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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第6章 外の世界へ
59/65

第58話 対決、そして得たもの‥‥‥

 カチャカチャと金属音が部屋に響せ、アランは自身の部屋で身支度を整えていた。

 動きを邪魔をしない関節部を保護する鉄製の保護具を慣れた手付きで装着していき、腰に愛剣を携えた。

 装備し忘れている部分が無いか確認し、部屋を出ようと机の上にある鍵を取ろうとしたら、三日月のネックレスが目に飛び込んだ。

 昨日、真田はアランに買った三日月のネックレスだ。

 開けている窓から差し込む陽光に照らされ、銀色の三日月は煌びやかに光っていた。

 昨晩に穴が開くほど見たのだが、見る度にアランは先日の事を思い出し、運動はまだしていないのに顔が真っ赤となった。


 「(‥‥‥もう、何なのよ。アイツは)」


 もう何度目か知れない疑問だった。真田と別れ部屋に籠って考えいたのだが、結局は答えを出す事が出来なかったのだ。

 先日に突如として身に降りかかった体験を未だに処理しきれていなかった。

 分からないのだ、真田の意図が。

 決して冗談半分であのような事をする人物では無いのは、まだ短い期間だがアランは自信を持っていた。だが、それが本気なのかと問われれば首を傾げる事になる。

 

 「(サナダは私が冒険者を続けていくと知っている。だから邪魔するような事はしない。‥‥‥の筈。なのに一体どういうつもりなの、アイツは。やっぱり邪魔をする気なの!?)」


 事態の収拾がつかずアランは混乱をきたしていた。

 混乱が焦りを生み出し、その焦りが混乱を呼び寄せ答えがへの道のりを邪魔していた。

 それだけ昨日の真田の行為はアランにとって重大だったのだ。その証拠に混乱の元である三日月のネックレスから目を離せずに固まったままだった。

 少しして真田を待たせているのを思い出し、アランが普段の状態に戻そうと冷たい手を頬に当てて、表面温度を冷まそうとしていた。

 深呼吸し心身の状態を通常へと戻していると、コンコンとドアノック音が聞こえた。


 「はい?」


 「アランさん」


 その声が耳に届いた瞬間、ドキンッ!!と、心音が跳ね上がるかのような驚きを感じた。

 声の主は真田だった。何時まで経っても中々部屋から出てこないのを心配になって来たらしい。

 

 「準備に手間取っているようですけど大丈夫ですか」

 

 アランは高ぶる気持ちを押さえようと、深呼吸して情態を落ち着かせながら。


 「サ、サナダか。だ、大丈夫だ。‥‥‥ちょっと剣の状態が気になって見ていたんだ。待たせてすまない。今行く」


 「そうですか、では先に1階に行って待ってますね」


 アランの耳には真田の足音が徐々に遠ざかって行くのが届いた。

 アランは足音が聞こえなくなると同時に激しい運動の後のかのように脱力し、盛大な溜め息を吐いた。


 「(何やってんだろ、私。真田の事に過敏に反応して、普段の生活を送れないようになっているじゃない。それ程までに弱いというの私は)」


 突発的に陥った境遇に対処出来ないという事実に、ガックシと肩を落とした。

 アランとしては何だか1日中部屋に籠っておきたいという気持ちに傾きそうになるが、仕事と真田が待っているのでどうしようもなかった。

 人生とはどうにもならないものだと諦観の重い溜め息を吐き鍵を取ろうとしたが、三日月のネックレスが再び目に映った。

 期待と不安の感情がミルクを入れたコーヒーのように入り交じりすぎて、自身でも収拾がつかない感情が宿る瞳で見続けていた。

 誰かに聞かせるのではなく、独り言のように静かに呟いた。


 「バァーカ」


 何だか少し胸がスッと軽くなったかのような感じがした。

 真田が待つ1階へとアランは鍵を取り。

 そして。


 真田とアランは何時ものようにアヴェドギルト本部1階ホールにあるクエストボードで今日する依頼を探していた。

 クエストボードには幸か不幸か定かでは無いが、何時ものように多くの人達が困っているからしく、多くの依頼の紙が張り出されていた。

 魔物の討伐依頼の紙が多数を占めている事以外は、変哲の無い普段と変わりの無い様相を呈していた。

 真田たちは良い条件の依頼書を見つけ、依頼の場所、褒賞金、達成条件を見ていると。


 「おーい、アラン」


 アランは声がした方へと振り向くと、そこには2人の少女が立っていた。

 2人共スラリとしたモデル体型で、猫の特徴を人の身で表したワーカッツェ族だった。

 知り合いなのか最初の怪訝な表情が和らぎ、安堵の表情となった。


 「おお、リータとミランダじゃないか、久しぶりだな。‥‥‥前に会ったのは酒場だったか、約1週間ぶりぐらいか?」


 「ああ、そうかもな。隣街のラシェルまでは2~3日かかるしな。依頼の関係で隣街まで行って、無事に仕事を終えて昨日で戻って来たから、約1週間ぶりになるな」


 「そうか。活動が順調そうで何よりだ」


 知り合いの冒険者が活躍している事に、アランは満足そうに頷いた。

 聞いていた真田は知り合いなのかと考え、久しぶりに会った友人同士の会話を邪魔しないように気配を完全に断ち、引き続き依頼を探すのを再開した。


 「へぇ、ラシェル周辺で魔物の討伐か。ならばその剣の腕が存分に発揮されたんじゃないか、リータ」


 リータと呼ばれた少女は少し尖がった猫耳に毛先の方向が一定では無い短いウルフカットの赤髪。ライトグリーンの瞳に自身の勝ち気さを表すかのように釣り目。背丈はもう1人とほぼ同じ位で、衣服も動きやすさと汚れていいように赤の上着と黒のズボンを着ていた。自分の腕前に自信があるのか関節部を保護する最低限の銀色のプロテクターしか装備してなかった。そして腰には、黒い鞘に納めている短剣2本携えていた。


 「まあな。俺の剣から逃れない奴なんていないさ。‥‥‥と、言いたいが今回の魔物は鱗が固くて剣が効き難かったから俺は攪乱に回って、サウレンの魔術で止めを刺す手法だったな」


 「へぇ、魔術の腕は鈍ってないようだな、ミランダ」


 「もちろんよぉ」


 ミランダと呼ばれた少女は、少し丸い猫耳で腰まで届きそうなロングだが、途中からウェーブがかかっている赤髪。強い黄色であるアンバーの瞳。背丈は真田より少し高く、全体的におっとりした雰囲気で、身体のラインが出ないダボダボの黒と赤のフード付きのローブがより一層に加味していた。手には魔術工芸品(アーティファクト)なのか、握りやすい太さに加工された女性の像が彫られた木の棒を持っていた。

 リータは何故か少し疲れた表情となった。


 「やはり2人でするのは限度を迎えつつある。‥‥‥だから、アラン。前に言ったように俺達のチーム『シャッス』に入らないか。俺達とお前が組めば、一流のチームに引けを取らないチームが作れるぞ」


 大それた事を言う友人にアランは苦笑し、定例文句を言うような気軽さで。


 「それは前に言った通りの、組むのは断るだ」


 リータは分かっていたとは言え、いざ聞かされると悔しさが滲み出ていた。


 「何でだ、お前はランクゼクスだろ。なぜそんなに単独を好む。ランクが上がれば依頼の危険度は増し、対処する魔物はより凶悪なものとなる事を知らない訳無いだろ。これ以上の単独での対処は危険で、命を落としてしまうかもしれない。それならば、俺達とチームを組んだ方が良いに決まっている」


 「それはお前の言う通りだ。1人よりも複数いた方が戦いの幅も広がり、道中での作業の負担も減る」


 「ならば!!」


 リータの迫るかのような勢いをアランはやんわりと断るかのように。


 「それでもお前達のチームには入れない。何故ならもう他の人とチームを組んでいるからな」


 リータは愕然とした表情で見ていた。

 決してどこのチームにも入らなかったアランが、チームを組んでいるとは夢にも思わなかったからだ。

 ある程度実力を付けた冒険者が、上位のチームから誘われる事は往々にしてあった。

 チームとしては怪我や諍いによって離脱した戦力の穴埋めや予備戦力になり、チームの運営が長く続けられる事が出来る。一方、誘われた冒険者は上位のチームの力を使い、手が出せなかった希少な鉱物や素材を使った強力な武器や防具を入手出来たり、チームが築き上げたコネクションを使い飛躍する事だって可能になる。

 周囲より抜きん出た剣術の腕を持つアランも例外では無かった。

 初心者講習を終えた後、護衛役として来たランクドライのチーム『ズワールト』のリーダーハンゼルから誘いを受けた。

 アランは認められた事に嬉しさを感じつつも、男装している事が露見する事を恐れ断った。

 その後も他のチームから誘いを受けたが、アランはその全てを断った。

 それを知っているから、リータはアランは単独で冒険者生活をするのだと思っていた。そして必要とあらば手助けをするつもりだった。

 それがチームを組んでいると直接本人の口から言われ、リータは支える土台を揺らされているかのような衝撃を受け、二の句を言えずに固まっていた。

 普通に驚いていたミランダは、祝福するかのように嬉しそうな声で。

 

 「へぇ、そうなのおめでとぉ。これでアランも冒険者としてより一層の活躍が出来るねぇ。‥‥‥それで一体誰なの、アランに選ばれた幸運な冒険者は?」


 「幸運だなんて、そんな事は無いぞ。偶々気心が知れる奴と組むだけだからな。‥‥‥サナダ」


 「‥‥‥うん? 何ですか、アランさん?」


 呼ばれたので真田は気配を通常時に戻し、視線を依頼書からアランへと動かした。


 「紹介しよう。此奴がチームメイトのサナダだ」


 「あっ、どうも。アランさんと組まして貰っているサナダです。宜しく」


 聞いていたリータは、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が来た。

 真田の入学時のクラス内で行うようなやる気の無い自己紹介だからでは無く、最悪の予想が当て嵌まってしまったからだ。

 相棒のミランダとの雑談で、アランの相棒は誰がなりそうなのかを話した事がある。

 今まで聞いてきた噂を元にして、色んな人物を組み合わせたがイマイチしっくりくるものは無かった。 その時も良くも悪くも噂になっていた真田も名前が挙がったが、リータがあり得ないと笑いながら一蹴したのだ。

 雑用のような依頼しかしない臆病者にアランの相棒が務まる筈が無いと成果を残している自分を差し置いて、残していない真田を選ぶなんて考えられ無いの理由だった。

 成果を残していない真田が相棒となり、アランの隣に居座っている。

 また、真田を見ていたらリータは初めてなのに何処かで会ったかのような何とも奇妙な感覚に陥っていた。

 すると、閉じられていた箱を鍵で開けたかのような晴れやかな気持ちがミータの全身に広がっていった。それは同時にリータにとって認められない現実が無視できないレベルでそこに横たわっている事が存在している事を示していた。

 ミランダはリータを尻目に、朗らかな表情となった。


 「此方こそ宜しく。私はランクファンフのチーム『シャッス』のメンバーのミランダ=サウレンよ。まあ、メンバーと言っても私とリーダーのリータ=ソラの2人しか居ない小さいチームだけど」


 「謙遜する事は無いですよ。2人しか居ないチームでも1人1人が実力が高いチームだと、大勢の人数で構成するチームと遜色無いですよ。寧ろ少人数の方がいいかも知れませんし」


 「お世辞でも嬉しいわ、ありがとう」


 挨拶の握手を交わそうとサウレンは右手を動かした。

 しかしそれは、相棒であるリータによって阻止された。

 相棒の突然の素行にミランダは些か愕然とした表情で見ているが、ミータは目もくれずに真田を視線に捉えていた。

 戸惑う真田たちを気にする事無く、若干の怒りが籠った声で。


 「こんな臆病者と握手しない方が良いぞ、ミラ。臆病風がうつってしまう」


 臆病者と久しぶりに言われたなと真田は苦笑するばかりだった。

 最近は沈静化し表だって言われる事は少なくなったが、一部の人間からは未だに陰口を叩かれる事はある。

 真田は特に気にする事無く、冗談話をするかのような気軽さで。


 「臆病者とは酷いですな。同じ冒険者だというのに」


 「何を言っている、何も成し遂げて無いお前には臆病者の称号で充分だ。どうせ、アランと組んだのは優秀な人材が仲間に居れば、自分の実力以上の魔物を討伐出来るという魂胆だろ。そんな奴にアランの相棒を任せられない」

 

 リータは胸中に渦巻く激情をそのまま表現したかのような鋭い目つきで真田を睨み付け。


 「サナダ、アランの相棒を賭けて俺と勝負だ!!」


 1階ホール全体に響き渡るかのような大声で、真田に向かって宣戦布告をした。

アランとサウレンは突然の決闘の宣言に非常に驚いた様子だが、真田は特に感傷も無いのか無表情のままだった。

 決闘。

 上古の時代から行われた、互いの血肉をそぎ落としながら勝者、正しき者を決める儀式。

 姿を変えようとも人が他者と出会ってから最も行われた解決方法。

 神は正しき者の味方をするという思想の下、最も野蛮であり同時に神聖でもある式事。

 勝者に名誉を、敗者に屈辱を。

 シンプルであるが故に人々を引付けてやまない賞品。

 だが真田は目の前にある何事にも代えがたい賞品を無視するかのように少し呆れた様子で。


 「嫌ですよ」


 まさか却下されるとは思っていなかったのか、リータは鳩が豆鉄砲を食ったようかのように驚きを表していた。

 リータはこの冒険者業界は舐められたら終わりだと思っている。

 少しでも弱いという噂が立てば、その噂を耳にした依頼人は他の冒険者が居るチームへと依頼してしまう。

 それは別段腹を立てる事では無い。

 依頼人も依頼金として多額の資金を拠出している以上、確実だと思う冒険者に依頼するのは自然な流れだ。それは致し方ない事だ。

 だからこそ、冒険者として生きて行く上ではあらゆる勝負に勝って、自分は強いのだと周囲にアピールしなければいけないとリータは思っている。

 それ故にアランの相棒が真田に務まると思っておらず、勝負から逃げた事に驚きを隠せないでいた。

 それはアランとサウレンも同様で、目を点にして真田を見ていた。

 リータは詰め寄るかのような勢いで。


 「何を言っている、お前は。臆病者とは云え冒険者だろ、勝負を受けろよ。‥‥‥ああそうか、危険な依頼から逃げてきたお前には俺との戦いが怖いのか。アランの前で醜態を晒すのが嫌だから、拒否するんだろ」


 真田は見ている相手が不快になるかのような深い溜め息を吐いた。

 そして、話す事も億劫なような口調で。


 「受けるか受けないかは本人の自由であり、誰かに強制されるものではありません。それに受けたとしても私には何の得もありません。貴女が勝てば相棒と云う褒賞を得られますが、元々チームメイトの私が勝っても単なる現状維持です。そんな不公平な勝負を誰が受けるんですか。受けさせるのなら、何か別な物を用意してから言って下さい」


 それと、と真田は呟き。


 「先ずはアランさんに伺いを立てるのが筋です。何度も私達が争っても、アランさん本人が了承しなければ、何の意味も無いですよ」


 聞いていたアランは肯定するかのように何度も頷いていた。

 確かに真田の言う通りだった。

 アランの相棒の座を巡るのなら、アランに選んで貰うのが一番手っ取り早い。主体はアランであって、真田とリータはオマケ程度にしか過ぎないのだ。

 何せ命のやり取りをする荒事で生計を立てている身だ。

 死角である背中を預けるという事は、命を預けると同意義だ。ならば信頼を於ける人物を相棒に於くのは自然の流れだ。

 加えてアランは男装している少女だ。その秘密を決して外部に洩れてはいけない。

 だから戦いや秘密で信頼がおける人物の最大公約数が真田なのだ。

 故に真田とリータで優劣を決めようが、アランが相棒を真田と決めている以上、態々決闘をする意味は最初から無いのだ。

 正鵠を得た言葉にリータの勢いは目に見えて落ちていった。


 「そ、そんな事は言われなくても分かっている。だからお前を倒して、俺の優位性を見せつけてチームに引き込もうとしているんだよ」


 「引き込む事が無理だと分かっているなら諦めて下さいよ。もしもアランさんが貴女のチームに入るという意思表示があれば、相棒の座をかけて争いますが。それが無い以上、私達が戦っても無意味ですので、私は貴女との決闘を拒否します」


 規則でそうなっていますと説明するスタッフかのように淡々と様子で真田は拒絶した。

 ぐうの音も出ない正論にリータは睨むばかりで、一言も発する事も出来なかった。頭の中では理解しているが感情が納得出来ていないようだ。

 真田がこの場をどうしようかと考えていると、隣のアランの口から意外な言葉が飛び出て来た。


 「なぁサナダ。リータと勝負をしてくれないか」


 それは静かな湖面に岩を投げ込むかのような言葉だった。

 これには真田は驚かざる得なかった。まさかリータを相棒にするかのような発言がアランの口から出るとは思っていなかった。

 自分以外を相棒にするとはどういう意味なのか、どういった事態が引き起こるのか知らないアランでは無いのだと、真田は信じていた。だが、それを崩すかのような発言に、真田は戸惑いを感じていた。

 一方のリータは絶望の中に光明が差し込んだ事に次第にやる気に満ちた表情となった。


 「よし、決まったな!! 早速、訓練所に行って教官達に使用許可を取ってくるぜ!!」


 鬼の首を取ったかように意気揚々となったリータは、正面玄関を通って訓練所へと向かった。余程アランと組みたいのか風を切るかのような全速力で走って行った。

 突然の事態に残された真田たちは、リータが出て行った正面玄関をポカンとした表情で見ていた。


 言わずもがな対決はギルト1階では無理で、かと言って街の外だと魔物が乱入してくる可能性が否定出来ないので、訓練所でする事となった。

 ギルト敷地内にある施設で、引退した高名な冒険者数人が教官として直接指導をする場所だ。広さとしてはサッカーコート半分位で、床は最新式のコンクリートだった。

 そこには数人の教官が常時、後進の冒険者たちの剣の指導をしていた。

 真田とアランの初心者講習の時のオークランドも、此処で厳しい指導をしていた。

 リータから事情を聞いたオークランドは、真田に対して些か呆れ顔をしていた。


 「一体何をしているんだ、お前は。観客まで連れて来て。そんなに己の強さを周囲に誇示したいのか」


 訓練所には真田たちやオークランドを始めとする数人の教官の他に、壁に背中を預け勝負を今か今かと待ち浴びている十数人の冒険者が居た。

 皆クエストボードで真田たちの諍いを見ていた者達だ。あれだけの諍いをすれば目立って、自然的に周囲の注目を集めるは当然だ。

 依頼を受諾しておらず暇を持て余した冒険者が、血肉が湧き踊るかのような決闘をすると聞いたら話のネタや暇潰しに来るのは必定だった。また冒険者同士の決闘はある種のエンターテイメントの側面を持っていた。娯楽という娯楽が帝都に無いという要因も加味していた。

 しかも真田とリータ、何方かが勝つかどうか賭けも行われていた。

 それを耳にした真田は胴元の冒険者に、後でちょっと挨拶に行こうと考えた。


 「それはソラさんですよ。これを契機にアランさんの相棒は、自分だと周囲に知らしめいたみたいです」


 「今は利用している奴が居ないから、勝負をする事は構わない。が、実力差を考えるとお前には訓練用の刃引きした得物でも十分に危険だ。なので木剣を使用する事になるがいいか?」


 「いえ、今回は剣は使いません。己の拳1本で充分です」


 何か秘策があるのか珍しく真田は自信満々といった表情になり、それを表すかのように肩の高さまで上げられた右拳は固く握られていた。

 オークランドは値踏みをするかのようで若干の期待が入った瞳で見ていた。

 自身の鍛えた肉体を武器にして戦う拳闘士では無く、剣技を磨き上げた剣士がどれ程の技量を見せるのか楽しみにしていた。

 それから勝負の勝敗条件について最終確認を行い。


 「‥‥‥では戦いの準備をしますので、自分はこれで」


 「ああ。後悔を残すような戦いはするなよ」


 真田は軽く頭を下げ、その場から離れて行った。

 真田は壁際まで行くと刀を固定していたベルトごと外し、脱いだ茶色のスニーカーと靴下を纏め、刀と共に床に置いた。

 コンクリートの床から素足を通って突き刺すかのような冷たさに真田は身体がブルッと震え、筋肉がこれ以上収縮しないように限界まで足を延ばし準備運動を始めた。

 すると、今まで黙っていたアランが少し不安げな様子で口を静かに開いた。


 「本当に大丈夫なのか」


 「うん? 何がですか」


 「勝敗の条件だ。お前がアクロイドと勝負するにあたって、提示した勝敗条件。あの条件ではソラに有利でお前には不利すぎるだろ。‥‥‥今からでも遅くない。もう1回、ソラと話して勝敗条件を変えないか」


 真田に勝負をするように言ったアランだが、今は不安でしょうがなかった。

 それは走行中に飛んでくる1mm位の小石で出来た顕微鏡でないと確認出来ないような車体の傷のような、普段なら気にもかけないほんの些細な引っ掛かり。だが今はその些細な引っ掛かり、不安が精神を汚染しようとしているのだ。

 真田の強さに疑いようが無いのはアランは確信持って言える。

 だがしかし、対戦相手のソラはワーカッツェ族。

 ワーカッツェ族は猫と人間のハイブリット。猫の特性である俊敏性や跳躍力等を先天性的に持ち合わせて生まれてくる種族。単純な身体能力で言えば、人間の頭一つ分抜けていると言っても過言では無い。

事実リータは身体能力を発揮し、着実に依頼を熟しみるみるうちに頭角を現し現在のランクに辿り着いた。

 アランは核心持って言えるからこそ、真田が提示した条件とリータの身体能力が、人間が感知出来ない無意識層にあった不安という気持ちをサルベージして、純白の布に出来た直径1mmの黒いシミのような強烈なまでに違和感を発揮していた。

 片足を限界まで後方に下げアキレス腱を伸ばす真田は、呟くように口を開いた。


 「そうですよね、自分で言っておいて馬鹿だなと思います。もう少しマシな条件はあるのでしょって」


 「だったら‥‥‥」


 アランの不安を払拭させるように、真田は泣きじゃくる子供をあやす親のように優しい口調で。


 「信じて下さい、自分の相棒を。始めは歪んだ形でしたが、自分が選んだ相棒は決して誰にも負けないと、どんな状況下に於いても勝利を必ず捥ぎ取ってくる奴だと信じて下さい。私はアランさんが信じてくれる限り、私はその信頼に応えていきます」


 「‥‥‥そうだな」


 確かにチーム結成は人に言えるような形では無かった。それでも話し合い真田の人柄に触れ、チームを組む事を決意した。

 あの時何故、真田の手を取ったのか今でも分からない。

 判らない何か大きな『もの』に唐突なまでに突き押されたのは分かる。無意識下で起きる衝動的で突発的な行動だった。

 そんな自分の背中を預ける相棒を決めるにしては、考えなしもいいところだった。

 だけれども自分の相棒に真田を選んだ事に間違いはないと、アランは確信している。


 「(作り話だと笑われてもおかしくない私の話を信じてくれた真田を信じないというのは、それこそ人として最悪の行動ね)」


 精神を汚染するかのような強烈な違和感は消え、雲一つない快晴かのような晴れやかさを感じ取り、アランの表情は晴れやかなものとなった。


 「俺は信じているぜ、この勝負をお前の勝利で飾る事を」


 「ええ。期待しておいてください」


 真田の気持ちのいい笑顔につられて、アランも自然と朗らかな表情となった。

 その周囲には春の陽気が訪れたかのように温かな風が漂っているかのようだった。

 それを見ているリータは物凄く面白く無さそうな目で見つめていた。


 

 「これより、この私オークランド立ち合いの下、チーム『シャッス』のソラとチーム『アンジェラス』のサナダによる試合を行う。両者、前へ」


 審判役のオークランドに促されるように真田とアクロイドは、お互い訓練所の中心から約1m離れた場所で相対していた。

 真田は表情を変えずに淡々としていたが、ソラは目を細め見下すかのような冷笑を浮かべ、人の琴線を無遠慮に触るかのような口ぶりで。


 「サナダ、アランとの最後の会話は楽しんだか。何せお前が負けたら話せ無くなるから、もうちょっと話した方がいいんじゃないか。最後の会話ぐらい待ってやる事は出来るぜ」


 「それは構いませんよ。別に今生の別れではありませんから、宿に帰れば会えますし」


 「ふん、強がりを。‥‥‥まあ、精々その強がりが嘘では無い事を期待したいな」


 真田とリータの其々の口上が終わったのを見計らって、オークランドは厳しい口調で。


 「この勝負の勝敗条件は一つ。リータがサナダの1回の攻撃を回避か防御すれば、リータの勝利とする。逆にリータがサナダの1回の攻撃を防御や回避が出来なかった場合が、サナダの勝ちとする。‥‥‥両者、この条件に異議は無いな」


 「ああ!!」


 リータは自身を奮い立たせるかのように威勢よく声を上げ、真田は肯定するかのように静かに頷いた。

この勝敗条件こそ、アランを不安にさせた原因だった。

 通常では攻撃・防御・回避を駆使して戦闘継続不能まで行う。戦闘の際にはその状況に応じて意識の比率を傾け、適切な行動を取る事で勝利を捥ぎ取る。

 それがたった1回に制限される。その恐ろしさを分からないアランでは無かった。

 状況的に考えれば、武器はボロボロの剣1本で360度全方位、大軍に囲まれているようなものだ。敵1人を殺せば、その次は自分だと本能的に知覚出来るまでに。

 そんな危機的状況を疑似的に遭っているのだ今の真田なのだ。

 しかも通常では考えられ無い理不尽な条件を提案したのは真田だったので、アランは強く言えずに不安を抱え込むしかなかったのだ。

 オークランドは右腕を掲げるように上に揚げ、


 「始め!!!」


 訓練所内に響き渡るかのような大声と共に、風を切り裂くかのような速さで振り下ろし、真田とリータの勝負の開始を宣言した。

 アランは服に隠していた真田からのネックレスを強く掴み、真田の勝利を願った。

 真田は何を思ったのか、後ろを振り向くとそのまま歩き出した。早歩きをしている訳では無く、何時もと変わらない通常の歩行速度だった。

 真田の何の脈絡の無い奇行にリータ、観客、信じて見ていたアランまでもが、突然現れた物に驚いた幼児のように目を丸くして見ていた。

 ただ、審判役のオークランドだけが観察するような鋭い目で見ていた。オークランドの長年の経験、第六感が真田は何かを狙っていると告げていたのだ。

 真田は壁際まで行くと再び振り返り、腰を下ろし何か見えない線に合わせるかのようにコンクリートの床に両手左膝を床につけ、右膝を立てた。

 それは陸上短距離種目のスタートの際に用いられる、クラウチングスタートだった。

 そして。


 「アクロイドさん、行きますよ」


 そう声をかけると、真田は何か見えない糸に持ち上げられたかのように尻を上げ、それと同時に左足を煉瓦の壁に固定するかのように置いた。

 本当ならば足の置き場であるスターティングブロックを使用しなければいけないが、そんな近代的な陸上競技品がある訳は無く、煉瓦の壁で代用した。

 見た事も無い真田の格好に全員の緯線が集まっていた。

 訓練所内を支配する突き刺すかのような緊張感にアランが思わずゴクリと唾液を飲みんだ。

 その時だった。

 壁際に居た筈の真田が誰の目にも覚られずにして、一瞬にして消えた。

 元から其処には存在していなかったかのような、天に高く上る煙かのように真田の姿が誰の目にも映っていないのだ。

 リータは真田が消えた事に驚いて、反射的に探そうと別の方向へと視線を動かしてしまった。

それが決定的になってしまった。

 これが視線を外さないまま周囲を気配で探るような芸当が出来れば、リータに勝機があったかもしれないが、まだランクファンフの冒険者。まだまだ未熟な技量を持つばかりだった。

 本能で何か異変を感じ取ったリータが視線を戻すと、拳が迫っている事に気付いた。


 「(‥‥‥えっ!?)」


 リータは疑問を感じるしか出来なかった。

 何せもう視界一杯に映し出されて、拳とは文字通りの目と鼻の先だった。

 そして。

 リータはコンという軽い音と共に額に軽い痛みを感じた。


 「(‥‥‥‥‥‥何だ?)」


 リータは何が起きたか分からず、田んぼに立っているかかしのようにその場に突っ立っていた。

大量のデータを送りつけてPCの処理速度を遅くなったように、リータの処理能力を超える事態が立て続けに起きて、次の行動へと移せずにいた。

 リータが唯一理解していると云えば、目の前の真田が掌を見せてヤリと笑っているぐらいだった。しかし何故、真田が笑っているのかが理解出来なかった。

 だが、リータが理解するに十分な言葉が耳に飛び込んで来た。


 「そこまで!! この勝負、サナダの勝利とする!!」


 一切迷いの無い厳しい声が訓練所内に響き渡った。そして同時に厳正な審判が下った。

 そしてようやくリータは理解した。自分は負けたのだと。あの何も残せていない臆病者に。何も出来ずにただ結果だけを受け入れるしかなかったと。

 その事実が岩石のようにリータの心に重く圧し掛かった。

 真田はようやく終わったと一息つくように溜め息を吐き、刀と靴を置いている壁際へと戻って行った。

 真田が戻っていくのを見て、(ようや)く我に返ったリータは慌てて真田の後を追った。

 

 「ちょっと待て、こんな結果は受け入れられないぞ!!」


 リータは不満の叫び上げるが、真田の歩みは止まる事は無かった。

 リータにとって勝負とは、お互いの全力をぶつけあうものだと考えている。その結果で勝敗が付けば、何の文句は無かった。

 しかし訳の分からない攻撃されて、訳の分からない内に勝敗が決まった。

 そんなものでは到底リータが納得出来るものでは無かった。

 それは見に来た観客も同じであった。

 あまりにもすんなりと決着がついた事に不平不満があるが、あれだけの事を可能とする真田に虚を突かれ何も言えない状態だった。


 「聞こえているのだろ、サナダ。この勝負に納得出来ない。もう1度、この勝負をやり直しを!!」


 何を言っているんだ此奴は、と真田は呆れた表情となっていた。


 「あの条件で了承したのは何処の何方ですか。私はあの条件の下に試合を正々堂々と行い、態々『行きます』と声をかけてまでしてのですよ」


 それは言葉通りの意味だった。

 真田は意表を突くような真似はしていない。

 見る者が見れば真田は、ただ真っ直ぐにリータに向かっているだけだった。

 それがただリータが認識できないまでの速さだけに過ぎなかっただけだ。


 「それを納得してないから再試合をしろというのは、貴女にプライドというものは無いのですか」


 「だ、だけど。あんな当たったどうか知れない攻撃は駄目だろ。やり直しだ」


 「それに関しては、オークランド教官がきちんと確認していますから、大丈夫です」


 バッ!!と、神経をとがらせて探索している静かな迷宮内で物音が聞こえたかのような反応速度で、こと成り行きを見ていたオークランドへと振り向いた。


 「サナダの言う通りだ。ソラ、お前の額にサナダの人差し指が当たったのが見えた。例えどんな小さな攻撃でも一撃は一撃だ。お前達が提示した条件の元に、真田を勝者としたのだ」


 「そ、それはそうですけど」


 オークランドの他の者に有無を言わせない口調に、リータは何も言い返せずに委縮するばかりだった。 やはりと言うべきか、場慣れしたその物言いは自信に満ち溢れ、リータに反論を許さなかった。

 何も言えない自分やその境遇に陥ってしまった事への未熟さに、シータは俯き両手を強く握り奥歯が砕けるかのように強く噛み締めていた。

 そしてリータは、脱いだ靴下と靴を履き、刀を固定していたベルトを装着している真田を睨めつけるように見て。

 

 「お前がアランの相棒だなんて絶対に俺は認めないからな。今度は今の数倍以上、強くなって再びアランの相棒の座を掛けて勝負を申し込むからな。それまで精々、腕を鈍らす事はするなよ!!」


 鼓膜を劈くかのような大声で真田にとって不吉な言葉を言い残し、脱兎の如く速さで訓練所から出て行った。

 真田は呆然として見ていたが、捨て台詞を理解すると(もたら)される未来を悲観し、鉛のような重い溜め息を吐いた。

 すると、クスクスと笑っているミランダが近付いて来た。


 「ありがとうね、リータの我儘に付き合ってくれて。‥‥‥勝手な言い分だけど、リータがどうしても貴方の事が許せなかったらしいの」


 「それが分かりませんね。私とソラさんには利害が対立しているとは訳では無いですよね? 間接的にそうだと言われれば、それまでですが」


 「直接的な利害ならあるわ。アランの事に関してよ」


 「相棒の座の事ですか。それは先程言いましたようにアランさんがこの人だと選ばなければ、意味が無い筈です。それは貴女方も理解している筈ですが」


 ミランダは疑問を否定するように、静かに首を横に動かした。

 そして迷いの無いハッキリとした、言い聞かせるような口調で。


 「リータはね、アランの事が好きなのよ」


 「好き‥‥‥ですか」


 真田は理解しようと噛み砕くかのように呟いた。まさか、相棒の座を巡る勝負の起因が、恋愛感情だったとは思ってもみなかったのだ。

 聞いていたアランは、初耳だと云わんばかりに驚愕の表情をしていた。

 ミランダはその時を思い出すかのように、目を細め虚空に視線を動かした。


 「あれは何時だったかしら。私達が絶好調の時に調子に乗って依頼を掛持ちをしてしまったの。何とか討伐出来たけど、結果はボロボロだったわ。私は体力と魔力切れを起こし、リータは折れた短剣1本を持っているだけだったわ。この時、近くの街で休めば良かったものを、森に出るのは弱小の魔物と侮って、帝都への帰還を優先させてしまったの。そしたら運悪くゴブリンの集団と遭遇してしまったの」


 真田は思わず悲痛な表情を浮かべた。その状況下で魔物と遭遇する事が如何に危険な事であるのか、嫌でも理解していたからだ。

 

 「普段だったら何とも無い敵だけど、数も多くて魔術を使えるクレヴァーゴブリンも居たからあっという間に窮地に置かれたわ。ゴブリンに囲まれ死を覚悟し、せめて1匹でも多くのゴブリンを道連れにしてやろうとした、その時だったわ。偶々近くに居たアランが助けてくれたの。鋭く速く、そして綺麗な剣捌きで次々とゴブリン達を倒していったわ」


 記憶を擦り合わせるかのようにサウレンは考え込み。


 「その時からかしら、リータが御洒落をし始めたのは。私が何度もスカートを穿()いたらと言っても、断固として穿かなかったリータが履くようになったの。その後もアランと酒場で飲む時は、髪飾りや軽いお化粧をするようになったの。その時、こう思ったの。リータはアランの事が好きなんだと」


 アランはハッとなり、何かに気付いた表情となった。

 サウレンの言うように酒場で一緒に飲んでいた記憶の中のリータは、同世代の他の女の子のように御洒落をしていた。その時はこの後に誰かと会うんだなとぼんやりと思っていたぐらいで、まさか自分自身が対象だったとは思ってもいなかった。

 何故か真田はピンッと張られている糸の上を歩くかのような慎重さで、ある疑問を吐露した。


 「同族の男性はどうなのですか。気になる同世代の男性の1人か2人は居るのでは無いのですか」

 

 「聞いたけど、あんなガキみたいな連中はお断りだと言ったわ。確かに優秀な雄の子を孕むのは本能だから仕方が無いけど。小さい頃から獲物の大小を競い合っているだけの姿を見ていれば、そう思うのも無理は無いもんね。その点、アランはゴブリン討伐に見せた力強さに加え、あの子達には無い知性や誠実さがある。だから子を為すのなら、アランの子が良いと言っていたわ」


 「そ、そうか」


 何て答えればいいのか分からず、アランは言葉に詰まった。それと結ばれたとしても子を為せないとは口を避けても言えないので、アランは曖昧に答えるしかなかった。


 「ならば相棒の座に拘ったのは何故ですか。好きなら告白をすればいいと思いますが」


 「最初から結婚を申し込むとアランが身構えてしまって、失敗するかもと思ったらしいの。だから相棒にして信頼関係を築き上げて、告白するつもりだったらしいわ」


 印象から思えない消極的な発想に真田は人は見かけによらないなとぼんやりと考えていた。

 そしてサウレンは少し悲しそうな顔になり。


 「分かっていたけど悲しいね、あの子の恋が実る事は元から無かったもん。‥‥‥でもまあ、こんなに強くて誠実な婚約者が居るのなら、リータが割って入る隙間なんて無いから、当然と言えば当然ね」


 「‥‥‥そ、それはどういう意味ですか」


 真田の頭上に巨大なクエッションマークが、浮かび上がった。

 脈絡が分からないのだ。

 リータがアランの事が如何に好きなのかは理解出来た。子を為したいと考えているのだから、最終的には夫婦関係に持って行きたいのだろう。

 だが何故、自分が婚約者として認識されているのか。太陽が西から東に昇るかのような意味不明だった。


 「(婚約者、一体何時から俺はアランの婚約者になったんだ!? 別に約束を取り付けた覚えも無いし、証である指輪を渡した覚えも一切ない。俺もアランもそんなつもりは無いというのに、第三者の目に留まるような場所でしてしまったというのか。しかも、事実ならそんな重要な事を忘れていたという事になるのか!!!???)」


 アルツハイマー病でも罹っているのかと混乱する真田は頭を抱えていた。

 そんな真田を尻目にサウレンは更に畳み掛けるかのように。


 「何を言っているの。昨日、アランにあなた自身が道でネックレスを掛ける所をリータと一緒に見ましたよ。確かあれはこの国に伝わる人同士が行う婚約の儀でしょ。ネックレスを掛けていれば、その人が既婚か未婚か分かるからと聞いたけど」


 まるでその言葉が厳重なプロテクトが掛けられているシステムを起動させるパスワードかのように、真田の脳裏にはその場面が目の前で起きているかのように鮮明に映し出された。


 「(う、嘘だろ‥‥‥)」


 真田はハンマーで思いっきり殴られ壊れる寸前の玩具のようなぎこちなさで、地元民であるアランの方へと視線を動かした。

 アランは白い頬を林檎のように紅潮させ、見られては困る現場を見れらたかのように恥ずかしそうにして、俯き小さくもながらコクリと頷いた。

 それが全てだった。サウレンが言った事は事実だと如実に表していた。


 「(うおォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ここにきての異世界設定かよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!)」


 真田には雷に撃たれたかのような衝撃が走り、世界の終わりを目撃した人物かのように、頭を抱えて天を仰いでいた。

 隣で聞いていたアランはその事を思い出し、顔を更に真っ赤にしていた。

 真田は此処が自分の常識が通じない異世界である事を、完全に失念していた。

 真田にとっては婚姻関係を表すといえば、左手の薬指に填める指輪だった。

 だがそれは、真田の常識であって此処の常識では無い。

 そんな初歩的な事を忘れてしまったのだ。

 似たような思考体系を持つ知的生命体との邂逅で下手に自身の常識が通じ、此処が異世界だと忘れて居た程に。


 「(だからかっ、アランが掛けた後、変な言動をしたのは!! そりゃあそうだよ。知り合いの男性から、何の脈絡も無しに結婚してくれと言われたら、混乱するわ!!)」


 しかもと、真田は付け加え。


 「(俺とアランは通常の関係とは違った関係だ。俺はアランの弱みを握っているから、申し込まれたらアランにとっては断りづらい相手となっている。だから部屋に籠って考えていたのか!!!)」


 昨日からのアランの一連の行動が、一本の線で繋がり真田は納得した。

 何と弁明すればよいものか整理がつかずに混乱する真田を余所に、サウレンは何故か物凄く優しい表情となった。


 「男性同士の恋愛だから、色々と困難な事が多いかもしれないと思うけど、最後まで頑張ってね。私は愛に性別は関係ないと考えているから、相談には乗れると思うわ。‥‥‥じゃあね、アランにサナダ。街が遇ったら一緒にリータの愚痴を聞こうね」


 サウレンは固まっている真田の肩をポンポンと叩くと、先に出て行ったリータを追いかけて行った。

 同性愛の真っ最中であると誤解された真田は、誤解を解こうとしたがそれよりも先に訓練所から出て行ってしまった。

 行き場の無い伸ばした手と思いが、真田の胸中に(わだかま)っていた。

 呆然とする真田にアランは頬を赤くし、少し恥ずかしそうにしながら。


 「あのなサナダ、俺は別に‥‥‥」


 しかし今の真田にアランの声を聞き取れるだけの余裕など無かった。

 詰まれた未来に悲観した真田は、帝都中に聞こえんばかりの大声で若手芸人のようなオーバーリアクションをするしか脳の容量を殆どを使っていたのだ。

 「Nooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!」



 帝都から離れた場所にある森。

 それ自体は他の違いは見受けられず、人が定義する他の森とさして変わらなかった。普段通りに捕食者であるゴブリンやネーロウルフと被食者である昆虫や兎との食物連鎖が予定調和のように行われ、森自体が1つの機械であるかのように正常に作動していた。

 だが、乱入者がその森に現れた。

 『それ』に気付いたのは、狩りの帰りだった十数体のゴブリンだった。

 数日ぶりの獲物である身の丈ほどの猪型の魔物のグランデハバリーの子供2体を意気揚々と担いで、集落に戻る途中だった。

 いきなり何の前触れも無く現れた『それ』に驚き困惑していた。

 そのゴブリン達は昔からこの森で生活しており、森の住人達の事を熟知していた。そのゴブリン達が知らないとなると、『それ』は乱入者でしかなかった。

 壁のように聳え立つ『それ』はゴブリン達に気付いていないのか、何かを探すように犬のお座りのような姿勢で周囲を見回していた。

 思わぬ幸運を拾ったゴブリン達は自身の生存本能に従い、そこから音を立てずにゆっくりとだが確実に離れて行った。

 だが、1体のゴブリンが地面に落ちた枝に気付かず、パキッ!!と、音を鳴らして折ってしまったのだ。

目を皿にようにして驚く全員の視線が、そのゴブリンへと注がれた。そのゴブリンもまた信じられないとばかりに目を皿にしていた。

 そして、それに全員が気付いた。

 何者かの視線が注がれている事に。

 ゴブリン達はゆっくりとだが視線を注いでいる主の方向へと首を動かした。

 するとそこには、周囲を見回して居た筈の『それ』がゴブリン達を注視していた。

 血のような真っ赤な瞳から注がれる威圧感に、ゴブリン達は身の毛立つ恐怖に足が竦み、その場を一歩も動けずにいた。

 そして一拍置き。

 ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!と。

 空対地ミサイルが着弾したかのような爆発的な鳴き声が森全体に響き渡った。

 爆心地にいたゴブリン達は圧倒的な空気の壁に押され、転がるように扇状に広がっていった。

 そして始まった。捕食という殺戮が。

 『それ』は一時的に行動停止に陥った近くのゴブリンの胴体を巨大な前脚で押さえつけると、器用に頭を動かしゴブリンの頭部を齧り取った。

 『それ』が咀嚼するたびにバキッ!!、グシャッ!!、ゴキッ!!と、耳を覆いたくなるかのような嫌な音が周囲に鳴り響き、ゴブリンの血である緑色の液が下顎をつたって地面へと垂れていた。

 そして細かくなったゴブリンだった物を嚥下すると、残った胴体を噛むと再び咀嚼を始めた。

転がるゴブリン達は大質量の音によって鼓膜が破られ、仲間だった者の肉が噛み千切られる音や骨が噛み砕けられる音が聞こえないが、目にはその光景が強制的なまでに焼き付けられていた。

 そして『それ』は細かくなった胴体をのみ込むと、呆然としている他のゴブリンの方へと頭を動かした。胃袋を満たす為に。

 自身の未来かもしれない光景に、ゴブリン達はパニックを起こし獲物を放り出して一斉にバラバラの方向へと逃げ出した。

 しかし、それが徒労だと理解するのには時間はさほどかからなかった。

 『それ』は逃げ出すゴブリン達に向かって、巨体にはそぐわない速度で駆け出した。

 それから約30分後。

 森の中に、バキッ!!、ゴキッ!!と耳を劈くかのような音が響いていた。

 それは逃げ出したゴブリンだった。

 捕まえた『それ』の足元には、逃げ出した他のゴブリン達の全遺体が無残にも横たわっていた。

 そして十数分後、全てのゴブリンを食べ終えた『それ』は本能に赴くまま再びのしのしと、まるでこの森の主といった風体で歩き出した。

 ゴブリンのような哀れな獲物を探し出す為に。



展開次第ではBLのタグも追加せねばなりませんね(笑)

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