第20話
1.
一二二八年三月。燕京では、春が来るといっても、いきなり暖かくはならぬ。風の尖り方が少し鈍り、朝の水差しの口が昨日より凍りにくい。その程度の変わり目である。
草原へ入る支度は、そういう曖昧な季節にいちばん面倒になる。冬の備えを外すには早い。春の軽さへ寄せるには危うい。紙は乾き、革はまだ硬く、馬の腹だけが先に季節を知る。
若様は、その朝から荷の前に座っておられた。
人が足りぬとか、馬が足りぬとか、そういう大きな話ではない。紙束の重ね方、塩袋の口の締め方、薬種をどこへ入れるか、替えの手綱を外へ出すか内へ回すか、その類である。
私は控えを持ってその横に立ち、足りぬものを口にし、足りているものを黙って運ばせた。若様は相変わらず、物の数より先に傷みやすい箇所を見る。
「筆は二束で足ります」
「いや、一本は車へ回せ」
「車へ?」
「道で濡れたら終わる」
そういう会話が、朝から続いた。
昼過ぎになって、韓家の使いが着いた。絹布と、仕立て上がりの衣、それに細々した包みがいくつもある。匂い袋だの、防虫のための薬種だの、布のあいだへ挟むものまで付いていた。
私はその包みを見て、少しだけ感心した。布だけをよこす家はいくらでもある。だが、布が布のまま傷まず使われるところまで気を回す家は、そう多くない。
韓家の主人は穏やかな男であった。声を荒げず、こちらの求めるものを一つずつ確かめ、言葉を余らせぬ。商いに馴れた家の主人らしい、落ち着いた顔つきである。
「ご用向きに合わせて、
仕立て直しもできます」
そう言って、彼は畳んだ衣の袖口を指で整えた。
「採寸と仕立てのご要望があれば、
服としてご提供できます」
若様は荷札から目を上げた。
「そこまでやるのか」
「ええ。反物だけでは、
着るところまで参りませんので」
私はそこで、主人の脇に立つ若い者を横目に見た。口はきかぬ。包みを寄せ、札を受け、差し出された布を黙って畳み直している。
娘……なのだろう、と私は思った。まだ若い。商家にはああいう年頃の手伝いはいくらでもいる。
若様がそちらを見たのは、ほんの一瞬である。
「……た」
何やら言いかけて、止まった。
「若様、何か言いました?」
私が問うと、若様はすぐ荷へ視線を戻した。
「いや」
それだけである。脇にいた若い者は別にこちらを見るでもなく、ただ包みを一つ、少し奥へ寄せただけだった。
2.
韓家の包みは、見れば見るほど念が入っていた。仕立て上がりの衣はもちろん、裏へ入れる薄布が別にあり、匂い袋には中身を書いた小札が付いている。防虫の薬種も、布地ごとに分けてあるらしかった。
若様はそのあたりを見て、
「細かいな」
とだけ言った。
感心しておられるのか、呆れておられるのか、私には分かりにくい。だが、妙に念入りな手当てだと思われたことだけは分かった。
私は主人の言葉へ少し食いついた。
「採寸も、でございますか」
すると主人は柔らかくうなずいた。
「ええ。寸が合わねば、
布のよさも半分になります」
若様はそこで、私の方を見た。嫌な予感がしたときの目つきである。
「ヨハンナン」
「はい」
「妙な気を起こすな」
「まだ何も申しておりません」
私はそう返したが、内心ではすでに少し前のめりになっていた。
奥向きへ出入りし、誰にどれを回し、どこを直せば着やすいかを見る役など、若様には向かぬ。向かぬが、私にはできる。いや、私でなければできぬかもしれぬ。
草原で家が一つ動くというのは、帳面と馬だけの話ではない。女房衆の衣、子どもの着替え、季節の重ね、贈る物と残す物、そのあたりが滞れば、いずれ表の話にも響く。
私はそういうことを知っている。知っているからこそ、韓家の主人の申し出は、ただの商売文句には聞こえなかった。
だが若様は、まだそこまでを見ておられぬらしい。
「布は布だ」
と、小さく言われた。
「着るところまで整っていれば、
それに越したことはありませんが」
「紙が増える」
私は思わず、主人の前で吹き出しそうになった。若様はまじめな顔でそう言っている。仕立ての利も、着る者の手間も、その前にまず紙の増え方が気になるのである。
主人はさすがに商家の人で、笑わなかった。穏やかなまま、
「でしたら、最低限の控えだけでも」
と引き取った。
脇の若い者は終始無言で、ただ紐の締め直しだけをしていた。よくいる商家の娘にしか見えぬ。少なくとも、若様が言葉を飲み込むほどの相手には見えなかった。
3.
韓家の一行が去ると、私はさっそく若様へ言った。
「若様、これは使えます」
「何がだ」
「採寸と仕立てでございます」
若様は案の定、眉を寄せた。
「まだ草原へも着いていない」
「だからこそです」
「まだ見ぬ相手の寸を取るために、
紙を増やす気か」
「紙を惜しんで話を遅らせる方が、
よほど高くつきます」
若様は鼻で息を吐いた。反対しきれぬときの癖である。私はそこへ畳みかけた。
「若様の役目は表向きの筋でございましょう。
ですが奥向きは別です。
あちらへ自然に入れるのは、
私ではありませんか」
若様は、そこで少し黙った。否定しにくいと分かったときの沈黙である。
「……好きにしろ」
「紙は?」
「半端紙を使え」
私はそこで、ようやく笑った。許しは出たのである。いや、許しというより、若様にしてはだいぶ譲った方だろう。
その日の夕方、私は宿舎の隅で半端紙を選り分けた。
上等紙へいきなり寸を書きつけるほど、浮かれてはおらぬ。そこは私にも分別がある。粗紙は控えに、少しましな紙は清書に回す。寸だけは表へ、補いの注記は裏へ。倹約を知らぬわけではない。
だが控えは要る。人の身体は、顔よりよほど嘘をつかぬ。どこが薄く、どこが厚く、どう動けば布が擦れ、どこで縫い目が先に保たなくなるか。そういうものは、覚えたつもりでも数が増えれば必ず混じる。
若様は向こうでまだ帳面を見ておられた。人を測る話をしているのに、あの方の目はなお荷の方を向いている。
韓家の主人の話が本当にどこまで使えるかは、まだ分からぬ。若様にしてみれば、どうせ些事である。だが些事があとで道を早くすることがあるくらい、私は知っていた。
4.
翌朝には、荷はほぼまとまった。紙、墨、塩、薬種、替えの手綱、布包み、仕立て上がりの衣。韓家から届いた包みも、他の荷へ紛れてすでに目立たぬ。若様も、もう韓家の包みをわざわざ見はしなかった。
結局のところ、若様にとってはそれも数ある備えの一つにすぎぬのだろう。役に立つならよし、立たねばそれまで。そういう置き方である。
私はそれでよいと思った。いま値打ちが分からぬものほど、あとで効いたときに強い。
馬はすでに外で息を白くしていた。春とは名ばかりで、風はまだ頬へ刺さる。
だが都の内に留まっていては見えぬものが、草原へ出ればいくらでも見えてくる。若様はそれを知っているから、黙って手綱を取られたのだろう。
「ヨハンナン」
「はい」
「紙束は減らせ」
私は思わず苦笑した。まだ言うのである。
「半端紙でございます」
「それでも多い」
「向こうで話が早くなれば、
若様のお役にも立ちます」
若様はそれ以上は言わず、ただ呆れたような顔で私を見た。反対しきれぬが、釈然ともしておられぬ、あの顔である。
門を出ると、燕京の町並みはまだ朝靄のうちにあった。荷車の軋む音、早起きの商人どもの声、湿った土の匂い。都の実務というものは、たいていこういう音と匂いのなかで始まる。
だがその日、我らの道は都の内では終わらぬ。
若様は馬上で一度だけ後ろを見、それから前へ向き直られた。私も手綱を握り直し、荷の紐を目で追った。韓家の包みも、半端紙の束も、もう荷のどこかへ収まっている。
一二二八年三月。若様はついに、馬首を草原へ向けられた。




