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アイゴールは久しぶりの来客があったのに、ろくにおもてなしをする前に、帰ってしまったことにガッカリしていた。
ヴィクターはその様子を見て小さくため息をつきながら、豪雨で暗くなった室内を、魔力を通して灯りを強くする。
青白い光が明るく室内を照らし出す。
部屋の隅で、明るくなった部屋にギクリとするジャスティン。コソコソとソファの隅に寄って足を隠そうとする。
ヴィクターは見逃さず、低い声で威圧する。
「ジャスティン…。何故足が捻れているんだ」
「ひぇぇぇ!
いえその、これはえっと……、あらぬところに机がございましてですね…!」
「違う。動かない机に、お前がぶつけたんだ。
……全く、何度体を作り変えればいいんだ?」
「ごごごご、ごめんなさぁぁぁい…!」
左足が膝下から180度捻れたジャスティンは、見た目は少しグロテスクなのに、おどおどキョドる姿が小動物のようでいっそ可愛らしい。
ベルフェリアは、ふっと笑いをこぼす。
「さっき、物凄い音でローテーブルを蹴り上げていました。
……ジャスティンの足は治りますか?」
「どう壊れたかにもよるが、多分関節だけ直せば何とかなるだろう。ジャスティンはすぐに体を壊すんだ。
いつも落ち着けと言っているのに、無駄な動きが多すぎる」
「めんぼくないですぅ……」
怒られてしょんぼりするジャスティンが可哀想になったベルフェリアが、閃いたとばかりに口を開く。
「そうだ…。ヴィー様!
いっそ体を金属とか頑丈なものにしてはどうですか?
アガサの体みたいにカチコチに」
「あぁ、あの魔法陣は、そもそもジャスティンの補強用に作ったものを増強したんだ」
「ぴぇ!」
ベルフェリアに愛称で呼ばれて、満更でも無いヴィクターは緩む口元を隠しながらジャスティンの足を観察する。
ジャスティンが再びビクッとして、両手で顔を隠す。
「ジャスティンを硬くしすぎたら、今度は屋敷の家具や建物をことごとく壊されてボツになった」
「その説は申し訳ありません…!
ク、クビだけはご勘弁をぉぉぉ…!」
その場にひざまついて額を床に擦り付けるジャスティン。
そのジャスティンの頭部を片手で鷲掴みにして持ち上げ、無理やり目を合わせるヴィクター。まるでペットに躾をするかのような気持ちで叱りつけた。
「ジャスティン。手足の一本二本は小言だけで済ませてやる。
……だが、ベルフェリアを一度でも傷を付けたら、首だけ切り落として玄関に宙吊りにしてやる」
「ひぇえええええ!肝に銘じますぅぅう!」
「わぁ、物騒ぅ……」
しかしベルフェリアには、相手が人間の形をしたメイドの女の子なので、絵面が酷すぎて、まるで脅迫に見えたのだった。
しかし、ヴィクターは先程よりずっと口数も多く、眉間に寄っていたシワもなくなっていた。
カスパルと名乗っていた使者に対しては、随分威圧的な態度を取っていたことを思い出すベルフェリア。
外の人間に対して、かなり敵対心すら持っていたように感じた。
…“怪物伯爵”。そう呼ばれてしまっても仕方ないかもしれない。
***
すぐにジャスティンを修理したヴィクターと共に、夕食を食べた。アガサが拵えた、とびきり美味しいビーフシチューだった。
焼きたての丸パンにつけて食べるとたまらなく美味しくて、少し食べすぎてしまったお腹を擦りながら、ヴィクターに連れられて自室へ戻る。
「ベルフェリア。少しだけ私の部屋に来ないか?」
「……はい、お邪魔します」
「そうか!最近は寝るのも研究室だったから、ほとんど何もないな。後でメアリーに飲み物を持って来させよう」
少し考えたベルフェリアは、ヴィクターの誘いに小さく頷いた。
……ついに体を求められるのだろうか。
“花嫁”として造り上げられ、魂を呼ばれたベルフェリアの肉体はヴィクターの所有物だ。
現に今日来た国の人にも、ヴィクターの妻として認められた形になった。
つまり、そういうことをするのも、不思議ではない夫婦である。
ベルフェリアは衣食住を与えられているのだから、求められたら断れない。
本気でそんな風に思い詰めていた。
ヴィクターの自室は本棚が壁に沢山置かれていた。
ここでも研究のためだろうか大きな机と、ソファとテーブル。奥に寝室へのドアがあった。
向き的に寝室はベルフェリアの自室と繋がっているようだった。
ふと朝、一緒に寝ていたことを思い出す。
……どうしよう、怖くなってきた。
ベルフェリアは嘘がつけない。
このままだと本音がポロッと出てしまいそうで、ぎゅっと唇を噛んだ。
「ベルフェリア。……どうした、唇を噛むな」
「……っ」
ソファに一緒に腰をおろすと、ヴィクターに顔を覗き込まれる。そっと顔に手を伸ばされるとビクリと身体が身構えてしまう。
驚いた顔で目を見開くヴィクターに、ベルフェリアは震え出す。
……拒絶、されていると取られてしまっただろうか。
ずっと彼が触れる手は温かくて、優しいとベルフェリアは感じていた。しかし、それは女としての目的を求められているからなのかもしれない。
そう感じてしまっていた。
「すまない。触れられるのは嫌だったか…?」
「そ、そうじゃなくて…!」
「ベルフェリア。きちんと話してくれ」
あんなに謝罪することを嫌がっていたはずのヴィクターが、すんなりとベルフェリアに自分の非を告げた。
その行動がベルフェリアにとって、ヴィクターに自分を受け入れられているように感じた。
手を引いたヴィクターが、触ってもいいと確認を取ってから、ベルフェリアの手を優しく重ねた。
ベルフェリアの視界がぶわっと涙で歪む。
ポロリと涙がこぼれ落ちた。
…幼少期にネグレクトを受けてきたベルフェリアは、この手の温かさを知らなかった。
優しくされた時は、必ず対価を求められているときだった。
「うぅ…!ヴィーさま…、わたしまだ寝るのは怖いです…」
「……寝る?まだ就寝時間じゃないが」
「だって、わたしたち夫婦なんですよね?
初夜?とかいうのをするんでしょ…?」
「しょ…!」
ヴィクターはポロポロ涙を流すベルフェリアに胸元からハンカチを取って拭きながら、ギョッとする。
そういえば彼女が目覚めた時、“花嫁”だと説明した後から、しきりに体の関係のことばかり気にしていたことを思い出す。
…泣くほど嫌がられているのか。
いや、なんだか意識の違いがあるように感じる。
ショックを受けそうになりながらも、どこか認識の違いを感じているヴィクターは、頭をフル回転させていた。
研究であれば予測、実験を繰り返せばいいのに、人間関係となると、予想していても仕方なかった。
……対話をして、気持ちを擦り合わせるしかない。
「…ベルフェリア。君は何か誤解しているようだ。
私は君のことが知りたい。そして私のことを知って欲しい。そして、今は性的な肉体関係は求めていない」
「……っ、そ、そうなんですか?
だって、お嫁さん欲しかったんですよね…」
「まずは生活に慣れてからでいい。そう言っただろう。
…ほら、泣かないで。どうしたら泣き止むんだ」
「わたしも分かんな、…っし、したことないから、怖くてぇ…!」
ベルフェリアがパニックになっているのは、性的に搾取されることへの恐怖であると何となく理解できたヴィクター。
こんな風に泣いたことないヴィクターは、どうすれば泣き止むかオロオロとしていた。
そこへタイミングよくメアリーがお茶のセットを持って部屋へ訪れた。
ーコンコンッー
「失礼します、お茶をお持ちしました」
「!そうだ、お茶を飲んで落ち着こう。
メアリー!すぐに淹れてくれ」
「うっうっ…!ごめんなさい、わたしじゃ“花嫁”できないかもぉ…」
号泣するベルフェリアと見たこともないくらい焦るヴィクターを見て、目を目開くメアリー。
そっと口元に手を当ててた。
「あらあら。……これって修羅場です?」
「いいから早くしろ!」
お読みいただきありがとうございます。
ジャスティンをどんどん虐めたくなってきましたw
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完結作品です↓
優しい世界甘々、体格差カップルのお話。
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