ぎ目にも、気づけばあの穏やかな顔がある。
別に、誰を押しのけて前へ出るわけではない。むしろ逆だ。半歩退き、声を和らげ、譲る顔をして、場の結び目だけを自分の指へ通してゆく。助かった、と言う者は多かったろう。
だが私は、ああいう助けられ方が昔から苦手である。礼の置き場が曖昧に薄く残るからだ。
若様もまた、表では何も言わなかったが、腹のうちでは同じように気分を悪くしていたと思う。
しかも厄介なのは、その若様の整理する荷の流れと、也速哥様のぬるく編む人の流れとが、妙に噛み合っていたことである。
東西の交易が競い合わぬように荷が分かれれば、表ではやはりオゴデイ家が風上に立って見える。婚儀の場で諸家の縁が穏やかに結ばれれば、人心の上でも同じ格好が保たれる。
成安が帳面で支え、也速哥様が杯の順で支える。そうして出来上がるのは、オゴデイ家が一応トルイ家の風上に立っているという、あの「一応」の形であった。
私は、その形が嫌いではない。形があるから世は回る。だが、形だけでは足りぬこともまた知っている。
その頃、各家の奥向きに近い宦官どもの口から、細い話がいくつか耳へ入った。
ドレゲネ様は、近ごろ物の通し順に細かい。誰の名を先に申したか、どの家への返礼をいつ返したか、笑って受けたことを、あとでまた一つずつ確かめられる。
別に声を荒らげるでもない。ただ、正しておかねばならぬものを、以前より冷たく正されるのだという。
私はそれを聞いて、腹の底でようやく腑に落ちた。あの方は分かっておられるのだろう。オゴデイ家が風上に見えるその風が、勝手に吹いているのではないことを。
若様のような実務が下から支え、也速哥様のようなぬるい仲介が横から支え、そうしてようやく保たれている「一応」であることを。
ゆえに、なおさら目を凝らされる。上に座る者ほど、座の脚が何本で立っているかを数えねばならぬ。私はそのことを、宦官どもの何気ない囁きのなかに聞いた。
3.
夏の終わりが近づくと、若様は帳面から顔を上げる時が少し増えた。増えたといっても、遊んでいるのではない。トルイ家の子らに引っ張り出されるのである。
狩りへ行く。馬に乗る。羊を焼く。帰ってまた翌日も引っ張り出される。
モンケ様は相変わらず雑で、よいと思った相手はそのままそばへ置こうとする。フレグ様はまだ子どもの熱で兄に張り合い、兄に叱られ、叱られてもまた前へ出る。
クビライ様だけは、そのどれにも半歩引き、獲物より人の動きの方をよく見ておられた。
若様は、最初のころこそ乗馬のあとで黙り込み、膝の曲げ方までぎこちなかった。
だが草原とは恐ろしいところである。毎日乗れば、乗れぬ者も少しずつ乗るようになる。狩りへ付き合えば、矢の飛ぶ先より先に、誰がどこで声を掛けるかの方が見えてくる。若様はそういうことばかり覚えていった。
ある夕刻、狩りから戻る途中で、モンケ様が笑いながら言われた。
「お前、もう初めよりはましだな」
若様は馬の上で、珍しく苦笑いを返した。
「死なずに済んでおりますから」
その言い方が少し年相応で、私は横で聞いていて妙に可笑しかった。
理屈屋の若旦那が、草原の王子どもに揉まれ、毎日泥と汗と馬臭さのなかで少しずつ口を荒くしてゆく。それは帳面の上では決して見えぬ変わり方であった。
もっとも、若様は何か大きな感慨を抱いたわけではあるまい。
狩りへ出れば疲れる。戻れば荷の順が気になる。トルイ家の子らがどう育つかを見ながら、その奥に立つソルコクタニ様の重みを測る。そういう見方を、この方は結局やめられぬ。
だが、ただ見ているだけの夏でもなかった。トルイ家の子らの笑い声を、もう声だけで聞き分ける。馬の足取りで機嫌の違いが少し分かる。誰が先に食べ、誰が人へ回すかも、もう見ずとも知れる。
その近さは、後で必ず胸を痛める種類の近さだと、私は思った。思ったが、その時の私はまだ、それがどれほど深い傷になるかまでは知らなかった。
4.
八月の末、風は少しだけ冷えた。
その日の狩りは長引き、若様は戻るなり顔をしかめて座り込まれた。膝が痛むのかと思って湯を持ってゆくと、どうも様子が違う。立つにも座るにも妙に間が悪い。歩く時も、足の開きがわずかにおかしい。
私はそこで、だいたい察した。
「若様」
「何です」
「……股でございましょう」
若様は、しばらく黙っておられた。それから大変不本意そうに、低く言われた。
「言うな」
言うなも何も、守役というものは、主の面子より先に傷の場所を見ねば務まらぬ。私は薬脂を持って来て、若様へ差し出した。
「乗りすぎです」
「分かっている」
「ならば、今日は
歩き方まで意地を張られますな」
若様は眉を寄せられたが、否定はできぬ。狩りへ出るたび、見栄でもなく意地でもなく、ただついて行けぬのが嫌で馬へしがみついておられた結果である。
帝国の荷の流れは読めても、自分の内股の皮一枚までは読めなかったらしい。
薬を塗る段になって、若様はついに顔までしかめられた。私は半ば呆れ、半ば笑いを堪えながら手当てをした。
「草原はいかがでした」
からかうつもりで訊くと、若様はしばらく黙ったあと、火の向こうを見て、ほんの少しだけ苦笑いをなさった。
「……厳しいな」
それだけであった。
交易の流れを整理し、婚儀のぬるい縁を横目で見、トルイ様の大きさと、ドレゲネ様のざわめく神経と、也速哥様の曖昧な仲立ちまで見た夏の終わりが、結局はその一言へ落ちたのである。
私は火のそばで薬壺の蓋を閉じながら、思った。
若様はこの夏、帳面だけではなく、馬の背で、肉の匂いのする座で、草原の家の中へ思っていたより深く入り込んだ。
その代わりに、股の皮は少し厚くなったらしい。まあ、それくらいで済んだのなら、まだ安い夏であったのかもしれぬ。




