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使者として任命された文官のカスパル・エルンストは、森林の奥の暗い獣道を通り、そびえ建つブランケンシュタイン伯爵家の門を叩いた。
背の高い木々に囲まれた屋敷は日が落ちていないというのに、薄暗かった。
…さすが『怪物屋敷』といわれるだけはある。
ちらっと屋敷の奥を見ると灯りが見えたが青白いそれが、気味の悪くゾクリと背筋に悪寒が走った。
空模様まですぐ近くまで、どんよりと厚い黒い雲が近付いていた。
「これは一雨来そうだ…。何事もなく任務を終えなければ」
ーギギギッー
普段滅多に開けない正門が錆び付いて軋みながら開く。
そっと中から顔を出したのは、死んだ魚のような目をしたスラリとした執事服の人形だった。
カスパルは不気味さにひゅっと息を飲んだ。
「……ヒッ」
「ようこそ、ブランケンシュタイン伯爵家へ。
執事のアイゴールと申します」
「……は、はい。文官のカスパル・エルンストです」
「どうぞこちらへ。主人がお待ちです」
アイゴールは遥々王都からやってきた文官をおもてなししようと、無理に表情を作って微笑む。
しかしそれは、結果として不気味さをより押し上げていた。
一歩しか敷地内に入っていないのに、カスパルはもう既に帰りたくなっていた。
***
応接室のソファに腰を深く下ろしたヴィクターは、挨拶をする文官に目も合わせず、目の前の机の上に積み上げた報告書を顎で指した。
ー今回の研究結果と報告書を見たければ勝手に見ろ。
そう言わんばかりの威圧的な態度に、カスパルは仕方なく、軽く頭を下げてから報告書に目を通していた。
部屋の隅でメイドのメアリーがお茶を入れる音と書類の擦れる音しかしない。
耳鳴りがしてきそうな程、緊迫感のある空気だった。
「紅茶でございます」
「わっ!あ、ありがとう、ございます」
ぴょこんと揺れるうさぎの耳のメイドがサッと流れるような動作で机にカップを置いて下がる。
…書類に目を通していたとはいえ、気配がしなかった。
一体なんなんだ、この屋敷の人形たちは。
色々気になることばかりではあるが、報告書に不備や理解できない所があれば解決しなければならない。カスパルは、文官採用試験の時よりも確実に集中していた。
「…伯爵。この報告書にある、昨夜行われた“魂の干渉実験”の準備された闇の魔法石約500個というのは一体どこから?」
ヴィクターは左目を皮の眼帯で被い、オールバックに上げた髪をしきりに気にしていた。面倒くさそうに低い声で絞り出す。
「記載もあるが、魔法陣に送り込む魔力と同じ魔法石が必要だ。私が用意したに決まっているだろう」
「…し、しかし!この研究は前任の担当者から2年しか経っていないと聞いています!
魔法石を500個など5人がかりで2年はかかるかと!」
「うるさい。大きな声を出すな。
……お前たちの平凡な魔力量など知ったことじゃない。私には作れた。それだけの事だ」
カスパルが驚きすぎて、上擦った声をあげるとやっとギロリ睨みつけ視線を合わせたヴィクター。
真っ赤な瞳に射抜かれ、ブワッと溢れ出る膨大な魔力量に威圧される。
怯むカスパルだが、大事な使命を果たすまでは王都に帰れない。
「…失礼しました。
国は貴殿が行った人造人間の魂の定着が、何度も行えるのか。この点を危惧していることは伯爵もご存知かと思います」
「……私がこんな大袈裟なことを行ったのは“花嫁”を造りあげるためだ。この国は一夫一妻だろう」
「お言葉ですが。その返答では、『やろうと思えば好きに人間を造れる』そう取れてしまいますが」
「前任との研究許可の条件通り、成功したあかつきには二度と造らない。そういう約束だった。
……なぜそんな無意味な話をする」
外の人間の考えることは理解に苦しむ。
ヴィクターは、自身が持つ能力とスキル、魔力の多さに殺戮人形を使役し軍事力を持とうとしているという噂を立てられていることを知っていた。
伯爵という立場を手にした時も、騎士と使い魔との魂の契約魔法を作り出し、国の軍事力増減に貢献していた。
そのため、ヴィクターには1000体もの使い魔がいるとか、国の滅亡を企てているとか根も葉もない噂を立てられていた。
そもそも黄泉の世界へ干渉するための500個の魔法石は、2年間コツコツ貯めた“花嫁”への執着心からくるヴィクターの渾身のものだった。
もう一度、殺戮人間を造るためにやれと言われても、心の底からやりたくないし、断固して断るだろう。
「伯爵のそう仰る気持ちも分かりますが、二度と人造人間を作らない、作る気がないという確固たる言質か証明を国は望んでいます」
「……全く。
依代となった体の材料の一つに、“卵子核”の提供があっただろう。アレだけは私が作ったものではない。
『プレトリウス卿』から検体として提供を受けた」
「その提供者であるプレトリウス卿が、過激派の重鎮であることは重々承知でしょう」
中立派というか意見を表明していなかった、闇の魔術師であるヴィクターがプレトリウス卿と協力して、人造人間の実験を成功させた。
この事実は、国が無視できる出来事ではなかった。
ヴィクターはぎゅっと眉間に深いシワを寄せる。
こっちは戦争とか全く関心がなく、ただ花嫁を愛でたいだけなのだが、とヴィクターは文官を睨みつけていた。
カスパルにはヴィクターの表情から何も読み取れず、背筋に冷たい汗が伝う。
いつの間にかヴィクターの後ろに、先程案内役をした不気味な目をしたアイゴールとやたら体格のいい熊のような人形アガサが待機していた。
…聞いてないぞ、なんだあの大きな使い魔は。
前任から使い魔登録で聞いていたのは4体。
確か門番の役割で、力のある使い魔がいたはずだったが、聞いていた見た目と全く違っていた。
ヴィクターの魔力を纏う使用人たちは、緊張状態にあるカスパルに威圧感すら与えていた。
「……と、取り敢えず、証明されるまでは本人に意思なし、と伝えておきます。
次に、その成功された『花嫁』は今どこに?」
「……なぜ会わせる必要がある」
「え…?いや、それは勿論、人造人間の成功なんて、奇跡の所業です。
人間としての戸籍がある以上個人登録を…」
「指紋に顔写真に、その他諸々の書類も受理された。必要ないだろう」
カスパルは困惑する。
頑なに今回の騒動の原因である、人造人間に目通りが叶わず秘匿するならば、より伯爵への不信感が上がってしまう。
スッと一歩出たアイゴールがヴィクターに耳打ちする。
「ヴィクター様。
ベルフェリア様がなんのためにドレスを着たのかとお怒りになりますよ」
「む。
……なら、なんでもっと変なドレスを選ばなかったんだ。こんな馬の骨に見せるのは、嫁が減るだろう…!」
「衣服の準備は完璧にしろと言ったのはヴィクター様です。あと、減りません」
ボソボソと聞こえる会話に、急激に部屋の空気が軽くなったのを感じたカスパルはポカンと口を開けた。
…ヴィクターは正装したベルフェリアの麗しい姿を、他の男に見せたくないと駄々を捏ねていただけだった。
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