エピローグ
***
ーー時は遡り、ある新月の日。
闇の魔法の精度が高まる、唯一の機会だった、あの日。
ヴィクターは黄泉の世界への干渉を果たし、暗闇の中で必死に“花嫁”の魂を探していた。
まるで夜空に浮かぶ星のように、光を放つ無数の魂。
少しずつ条件を絞って減らしていく。
魂の光をじっと観察し、意識を集中させ魔力を放出していく。
ーー違う。居ない。
用意していた魔石が一つ、また一つと砕け散っていく。
ヴィクターはアイゴールたちと出会えた時に感じたような、“ビビッと”くる直感を頼りに、お互いが結びつくような感覚を持つ魂を求めていた。
これから先の長い孤独な人生を、一緒に歩んでくれる人。
自分の愛を受け入れてくれる人。
どこかにきっといるはずだと、必死に探していく。
近くにいないと判断したヴィクターは、探索範囲を徐々に広げていく。
ふわふわと揺れる視界。
黄泉の世界の淵を覗いているようなもので、実際にはヴィクターはここに存在しない。
一瞬死んだらここに来るのかという思考にはなったものの、なりふり構っていられない。
あまりに遠くまで範囲を広げたせいか、モヤがかかったかのように視界が悪くなっていく。
……もしかしたら、自分に合う魂など見つからないのかもしれない。
それでもほんの少しの希望を持って、目を凝らして数々の魂を見送っていく。
かなり離れたところまで来ると、何故かヴィクターは一直線にある方向へと夢中で進む。
何故か其方へ向かいたくなっていた。
それは無意識だったのか、ただの直感だったのかは分からないが、そうしなければいけないと思った。
ーチカッー
ヴィクターの視界に、一つの魂の光が入った時。
ゾクリと肌が毛羽立つような、不思議な感覚を持った。
他の魂と同じように光るそれは、何故かとても心が高鳴った。
……“彼女”だ。
ヴィクターは緊張で生唾を飲みながら、そっと魂に近づく。
「……初めまして。ずっと君を探していたんだ」
まだ声は届かないと分かっていても、声をかけずには居られなかった。
精霊との契約とは違って、黄泉の世界に漂う魂を無理やり強制的に見つけ出し、自分の世界で生を与えようという禁忌な行為だった。
ゆっくり魔術を展開し魂を引き込む。
自分の魔力で覆い尽くした瞬間、ヴィクターは一生この魂に自分の全てを捧げる覚悟を決めていた。
黄泉の世界から無理やり掬い上げるように、魂を召喚させる。
用意した依代の体に魂を定着させようと、再び魔術を展開した。
用意した最後の魔石が割れるのを、研究室でそばで見守っていたアイゴールが固唾を飲んだ。
水槽の中の体にゆっくりと魂が入っていく。
「見つけられたようですね」
「あぁ。……上手く、馴染むだろうか」
体が合わなければ、弾かれるようにして魂も黄泉の世界へと還ってしまう。
なぜかヴィクターは、上手くいくような気がしていた。
水槽の中の腕がピクリと動くのを見逃さなかったヴィクターは、急いで近寄り体を引き上げようと腕を突っ込む。
水中で藻掻く彼女の身体を抱えあげると、ぎゅっと抱き返された。
意志を持って、ヴィクターにしがみつく花嫁を感じて感極まるのは致し方ないことだった。
ゲホゲホと咳をしながら、必死で呼吸する彼女をそっと宝物のように抱きしめた。
「初めまして、私の花嫁。待ちわびたよ」
「…はぁ。すごい、イケメンだぁ」
何処か夢見心地のベルフェリアが酷く愛おしく、彼女のためならなんだってできるとさえ思えた。
***
「ヴィー様?……ヴィー様、寝ちゃったんですか?」
「ん、……あぁ、ベル。すごく懐かしい夢を見ていたんだ」
休日のブランケンシュタインの屋敷で、日向ぼっこをしていた。
暖かな日差しと心地よい風を感じて、うたた寝してしまっていたヴィクター。
ベルフェリアは、屋敷の庭でジャスティンとメアリーと一緒に新しい花壇の苗の植え替えをしていた。
ぴょんと出てきたミミズに驚いてひっくり返るジャスティン。
「ひぇぇぇえ!!も、もう少しでスコップで真っ二つにぃぃぃ!」
「あら、過激ですこと」
「せ、セーフですぅうううう」
騒々しさに眉を顰めるヴィクターに、軍手を取りながら寄り添うベルフェリア。
「夢見が悪いですか?なにか飲み物でも……」
「いや、君を初めて見つけた日の夢を見ていたんだ」
「……それは、随分と懐かしいですね」
穏やかに微笑むベルフェリアをそっと引き寄せ、腕に閉じ込めるヴィクター。
「……あの日、もし君が私を拒絶していたら。
私は君に酷いことをしたかもしれない」
「まぁ、確かに。……ありえなくも無いですけど」
用意周到な花嫁への貢物と、初日からグイグイ来ていたヴィクターを思い出すベルフェリア。
彼をあの時、真っ向から拒絶していたら、もしかしたら今は違う生活になっていたかもしれない。
しかし、始めからベルフェリアは無理なところはしっかり意思を伝えていた。
……それに耳を傾け、しっかり受け止めてくれたのは、紛れもない彼だった。
「わたしは、嫌なことは嫌って言ってますよ。
……誰かさんが嘘をつけない体にしたので」
「そういえば、早々に頬をひっぱたかれたな」
ヴィクターが懐かしそうに口元を緩ませたのを見て、ベルフェリアもつられて笑う。
かつて、勢いよく叩いてしまったヴィクターの頬にぺたりと手のひらを添わせる。
「……今じゃ排泄管理どころか、体重管理ですね」
「仕方ないだろう。譲れないところはちゃんと助産師に譲るから、最低限の把握はさせてもらう」
「……先が思いやられますね、胎動もまだですよ」
そっとベルフェリアがお腹を撫でると、ヴィクターが優しく上から手を重ねる。
この薄い腹の中に、小さな命が芽吹いていた。
「……ちゃんと愛せるでしょうか」
「勿論、二人でならなんとかなるだろう」
「はい。これからもよろしくお願いします」
こつんとおでこを付き合わせて、不安を漏らすベルフェリアを安心させるように鼻を擦り合わせるヴィクター。
小さく頷くと、そっと唇が重なった。
そんな主人達を、嬉しそうに見つめ、初の育児に向けて準備をする使い魔たちだった。
End.
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