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屋敷を案内されるベルフェリア。
ブランケンシュタイン家の二階建ての立派な屋敷は、生活感こそないがどの部屋も廊下も、清潔に保たれていた。
部屋の隅などに蜘蛛の巣や埃はなく掃除が行き届いているようで、調度品もピカピカだった。
すっかり日が暮れて真っ暗な廊下には、灯りが至る所に灯されている。ゆらゆら揺れる火の色は、赤ではなく青白かった。
「以上、ここが今日から君の家だ。
…庭に温室もあるが、灯りが少なくて何も見えないだろう。明日以降明るいうちに案内しよう」
「はい。
……どうして火が青いんでしょうか。この世界は青いのが普通?」
「あぁ、それは私の魔力を使って付けた灯りだからだ。燃焼の火は赤いのであっている」
「へぇ、魔力によって色が変わるなんて面白いですね」
ヴィクターが操る魔力は、闇の魔力が色濃く出て、まるで火の玉が浮かんでいるかのような青白い火になった。
ベルフェリアは魔法のある世界に少しだけワクワクしていた。
……異世界っぽい!
「普通の火がいいなら、もちろん用意させるが…」
「気になっただけです。
…あと、先程から外がとても暗いのですが、この世界に月はないのですか?」
廊下の窓ガラスから、外の様子を覗き込むベルフェリア。
中庭を見下ろせるそこには少ない灯りで、うっすらとガラス張りの建物と生い茂る緑が見え、そこが温室だろうと検討をつけていた。
「月はある。今夜は新月なんだ。
闇の魔法がより強くなる。黄泉の世界に干渉するには打ってつけの日だ。
…正直上手くいくか運の要素も合ったが、成功して良かった」
「ふぅん」
その奥には灯り一つない、真っ暗な木々が広がっていた。
夢中で窓に触れ覗き込むベルフェリアの手の上に、そっと大きな手を重ねるヴィクター。
共に屋敷内を歩いたり、この世界の事に興味を持って質問を重ねる“花嫁”の姿に、じわじわと手に入れた実感が湧いていた。
つい彼女がここに存在しているという体温を確かめたかった。
「……」
「どうした、まだ質問はあるか?」
急に黙ったベルフェリアにさらに近づいて、ヴィクターが後ろから耳元で囁く。
ベルフェリアは太い指に手を撫でられ、背中スレスレに感じるヴィクターの体温と鼻についた薬品か薬草か、独特な香りに、緊張していた。
…お、女慣れしていないわけじゃないんだ。
「…えと、その。ヴィクター様は積極的ですね」
「私に触れられるのは嫌か…?」
「なんだか胸の奥が、……ムズムズします」
「……そうか。取って食うようなことはしない。
まずは生活に慣れることから始めようか」
重なった手をぎゅっと握られて、優しく引かれて歩き出した。
「さぁ、ここが君の部屋だ」
「わー!……わぉ」
通られた部屋はかなり広かった。
高そうなソファに、精巧な柄が刻まれたガラスのローテーブル。花瓶に生けられた色とりどりの花、調度品も充実していた。
ドレッサーには化粧品にスキンケア用品、櫛やオイルなども細かく用意されている。クローゼットにはたくさんのドレスや洋服、アクセサリーなどが充実していた。
パッと見、誰か先に暮らしていたのかと思えてしまうほど、細かい物まで溢れていたが、使った形跡がなく全て新品の物に見えた。
…すごい、まるでいつでも住み始められるように整えてあるみたい。
「何か欲しいものや気に入らないものがあれば言ってくれ」
「……い、いえ。多分何も無いと思います」
「そうか。支度を頼んだメイドたちも喜ぶだろう。
私の部屋は隣だ。何かあったらいつでも来てくれて構わない」
ホテルのアメニティとは比べのにならない充実感に、ここまでするのかと『理想の花嫁』への情熱に一瞬引いてしまう。
……こんなに与えられて、その分返せるんだろうか。
酒に溺れた母親が少女に優しいときは、お酒が欲しくてお金をせびる時だった。
ヴィクターがベルフェリアの顔色の悪さに、鋭く勘づき 顔を覗き込もうとした時。
ーぐぅぅぅ、きゅるきゅるー
ベルフェリアの薄い腹から、空腹を知らせる腹の音が鳴った。
カッと顔を赤くしてお腹を押さえるベルフェリア。
生まれてから一時間も経っていない上に、どこか現実味がなくてふわふわしていた。
今思えばとても空腹だった。
「食道器官も無事、動いているようだ。順調に魂が定着している」
「じ、人造人間なのに、お腹も空くんですか?!」
「ふむ。……私の花嫁は、可笑しなことで照れるのだな」
腹が空くのは生理現象だとばかりに、ベルフェリアの状態を観察するヴィクター。
執事のアイゴールとメイド達が待つダイニングへと向かった。
***
「お待ちしておりした。夕食の準備が出来ております」
「これはご馳走だな」
「……ほぁぁ」
ベルフェリアが驚きで感嘆の声しか出なかったのも無理はない。六人がけのテーブルを埋め尽くす量の料理が並んでいた。
サラダやカルパッチョのような前菜から、パン、パスタ、グラタン、肉や野菜がゴロゴロ入ったスープ。鶏の姿焼きに、鉄板の上の分厚いステーキ。デザートのケーキやゼリーやフルーツなどてんこ盛りだった。
席に案内されて席に着きながらも、これは一体何人前かと呆然としているベルフェリア。
しかし、カトラリーやお皿のセッティングが二名分しかないことにもハッとする。
「えと、アイゴールさんやメイドの方も一緒に食べるんですか?」
「あぁ、いえ。私たちは人形のようなものですから、食事は必要としておりません」
「…こ、こんなに食べられませんよ?」
「今夜は君の誕生祝いだ。好物が分からないから色んなものを用意させてもらった。好きなものをたらふく食べてくれ」
ヴィクターの指示かと、ぽかんと口を開け呆然と見つめるベルフェリア。
機嫌良さそうに、ポンッと音を立ててワインボトルを開けるヴィクター。続けてベルフェリアに遠慮するなとサラダを皿にこんもり分け取る。
それを見て一歩前に出たのはメイドのメアリーだった。
彼女は茶髪のボブヘアで、その頭には真っ白なうさぎの耳がひょっこりついていた。
…先程、服を用意してくれた“うさ耳メイド”さんだ。
じっとベルフェリアが興味深げに見つめていると、メアリーはゆっくり頭を下げた。
「初めまして。我が主の花嫁、ベルフェリア様。
メアリーと申します。今後身の回りのお世話もお手伝い致します」
「メアリーさん…よろしくお願いします」
サッと手際よくスープやお肉を少しずつ取ってくれたメアリー。
彼女は見た目通り、元うさぎの魂を宿したメイドであった。
メアリーは、ヴィクターが飲み物を手酌するのを見て、後ろに控えていたもう一人のメイドに視線で合図する。
小柄な金髪のメイドはぴょんっと、飛び跳ねたかと思えば慌てて一歩前に出た。
「…え?あ!はい!!
ごごご、ご主人様、私がおつぎしますです…!」
「ん。そうか。…溢すなよ」
「ひぃ!了解です…!」
手がかなり震えて緊張が目に見えているのが、メイドのジャスティン。彼女は元リスの魂を宿していた。
トクトクとグラスに注がれると泡立つ炭酸。
慌てて引いたボトルから一滴、ポタリとヴィクターの手の甲に落ちた。
「ひぃぃぃぃ!!ごめんなさいごめんなさい!
クビだけはお許しください…!!」
「…全く。ベルフェリア、この煩いのがジャスティンだ」
「う、うるさくてごめんなさいぃ…!」
「…はぁ。よろしくお願いします」
手に着いた水滴をペロッと舐めるヴィクターは、粗相を全く気にしていないのに、ジャスティンは今にも土下座して這いつくばりそうになっている。
ジャスティンの行動よりも、ベルフェリアはヴィクターが飲み物を口に運ぶ姿に釘付けになっていた。
…お酒飲まれるんだ。
一瞬酒浸りになっていた前世の母親の姿をフラッシュバックするベルフェリア。
この人がアルコール依存症とは限らないとハッとして、心の中で頭を振る。
思考をかき消したくて、一口スープを口に運んだベルフェリアは、優しいコンソメ味にホッと口元を緩めた。
…美味しい。
「お口に合いますでしょうか」
「彼はアガサ。料理や力仕事を頼んでいる」
奥からもう一人出てきた、熊のように大きな体格のアガサ。
元大鷹の魂で、瞳が金色でどこか鋭さがあった。優しい笑みを浮かべていて、ベルフェリアは不思議と恐怖は感じなかった。
「…美味しいです。よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ。食べたいものがありましたら、何なりとお申し付けを」
「以上、4体。
これが我が屋敷の使用人で私の使い魔たちだ。
ベルフェリアの言うことを優先するように伝えてある」
集まった使用人たちが揃って、もう一度ベルフェリアに頭を下げた。
猛烈な歓迎っぷりを感じ取ったベルフェリアは、心の中で叫んだ。
不必要なほど細かく用意された生活用品に有り余るほどの食事。
ーー私の旦那様はやりすぎだ…!
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完結作品です↓
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【完結】『魔力アレルギー』の病弱令嬢は『魔力なし』の辺境伯爵に、心も体も健やかに愛し抜かれました
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