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ベルフェリアの第2の人生が始まってから、数日経った。
ブランケンシュタイン家は、まさに孤立した箱庭のような生活だった。
訪問者はほぼいなく、外部からの接点は主に手紙と生活物資が送られてくる3日に1度の配達便だけ。
業者に注文書を送ると食料や日用品が、魔術によって決まった時間と登録した場所に転送されてくるらしい。
…つまり、外部との関わりは、物資の転移魔法だけだった。
「じゃあ、私が急にここで暮らしても、あんまり変に騒がれることはなさそうですね」
「近所に知らせるすべがないからな。
私は君の行動を制限するつもりはないから、遊びに行きたければ、構わない。
……ただ私は屋敷にいる」
…完全なる引きこもり発言である。
以前は近くの街の商店街に買い出しに行っていたが、ある日ジャスティンが張り切って重たいものを買いすぎ、転倒。公衆の面前で盛大に腕がもげたらしい。
一時騒然となり、めんどくさくなったヴィクターは転送販売を選んだ。
ベルフェリアが行きたいならどこへでも行ってもいいとヴィクターは言ってくれたが、この世界の常識を知らない彼女にとって買い出しやお出かけは、少し億劫だった。
……この世界の正装って、コルセットなんだよね。
街に行くくらいなら簡易でもいいと思うけど、めんどくさいなぁ。
一度国の使者が来た時にドレスを来た際、足がプルプルで息も絶え絶えだったことを思い出すベルフェリア。
衣服の文化の違いを感じていた。
そもそも彼女は、ヴィクターの“花嫁”に選ばれた魂だ。
アクティブに外に出掛けるより、家の中でじっとしているのが気が楽だった。
一応、伯爵夫人としての役割は、社交と屋敷の運営などだが、そもそも人が来ないブランケンシュタイン家。
茶会もなければ、人嫌いのヴィクターは社交界に不参加だ。
……世界のことを知ろうと思っても、スマホやネットのない環境じゃ無理があるし。
ベルフェリアはヴィクターが集めた本や雑誌、新聞などから知識を集めていた。
「アイゴール、浴室の設計はまだ来ないのか?」
「昨日の今日で出来上がるようなものではありませんよ」
「……本当に屋敷に、お風呂作るんですか?」
ヴィクターは、ベルフェリアが求めた浴室を作ろうと設計士に依頼をしてくれていた。
あの後からいくつかの大衆向けの雑誌を読んだベルフェリア。ネットの無いこの世界では書物が流行の先端のようだった。
その中で知ったのは、貴族であっても、毎日の湯浴みはそもそもしない。
平民向けに大衆施設として大浴場が都会にはあるようだったが、場所によっては衛生面などが怪しいらしい。
生活魔法である程度の汚れを落とすなどの方法もあるようだった。
「シャワールームはあるが、体の汚れを落とすのが目的だし、毎日髪は洗わないのか主流ではあるな。
まぁ個人差はあるし、蒸し風呂を好む貴族もいる」
「ヴィクター様は、研究に夢中になられると寝食すら疎かにされますし。この屋敷の洋室は簡易的なシャワーのみですね」
「うるさいぞ、アイゴール」
生活魔法で身綺麗にはしていた、と言うヴィクターを必要最低限の生活しかしていなかったと鼻で笑うアイゴール。
風呂キャンセル界隈みたいだな、とベルフェリアが思っていたが、少しだけ理解できる点があった。
「お風呂を欲しがっておいてあれなんですけど、……毎日シャンプーすると髪の毛がガサガサなんです……。
シャンプーも全然泡立たないしぃ」
「ふむ。ベルフェリアの前の世界とどう違うか知りたいな」
実は、この世界の水は硬水だった。
前世の日本は軟水寄りだ。
髪を洗えば洗うほどヌルヌルするし、重たい感じがするのにパサパサになった。顔を洗えばやたら突っ張る感じがして保湿も大変だった。
数日、シャワーに入らせてもらったのに文句を言うという状況に、少しドキドキするベルフェリア。
水が合わない、とはうまく言ったものでベルフェリアは、異世界での生活の小さな差異に不便さを感じていた。
「……そういえば海外では、軟水だか硬水とかで違うって聞いたことがあります。
私が住んでたところは湿気が多くて毎日頭を洗わないとギトギトしてて。海外に行ったら2、3日は洗わなくても平気とか見たことがあります」
「水に硬さが?…なんだそれは。興味深い」
「言っててよくわかってないので、説明も出来ないんですけど。
……そのうち慣れると思うので、このままシャワーでいいですよ」
「水質検査をしよう。待っていろ、ベルフェリア」
……ダメだ、全然話を聞いていない。
ベルフェリアは、困ってメアリーを見る。
「メアリーさん、ヴィー様に声が届かなくなりました」
「はい、ああなると何を言っても雑音に聞こえるようです。諦めましょう」
「ええぇ、自動ノイズキャンセリング…」
ブランケンシュタイン家での『ベルフェリア専用浴室改造計画』はまだ始まったばかりだった。
家の至る所の水道から水を集めるヴィクター。
洗濯中に突如現れた主人に驚いたジャスティンがすっ転び、今度は腕が一本すっぽ抜けていた。
「……ジャスティン、仕事を増やすな」
「ごごご、ごめんなさあぁぁい…!!」




