10
その日の夜、ジャスティンと涙の別れをしたベルフェリアは、ヴィクターに半ば引き摺るように寝室に連れてられた。
「罰が本当に必要なんですか……?」
「まぁ、日頃の恨みも少々あるが……、ジャスティンの体を少し改良しているんだ」
「日頃の恨み…?」
魔力をかなり放出したベルフェリアの体を気遣うヴィクター。勿論、日頃の恨みとは、ことごとくベルフェリアとの仲を先に進展させていくジャスティンへの嫉妬心だった。
ベルフェリアはジャスティンの日々の小さな粗相で体を破損させることだろうかと首を傾げる。
「そもそも、ベルフェリアはジャスティンに甘い。
あいつらは使い魔だが使用人でもあるんだ、たまには主人として躾も必要だろう」
「……だって、ジャスティンの動きがかわいくって」
ヴィクターは、嫉妬を滲ませたつもりでベルフェリアを責めるが、彼女はまるで気づかない。
面白くないヴィクターは方向性を変えることにした。
「私も可愛がっていいんだぞ」
「ヴィー様を?アイゴールみたいにですか?」
「……あれは馬鹿にしているんだ」
「ふふっ。……ジャスティンの改良ってなんですか?
体を大きくしちゃうんですか?」
甘えようとしたが失敗して苦い顔をするヴィクター。
それを見て可笑しそうに笑みをこぼすベルフェリア。
ヴィクターは度々使い魔たちの体を点検も兼ねて改良を続けていた。
しかし、この前の瞳にカメラを取り付ける改造中、ずっと叫び続ける続けるジャスティンがかなりうっとおしかった。
反省も兼ねて頭部だけ別にしておくことにした。
「いや、軽さを活かして衝撃吸収材の役割を付けようかと思っている。
……ジャスティンは改造中、騒々しくてたまらないから頭部は作業の邪魔なんだ。お陰で随分捗った」
「ヴィー様、発想が物騒!」
「またマッドサイエンティストだと呼ばれてしまうな」
「さては狙ってやってますね…?」
「さぁ、どうかな」
ベッドの隅に腰掛けながら、愛おしげにベルフェリアの髪を一房手に取り、そっと口付けを落とすヴィクター。
ベルフェリアは、胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
……そもそもヴィー様は、この体なら中身の魂は誰でもよかったんだろうか。
『長い人生を共に過ごせるパートナーが欲しい』
そういう存在を求めて人造人間を作り上げたヴィクター。
肉体が覚えているヴィクターへの安心感。
少女の魂が持つ“家族愛”が欲しいという未練を叶えてくれたことへの信頼感。
ベルフェリアは、異性として接してくるヴィクターへの自分の胸のざわつきが何を意味するのか分からなかった。
……恋愛経験が少しでもあればよかったのに。
一日頭の中で抱えていた胸の中のモヤモヤを、ヴィクターに打ち明けようと思った。
「ヴィー様、……相談してもいいですか?」
「勿論」
「本人に聞くことじゃないかもしれないんですけど。
わたし、恋愛感情がやっぱりよく分からなくて。
……ヴィー様とハグするのも一緒に寝るのも慣れてきちゃったし」
ヴィクターはじっとベルフェリアを見つめ、彼女の言葉最後まで聞こうと見つめる。
真っ直ぐ見つめてくるヴィクターの顔が、気まずくて見られないベルフェリア。
ぎゅっと目を瞑って俯き、心情を告白する。
「わたし、正直ヴィー様のこと、家族としての好意とか尊敬とかはあるけど、それが異性としてかは分からないんです。
……あなたの希望に合ってますか?」
ヴィクターがベルフェリアの言葉を最後まで聞いてから、口を開く。
「そのままで一向に構わないが?」
「……えっ!?」
「ベルフェリアが、家族や親からの無条件の愛に飢えていることは、今まで話を聞いて理解しているつもりだ。
その上で、穏やかにここで過ごせるように環境を整えてきた」
「……とても良くしてもらってます」
こくんと頷くベルフェリア。
ヴィクターはどこか嬉しそうにしている。
「ベルフェリア。そもそも夫婦というのは、皆が皆、物語のような大恋愛の末、結ばれるものじゃないだろう。
それに始めは蜜月でも次第に熟年夫婦のように、家族愛に近い冷めた関係になることはある」
「……それは。そうかもしれないですけど」
「この世界では、親に決められた相手と婚姻する家庭も少なくはない」
……現代の、昔のお見合いのようなものだろうか。
ベルフェリアが納得していない顔をするの見て、まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせるように肩に手を置く。
「ベルフェリアは、私が無理やりこの世界に“花嫁”として造り出した存在だ。
“恋をしたい”君には可哀想なことをしているのかもしれない」
「……確かに強制的に連れてこられたのは、理解してますけど」
「私はベルフェリアの死を看取るつもりでこの世に生み出した」
「し、死ぬまで…!?」
穏やかな顔をしながら、物凄く重たい事をいうヴィクターにベルフェリア少し引きかけてしまう。
……しかし、ヴィクターは一切遠慮する気はなく、グッと腰に手を回して引き寄せる。
「……燃え上がって消えるような一時だけの恋を、君とする気はない」
「ヴィー様……」
「家族愛、大いに結構。
君と私はずっとこの屋敷の中で生きていくんだ」
至近距離で見つめられたヴィクターの真っ赤な瞳が、ゆらりと揺れる。
強い執着心を感じたベルフェリアは、背筋がゾクリとするのを感じた。
……ベルフェリアの唇から、頭で考える前に本音が飛び出した。
「それじゃ嫌なんです…!
ちゃんと心から愛して、ヴィー様と本物の夫婦になりたい…!」
「……!」
ヴィクターはこのまま穏やかに“家族ごっこ”をベルフェリアと送ることができれば、それで構わなかった。
だが、確実な自分との関係を求めるベルフェリアに、雷で打たれたような衝撃を感じていた。
返事をしなくなったヴィクターを見て、ベルフェリアは言い切ったものの。これじゃまるで駄々をこねる子どもじゃないかと我に返る。
感情が分からないのに、相手にどうしろと言うのだ。
「む、むちゃくちゃ言って、ごめんなさい…」
「……ふむ」
珍しく感情的になったベルフェリアが、恥ずかしくてぼっと顔を染め上げる。少しだけ頬を赤くしたヴィクターが思案する。
「ならば、“血縁関係”というだけの父と母に値する人物と会ってみるか?」
「……え!わたし、親存在するんですか…?!」
「こじ付けだけの親のようなものなら、いる。一人は私の悪友、騎士のヘンリー・クラーヴァルだ」
ヴィクターは、どうせそろそろ勝手に会いに来るため、ちょうどいい機会だと思っていた。
「騎士…?その人は、わたしとどう関係があるんですか?」
「血の培養に、たっぷり献血してもらった。少しくらい同じ血が流れているんじゃないか?」
「……なるほど“血縁関係”。ぜひ、会ってみたいです」
血の繋がりと言われて、少しだけ親近感が湧いたベルフェリアは、この世界の“親に”同時に興味が湧いていた。
……少しはヴィクターへの気持ちとの違いが分かるかもしれない、と。
ーー扉の前で聞き耳を立てていたメアリー。
すっかり二人の甘い空気に入るタイミングを失っていたが、こっそり話を聞いていた。
「(……家族愛じゃ嫌って、それってもう好きってことでは?)」
何故回りくどい方に持っていくんだ、と内心でヴィクターを罵り、もどかしさに悶えていたのだった。
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2章完結です!
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