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演奏が聞こえると人々はパートナーと手を取り合い、ダンスホールへと移動する。
高い天井には豪華なシャンデリアが光り輝き、まるで星が降ってくるかのように光の粒がチラチラと舞い落ちる。
「ヴィー様、なにか降ってきてますね」
「あぁ、今流行りの光のエフェクトだろう。きっと曲に合わせて演出を変えているはずだ」
「……すごい、映画のワンシーンみたい」
華やかな衣装に包まれた男女が、同じリズムで踊り出す光景に、うっとりと見とれるベルフェリア。
一際目立つホールの中心で踊る男女は、王子とその婚約者の令嬢だった。
……本物の王子様とお姫様のダンスが見れちゃった。
「……ベル。折角だから一曲くらい踊っていこう」
「はい、失敗したらごめんなさい」
「君に楽しんでもらえれば、それで充分だ」
何度も練習したワルツの曲が流れだし、ヴィクターはそっとベルフェリアの手を握ってダンスホールへとエスコートする。
まるで絵本の中の王子様に手を引かれて、踊り出すような夢のような世界に、ベルフェリアは心をときめかせていた。
音楽に体を任せてステップを繰り返す。
始めは少しだけぎごちなかった動きだったが、上から降ってくる魔法でできた小さな花が、ヴィクターの肩に落ちてゆっくり消えていく。
正直似合っていないファンシーなヴィクターに、つい笑みを漏らすと、気付いたヴィクターはむっつりと拗ねた表情を見せた。
「ふふっ、笑ってごめんなさい」
「……随分、余裕そうだな」
「思っていたより周りが気にならなくて、とても楽しいです」
男女のペアで踊るダンスは、踊っている最中はお互いのことに夢中で、隣で踊っている人間が誰なのかなんて気にしない。
チラッと意識して周りに視線をやると、たまたま隣にいた若いペアが、ステップがズレて男性の足を踏みつける女性を目撃した。
……なんだ、間違えることもあるんだ。
完璧にやらなくては、と気負ってたベルフェリアの心がふわっと軽くなるのを感じる。
しかし、周りを気にしているベルフェリアを見て、ヴィクターは面白くなかった。
グッとベルフェリアの腰を強く引き寄せる。
「わっ…!ちょっと、転んじゃいますよ…!」
「ベル。ダンス中は相手だけを見るのがマナーだ。
……誰か気になるやつでもいたのか?」
「ち、違いますよ…!」
……いると言ったら消す。
そう言わんばかりに魔力を研ぎ澄ませ、殺気を出すヴィクターに、近くで踊っていた人々は次第に離れていく。
「ヴィー様ったら、もう…!」
曲調が変わって、少しゆったりとしたスローダンスになったのをいいことにベルフェリアはヴィクターの胸に頬を擦り寄せる。
しなだれかかるように寄り添うベルフェリアに、ヴィクターは気を良くしたのか少しずつ殺気を弱めていく。
「……この話は後にしようか」
「だから、そうじゃないんですってば」
***
二人が仲睦まじくダンスを披露する姿をじっと見ていたプレトリウス卿。
ふわふわと浮く老人椅子から、2階席の観覧席からダンスホールをじっと眺めていた。
彼の後ろに待機していた、執事のルードヴィッヒと部下のカール。
軽食とワインを給仕しながら、卿の視線を追う2人。
ベルフェリアに強く執着する主の姿に、カールがそっと耳打ちする。
「……手元に置かれてはいかがですか?
命令さえあれば、すぐにでも攫ってみせます」
パキポキと指を鳴らして、ブランケンシュタインを守る使用人たちを思い浮かべるカールに、苦笑するルードヴィッヒ。
しかし、彼も主人さえ望めば同意見だった。
「ハハッそうだな。……あの若造が、彼女を不幸にするようなら頼もうか」
「夫婦喧嘩の度に、連れてまいりましょう」
プレトリウス卿は、無理やり公的な場にベルフェリアを連れ出させ、貴族社会に存在を知らしめられたことで、一先ずは気が済んでいた。
数曲踊って、人の少ないバルコニーへと歩みを進める二人が、華やかな場に馴染めないことに気付き、小さくため息をつく。
正直に言えば、彼女に世界に名を残したいという野心がないことに、勿体なく思っていた。
しかし、もしかしたら素朴に愛する者と生きていきたいという願いこそが彼女の幸せなのかもしれない。
「前世の記憶の噂が立ったとしても、私の名前で下手に手を出す輩からは守れるだろう」
「……インターネットは正直、興味はありましたが」
「写真共有とやらだけ確立させたいものだな」
定期的に愛娘の生活を知りたい親バカなプレトリウス卿だった。
***
ヴィクターは正直、限界だった。
こんなに沢山の他人からの視線に晒されることも、コソコソと陰で話されるという状況は彼のトラウマを盛大に刺激していた。
唯一の救いだったのは、ベルフェリアがダンスを楽しめたことだけだった。
会場に隣接されたバルコニーへ出ると、ダンスの真っ最中のそこには人気はなく2人ともほっと息をつく。
手摺りに体を寄りかからせ、ぼんやりと夜空を見上げるベルフェリア。
「はー、疲れたけど、たくさん魔法が見られて楽しかったです」
「……それなら、良かった」
「ヴィー様は楽しめましたか?」
「……」
無邪気に感想を聞くベルフェリアに他意がないのは分かっていたが、ついグッと言葉につまるヴィクター。
もうすぐに屋敷に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「……ふふ、華やかな場所はやっぱりヴィー様っぽくないですよね」
「こういう所は苦手なんだ。人も多いし、もう少しすれば酔っ払いでいっぱいになる」
「貴族でもそうなるんですねぇ」
現代の会社の忘年会のようなものを思い浮かべるベルフェリアは、ネクタイを頭につけたサラリーマンをイメージしていた。
思わず可笑しそうに笑う彼女に、こういう機会を増やした方がいいのかと考えるヴィクター。
ーーものすごく不快だった。
知らない男女を視界に捉えた姿さえ、ヴィクターの胸の中が煮えたぎるような不快感を覚えた。
ベルフェリアの肩を抱いて引き寄せるヴィクター。
「……君はもっと外の世界と関わりを持ちたいか?」
「…?え、ちょっと、ヴィー様…?」
ギョッとした表情の彼女にヴィクターは疑問を持ちながらも、感情に余裕のない彼は眉間に皺を寄せる。
……なんだか頭痛がしてきた。
不意に視界がぼやけ、ふわふわとした目眩にぎゅっと目を閉じると、遠くでベルフェリアが名前を呼ぶ声が聞こえた。
「え、嘘、すごい熱…!ヴィー様…!」
ヴィクターはゆっくりと意識を手放した。




