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プレトリウス卿がブランケンシュタイン家に来訪する予定の日、アイゴールは朝からすこぶるご機嫌だった。
高齢のゲストを迎えるため、一階で全てのおもてなしが完結できるよう整えたり、彼の好みの食材などを調達するなどかなり手が込んでいた。
ベルフェリアが、アイゴールに理由を聞けば、ウキウキした表情を隠さず、死んだ魚のような目で不気味に笑う。
「実は、ヘンリー様以外でしっかりおもてなしできる客人が来るのは初めてのことなのです」
「そういえば、国の使者の方は直ぐに帰ってしまいましたね」
「ランチを一緒にとの旨を聞いております。大歓迎ですとも」
一方でアガサは何故か暗い顔をしている。
「アガサさん?ランチのメニュー上手く決まらないんですか?」
「……いえ。実はプレトリウス卿の執事と以前少しばかりやり合いまして」
「やり合う……。何を?」
いつも穏やかに、そして真面目に仕事をこなすアガサが苦い顔をするのに首を傾げるベルフェリア。
可笑しそうに笑みを作ったメアリーが口を開く。
「ベルフェリア様。実はプレトリウス卿の使用人の方が一度来られた時に、アガサの料理にケチをつけられまして」
「……他人の好みに文句はいいたくないんですけど、全ての料理に唐辛子スパイスをかけまくったんです……。彼らの味覚がイカれてるんですよ」
「プレトリウス卿も激辛党で有名ですわ」
元の料理の味が分からない程の量をかけられ、それでも雑味が味を邪魔している、なんて横柄な態度を取られ嫌味の応酬を繰り広げたことを思い出すアガサ。
ベルフェリアはポカンと口を開けて驚く。
「アガサさんって怒ったりするんですね……」
「そもそも、メアリーすら罵ってアイゴールを顎で使いジャスティンにも怒鳴り散らすような輩です。
……今回は卿も同伴されるようですから、態度は違うとは思いますが」
「なかなかの修羅場で面白かったですわ」
ケロッとして何も気にしていないメアリーと根に持っているアガサ。
「前回は部下の方だけでこられたんですね」
「ああ、ヴィクター様に“ベルフェリア”様を届けに来たんです」
「アガサ、正確には体の元となる人造人間の“検体”をですわ。ヴィクター様は内密に“花嫁作り”の研究を進めていましたが、どこからか情報を得て唐突に参られましたわ」
「……えっ、そんな成り行きだったんですか」
てっきり以前からの知り合いで、ヴィクターの為に検体を譲ったのだとばかり思っていたベルフェリア。
それかヴィクターがプレトリウス卿に頼み込んだのだとばかり思っていた。
アガサはごほんと咳払いしつつ、気まずそうに続ける。
「アポもなく唐突に敷地内に現れたので、てっきり敵襲かと思いまして……。それはもう使用人総出で、訓練通りに排除行動をですね」
「……えっと、相手方の態度が悪かったのはそのせいですね、きっと」
「アポなしで、植えたばかりの庭の花壇を破壊し、第一声が『ヴィクター・ブランケンシュタインは、どこだ』ですもの。敵襲と見なしても仕方ありませんわ」
なんなら後半の排除行動を思い出して、少し楽しそうに目を輝かせるアガサ。彼は穏やかそうに見えて、荒っぽい仕事が大好きだった。
相変わらず辛辣なメアリーも、プレトリウス卿の部下に良い印象がないことを感じ取ったベルフェリア。
そんな二人とはうらはらに、部屋の隅で縮こまるジャスティン。
「わ、わたしは普通にお客さまが来るだけでも、緊張して粗相がこわいですぅぅぅ。く、首切られるぅぅぅ」
「ジャスティンさん、わたしも緊張してきちゃうから…!」
「ベル様、ごごご、ごめんなさぃぃぃい」
***
すっかり客人を迎え入れるため、コルセットで引き絞ったウエストと、腰周りが膨らんだブラウンの上品なドレスに着替えたベルフェリア。
刺繍やレースはやり過ぎず、バランスの取れた伯爵夫人たる優雅な姿だった。
出迎えの準備をしている使用人たちと玄関で話していると、貴族の正装をしたヴィクターが支度を終え、自室から出てきたところだった。
撫で付けられた髪と右目の眼帯、そして精巧な刺繍のはいった黒いジャケットは腰まで長く、艶やかに見える絹タフタ。白いフリルのジャボが首元を華やかにさせていた。
……わ、すごいなんだか、物語の王子様みたい。
ベルフェリアは珍しいヴィクターの姿に思わず胸をときめかせる。
「皆、準備は出来ただろうか。
対応はほとんど私がするが、細かい補助はアイゴール、メアリーに任せた。アガサは前回のことがあるから下がっているといい」
「「「はい」」」
「わ、私は……?」
「ジャスティンは、……邪魔だけはするな」
ぴぇぇぇぇ、と変な声をあげるジャスティンに苦笑するベルフェリア。
そして全員に指示するヴィクターが屋敷の主人っぽくて、つい見蕩れてしまう。
スッと腕を差し出されて、慌ててエスコートの姿勢をとる。
「……ドレス、よく似合っている」
「あ、ありがとうございます。……ヴィー様も素敵です」
「そうか、……もし疲れたら、無理をせずいつでも下がっていい」
ヴィクターがいつもの調子で、着飾ったベルフェリアを褒める。すっかり甘い二人の世界を作る主人達を生暖かい目で見守る使い魔たち。
「さ、そろそろ約束の時間だ」
アガサがピクリと反応した。
「来られたようです」
ーーギギッバタンーー
玄関のドアが勢いよく開けられ、ビクリと身体を震わせるベルフェリア。
転移魔法を使って、時間通りに現れた客人は三人。
秘書兼執事のルードヴィッヒ、ドアを乱暴に開けた体格のいい筋肉質の男で部下のカール。
そして、細かい装飾の着いた杖を付いた白髭の老人。
プレトリウス卿本人である。
ヴィクターと似たようなデザインの深いグリーンを基調とし金色を差し色にした、高級な衣服を身につけていた。
彼から感じる貫禄は、ヴィクターの比ではなかった。
ピリッと肌をヒリつかせる緊張感が、屋敷の玄関を満たしていく。
「やぁ、お邪魔するよ。いい屋敷じゃないか」
「ようこそ、いらっしゃいました。御足労頂きありがとうございます」
ヴィクターが握手をしようと一歩出て、一緒に踏み出すベルフェリア。
プレトリウス卿の彫りの深い目元と鋭い眼光がベルフェリアを見据える。
慌てて膝を折って、頭を下げるベルフェリア。この世界のカテーシーをする。
……上手くできただろうか。
緊張しながらもゆっくり顔をあげると、プレトリウス卿の目元がフッと和らぐのを感じた。
「君が、ブランケンシュタイン伯爵の“花嫁”だね」
「はい。ベルフェリア・オニキス・シェイド・ブランケンシュタインです」
低いしゃがれた声でゆっくり紡がれる声に、しっかり名乗るベルフェリア。
後ろに控える部下の二人からの視線を強く感じ、雰囲気に慄きそうになってぎゅっとヴィクターの腕に添えた手にぐっと力を入れる。
「そうか、ベルフェリア。いい名だ。
私はセプティマス・プレトリウス。君の産みの親だとか。……じーじと呼んでくれて構わないよ」
一瞬、なんと言われたのか分からなかったベルフェリアは、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「へ……?」
間抜けな返事をしてしまったが、その場にいた全員がポカンとプレトリウス卿を凝視していた。
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