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ベルフェリアが焦りつつも、この世界の最低限のマナーを学ぼうと頑張っているのを見守りつつ、応援しているヴィクター。
元々世界が違うため、染み付いた常識や知識のズレがあるのは仕方ない。
そもそも余りベルフェリアの振る舞いに、得に大きな問題を感じていなかったヴィクターはもう少し肩の力を抜けばいいとさえ思っていた。
ただ、彼女がこの世界に馴染もうとしていることを、喜ぶべきなのに素直に嬉しく思えない自分に戸惑っていた。
その日も研究があらかた目処が付いたところで、ベルフェリアの姿を探す。彼女は仕事の邪魔はしないと決めているようで、中々研究室に来ることはなかった。
……折角夫婦として距離が縮まったのだから、もっとすごす時間が増えてもいいのに。
「……アイゴール。ベルは何処にいるんだ」
「ベルフェリア様なら、メアリーと書庫で勉強されてますよ」
「この屋敷に何部屋の書庫があると思っている」
「ならば、少し整理されたらどうですか。このペースだといつか重みで底が抜けますよ」
ブランケンシュタインの屋敷の部屋の多くが書庫となっていた。ヴィクターが溜め込んだ書物が年々増えて行くからだった。
研究室に不可欠な知識や暇つぶしのため、そしてベルフェリアとの関係を良好なものにするための資料で増え続けていた。
「そういえばベルが、電子書籍がどうとか言っていたな」
「データ化とやらが問題ですが、魔術でどうにかできそうな気もしますね」
「外部に出す気はないが、試していいか聞いてみようか」
すっかり、ベルフェリアの前世の知識から恩恵を受けているヴィクター。
一部屋ずつ手当り次第ドアを開けていくと、ベルフェリアの姿を見つけた。
どうやら読書に夢中で、ヴィクターが入ったことに気付いていないようだった。
「ベル、……ベルフェリア」
「……わっ!ヴィー様!……びっくりしました。お仕事お疲れ様です」
「驚かせたか、すまない。……おとぎ話を読んでいたのか?」
ベルフェリアの手にあった本は、この世界で殆どの人が知っているポピュラーなおとぎ話だった。
彼女は恥ずかしそうに照れた笑みを浮かべながら、本に栞を挟み、表紙を撫でる。
「前話した、シンデレラによく似ていて面白いです」
「確か、家族に虐げられた少女が王族に見初められる話だったな」
「やっぱり貴族って、こういう王族が開く舞踏会って実際にもあるんですか?」
「……まあ、一応年に数回」
ベルフェリアの期待するような眼差しに、珍しく言葉に詰まり目線をそらすヴィクター。
一世代のみの伯爵とはいえ、貴族であるヴィクターは毎年行われている定期舞踏会を常に欠席していた。
……どうしても、ああいった華やかな場は苦手だ。
「ベルフェリア様。それは酷な質問ですわ。
勿論、毎年招待状は受け取りますが、ヴィクター様は参加なされませんので」
「メアリーさん。お茶ありがとうございます」
「……ダンスパーティーなんだ。エスコートする相手がいないんだから、断ってもいいだろう」
「エスコート!腕に手を添えるやつですね!えーと……」
メアリーが痛いツッコミを入れるのに、まるで言い訳をするようかのような返事をするヴィクター。
ずんと心が重くなって表情が暗くなっていたが、ベルフェリアはマナーの確認に頭がいっぱいで、まとめていたノートに目を走らせていてヴィクターの変化に気づかない。
ベルフェリアはなんとなく、舞踏会なんてものがこの世界にもあるのかと聞きたかっただけで深い意味はなかった。
そんなことを知らないヴィクターの心中は穏やかではない。
ベルフェリアが伯爵夫人として、社交の場に出るという可能性はゼロではないのに、ヴィクターは社交マナーを教えようとしなかった。
ベルフェリアの生活を固めるためと言い続けていたそれは、ほとんど建前だった。
ーー屋敷の外に彼女を出して、世界を知ってしまえば、自分よりもっといい人を選びたくなるかもしれない。
ヴィクターはベルフェリアを自分だけの“花嫁”として屋敷に留めていたかった。
「社交にお茶会、定期的なダンスパーティー。……貴族って、思ったよりやることが多いんですね」
「ヴィクター様はほとんど研究職ですから、催しを欠席しても研究さえ進めていればなんとかなっていますわ」
「……」
「あはは、たしかに。……ヴィー様?」
ベルフェリアは、黙り込むヴィクターの顔色が悪いことにやっと気づき、心配そうに覗き込む。
そんなベルフェリアを手で制して止めるヴィクター。
ベルフェリアの拒否するかのような動きに、メアリーも目を見開いて主人を注視する。
「……いや、なんでもない。ベル。プレトリウス卿から返事が来た。うちに来てくれるそうだ」
「そ、そうですか。……アイゴールが喜びますね」
「……えぇ。張り切りようが目に浮かびますわね」
きっとおもてなしの準備に取りかかっているだろうアイゴールを手伝おうかと、書庫から移動するベルフェリアとメアリー。
ヴィクターは、ぼんやり二人を見送って、近くにあった椅子にゆっくり腰を下ろす。
自分らしくない矛盾のある行動に、手で目を覆って深くため息を付いた。
ヴィクターは自分に自信が持てなかった。
お読み頂きありがとうございます!
次回、プレトリウス卿来訪です。




