1
王都内にある貴族街の一等地に屋敷を構えるプレトリウス卿は、魔術師として一線を退いてはいた。
しかし、現在も有力な発言権を持つ貴族の重鎮として、あらゆる公的な場面に顔を出していた。
特に国家間の諍いが起こると、積極的に騎士率いる国軍の采配に意を示す主戦論者の代表格だった。
屋敷の執務室で、国際情勢の情報に隈なく目を通す彼の手は、ゴツゴツと節くれ立った指が目立ち、手の甲には青白い血管が浮き出ている。
体も歳相応にやせ細って骨と皮のようだったが、彫りの深い目元と眼光は鋭く生気に満ちている。
顎には立派な白髭が生えていて、たまに撫でつける。
ーー彼はセプティマス・プレトリウス。
ヴィクターに、“花嫁”の体の核を提供したプレトリウス卿本人である。
彼の威厳ある雰囲気は、どこか畏怖すら感じられる。
彼の一声で、次の戦争の標的が決まるとさえ言われている危険人物である。
ーコンコンー
執務室のドアをノックし、現れたのは一通の手紙を手にした、背の高い男性で執事服に身を包んでいた。
プレトリウス卿の右腕であり、秘書のルードヴィッヒである。
「失礼致します。闇の魔術師から面会の申し入れが届きました」
プレトリウス卿はニヤリと口角を上げつつ、微かに震える手で手紙を受け取ろうと手を伸ばす。
低くしゃがれた声でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……ヴィクター・ブランケンシュタインか。彼の方から声がかかるとは、予想していなかったな」
「“花嫁”を紹介したいとのことです。……手紙にあるように、こちらまで来させましょうか」
ヴィクターからの手紙には、面会場所はどちらの屋敷でも構わないと記されていた。
引きこもりで内向的だと有名なヴィクターが、夫婦で王都まで行ってもいいという内容に、片眉を上げて面白そうにする卿。
ゆっくり首を振って、手紙を机の上に放り投げた。
「いや、折角の申し出だ。“愛娘”の顔をこちらから拝みに行こうじゃないか」
「……はっ。畏まりました。そのように手配します」
ルードヴィッヒが下がり、部屋を出ていく。
立派な装飾の着いた杖を右手で握り、ゆっくり立ち上がる。部屋の壁に飾られた、ある肖像画をじっと見つめながらそっと左手を伸ばす。
ーーその肖像画は、長い銀髪と黒い瞳の女性が笑みを浮かべていた。
***
ヘンリーが帰ってすぐから、ベルフェリアは猛勉強を始めていた。
アイゴールやメアリーに頼んで、歩き方や振る舞い方、その他マナーを叩き込んでもらう。
また、延ばし延ばしになっていた、魔力の使い方も少しずつ実践していた。
「ベル、そんなに根を詰めなくてもプレトリウス卿からの返事はまだだ。それに私がフォローするから、気を張らなくても……」
「そうですわ、今回の面会もただの顔合わせですし。公式なパーティなどではありませんもの」
もしあちらの屋敷に出向くことになれば、初めてのお出かけであるし、きっと服もコルセットを引き絞ったドレスを着なければならない。
ベルフェリアは普段楽に過ごしてしまっていたが、これではいけないと簡易的なコルセットを身につけたり、高いヒールを履いて過ごす練習をしていた。
「お食事も摂る量が減ってますし、もう少しコルセットを緩めたらどうでしょう」
「ううう、アガサさんまで…!ダメですよ、皆して甘やかして……!」
ウエストをぎゅっと引き絞るコルセットは、物理的に食事が中々進まなかった。
口々に甘い言葉ばかりかけてくる周りの声に反発するベルフェリア。
……絶対に、この屋敷に来てから最初に来た時よりウエストは確実に増えてる。
ベルフェリアは甘やかされる環境に危機感を感じていた。
「……まあ、魔力の使い方を知るのは良いことだとは思う。身を守れるかもしれないしな」
「すごく感覚的なものなんですね。呪文とか杖とか使うものだと思ってました」
「発動のきっかけに決まった文言を使う者もいる。
これが魔術になると、魔法陣を使ったり論理立てて魔力を練って発動させるんだ」
「……物凄く難しいことだけは分かりました」
ヴィクターやアイゴール達が簡単に使っている、灯りの付け方だけでも、魔力のない世界で生きてきたベルフェリアにとっては扱いが難しかった。
体にまとわりつく魔力の感覚だけは掴んでいたが、思うように魔力として放出が出来なかった。
まずは基礎知識からと魔導書などを読んで勉強しているベルフェリアを、ヴィクターはじっと観察する。
「……もしかしたらベルの魔力は、遺伝的な特徴があるのかもしれないな」
「え、遺伝……?人造人間なのにですか?」
「何かきっかけさえあれば扱いやすくなると思うんだが。プレトリウス卿にも聞いてみよう。彼は魔術師として私より随分経験が多い」
ベルフェリアの前世に一切なかった魔力。
そして身近にいるヴィクターは天才魔術師で、彼の魔力を使って魔法を使うアイゴールたちは、前世が動物だからか、かなり感覚派ばかりが揃っていた。
縋る目をするベルフェリアに、ジャスティンが口を開く。
「わっ!とやって、フンッ!って感じですぅぅぅ」
「ジャスティンの得意魔法は探索系ですわね。なんでそれが感覚でできるんですの?」
「えっ…!?そ、そう言われましても、なんと説明していいのやら!?」
「……みんなが感覚派すぎて全っ然わかんない〜」
ベルフェリアはいまいちコツが掴めずに嘆く日々を送っていた。
4章始動です〜!
書くの楽しみにしていました。




