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バタバタと使用人たちが動いて準備しているのを全く気にせず、ゆったりと昼食のサンドイッチを食べるヴィクター。
ワインボトルのコルクの栓をポンッと音を立てて開けるのを、ベルフェリアはじっと見ていた。
…こんな昼間からお酒を飲むのだろうか。
サンドイッチを食べながら、必死で思考をかき消そうとするベルフェリアに、ヴィクターは目敏く気付いて口を開く。
「ベルフェリア。言いたいことがあるなら、言ってくれ。私には君が何を考えているか見当もつかない」
「……変なことを言って、怒られたくありません」
「怒っていたのは君だろう?
私も怒らせたかったわけじゃない。なんなら“夫”として最善を尽くしたつもりでいた」
「えぇ…?」
朝イチでの排泄把握事件を夫として最善と言い表したヴィクターに、ドン引きのベルフェリア。
でも確かに、感情に身を任せて叩いてしまったことは、謝らなければいけない。それに二度とやって欲しくないことは相手に伝えなければ変わらない。
ベルフェリアは、嘘が付けない。
しかし、言いたくないことは口を噤めばいいし、本音で話せばいいだけの事だった。
「…あれは、恥ずかしかっただけです。
わたしも女なので、男性のヴィクター様には、トイレの中のことは言われたくないです」
「そうか、善処する。
…ならば今後。私に言いにくいことは、メアリーに伝えるようにしようか」
「はい。…あとほっぺ、叩いてごめんなさい」
「あぁ、なんともない」
ベルフェリアは、なんとかヴィクターの機嫌を損ねなかったことにほっとしていた。
アガサの作ったサンドイッチはシャキシャキのレタスに塩っ気のあるジューシーなベーコンが挟まれていてシンプルながらもとても美味しかった。
付け合せのコンソメスープは、昨晩の残りで色が濃くなっていて食欲をそそった。
「“喧嘩するほど仲がいい”、ともいうな。
ベルフェリア、少しは私との距離は深まっただろうか?
…そうだな。ぜひ愛称で呼び合おう」
「えと、愛称ですか?
元々ヴィクター様がつけられた名前ですし、好きに呼んでもらっていいですよ」
「なんだ、つれないな。
ジャスティンには可愛く、ベルでいいと許可していたではないか。…私と何が違う」
ヴィクターは使い魔に先を越されて悔しい気持ちがあった。ここぞとばかりに呼び名を決めようと提案する。
一方で、もうつい先程の会話をジャスティンから聞いたのかと、驚くベルフェリア。
しかし、言い方がまるで会話を見ていたような言い回しで、怪訝そうにヴィクターをみてアイゴールに目線をやるとサッと顔をそらされた。
…まさか。
「……わたしのこと、見張ってたんですか?!」
「む。違うぞ。
全てを知りたくて見守っていただけだ。使用人は私の使い魔なのだから、手足や目や耳のように使えて当たり前だろう」
「か、監視はやめてください…!!」
これじゃ、先程のデリケートなことをメアリーを間に入れるという代替案は全く意味をなさないことに思い至るベルフェリア。
再びぷりぷり怒り出したベルフェリアに、首を傾げるヴィクター。全くもって彼女の気持ちを理解することはできなかった。
「“夫婦に秘密は無し”、そうだろう?」
「初めて聞きますけどぉ…」
「それは先日、ヴィクター様が読まれていたロマンス小説の中の夫婦の話ですね。フィクションでございます」
それっぽく、ことわざのようなことを言うヴィクターに、ベルフェリアは戸惑う。まるで話が通じず、一瞬この世界の常識かと考えていた。
見かねたアイゴールがすかさず補足を入れる。
“花嫁”を迎え入れる前の準備として、体を作るのと同時進行でヴィクターは様々な書物を読んでいた。
自分の内向的な性格は理解していたヴィクターは、様々な恋愛小説やエッセイなどから、信憑性が定かではない雑多なものからも知識を集めていた。
グラスにシュワシュワと音を立てながら手酌するヴィクター。透明な液体は炭酸が弾けて、底からプツプツと泡が立ち上る。
プライバシーを侵害されていると感じ、じとりとヴィクターを見ていたベルフェリアだったが、つい視線はグラスに向かってしまう。
ちらっと前世の酒に溺れた母親の姿を思い出してモヤモヤするベルフェリア。
…お酒のおかわりだろうか。
「ベルフェリア。昨晩もしきりに私のグラスを気にしていたな。君も飲みたいか?」
「ぁっ…!いえ。わたしお酒はあんまり飲んだことなくて…」
ついでにお酒を飲む姿が見たくない、なんて言ったら気を悪くさせてしまうだろうか。
ベルフェリアはバクバクとと心臓が脈打つのを感じていた。
その様子にアイゴールがスッと間に入って、新しいグラスを用意し、ワインボトルから少しだけ注ぎ、ベルフェリアの横に置く。
「恐れながら、ベルフェリア様。
ヴィクター様が飲まれているのはお酒ではありません」
「…そうなのですか?」
「私は下戸だ。一滴も飲めないからこの屋敷には料理酒しかない。
……あんなもの思考が鈍るし、魔力の練り具合も影響する。飲むやつの気が知れない」
後半ボソボソと早口で何を言っているか聞き取りにくかったが、お酒ではないという事実にベルフェリアはポカンとしていた。
そっと手渡されたグラスに鼻を近づけるとツーンとするアルコール臭がしない。どこかフルーティな甘い香りがした。
「ヴィクター様が愛飲されているのは炭酸水です。果汁を混ぜて飲みやすくしています」
「…“炭酸飲料”ってことですか?」
「おぉ、魂の記憶に炭酸水があるとは驚きだ」
つまり、ヴィクターはジュースを嗜んでいた。
ジュースをウキウキと口に運ぶ成人男性のはずのヴィクターを見て、意外な一面に驚くベルフェリア。
…お酒じゃなかったんだ。
しかも一滴も飲めないとドヤ顔で披露され、内心ほっと安堵で胸を撫で下ろしていた。
「国の北東にあるアイゼンベルク山の手前の火山帯に炭酸泉がございます。
そこで取れるお土産の炭酸水を飲んで以来、ご自分で改良されました」
「悪友が持ってきたのは気が抜けて、微炭酸どころかほとんど水になっていたがな。
……ムキになって再現していたらシュワシュワ弾ける喉越しが癖になったんだ」
「ん…、ジュースみたいで美味しいです」
そうだろう、とドヤ顔を隠さないヴィクターはアガサが作ったサンドイッチに齧り付く。
アイゴールは、ヴィクターが愛飲する貴重な炭酸水のきっかけとなった、友人ヘンリーにさえ滅多に振る舞わないことを知っていた。
ヴィクターからすれば、ヘンリーがこの屋敷に酒がないことを余りにも文句を言い、勝手に酒を持参する癖に炭酸を飲みたがるのにウンザリしていただけだった。
「さ、お二人ともそろそろ着替えの支度をして頂きます」
「……面倒くさいな。どうせ、街の駐在が来るんじゃないのか?」
「いいえ。今回は城から直々に使者の方がお見えです。なんのために先触れが届いたとお思いですか」
食事を終えた二人を移動させるアイゴール。
久しぶりの来客にどこか緊張しつつも、ウキウキと準備をしていた。
……友人のヘンリー以外の来客は実に約5年ぶりだった。
出不精の主人のヴィクターの世話はそこそこ手がかかるが、使用人としてのおもてなしをしようと張り切っていた。
「もしかしなくても、わたしがここにいる事で騒ぎになってるんですか?」
ベルフェリアは人造人間と言う存在は異分子として拘束されたりしないだろうかとソワソワしていた。
「君を作る研究は許可を取ったと言っただろう。
闇の魔術を少しばかり乱用して、黄泉の世界に干渉した。
恐らく、国中の闇の力が強い場所では招かれざる客が入り込んだのだろう。あらかたそのクレーム対応だ」
「えぇ…?それって“オバケ”が暴れてるってこと?」
「調べましたが、昨夜アンデットやレイスなどの魔物が急激に増えた地域で、少し被害があったようです。
……無茶をやらかしたヴィクター様のせいですね」
ケロッとした顔で、嫁を得るためにあちこちに被害が出たかもしれないと口にするヴィクターに、ベルフェリアはゾッとしていた。
……被害出てるのに、全然気にしてない。やっぱりヤバい人なのかな。
黄泉の国から、自分がこの世界に来た時と一緒にゴーストが紛れ込んだと聞いて少なからずショックを受けるベルフェリア。
本当にこの人は、一体何をしでかしたんだろう。
「なに、ベルフェリア。
君に危害を加えるようなら、私も容赦はしないさ」
「……ちゃんと謝ってくださいね」
「む。私は何も悪いことはしていないから謝らない」
アイゴールとメアリーが着替えを促し、それぞれの部屋と向かい、正装した上で国からの使者と対面することになった。
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完結作品です↓
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