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ベルフェリアは、ヴィクターの言わんとしている事の真意が何か分からず、じっと彼を見返す。
「……もちろん、覚えてますよ。
全然気にならないって言ったじゃないですか」
「そうだが、 この痣が、“怪物”伯爵などと呼ばれている原因にもなっているんだ」
「わたしは、闇魔術が理由だって聞きましたよ?」
「魂の移動の魔術が殆どを占めているのは、分かってはいるが……」
ヴィクターの根暗な性格を形成した大きな一因と言っても過言では無い痣。
ベルフェリアにとってなんの障害でもなかった。
そもそもヴィクターの闇魔法がなければ、この世界に連れてこられることがなかった彼女にとって、魂を扱う魔術は恐怖の対象ではなかった。
ベルフェリアはひとつの仮説を立てていた。
「ヘンリーさんがお子さんできたから、急な不安になったんですか?」
「……それは、まぁ」
ベルフェリアの言葉に珍しく言い淀むヴィクターは、図星をつかれていた。
ヴィクターは、必ずしも子どもを望んでいた訳ではなく
共に生きてくれる存在を探し求めていた。
ただ、男女が愛し合うということはそういうことで、今後について話し合うべきだと思っていた。
……そしてよりベルと近付ける。
下心があることを見透かされた気持ちになったヴィクターはよく考えて言葉を選ぶ。
「……そういう未来があるということを、改めて考えてみただけだ」
「ふふっ。やっと、ヴィー様のことが分かってきました」
相手のことを観察して、感情を読み取ろうとするのはヴィクターの立場だったが、今は逆転していた。
嬉しそうにするベルフェリアの首筋に、悔しそうな顔で顔を埋めるヴィクター。
「ヴィー様。……正直にいうと、今すぐ子どものことは考えられないんです」
「それに関しては焦るつもりも、無理強いするつもりもない。……君が望まないなら、それでもいいんだ」
ベルフェリアがヴィクターを宥めるように背中に手を回して、ポンポンと軽く叩く。
前世でネグレクトを受けていた記憶から、子どもを産むことへの漠然とした恐怖心がベルフェリアには少なからずあった。
……でも、一人じゃない。
ベルフェリアは自分にはヴィクターがいるということだけは、分かっていた。
「ヴィー様が望んでくれるなら、前向きに考えましょう」
「いいのか…?」
「ヴィー様との赤ちゃんなら、きっと大丈夫かなって思える自分もいるんです」
嘘偽りのないベルフェリアの、ヴィクターの全てを受け入れるような言動は、彼の心を強く揺さぶっていた。
「……全く、君には敵わないな」
「わっ、ちょっ……、んんっ」
ヴィクターがベルフェリアのネグリジェの裾をたくしあげ、性急に動き出し、慌てて身を捩る彼女の唇に噛み付いた。
愛される喜びと受け入れられる喜びを知った二人は、お互いを求め合うのはごく自然なことだった。
ふっ、と部屋の明かりが消えた。
***
その後、流石にダンスパーティーでの自分の不甲斐なさを反省したヴィクターはベルフェリアと屋敷の外に出る機会を増やしていた。
ーーただそれは、貴族社会での社交というわけではなかった。
町外れにあった林の中のブランケンシュタイン家から、週に一度か二度、近くの商店街に高そうな馬車が出てくるようになっていた。
住み着いてから数年間、ほとんど姿を見せなかった“怪物”伯爵は、銀髪の女性を連れており、街で行き交う人々は興味津々だった。
ベルフェリアとヴィクターが、二人で相談して決めたのは、無理しない程度に外出することだった。
ベルフェリアはこの世界の事情や常識を実際に見て学ぶため、ヴィクターは引きこもりを少しでも回避するためだった。
カフェでお茶を飲んだり、ブラブラ買い物を楽しんだりするそれは、ただの気まぐれなお出かけデートと言わざるを得ない。
ふらりと新鮮な野菜や果物を取り扱う店舗を覗くベルフェリア。
「いらっしゃい!旬の果物はどうですか?」
「……ベル、少し貰おうか?」
「はい…!」
すぐに連れの眼帯をした男性がブランケンシュタイン伯爵と気づいた店の店主だったが、商人は強かで怯まずに上客に、旬のフルーツの試食を手渡す。
「ヴィー様、すごく甘いです…!」
「気に入ったなら、一箱買っていこうか。……あと店主、そっちのフルーツも見繕ってくれ」
「わ、またお土産が多すぎるってアガサに怒られますよ…!」
ベルフェリアが少しでも興味を示したものを、全て買い与えようとするヴィクターを腕を引っ張ってとめる。
闇魔法で影に荷物をしまってしまうヴィクターの買い物は、際限がなくアイゴールやアガサが呆れるばかりだった。
屋敷での時間が沢山あるベルフェリアが、最近関心を抱いたのは裁縫だった。
クリスマスパーティーをするのに、時期はまだ決めていなかったが大きな毛糸の靴下を編みたかった。
魔術を使って貴族の複雑な家紋やドレスの刺繍をする世界で、手縫い用の道具や材料は、魔法の注文販売に取り扱いが少なかった。
魔力の少ない平民たちが、自分たちが着る服に刺繍を施したり、得意な女性が工房に通うなどして利用されてきた。
ある日、二人が足を踏み入れたところは、貴族が滅多に立ち寄らない区画の店舗の一つだった。
「……もしかしたら、無駄にしちゃうかもしれないんですけど」
「刺繍の本も取り寄せたし、なんとかなるだろう」
「でも、絶対魔術の刺繍の方が華やかだし、綺麗ですからね…!」
ベルフェリアが、必死で言い訳を口にするのは、ヴィクターが彼女に自分に何か作れるようになって欲しいと提案したからだった。
どんな糸がいいか、色はどうする、と二人で相談し合うその姿は、かなり仲睦まじかった。
林の奥に住む闇魔術を使う、恐ろしい“怪物”伯爵。
繁華街では貴族社会から漏れ聞いた“人造人間”であるベルフェリアの存在を怖々と見る者ばかりだった。
しかし、平民の店にまで足を運ぶようになると、まるで人間そのものであるベルフェリア。
そして、噂とは見違えるようなヴィクターの彼女への接し方を間近で見た人の印象は変わっていった。
魂の実験だの、死者蘇生だのと暗い噂が耐えなかったはずが、街で二人を見かける度に人々には、いつしか違う印象が浸透していく。
ーーいつしか、“怪物”伯爵と恐れられたヴィクター・ブランケンシュタインは、愛妻家だと噂されるようになったのだった。
お読み頂きありがとうございました!
あと、エピローグも書く予定です!




