3・ピンク色の嘘
「太郎君の目って、何でピンク色なの?」
転入して一週間くらいが経った頃、染谷春奈は不思議そうな顔をして僕にそう尋ねてきた。
この頃には、席が隣ということもあって、染谷春奈と僕は日常会話を交わすくらいの仲にまで距離を縮めていた。しかも彼女は、僕の下の名前まで覚えてくれている。それはほとんど奇跡と言ってよかった。だって、こんなに綺麗な女子とこんなに近い距離で、しかもこんなに親しげにため口で会話できるなんて、冴えない僕には今までに一度も経験したことがなかったし、これからも一生縁のないことなのだろうと思っていたからだ。
昼休みの騒がしい教室の中、染谷春奈は自分の席で頬杖をつきながら、横に座っている僕の目をじっと見つめてきた。なぜ僕の目がピンク色をしているのかと必死に考えていたのだろう。その透き通った目は人形のようにあまりにも整っていて、僕は直視することができずにいた。火照った頬を隠すように何度も顔を掻きながら、僕は何て答えるべきなのか迷っていた。
「あぁ、この目? アハハ、う、生まれつきピンク色なんだよね」
結局、迷った末に嘘をつくことにした。まさか君に一目惚れをして目がピンク色に染まってしまったなんて、恥ずかしくて本人にはとても言えなかった。
「へぇ~。そうなんだ。ピンク色の目の人、はじめて見た。しかも、よく見たら、目の形がハートになってる。ふふ、可愛い」
染谷春奈はそう言って笑顔を見せた。
彼女の笑った顔はいつ見ても可愛い。幼い子どものように思い切り顔をくしゃくしゃにさせながら口角を上げて、両頬には小さな笑窪まで覗かせている。それはまるで天使のような笑顔だった。
もしこうして彼女がずっと隣で笑っていてくれるなら、僕はきっと、どんなことでも喜んでするのだろうな、とそのときぼんやりと思った。
教室にチャイムが鳴り響くまで、染谷春奈と楽しく話していたら、この目のことについて、ついた嘘など、どうでもいいような気がしていた。
それから数日が過ぎても、転入してきたばかりの染谷春奈には、僕の目の色が感情によって変わることを伝えていなかったし、ばれてもいなかった。
なぜなら、最近の僕の目は四六時中ピンク色だったからだ。
教室で先生の難しい話を聞いていたときも、体育館で卓球のラケット片手に部活動に勤しんでいたときも、家に帰ってお風呂場の湯船にボーッとしながら浸かっていたときも、僕の目は常にハート型のピンク色だったのだ。
どうやら僕は一日中、染谷春奈のことを無意識に考えているらしい。彼女のことがあまりにも気になるから、例え勉強が辛くて眠くなっても、部活動が大変でイライラしても、僕の目はピンク色に染まったまま変わらないのだ。きっと、『染谷春奈が好き』という感情の方がどんなときでも勝ってしまうのだろう。
だから、転入してまだ日が浅い染谷春奈は、僕が生まれつきピンク色の目をしているのだと信じて疑わない様子だった。この目の色や形が変わる瞬間を実際に見たことがないから、僕のついてしまった嘘を簡単に信じてしまったのかもしれない。
「ということはまだ、染谷は、お前の目の真実に気づいていないわけだな」
「あぁ、そうなんだ……」
休み時間に学校の屋上で、僕は深く長い溜め息を吐いていた。
数日前に、僕がとっさに染谷春奈についてしまった嘘のことについて、今更ながら後悔の波が押し寄せてきたのだ。もし、いつか僕のついた嘘がばれる日がきてしまったら、染谷春奈は一体どう感じるのだろう……。きっと、『嘘つき者の冴えない男子』というイメージが固着して、僕のことを嫌いになってしまうに違いない。そうしたら、もう二度と、僕と口を利いてくれなくなるのかもしれない。そんな恐ろしい想像がずっと頭の中をぐるぐると回っていた。
だけど今になって本当のことを打ち明けることもできずにいた臆病者の僕は、どうしようかとずっと一人で悩むだけだった。一人で悩みを抱えるのも辛くなってきた僕は、とりあえずこの話を親友に聞いてもらうことにしたのだ。
事情を知った上窪は、屋上のフェンスにもたれかかりながら、空を見上げて何かを考えるような素振りを見せていた。だけど突然、ニコッと微笑んで僕の方を見てきた。
上窪の笑った顔は、どことなく意地悪なキツネに似ている。何がおかしいのかわからなかったけれど、僕の顔を見て嬉しそうに目を細めていた。
「な、何だよ……」
そういえば、上窪は普段から笑ってばかりいる奴だったことを、そのとき思い出す。宿題を忘れて先生に怒られていた後も、サッカー中に怪我をして足に包帯をぐるぐる巻きにされていた後も、実は両親が離婚したのだと僕にこっそり打ち明けてくれたときも、上窪はなぜか自分のことを他人事のように説明してくれて、笑って過ごしていたのだ。
何でいつもそんなに笑っていられるのか不思議だったけれど、今の僕はこう結論づけた。きっと上窪は、他人の困っている姿を見るのが趣味の一つだったのだろう。だから、こうして悩んでいる僕のことを見て面白がって我慢できずに笑っているのだ。そう、きっとそうに違いない。くそぉ……この憎たらしい上窪め。
「おい、おい。まさかお前に、ハートの目で見つめられる日がくるとは思っていなかったよ。何だか、気色悪ぃ(笑)」
僕が、意地悪な親友を数秒間睨みつけていたら、突然そう返されてしまった。そういえば僕の目は今もピンク色のハートなんだった。忘れてた。こんな目で睨みつけても相手に恐怖は与えられないだろう。
「あぁ、そういえば……こないだ、お前の大好きな染谷が、ある男子に愛の告白されたんだってよ」
「えーーーーー! 誰にっ!?」
上窪は突然、僕にとっての爆弾発言をした。知りたくなかったその情報は、どうやら今、僕たちのクラスの中で噂話として広まっていることなのらしい。そしてそれは、クラスの皆が知っていることなのらしい。
いつだって時代に乗り遅れる僕のために、上窪は同級生から聞いたというその噂話を一から教えてくれた。
その話によると、どうやら染谷春奈は、放課後にある男子から呼び出しをされたのらしい。呼び出された場所は、夕日が差し込んだシチュエーションばっちりの教室で、その二人の他には誰もいなかったらしい。そして、そこで「好きです、俺と付き合ってください!」といきなり交際を申し込まれたのだそうだ。そのとき染谷は、「あなたとはあんまり話したことないし……ちょっと考えさせてください」と言ってとりあえずその場を離れたという。
その話はあくまでも噂話で、真実はわからなかったけれど、僕は心の動揺を隠しきれなかった。
屋上のフェンスに倒れかかるようにして僕はうなだれる。
横にいた上窪は、「お前、本当に染谷のこと大好きだったんだな」と言いながらまた笑っていた。そして、「確か、染谷に告白したのは隣のクラスの『綾小路』って奴だったって聞いたけど……あれ? お前、今、久しぶりに目の色が変わったぞ」と少し驚いた表情に変わって教えてくれた。
僕はやはり動揺が隠しきれずにいたらしい。
上窪によると、今の僕の目は、目まぐるしく色を変化させていたようだ。ピンク色が突然茶色くなったかと思えば、灰色になったり、銀色になったり、かと思えば赤くなったり、青くなったり、黄色くなったり……と定まらなかった。
あぁ、僕は今、猛烈に焦っている。




