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次の日の朝、実はこれは夢でしたなんてことはないだろうか、と思っていたベルフェリアだったが、豪華すぎる大きなベッドの上で目を覚ました。
横には目を瞑っているヴィクターの姿があってギョッとする。
…一緒に寝たんだ。
昨夜、食事を取ってお腹満たされれば、次第に眠くなってあくびが出たベルフェリアは寝室に連れられた。
促されるまま、ふかふかの布団の中で目を閉じれば、睡眠を取ることもできた。
…トイレに行きたい。
そっと布団から抜け出して、それらしいドアを開けると便器を見つけたベルフェリア。
普通に排泄も行える体は人造人間と言われても、人間と全く変わらなかった。
…自分の体じゃないのに、自在に動かせるのが不思議だった。
手洗い場の鏡に映るベルフェリアは、シルバーの艶のある髪に黒い瞳。腰まで伸びたストレートの柔らかい髪を何となく触る。
「あれ、髪の毛ここ黒かったっけ…?」
長い髪を後ろから前に流すと、耳の後ろのインナー部分だけ毛先まで黒くなっていた。
…まるで前世の自分の髪の色のようだった。
手洗い場で固まるベルフェリアに、後ろからヴィクターが現れる。
「おはよう、私の花嫁。…よく眠れたようだな」
「……ヴィクター様、あの、髪の色が変わってるんです…!」
「あぁ、瞳の色も黒くなっているな。昨晩はシルバーだった」
「えぇ!?…気付いていませんでした」
そういえば、昨日は一度も鏡を見る前に寝てしまったことを思い出す。
「ベルフェリア。その変化は正常なものだ。
屋敷の使用人たちも依代に慣れると、こうして魂の形がそれぞれ体に現れた。
アイゴールドの瞳やメアリーの耳が特徴的だな」
「そ、そうですか…。あの『理想の花嫁』の色でなくなってしまって大丈夫ですか?」
死んだ魚のような独特な目をしたアイゴールとうさぎの耳を持つメイドのメアリーを思い浮かべるベルフェリア。
しかし、一番気になって焦っていたのは、シルバーの色の方がヴィクターの好みではないのかと思っていた。
理想と違うと嫌がられてはしまわないだろうか。
…また愛されないかもしれない。
ベルフェリアは前世のネグレクトに近かった幼い記憶が染み付いていた。
ヴィクターは、ベルフェリアの顎をそっとすくいあげる。
「瞳の色も髪色や長さも何もこだわらない。『花嫁』という存在が欲しかった。
……だが君の魂の形が、私の髪の色と同じだと言うのは嬉しいものだな」
「……ならいいんです」
「髪を好きな色に染めても、切っても構わない。
君が私の傍にいてくれればいい」
ベルフェリアは、至近距離で瞳を覗くヴィクターの真っ赤な瞳を見つめる。
ヴィクターからベルフェリアへ向けられる感情は、恋愛感情というよりは、今はまだ所有物への執着に似ていた。
しかし、その満足げな表情は、愛されることを知らないベルフェリアにとっては、見捨てられないという安堵感すら感じさせたのだった。
……次に続く言葉がなければ。
「ふむ。排泄もちゃんとできているな。素晴らしい」
「へ?……!!最低ッ!!」
至近距離で顔を覗き込むヴィクターの頬を、反射的に平手で打ってしまったのは致し方ないことだった。
…このマッドサイエンティストめ。
***
主人の頬のビンタの痕を、死んだ魚のような目で見る執事のアイゴール。
そっと何があったか聞き出すと、小さくため息をついて呆れた顔で首を振る。
…てっきり主人が朝から手を出して拒否られたのかと心配していた。
「それは、ヴィクター様が悪いですね」
「…“妻”の生理現象を観察して、一体何が悪いんだ」
「不調があれば自分で言えます…!」
すっかり拗ねてしまったベルフェリアは、恥ずかしさからヴィクターと目を合わせようとしなかった。
生まれたばかりとはいえ、肉体とも精神も自立した女性だった。
ヴィクターからすれば人造人間を作った責任と所有者としての権利だとさえ思っていた。
「……わたしは今日から何をすれば?」
「まずはこの屋敷の生活に慣れてくれ。好きなことをしてゆっくり過ごせばいい」
「すきなこと……」
朝食を振る舞われ、たっぷり与えられる料理を腹いっぱい食べたベルフェリア。
昨夜行っていた温室を練り歩いたり、厨房へ向かえば熊のように大きな体格のアガサが焼き菓子をくれた。
「お腹は空いてないですが、すごくいい匂いですね」
「バターたっぷりのフィナンシェです。甘いものはお好きですか?」
「大好きです…!」
「せっかく料理担当の仕事を任されたのに、ヴィクター様はあまり食に興味がない人なのです。ベルフェリア様がいれば腕がなります」
ベルフェリアの食の好みを聞き出してくるアガサ。
昨日の夜も朝もよく食べていたように感じていたが、ヴィクターは好みがないらしい。
…なんだかこのまま与えられるものを食べていたら子豚のように丸くなってしまいそうだった。
屋敷を散歩していると、廊下でパタパタと歩く、金髪のメイドを見つけた。
洗濯物をたくさ抱えたジャスティンだった。
「ジャスティンさん、あの……」
「ひゃいっ!あ、あぁ!ベルふぉにあさま!」
「ふぉ?」
「ぁぁぁ!練習しましたですのに!!
すみません!すみません!べ、べるふ!にあさま!」
どうやら滑舌が上手くないのか、ベルフェリアと発音できないジャスティン。
二度目も発音できずに、ぁぁぁぁと声を発しながら、顔色を青ざめていく。
アワアワと小刻みに震えて、キョロキョロ動くジャスティンの動作から小動物っぽさを感じたベルフェリアは、ふっと笑みを漏らす。
…可愛い人だ。
落ち着かずにバタバタ動くジャスティンの手から、洗ったはずの洗濯物がポトポトと落ちていく。
そっと拾い上げるベルフェリアに、余計焦るジャスティン。
「ご!ごめんなさい!『花嫁』様にそんなことを…!
クビだけはぁぁぁ!」
「呼びにくいのなら、ベルでいいですよ」
「ひゃ、ひゃい。ベル様…!ありがとうございます!」
「あと暇なので、それのお手伝いしたいです」
洗濯物を指さすベルフェリアの顔と洗濯物をチラチラと交互に見るジャスティン。
<ベルフェリアの命令は、仕事よりも最優先>
そう指示されているジャスティンは、本当にいいのだろうかと悩みながらも、ゆっくり頷いた。
こちらです、と洗濯物干し場へと体を向けると、カクカク歩き出すジャスティンがたまに落とす洗濯物を拾って続くベルフェリア。
「ジャスティンさんは、前はなんの動物だったのですか?」
「え、えとリスでした…!その、今と同じでトロ臭かったので上手く生き延びられなくて、ご主人様に拾われましたです」
「リス…そうなの。
……どうしてそんなにクビを気にしているの?」
…もしかして、自分の前にも『花嫁』がいたのだろうか。理想と合わなかったら、わたしもクビになるのだろうか。
ベルフェリアには、そんな考えが頭に思い浮かんでいた。
ジャスティンがピタリと歩みを止めてゆっくり振り返る。彼女が出せる一番低い声で、つむぎだす。
「……それが、ヴィクター様に粗相を起こした使い魔は以前、契約を破棄されてクビになった。
とメアリーさんに言われたんですぅ…!!」
「あらいやだ。それ嘘ですよ」
「ええ!?」
奥から来たのは、うさ耳メイドのメアリー。
手には屋敷に飾る切り花を抱え、ハサミを手にしていた。
「おはようございます。ベルフェリア様」
「メアリーさん、おはようございます」
「めめめメアリーさん!?う、嘘ってぇ…!?」
「余りにもジャスティンがミスをするものだから、脅したら死ぬ気でやるかと思ったんですもの」
あまり変わらないですわね、と首を傾げて物騒なことを言うメアリーは、どうやらジャスティンより先輩のようだった。
クビなんて罰が存在しないことを聞いて、ガーン!とショックを受けるジャスティン。
二人のかけあいをじっと見るベルフェリアも、ホッと安堵していた。
「ベルフェリア様。
ヴィクター様は自然に淘汰されるはずだった私たちに仕事と役割をくださったのです」
「…そうなんですか?……自然は厳しそうですね」
「アイゴールは狼、アガサは鷹で、二人とも長やヌシの座を競って負けた個体だそうです。
…私たちはヴィクター様の魔力が、つまり命が尽きるまで身の回りのお世話を仰せつかっております」
自然の摂理に負けたと話すメアリーの前の生き様は無念なものだったはずなのに、その表情は何処か誇らしげだった。
「ヴィクター様は、屋敷の外では心を閉ざし、他人には威圧的で、非常に拗らせた性格で…。
まあまあ根暗でデリカシーはありません」
「……もしかして、朝の話を聞いたんですか?」
「メアリーさん!?ししし知りませんよ…!?」
急に大事な花嫁に、主の悪口を言い出した先輩メイドをぎょっと見るジャスティン。
…罰が嘘だと分かっても、これはさすがに怒られると震え出す。
「…ですが。
とても情に厚い、優しい方なのです。
時間をいくらかけても構いません。
……どうか、あの方を受け入れて下さいませ」
ベルフェリアを真っ直ぐ見つめるメアリーの瞳は、何処か人形らしさがあり生気は感じられないのに、熱い思いを伝えてくる熱意があった。
ベルフェリアは、ヴィクターという主を慕う屋敷の使用人たちの気持ちをひしひしと感じていた。
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完結作品です↓
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