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「あれ、おじい様はどちらに……?」
ベルフェリアが化粧を直して戻ってくると、プレトリウス卿の姿がなく、アイゴールに聞くとなんと温泉を楽しんでいるという。
「先日用意できた“浴衣”が役に立ちました。着方もルードヴィッヒ様に伝えましたので、着てくれるやもしれません」
「あぁ!湯上り用の!おじい様がやるとは思えないけど、ヘンリーさんが卓球をして汗かいてましたもんね」
ぼんやり思い出すお風呂に入ったあとなのに、汗だくのヘンリーの姿。
帰った後に風呂上がりに体を冷ます目的で浴衣を用意したらどうかと話していたのだった。
……あのヘンリーさんがお父さんで、あのおじい様がお母さんなんて、笑っちゃう。
ヴィクターがベルフェリアのこの世界での親代わりだと紹介してくれた二人を思い浮かべ、つい笑ってしまうベルフェリア。
ご機嫌なベルフェリアとは対象的にヴィクターは何か意を決したような覚悟に満ちた顔をしていた。
「いやはや、温泉というものに初めて入ったが、良いものだな!」
「おかえりなさい、……わぁ、おじい様すごくお似合いです!」
戻ってきた、浴衣を着たプレトリウス卿を見てベルフェリアは歓声を上げる。
温泉旅行に行ったことがないベルフェリアのやりたかったイメージを、ヴィクターは少しずつ再現してくれていた。
「ベルフェリアの前世の文化は面白いな」
「ご主人様。湯上りに飲むフルーツ牛乳だそうです」
「あぁ、水分補給か。……む、甘いな」
ほこほこと湯上りで陽気なプレトリウス卿。
果実の甘みの強いフルーツ牛乳に眉を顰める。
「おじい様だと、湯上りに“日本酒”が合いますね」
「ニホンシュ?酒か」
「ええ、お米で作る透明のお酒で。……あまり飲んだことはなかったですけど、有名でした」
「実に興味深い。隣国を調査してみようか」
すっかりアルコールへの恐怖心が消えたベルフェリア。
ただ、まだ自分で飲む気にはなれなかった。
もちろんヴィクターも嫌そうに眉を顰める。
「……私は下戸だから流石に酒は作らないぞ」
「ふふ。でもお料理に使うと美味しくなるんですよ。ワインみたいに」
「ふむ。ならアガサにも相談しようか」
相変わらずベルフェリアの食の好みを再現しようとしてくれるヴィクター。
ベルフェリアは慣れ親しんだ味を再現したいというよりも、そんな彼に美味しいものを食べさせたいという気持ちになっていた。
温泉に入ったあとの、特有の心地よい体のダルさにどっしりとソファに腰を下ろすプレトリウス卿。
そして、浴衣の着心地の軽さを感じていた。
「この浴衣が、普段着だったのかな?」
「いいえ、普段は洋服でもっとカジュアルな感じです。
浴衣は日本の夏祭りや昔の城下町でファッションを楽しむ用途でした」
「そうか、確かに少し布が薄い気もするな」
「冠婚葬祭といった式典な場では、浴衣のもっと布がしっかりした着物というのを着ていましたね。成人のお祝いとか」
ベルフェリアが、前世の日本の着物文化を楽しげに話すのは、プレトリウス卿がまるで海外から来た異文化を楽しむ外国人のように見えていたからだった。
また浴衣姿がすごく様になっていて、着物を着てもかっこよく着こなせるだろうなと考えていた。
そんなベルフェリアの心情を知ってか知らずか、プレトリウス卿は陽気に笑う。
「ハッハッハ!そうか祭りか。この世界と同じだな。
今日おめかししてくれたそのドレスも、主に王都で開かれるダンスパーティー用だろう。
毎年、貴族の女性たちは流行りを追うものだ」
「定期的に開催されるんでしたね。
……王子様が開く、舞踏会かぁ。おとぎ話の一幕みたいですね」
黙っているヴィクターに、そっと囁くベルフェリア。
彼はじっとベルフェリアをまっすぐ見返す。
「……ベルフェリアは、舞踏会に興味があるのか?」
「そうですねぇ。
実写版シンデレラみたいで、少しだけ見てみたいですね。お姫様と王子様のダンスなんて、一度は見る女の子の夢ですから」
「夢か……」
ベルフェリアは一般全体の話をしたつもりだったし、今プレトリウス卿を前にして流石に、踊れないし、人前は少し怖いとも言えなかった。
勿論、嘘のつけないベルフェリアにとってどちらも本音である。
プレトリウス卿も嬉しそうに表情を緩める。
「そうかそうか。私がベルフェリアの後ろ盾になってやろう。……今期末のダンスパーティーには是非来るといい」
「え!?!」
ベルフェリアは素っ頓狂な声をあげる。
写真とかイラストとかで見てみたいな、くらいの気持ちで考え無しに口にした自分に後悔していた。
……でも、ヴィー様がいつも断ってるって言ってたし、行かないって言ってくれるかも。
ベルフェリアは期待満ちた目で、チラッとヴィクターの顔を伺うと、何やらキリリとした真剣な顔をしている。
「……そうだな。今年は出席しよう」
「ヴィー様…!?」
黙っていられなかったブランケンシュタインの使用人たち。
「ヴィクター様が、ダンスパーティーに!?」
「どんな風の吹き回しですの?もしや熱があるのではありませんか?」
「そうですか、そうですか。今年は奥様がちゃんとおられますから、これは準備を張り切りねば」
ザワザワと盛り上がる屋敷の使用人たち。
ヴィクターはじっとベルフェリアを見つめていた。
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