6
ヴィクターは微かに震えていて、彼女からの拒絶を怖がる姿にベルフェリアは苦笑する。
ふう、と小さくため息を着くとヴィクターの黒髪を優しく撫でた。
「公的な舞踏会やパーティには、メアリー達は連れて行けないでしょう?
……でも、折角ダンスの練習はしたので、この屋敷でパーティーをしましょうか」
「……そんなことでいいのか?」
「“クリスマス”に“ホームパーティー”を一度でいいからしてみたかったんです」
クリスチャンじゃないですけど、なんて優しく微笑むベルフェリアは、どこかうっとりと愛おしそうな瞳でヴィクターを見つめていた。
恐る恐る彼女を見上げるヴィクターが、ベルフェリアの目には、まるで捨てられそうな子犬のように見えていた。
……自分のために、無理をして寝込んでしまうなんて。
完璧な彼にも弱みがあると分かって、幻滅するなんてとんでもない、むしろ彼女には可愛らしく思えた。
天才魔術師で、地位も才能もあって、時間と労力をかけてベルフェリアの衣食住を全て整えてくれた。
それでも未だ足りないとばかりに、ベルフェリアの要望を叶えようと尽くしてくれるヴィクター。
完璧な夫が見せた、彼らしい弱みはベルフェリアの乙女心をくすぐっていた。
「……解せん」
「え?何がですか?」
ニコニコとどこか上機嫌なベルフェリアをじっと怪訝そうな顔で見返すヴィクター。
確実に今回は“夫として”失敗したのに、今まで与えてきたもののどれよりも確実に嬉しそうな彼女に、彼はすごく困惑していた。
沢山のドレスやバッグ、アクセサリーより。
温泉を掘った時より、彼女の味覚にあった食事を与えた時よりも彼女の反応がよかったのだ。
……ダンスパーティーに行けたのが嬉しいなら、また行きたいというはずだ。
「……何故、嬉しそうなんだ。怒って当然だろう…?」
「むしろ、とても可愛いくて胸きゅんです。……あっ」
嘘のつけないベルフェリアは、ついウッカリしてストレートに言葉にしてしまった。
慌てて口を手で押さえるが、もう遅い。
ポカンと口を開けて、呆然とするヴィクター。
「……かわ……?」
「い、言い直します。えと、……愛らしい、そう!愛おしく思いました…!」
「ベルフェリア様、それは流石に無理がありますわ」
ガチャリとドアを開けて、お茶請けのお菓子を持って入ってきたメアリーが、すかさず突っ込む。
勿論外で聞き耳を立てていたのだった。
ヴィクターに抱きつかれ頭を撫でていたため、恥ずかしくなったベルフェリアは彼から離れようと腕で体を押す。
しかし、ヴィクターはぐっと腕に力を入れて彼女が離れようとしない。
「メ、メアリーさん!……ヴィー様、離れましょう!」
「断る。……ベルがせっかく喜んでいるのに、全く嬉しくないのは何故なんだ…!!」
「……案外、お二人はお似合いですわね」
むっつりと拗ねながらベルフェリアを腕の中に閉じ込めるヴィクター。
メアリーから見れば、そんなヴィクターは全く可愛らしくも愛らしくも見えなかった。
しかし、ベルフェリアが思っていたよりも趣味が悪いことに気付き、そっと笑みを浮かべていたのだった。
***
流石に発熱していた時は、寝室は別にしていた二人だったが、ヴィクターの体調が回復してからは再び夫婦の寝室で床を共にしていた。
「もう体調は大丈夫ですか?」
「……あぁ、そろそろ仕事もしないといけないし。
プレトリウス卿にパーティーでの粗相の謝罪を送ったら、お礼は“写真共有”を実現させろと言われたんだ」
「まあ、おじい様ったら……。定期的に印刷して送りますか?」
すでに幾度となく、ベルフェリア宛に手紙や香味スパイスなどのプレゼントが届いていたため、彼女も何となく可愛がられていることに気付いていた。
……無条件に愛されるって、なんだか気が引けてしまっていたけど、素直に喜んだ方がお返しになるんだなぁ。
その度に返事の手紙とメアリーとジャスティンが撮ってくれた写真やアガサと作った手作りの焼き菓子などをお返ししていた。
魔法で送れる即時の文通は、現代の郵便配達よりタイムラグが少なく、より身近に感じられた。
ヴィクターがベルフェリアの言葉に思案する。
「……それも悪くはないが、タブレットを送った方が喜ばれるかもしれないな。
ベルのタブレットから選んで送れるようにしようか」
「ついにローカル通信から、インターネット通信ですか!
……本当の娘というか、孫というか。そんな風に接して貰えて、嬉しいです」
血の繋がりの無償の愛情に飢えていたベルフェリア。
ヴィクターから向けられるものとは違う、プレトリウス卿からの降り注ぐような愛に胸の奥がジーンと熱くなるのを感じていた。
感激しつつも照れくさそうな表情のベルフェリアをじっと見つめるヴィクターがそっと口を開く。
「ベル。……私たちは夫婦だ。これからのことを話したい」
「これから、ですか?」
ベッドの上で横になる彼女の体を抱き寄せるヴィクター。
そっと頬に触れて、唇を親指で撫でる。
じっと見つめられる赤い瞳に吸い寄せられるように、見入っていると自然と唇が重なる。
そっと離れながら、ヴィクターの手がベルフェリアの体を撫でていく。
「こういうことをしていれば、いずれは子どもができる可能性があるだろう?」
「……ぁ、えと。それは、まぁ」
頬を染めたベルフェリアがゆっくり頷いて、ヴィクターを見るとどこか不安げな表情をしていた。
「……ヴィー様?」
「君と初めて話した日にも言ったが、この顔の痣は子どもに遺伝しやすいんだ」
そっと目の上の髪をかきあげるヴィクターが、そのまま赤黒い痣をそっと撫でた。
お読み頂きありがとうございます!




