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プレトリウス卿は現在80代後半に差し掛かり、平均寿命が60代のこの世界においてかなり稀有な男だった。
時の魔法を得意とする彼の血族たちは皆長寿だったが、特に彼は長生きだった。
彼は、長い人生において常に刺激を求めていた。
何故なら、プレトリウス卿は最愛の妻に早くに先立たれていた。
***
食後、魔法を見てくれるというプレトリウス卿の言葉に甘えて、一輪挿しに移した、一本の枯れた花に魔力を込めるベルフェリア。
頭の中で、手のひらに集めた魔力を、リモコンの中に乾電池を詰めるようなイメージを膨らませる。
そしてそっと巻き戻しのスイッチを押す。
赤外線が飛んで、目の前がテレビ画面のように錯覚する。
ゆっくりと花弁に色が戻っていくのに、目を見開きながらも、集中して一倍速、二倍速と速度をあげていく。
パッと色付いて咲く花に、ほっと安堵の笑顔を浮かべるベルフェリア。
「な、何とかできました…!!」
「上出来だ。細かいことを言えば、無駄な魔力が多すぎて勿体ないが、……これは次第に慣れていくだろう」
「ありがとうございます!おじい様…!」
「はっはっはっ」
かなり魔力を使ったベルフェリアは汗だくだった。
メアリーがサッとタオルをくれ、額の汗を拭っていく。
実際に時の魔法を使えるようになったベルフェリアに、ヴィクターはグッと手のひらを握りしめる。
「ベルフェリア様」
「あっ、そうですね。……すみません、一度失礼します」
「魔力を消費しているだろうから、ゆっくり休んでいてもかまわないよ」
すっかり化粧が崩れてしまったベルフェリアを、小さく呼ぶメアリー。
ヴィクターが退席を促すと、プレトリウス卿もゆっくり頷く。
膝を折って挨拶したベルフェリアの足取りは軽く、ご機嫌で部屋を後にした。
談話室に残されたヴィクターとプレトリウス卿。
ベルフェリアが居なくなった途端、プレトリウス卿の表情から笑みがゆっくり消えていく。
ゆらりと鋭い眼光に、ヴィクターは自然と背筋が伸びていくのを感じた。
低くしゃがれた声でゆっくり言葉を発する。
「……ヴィクター。君は彼女を、この屋敷で飼い殺しにするつもりか?」
「……そう、見えますか」
「現に今彼女は最難関である、時の魔法を使って見せた。一般魔法とは勝手の違う才能がベルフェリアにはある」
ヴィクターも痛いほど分かっていた。
時魔法は特殊な魔法で、莫大な魔力と習得するのに努力だけでは叶わない持って生まれた才能が必要とされていた。
選任者である時の魔術師であるプレトリウス卿の血筋といえば、遺伝していてもおかしくなかった。
「そもそも、プレトリウス卿が彼女の核を提供して頂く際に、私の“花嫁”にすることは了承済みかと思いますが?」
「もちろん。
魂の定着が成功した暁には、妻にしようが養子にしようが好きにすればいいと伝えた。だが、処遇に口を出さないとは約束していないはずだ」
「……彼女を外に出せと?」
プレトリウス卿は圧をかけても、自分に言い返す腹の座ったヴィクターに内心関心しながら、語気を強める。
「屋敷から一度も出ていないと聞いている。機会を与えないまま、一生を送らせるのはどうかと言っているだけだ」
「彼女を軟禁しているわけではなく、本人の意思でここにいます」
「貴族の君が社交に連れていくしかなかろう。
君には良き友人がいるのに、彼女は君の選んだ使い魔のペットで我慢させる気か?」
闇の魔術師が社交嫌いなのは有名だったが、ヘンリーという変わり者の友人がいることも知られていた。
「インターネット。実に面白い考えだ。
ああいうのが好きな連中も多いだろう。全く同じものを再現するのは難しいだろうが、国のためにもなる」
「……」
グサグサと正論が刺さるヴィクター。
アイゴールは心配そうに主人を見守るが、普段から何度かヴィクターに進言していたことだった。
黙りこくるヴィクターに、小さくため息をついたプレトリウス卿は話題を変える。
「少し、昔話をさせてもらおうかな」
「……聞きましょう」
カチャリとペンダントを外し、開いて机の上に置いた。
中には長い銀髪の黒い瞳の女性の肖像画が入っていた。
「私の妻で、50年前に先立たれた。穏やかで、好物は辛い物だった。体が弱く、ほとんど彼女の希望を叶えられないまま、死に別れることとなった」
「……ベルに、よく似ていますね」
「彼女と妻を混同するつもりはないが、一目見て彼女の子だと思った。髪色を見て驚いたものだ」
ヴィクターはじっとプレトリウス卿の言葉を待つ。
彼はペンダントの写真から目を離さず、過去を懐かしむように続けた。
「彼女の一番の願いは、子を産むことだった。長生きの家系の私が、自分がいなくなったあと寂しくないようにと。……それも子宝には恵まれず叶えられなかった」
妻が亡くなったあと、親族から養子を取り育て上げ、跡取りとしたプレトリウス卿は、現在魔術師の地位から退いている。
しかし、長すぎる孤独にどこか刺激を求めた。
国が軍事的な政治に意欲があることを知って、随分前から積極的に声を上げていた。
特に荒っぽい、大きな力で他者をねじ伏せるような戦争を好んだ。
……こんなつまらない世界など壊れてしまえばいいと言わんばかりに。
「君がベルフェリアの要望を叶えようとする、その考え自体を反対するつもりはない。
ただ、それが自分に彼女を縛り付ける見返りとしてなら、……彼女はそれで幸せになれるのか」
「……卿は私が周囲から、なんと呼ばれているか知っていますか」
“怪物”伯爵。
そんな自分が彼女と華やかな社交の場に出ても嫌な思いをするだけだと、ヴィクターは言いたかった。
「怯えた“怪物”など恐るるに足らん。弱い連中の戯言だ。……それに、肝心のベルフェリアは随分君の感情を気にしているようだ。まるで嫌われるのを怖がる子どものように」
「それは、彼女の過去が……。いえ、これはもう言い訳でしかありませんね」
ヴィクターが言いかけた言葉を首を振って、苦笑するのを見て、プレトリウス卿は少しだけ表情を和らげる。
「完全な夫婦など、存在しない。だがお互いが遠慮し合っているようでは、正面から向き合えないと思わないか?」
「……貴重なお話、ありがとうございます」
ヴィクターはベルフェリアのセリフを思い出す。
『それじゃ嫌なんです…!
ちゃんと心から愛して、ヴィー様と本物の夫婦になりたい…!』
彼女はヴィクターと“対等な”夫婦関係を既に願っていた。
ヴィクターはプレトリウス卿から、後悔するなと窘められ、なんなら励まされたかのように感じていた。
それが全てベルフェリアのためになると言うかのように。
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