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ヴィクターは、プレトリウス卿と話したことで、排他的な自分の考え方を改めなければ行けないとばかり考えていた。
しかし、肝心のベルフェリアは社会から閉ざされたブランケンシュタインの屋敷でのびのびと生活している。
ヴィクターがそれを望んでいることを、彼女が感じ取った上で、生活に馴染んでいることにも気づいていた。
……彼女が私と似て出不精な性質を持っているが、ずっとこのままも良くないだろう。
彼女が人前に出たり、地位や名声を手にすることを望んでいないことも本心であることは、嘘がつけない“契約”をしたことで分かる。
この世界で女性の社会進出が、ベルフェリアの前世に比べるとかなり遅れていることもあって、ヴィクターも無理にベルフェリアを表に出す気はなかった。
……ただ。
『君には良き友人がいるのに、彼女は君の選んだ使い魔のペットで我慢させる気か?』
ヴィクターはアイゴール達をペットだなんて思ったことはなかったが、ベルフェリアの他人との関わりを遮断していることには変わりない。
友人という存在ついては、プレトリウス卿の言葉がその通りだとも感じていた。
***
ダンスパーティーの当日。
ベルフェリアは、人造人間として急に生まれ落ちた存在た。
後ろ盾になってくれるプレトリウス卿の顔に泥は塗れないと、必死になって覚えられるだけのマナーを頭と体に叩き込んだ。
「綺麗な淡いブルーのドレス…。
遠くから見たヴィー様の魔力の灯りの色みたいですね」
「あぁ、少し意識して色を選んでみた。……私の魔力の色に染まっているようで見ていて心地いい」
「言い方がちょっと変態臭いですよ…!」
うっとりと着飾ったベルフェリアを抱き寄せるヴィクター。
青白い闇の魔力を帯びた光は、以前はまるで幽霊の火の玉のようで、気味悪さが際立っていたはずなのに、ベルフェリアにとってはヴィクターの色だった。
ベルフェリアは自分を染めてしまいたいとでも言いたげなヴィクターに、ぽっと頬を染める。
「綺麗な刺繍の入ったお洋服ですね」
「ダンスパーティーともなると、いつもより糸が光って派手だな。……落ち着かない」
「ヴィクター様が一度も出席されないもので、ずっとクローゼットで眠っていたんです。無駄にならなくて結構、結構」
アイゴールがせっせとヴィクターの髪の毛やらをセッティングして最後の仕上げをしている。
メアリーがベルフェリアの顔にササッとパウダーをのせたり、ドレスの裾をふんわりと広げていく。
「わたしも用意してくださったドレスが沢山あるので、このままじゃクローゼットの肥やしになっちゃいます」
「……困らないように用意しただけだ。気にしなくていい」
腕をベルフェリアに差し出したヴィクター。
そっと手をかけて一歩踏み出す。
玄関ホールの床に描かれた魔法陣は、国が許可した転移魔法だった。
お供に使い魔のアイゴールたちを同行させることは出来ず、今夜は皆屋敷でお留守番だった。
「ベルフェリア様。楽しんできてくださいね」
「いぃぃ、いってらっしゃいませ!」
「沢山手伝ってくれて、ありがとう…!行ってきます」
メアリーとジャスティンにそっと手を振るベルフェリア。
アガサとアイゴールも見送りに来ており、ヴィクターがちらっと目線を送るとゆっくり頷いた。
使用人たちに見守られつつ、そっと深呼吸するベルフェリア。
「……さぁ、行こうか」
「は、はい」
次に目を開けたら、そこは吹き抜けで天井がすごく高く、窓ガラスは色がついていてまるでステンドガラスのようだった。
ガラリと変わった視界に、そこが別の屋敷の中だと気づくベルフェリア。
天井には大きく豪華なシャンデリア。ゆらゆら揺れる灯りは、まるで一つ一つが息をしているかのようだった。
「……揺れてる?」
「あれは一つ一つに魔術が込められているんだ。ほとんどが防犯用の結界や防護魔術ばかりだ」
「はぁ……、すごいお屋敷ですね」
魔術で溢れる家具に目を輝かせるベルフェリア。
ここは王族のゆかりの貴族が保有する屋敷で、国中の貴族たちが集まる会場として整備されており、最先端の魔術と技術を導入している施設だった。
ーギギィ…ー
大きなドアに近づくと扉が意志を持ったかのように、ゆっくり自動で開く。
中は夜なのにかなり明るく、広いホール。
数百人入れる広い会場で、2階席もあるようだった。
「毎年最先端の魔術や技術を集めて、ついでに披露するのがこのダンスパーティーの目的でもある。
……魔道具で何か気になるものがあったら取り寄せようか」
「……ふわぁぁぁ、なんか魔法学校みたいですね!」
まるで映画の中にいるかのように浮き足立つベルフェリアを、そっとエスコートするヴィクター。
もう既に多くの人が会場に集まっていた。
ザワザワと聞こえる人の声と、落ち着いた曲調のBGMが流れている。
二人に向けられる好奇的な視線。
この世界で、初めての多くの人間のいる空間に入ったベルフェリアが、無意識にぎゅっとヴィクターの腕を掴む手に力を込める。
ヴィクターでさえ、こんなに多くの人前に出るのは久々だった。
……私がしっかりしなければ。
「……広いですね、上には何があるんでしょうか」
「確か、歓談スペースだったはずだ。飲み物や軽食も上にもあるから後で行ってみようか」
「はい。……あ、ヴィー様」
ベルフェリアの視線の先に、宙に浮く椅子に座ったまま移動する一人の老人が二人に近寄って来ていた。
人の群れが左右に割れるように現れたその人は、上品な深いボルドーの服に身を包んだ、プレトリウス卿だった。
さっと礼の姿勢を取るヴィクターとベルフェリアに、片手を上げて気さくに答えるプレトリウス卿。
「やぁ、ベルフェリア。よく来たね。
……ヴィクターも公的な場では久しぶりだ」
「こんばんは、プレトリウス卿」
「会えて嬉しいです」
ガチガチに緊張しているベルフェリアをみて、優しく笑みを作るプレトリウス卿に、周りの人間がザワつく。
笑顔のプレトリウス卿を拝める日など滅多にない。
ダンスパーティーに出席したとしても、歓談席からほとんど動かない存在だったからだ。
「座ったままで悪いな。良いと言ったんだが、最新の老人椅子だそうだ。私が一番この会場で年寄りなせいで、研究員に見せて回れと言われてしまった」
「自分の意思で自在に動かせるんですか?快適そうですね!
……車椅子みたいですね」
ベルフェリアが物珍しそうに椅子を見ながら、こそっとヴィクターに現代にもあったと呟く。
ヴィクターは、小さく頷きながら、車を知らないと伝わらないなと内心苦笑する。
「なに、なかなか快適だ。後で変わってやろう」
「いいんですか?ぜひ!」
「老いぼれも少しは動かねばな。そうだ、ベルフェリア。あとで一曲どうかな?」
「はい、おじい様。喜んで」
遠目から三人の様子を伺っていた、周囲の人間たちはついにどよめく。
「(今、卿がダンスにあの女性を誘った…!?)」
「(いやそれより、“おじい様”と言わなかったか)」
「(やっぱり、あの“人造人間”の研究の噂は本当だった)」
あの闇の魔術師がダンスパーティーに出席し、噂になっていた人造人間の花嫁を連れてきたことに周囲は動揺していた。
その上、花嫁と親しげに話す相手は、この国の裏の支配者とも恐れられているプレトリウス卿である。
この二人が非公式な会合を行ったと国は把握していたものの、あのプレトリウス卿がプランケンシュタインの人造花嫁を溺愛する姿に目を見張っていた。
プレトリウス卿は、観衆が不躾な視線を向け、注目しているのをゆっくりと口を開く。
「私の一人娘のベルフェリア。以後、お見知り置きを」
「……!」
「卿。その前に私の妻です」
必死に震える手で膝を折り、カーテシーをするベルフェリア。
そっとヴィクターがベルフェリアを体を支えた。




