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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第6章 外の世界へ
58/65

第57話 休息

今回は長いです。

 グランドゥセールの討伐を終えた、その日。

 ネーロウルフ7匹の討伐を終え、褒賞金12万フラルを受け取ろうと、1階ロビー受付にて、真田たちより少し年上のウェーブが掛かったロングの金髪の受付嬢が、事務処理をしていると。


 「あら、これはサナダさんの規定値が超えていますね」

 

 「? 規定値ですか」


 聞き覚えのある単語に真田は思わず聞き返した。


 「登録の際に説明があったと思いますが、ランクアップの際には一定の規定値を超えなければいけません。規定値を超えればアハトからズィーベン、ズィーベンからゼクスへと冒険者は次のランクへと昇格され、依頼が難しくなり褒賞金が増額されます。サナダさんはアハトの規定値を超えましたので、ランクズィーベンに昇格になります」


 「そうなのですか。全くランクアップの事は考えて無かったので、完全にその事を忘れていました」


 真田はそんな事も言ってましたなと苦笑するばかりだった。

 その2つ隣では耳に届いたのか、その説明をしたビジネススマイルのメアリーは思わず表情を強張らせ、対応していた冒険者を戸惑わせていた。


 「サナダさんは依頼の数こそ多いですが、それの殆どが雑用のような依頼ばかりですね。その為、振り分けられるポイント数も低いので、ランクアップに時間が掛かったみたいですね」


 受付嬢は真田に関する記述が書いてある紙を見ながら、その述べていた。


 「ランクアップに伴いギルトカードの更新しますので、サナダさんのギルトカードの提出をお願いします」


 真田は首から下げている布の袋から、木製の身分証明のギルトカードを取り出した。

 受付嬢は机の上に置いてあった、小さな木箱を差し出すかのように前に出し。


 「ギルトカードをこの木箱に入れて下さい。」


 真田は言われるがままに木箱にカードを入れた。


 「では、新しいカードを持ってきますので少々お待ち下さい」


 受付嬢は立ち上がり、奥の部屋へと消えて行った。

 黙って聞いていた隣のアランは、呆れて物が言えないと言った表情だった。


 「やっとかよ。お前は遅いんだよ、ランクアップするのが。俺なんて冒険者登録して次の週にはランクズィーベンにランクアップしていたぞ」


 「それはアランさんに向上心があるからですよ。今は兎も角、前の私は向上心の欠片も持ち合わせていませんでいたし」


 「それを抜きにしても遅すぎだ。新人であるランクアハトなんて、魔物の討伐を数回するだけで、ランクズィーベンになるのに、どれだけ時間が掛かっているんだよ。‥‥‥ったく。全てにおいて俺の上を行くというのに、何でランクだけが低いんだよ」


 アランの恨み節とも取れる小声は、真田の耳には届く事は無かった。

 真田がアランを怪訝な目で見ていると、奥の部屋へと行った受付嬢が戻って来た。

 その手には真新しい木の札、ギルトカードがあった。

 受付嬢は登録に使った魔法陣が書いてある紙の中心に、持って来たギルトカードを置いた。


 「これが新しいギルトカードになります。記載に間違いが無いか確認をお願いします」


 真田は観察するようにギルトカードに視線を落とした。

 ギルトカードは前の物と同じように真田の名前と『この者をアヴェドギルトの一員である事を証明する。アヴェドギルト長』と刻印されていた。違うとすれば、ランク名がアハトからズィーベンへと変更されているぐらいだった。

 真田は納得したかのように頷き。


 「何も問題はありません」


 「でしたら、登録の時と同じようにギルトカードの上に手を置いて下さい」


 真田が右手をギルトカードの上に置くと、受付嬢はメアリーがした時と同じように真田の右手の上に翳すように動かし、何か呟き始めた。

 そして魔力の高まりが収まると、受付嬢の口もその動きを止めた。


 「はい、終わりました。これでこのカードはサナダさんしか使えなくなりました」


 「ありがとうございました」


 真田はギルトカードを手に取ると布の袋へと収納し、アヴェドギルトを後にした。


 「なあ、サナダ。このままツキノクマへと帰るのもいいが、ちょっと酒場に寄り道していかないか」

大通りの帰路につく人々の大きな流れを利用して、ギルトからツキノクマの途中、隣を歩くアランはそう切り出した。


 「酒場ですか、いいですね。何処かいいお酒を売っている酒場を知っているんですか」


 「良いかは知らないが豊富な種類の酒を売っている酒場が、ツキノクマにあるんだ。そこに行こうぜ」


 そそくさとアランは真田を伴って、行きつけの酒場へと足を向けた。

 暫しの時間が経過した後、宿ツキノクマから数分圏内の場所に真田たちは居た。

 真田の黒の瞳には1つの建物が鎮座している姿が映っていた。

 煉瓦製の壁と瓦で外観を覆い、高さは周囲の建物の半分近くなのだが広さは2倍以上はあった。入り口にはジョッキの形が彫られている小さな看板が吊り下げられていた。

 複数の正方形の窓からは、中からの光が人の楽しそうな声が外の人を店内に誘うかのように零れていた。


 「ここですか、アランさんが懇意にしている酒場というのは」


 「そう、酒場のビュウールだ。ここら辺では人気があるみたいで、この辺の住人の人達が結構来ているみたいだぞ」


 アランの言う通りに、木製の扉には近所の人なのかある程度の年齢より上の年代の人々が1人、また1人と吸い込まれるように入って行っていた。


 「此処に居ってもなんだから、さっさと入ろうぜ。」


 真田たちは木の扉を開けて、ビュウールへと入って行った。

 そこは大勢の人間が酒を楽しく飲んでいる光景が広がっていた。

 客層の半分は真田たちと同じ冒険者で占められ、勤務先からの帰りの勤め人、近所の人達、偶々立ち寄った旅人といった、平民層を端的に表しているかのような感じだ。

 店内には複数の4人掛けの丸テーブルが置かれており、其々に自分達のグループを作っていた。殆どは冒険者たちが占有しており、もう出来上がっているのか樽を模したジョッキを片手に、全身の血液が顔に集まっているかのような真っ赤な顔で楽しそうに騒いでいた。それが日常の光景なのか誰も注意する事は無く、勤務先での出来事の愚痴を言い合いながら飲んでいる人達や近所同士で楽しそうに話しながら飲んでいる光景が広がっていた。

 また店内にはL字型の木製のカウンターがあり、その前には等間隔で丸椅子が端から端まで置かれ、静かに飲む1人飲みの客や2人連れの客が座っていた。

 店内の奥にはしっかりと組まれた木製の棚が天井までそそり立ち、各種様々の酒が一目で分かり易いように種類別に置かれていた。

 原料そのものや原料を糖化させアルコール醗酵させた醸造酒であるビール。醸造酒を蒸発させ濃縮させる事でアルコール度数を高めた蒸留酒であるウィウキー、ブランデー。醸造酒や蒸留酒に果実やハーブを加えた混成酒であるヴェルモット、シェリー酒等が、少し形が凸凹している色付きガラスの容器に注ぎ込まれていた。

 各テーブルの間を決して客にぶつからずに、街娘が着ているような赤のスカートに長袖の薄緑の上着の上に白のエプロンを着用したショートカットの金髪の少女が糸を縫うように店内を自由に行き来していた。

 給仕がひと段落付いたのか、少女は入り口付近に立っていたアラン達を見かけると、近付いて来た。


 「アラン、いらっしゃい。どうしたの、そんな所で突っ立って?」


 「ああ、すまないリーネちゃん。何時もながら人が多いなと思ってな」


 アランの言葉に気を良くしたのか、リーネは嬉しそうに微笑んだ。


 「ありがとう。これも父さんが仕入れを頑張ってくれたおかげよ。‥‥‥ところでアラン、隣の人は誰なの?」


 「紹介が遅れたな。こいつはタクト=サナダ、先週からチームを組んでいる冒険者だ」


 真田は紹介に合わせて軽く会釈をした。


 「これはどうも、私はリーネ=ソイニ。ここビュウールでウェイトレスをしているわ。そして店の奥のカウンターでジョッキにお酒を注いでいるのが父のヘルムート」


 リーネが指し示した方向、カウンターでは男性が黄色のお酒ビールを樽型のジョッキに注ぎ、カウンター席に居る客に渡していた。

 歳は40代後半位だが、薄茶色と濃ゆい緑の麻の服の上からでも分かる歳を感じさせない程の逞しい肉体。精悍な顔つきに金髪でベリーショートの男性だ。


 「サナダ。数は少ないけど、父が仕入れた帝国内で流通しているお酒からちょっと珍しいお酒まであるから、時間が許す限りゆっくりしてくってね」


 「ええ、美味しいお酒に舌鼓を打たせて貰いますよ」


 「(‥‥‥シタ‥‥‥ツヅミ?)」


 アランが意味不明な言葉を反芻するように内心で復唱していると。


 「リーネちゃん、こっちにアロペを4杯持ってぇ!!」


 「ちょっと待って、直ぐに持って行くから! ‥‥‥じゃあアラン、サナダ。ゆっくりしていってな」


 リーネは踵を返しカウンターに行き、父であり店主であるヘルムートから注文のアロペが入った4つのジョッキを両手で取ると、注文を入れたテーブルへと持って行った。


 「何時まで立って無いで、そろそろ空いている席に座ろうか」


 真田は頷くと、空いているカウンターの端の席に移動した。

 席に座ったアランはカウンター席の客に酒を渡しているヘルムートに視線を向けた。


 「マスター、こっちにアロペを2つ」


 アランの方を向いたヘルムートは少し意外そうな顔をしたが、直ぐに元の表情に戻り棚からアロペが入った瓶を取り出し、コルクの栓を開け樽型のジョッキに注ぎ込み、真田たちの前に其々1つずつ溢さないように静かに置いた。

 ジョッキの中では小さな白い気泡がプツプツと琥珀色の液体から沸き立っていた。


 「はいよ、注文のアロペだ。2つで450フラルだ」


 アランが布の袋からお金を取り出そうとしているのを真田は不思議そうに見ていたが、此処は前払いシステムなんだと思い、自身の布の袋からお金を取り出そうとしたが。


 「サナダ、今回は俺が払うからお前は出さなくてもいいぞ」


 そう言ってアランは酒代450フラルを出した。

 ヘルムートは2人分の代金を確認すると、次の客の注文の準備へと戻って行った。


 「アランさん、すみません奢って貰って」


 「別に構わないぜ。今回はお前のランクアップのお祝いだからな」


 表面は何ともないような装っているのだが、アランの瞳に動揺が宿っているのを真田は見逃さなかった。

 だが何故そうなるのか理解出来なかった真田は追求する事はしなかった。

 首をかしげながらも、ジョッキを軽く持ち上げ。


 「ありがとうございます。‥‥‥では私のランクアップと」


 「チームアンジェラスの躍進を願って」


 「「乾杯」」


 真田とアランはコンと高い音を鳴らし、ジョッキに口を付けた。

 真田は白い泡と琥珀色の液体を舌で楽しもうと口に入れた瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が全身に走った。


 「(‥‥‥‥‥‥ま、不味い)」


 それが真田の率直な感想だった。

 真田は表情こそ出さなかったが、胸中は無理矢理に苦虫を味わい深く堪能させられたかのような強烈な不快感に苛まれていた。


 「(もう何て言うかビールの温度が(ぬる)いのがありえない。こんな状態で日本の居酒屋が出していたら、絶対にその居酒屋は潰れるし、食品衛生法に引っ掛かって提供する事自体が無理だろ。此処には冷蔵庫のような冷却装置が無いから常にキンキンに冷えた状態で、出てくる訳が無いのは理解しているがそれでも限度というものがあるだろ。極偶に買うコンビニで売っている酒だってちゃんと冷えているぞ)」


 真田はしかもと付け加え。


 「(苦みというか雑味というか、それが強すぎるんだよな。これがこの人達に合っていると言われればそこまでだが、発酵技術や濾過技術がまだ未熟なのだろうな。雑味が旨味として認識されるのは知っているが、でもそれを超えれば単なる苦いものとしか認識されないんだよな)」


 どうにもならない事を真田は内心愚痴のように呟いていた。

 偶にしか飲まないが日本で下手に上手いビールを知っているが故に、どうしてもこのアロペという商品の未完成具合に一言云いたい気持ちになっていた。

 しかし職人が丹精込めて作った作品を素人の自分が批評する訳にはいかず、真田は不満を一緒に呑み込むかのように、アロペを更に飲みこんだ。

 口の上にビール髭を作った真田はジョッキの約30%を飲み、一休憩とばかりに一先ずジョッキをカウンターに置いた。

 やはりというべきか、日本の居酒屋で飲んだビールを飲んだ後の独特な爽快感は無く、思わず(しか)めっ面をしたくなる程の不味さしか感じなかった。

 真田は何気無しに隣のアランへと視線を向けると、おかしい状況になっていると気付いた。

 自分と同じタイミングで飲み始めたのに、アランのジョッキの液体に対する面積が、拡大はしていなかったのだ。しかもジョッキというよりも中のビールを、親の仇を見るかのような険しい目で見ていた。


 「アランさん、アロペが減っていませんけど何処か体調でも悪いのですか」


 「う、うん? そ、そんな事は無いぞ、身体は何処も悪くは無いぞ」


 アランは自身の好調さをアピールするかのように、アロペをグイッと口に飲みこもうとした。

 しかし直ぐにジョッキを離してしまい、アランの顔は子供が苦い野菜を食べたかのように(しか)めっ面をしていた。

 真田はジョッキの中を覗き込むが、アロペは減っているようには見えなかった。

 周囲の楽しそうな喧噪とは裏腹に、アランの周囲だけはお通夜のような雰囲気が漂っていた。

 真田は一連の光景を見ていて、ある可能性を独り言のように呟いた。


 「アランさん、もしかしてお酒飲めないのですか」


 その一言は劇的だった。


 アランの表情処か身体全体が魔術で時間を止められたかのように指先一つ動かなくなった。冷や汗なのか額からだらだらとアランの動揺を示すかのように流れていた。

 何とか首だけ動かしているのだが、それも思いっきり金槌で数回叩かれた玩具のようなぎこちなさを伴っていた。


 「はっ、ははは、酒場に誘った人間が飲めないなんて、そんな訳無いだろ。おお、俺の飲み方はちびちびと時間を掛けてゆっくりと飲み方なんだ。だから、中々量は減らないんだよ!!」


 アランは真田の指摘は間違いだと明るく言い放つと、一気飲みをするかのようにジョッキを大きく傾けたが、中身が一向に少なくなる気配は見えなかった。

 それもその筈だ。小鳥が1回に水を飲む量のような量で、断続的にアロペを飲んでいたのだ。

 真田は変な人だなと苦笑を浮かべて、ジョッキを傾けた。


 船を漕ぐアランの顔は全身の血が集まっているかのように真っ赤になり、瞼は鉛のように重く、今にも閉じられようとしていた。


 「アランさん、大丈夫ですか。無理でしたら宿に帰りましょ」


 「だいひょうぶ、だいひょうぶ。まだまだのめますよぉぉ」


 アランはまだ半分も飲んでいないジョッキを掲げるように上げ、自分の好調さをアピールした。

 しかし、どう見ても大丈夫には見えない呂律の回っていない口調だった。

 真田は駄目だこりゃと、アランの提案に賛同した数時間前の選択に後悔をした。

 真田は不味さを何とか我慢しながら2杯目のアロペを飲んでいると、隣からアランの視線が注がれているのに気付いた。

 真田は少し不思議そうな顔をした。


 「どうしたのですか、アランさん。何か私の顔に付いてますか」


 顔が真っ赤なアランは睨むかのように半目で。


 「ずゅるい」


 「何がですか?」


 「にゃんで、おひゃめはしょんなにふぇいぜんとしているの? わたしゃはこんにゃによっているにょに」


 泣いている子供のような聞き取りが困難な口調だが、真田はアランの表情と雰囲気で言わんとする事を推測した。

 どうやら自分より飲んでいる真田が素面である事に腹を立てているらしいと。

 理不尽な怒りをぶつけられている真田は、ニヤリと自嘲な笑いを浮かべた。


 「この程度のアルコールで酔わないようにしているのですよ。冒険者になりますと色んな事があります、例えば毒虫や毒蛇に咬まれたり。それで死なないようにしてしているのですよ。‥‥‥って、アランさん聞いてますか」


 真田はカウンターに突っ伏して夢の中へと行こうとしていたアランの肩を何度も揺らした。途中でアランの瞼は閉じられ、アランは自立する事が不可能になりカウンターをベット代わりにしたのだ。

 真田の呼び声と揺らされた事で現実へと引き戻され、アランはスイッチを入れられたかのように目をパチッと開けた。

 しかし直ぐに瞼は半分が閉じられ、トロンとした目付きになった。


 「きいてるぅ、きいてるぅ。にょうはおしゃけにちゅよいから、にょわないのでしょ!」


 「‥‥‥まあ、それはそうですけど」


 決して的外れな事は言っている訳では無いので、真田としては強く言えずにいた。

 真田は自身の不満を飲みこむかのように、残りのアロペをグイッと飲み始めた。


 真田はカウンターに突っ伏しているアランの肩を、覚醒状態へと促すかのように何度も揺すっていた。


 「アランさん、アランさん。そろそろ宿へ帰りましょう」


 しかしアランは何も答える事は無かった。代わりにスウスウと寝息を立てていた。

 アランの顔は熟した林檎のように真っ赤になり、すうすうと吐く寝息は独特な鼻に付くアルコール臭を漂わせていた。


 「そろそろ店仕舞いみたいですから、私達も宿に帰らないと」


 真田がアランの意識の覚醒を促すが、余程深い眠りに入っているのかアランが起き上がる事は無かった。

 真田の言う通り店内には真田たち以外の客は居らず、あれ程騒がしかった店内は水を打ったかのように静けさが漂っていた。

 これが何度と知れないな遣り取りに真田はそろそろ置いて帰ろうかと本気で思い始めた。

 かといってこのまま置いて帰ったら、色々と面倒な事が起きる未来しかないと目に見えているので、真田はアランを連れて帰るしか無かった。

 真田はどうやって宿に帰らそうかと考えていると。


 「やはり酔ってしまったか」


 そう言いながらカウンターを濡れた布で拭きながら、店主であるヘルムートが近付いて来た。

 その表情は予想通りの事が起きたかのような少し呆れたかのようなものだった。

 真田はヘルムートの言葉に引っ掛かりを覚え、胸中に疑念を覚えた。


 「やはりというのはどう意味ですか」


 「私が知る限りではアランが酒を飲んだのを見たのはこれが初めてだ。‥‥‥何時もはリンゴやミベラルといった果物のジュースを頼むのから、アランはてっきり酒は飲めないと思っていた。だが、今日は普通にアロペを頼んだから少し驚いたぞ」


 「ああ、だからアロペを持った時にあのような表情をしていたのか」


 真田は合点がいったかのような納得の表情をした。

 アランが最初に表情を硬くしていたのは苦手な飲み物を前に覚悟を決めた故の事だった。

 それを物語るかのように真田は2杯のジョッキを飲み干したのに対して、誘った張本人であるアランは半分の量しかアロペを飲みきっていなかった。

 スヤスヤと幸せそうに寝ているアランを見て、真田はなんだかなと微妙な表情をした。


 「しゃない、背負って帰りますか。‥‥‥でも、その前に残ったお酒の処分を始めないとな」


 真田はアランが残しているアロペが入ったジョッキを徐に手に取った。

 何だ何だと怪訝なヘルムートが見ている中、真田はジョッキを口に付け大きく傾け、一気飲みを始めた。しかも銭湯上がりのコーヒー牛乳スタイルの手を腰に当てていた。

 喉仏が細かく動き、ごくごくと大量のアロペが食道を通って真田の胃袋へと流れて行った。

 見る見るうちにジョッキの中が無くなっていき、5秒位でジョッキの中は空っぽとなった。

 真田は濡れた口周りをポケットから取り出した青いハンカチで拭き、呆然としているヘルムートに自分とアランの分のジョッキをへと渡した。

 

 「ふぅ、御馳走さんでした。‥‥‥さて、アランさん帰りますよ」


 真田は腰を下ろし寝ているアランを背負おうとするが、意識が無い人間相手ではどうも勝手が違うらしく、中々上手く背負う事は出来なかった。

 真田が苦戦していると、見かねたリーネが補助を手伝い始めた。


 「あっ、ありがとうございます」


 「良いって事よ。仕事柄、酔っ払いに絡まれる事はしょっちゅうあるから、面倒臭さは十分に知っているから」


 苦笑するリーネは真田が背負いやすいようにアランの身体を固定した。

 真田はアランを支えるように臀部の下に両腕を回し、上半身を少し傾けた。

 真田は手伝ってくれたリーネに軽く頭を下げた。


 「手伝っていただいて、ありがとうございます」


 「お礼を言われる程でも無いわ。さっきも言ったように酔っ払いの面倒臭ささは人一倍知っているつもりだし、この酒場での酔っ払いの介抱も仕事の内だから」


 「そう言って貰えると助かります。時間があれば、また寄らさせていただきます。‥‥‥マスター。アロペ、御馳走様でした」


 「ああ。あと冒険者に言うのは変だが、周囲は暗いから警戒は怠るなよ」


 「それはもう」


 苦笑する真田は軽く頭を下げて、アランを背負ってビュウールを後にした。


 時間の針は進み、間もなく地平線から太陽が出る頃。

 真田は何時ものように朝食を取り、食後の余韻に浸っていると階段から足音が聞こえて来た。


 「(‥‥‥気配からしてアランか)」


 警戒網から得られる情報にそう結論づけた。

 給仕係のアンナは宿泊客が来るので、朝食の用意をしていた。

 真田は挨拶をしようと階段の方へと視線を向けると、右手で頭を押さえて不機嫌そうに下りてくるアランが見えた。


 「アランさん、おはようございます」


 「おはよう、サナダ。何時もながら元気だな、俺はこの通り完全に二日酔いだ」


 余程頭が痛いらしく、アンナが朝食として出しているジャガイモのスープが目の前にあるのだが、一切手を付けずに睨むかのように見ているばかりだった。

 真田はやっぱりなと地獄の底に届くかのような重い溜め息を吐き。


 「飲めない酒を無理に飲むからですよ。無理をせずにリンゴやミベラルのジュースを飲んどけばよかったものの」


 アランは図星を突かれたかのようにビクッと身体が硬直した。


 「の、飲めないなんて、そんな嘘は誰が言ったんだ。俺は酒は飲めるけどこうやって二日酔いになってしまうんだ。あははは」

 

 払拭しようと笑みを浮かべるが、動揺しているのか頬が引きつっていた。

 真田は三文芝居を見せつけられたかのような興ざめした顔となり。


 「無理に取り繕わなくても大丈夫ですよ。ビュウールのマスターから直接聞きましたよ。お酒類を注文したのはあれが初めで、何時もジュースを飲んでいると」


 アランの脳裏には、バレタの文字が大きく浮かび上がった。

 次第に決まりの悪い心持になり、何処かいじけた様子で口を尖れせ。


 「だって、格好悪いじゃないか。酒場へと誘った人間が酒を飲めないなんて、剣が振れない剣士のようなものだ。それに俺はチームリーダーだ。チームリーダーが酒を飲めないようじゃ恥ずかしいだろ」


 「それよりも無理に飲んで酔っ払い、その結果周囲に迷惑が掛かる方が余程恥ずかしいです。飲めないのは致し方ありません、どうしても個人差が出てきますので。飲めないのなら飲めないで、どうやったら酔わない飲み方をするのか考えて下さい」


 「はぁい」


 まるで不出来な子供を叱るような親の構図に、見ていたアンナは苦笑するばかりだった。


 「取り敢えず今日は休みにしましょ。‥‥‥理由は言わなくても分かりますね」


 暗に体調管理も仕事の内だと含ませ、真田は言い聞かせた。

 アランは不満たらたらといった感じだが、チームの足を引っ張っているのは自分自身なので何も言えず、黙って頷くしかなかった。


 「私はこの後、頼んでいたグランドゥセールの肉を引き取りに、アヴェドギルトに向かいます。アランさんは二日酔いが治まるまで静かに寝ていて下さい」


 「それよりも肉はお昼頃に取りに行こうか。行って帰るだけでは面倒だろ。昼食を食べたついでに取りに行こうぜ。それまでには二日酔いも治っていると思うから」


 「そうですか。では、昼まで部屋に籠っておきますか」


 真田が自室に戻ろうとしたが、何故かアランの強い力によって阻まれた。

 どうしたのかと真田が振り向くと、アランは分かっているなと言外に伝えんばかりに睨むかのような険しい目と真田の左手を掴む右手の握力の強さを無駄なまでに発揮していた。

 理解した真田は苦笑いを浮かべながら、アランの耳元に近付き内緒話をするかのような小声で。


 「分かっていますが、よろしいのですか」


 「何がだ」


 キョトンとするアランに、真田はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


 「一緒に居るのは構いません、ですがアランさんは二日酔いを治すのに寝るのでしょ。最も無防備である寝姿を見せる事は、先日の公衆浴場での出来事以上の事が身に降りかかっても文句は言えないですよ」


 数瞬の思考の空白の後、アランはお酒の影響では無い筈なのに、顔が充血しかたかのように真っ赤になった。

 アランは真田と仲間となる切っ掛けとなった公衆浴場での出来事を思い出し、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。

 

 「(胸を揉まれた事以上の出来事という事は。‥‥‥『あれ』をするというの!!??)」


 アランも男装しているとはいえ中身は年頃の少女に相違ない。

 知識としては男女の仕組みの違いなど基本的な事やどうやったら子供が出来るのかも正しく知っている。

 故に自分の部屋で裸の自分が公衆浴場で見た真田の裸と固く抱き合っている光景を、鮮明にまで脳裏に思い描いてしまった。

 当然と言うべきかアランにそこまでの度胸は無く、瀕死の虫の息ような微かな声を絞り出すぐらいしか出来なかった。

 

 「じ、自室で大丈夫だから」


 耳に届いた瞬間、真田は内心ガッツポーズを決めた。

 一時的とはいえアランからの監視から逃れる事への嬉しさを噛みしめていた。

 チームを組んでいるので普段はあまり気にならないが、流石に宿は別に行動したいのが真田の偽らざる本音だった。

 真田の策略に気付いていないアランはもうこれ以上は此処に居られないと、ガバッ!!と勢いよく立ち上がると、朝食を見向きもせずにドタドタと激しい足音を立てて、2階の自室の部屋に戻って行った。

 アランの突然の奇行に給仕係のアンナは目を点にして見ていた。

 真田は笑い声が漏れないように口を塞ぎながらも、腹を抱えて笑っていた。 


 時計の長針が何周も回った頃。帝都に正午を告げる鐘の音が聞こえ、自室で聞いていた真田は亜空間から取り出した小説を静かに閉じた。

 昼間で差し迫った用事は無かった真田は暇潰しにと、作家山端安成の山の避暑地での無為な男性を巡る喫茶店を営む地元女性と追っ掛けて来た幼馴染の女性の心模様を抒情的に描いた作品『熱国』を読んでいた。

 部屋を出て鍵を閉めていると、隣の部屋からアランが出て来た。

 寝た事で体調が戻ったみたいらしいが真田を見た途端、頬が酒の影響では無い赤みが彩られていた。


 「アランさん、どうやら二日酔いから回復したようですね」


 「ひ、昼までぐっすりと寝ていたからな、二日酔い程度なら寝ていれば治る。‥‥‥じゃあ、解体の依頼をしていたグランドゥセールの肉を取りに行くとするか」

 

 そう言うとアランは自身の部屋の鍵を閉め、真田を伴ってアヴェドギルトに向かった。


 

 「ニクマン、何だそれ?」

 

 大勢の人々がごった返す南大通りを歩くアランは、聞いた事の無い名詞に首を傾げた。

昼食を何にしようかと話していたら、真田が先日食べた肉まんが食べたいと言い出したのだ。

 隣を歩く真田はアランに理解しやすいように両手で肉まんの形を作り。


 「簡単に言えば山の形をしたパンに肉や各種野菜を練り込んだ具材を入れ、蒸した料理ですね。フォークやナイフを使わずに素手で手軽に食べれる料理ですよ」


 「へぇ、そんな料理がギルトに在ったんだな。初めて知った。俺もそれなりにはギルトの食堂を利用していたが、そんな料理があるとはな」


 「それもそうですよ。試作で作っただけの料理ですから、一度も並んでないのですからアランさんが知る筈も無いですよ。ただ作った時の反応が良かったから、もしかしたらあるかなと思いまして」


 「ふぅん、そんなによかったのか。‥‥‥俺も食べてみたいから、一緒に良いか」


 「別に構いませんが、いいのですか。あるかどうかは」


 真田は自分が言い出した事とはいえ、懸念を抱かずはいられなかった。

 肉まんを作った前提はギルト内の料理コンペに応募する為の試作品であって、まだ並べられるとは程遠い状況だったからだ。

 だが作り方を教えたので、頼べば何とか作ってくれるのではないかと考えていたのだ。


 「別に構わないぜ、無かったら他の所で昼食を食べればいいだけだからな」


 真田たちは空腹を耐えながら、肉まんを食べる事を目的に冒険者ギルト本部である建物へと到着した。

建物に一歩入ると多くの職員が、昼時もあってか食堂スペースで食べていた。逆に冒険者の姿は少なかった。事前に依頼の受付だけでも済ましておきたいとの考えらしい。

 真田たちは依頼掲示板を見向きもせずに、食堂スペースの大皿に乗っている料理が置いているカウンターへと近づいた。

 ギルトの食堂では前払い式のバイキング形式の料理とリストに載っている料理を料理人に個別に注文する方式の2つがある。

 真田は入り口にある立て看板に張られてある料理のリスト表には、ナドゥ川で捕れた川魚のマリネや牛肉の赤ワイン煮、野菜と肉とチーズを積み重て焼いたアウフラといった帝国の各地方の伝統料理名が名を連ねている中、真田にとって見慣れた料理名が明記されていた。

 一番下にフィルド帝国の言語であるロマシュ語で肉まんとその値段200フラルと書かれていた。

 真田は驚きを感じつつも調理場の方向に視線を向けると、肉まん製作を手伝った副料理長が職員に川魚のマリネを渡し終えた所だった。


 「すみません、肉まん5個お願いします」


 「ニクマン5個な。少し待ってろ」


 そう言うと副料理長は真田が慣れた手付きで肉まんの生地に特製の餡を詰め込み、深めのフライパンを使った即席蒸し器で、注文の数を蒸し始めた。

 真田はきちんと自分が伝えた調理法が伝わっている事に満足そうに、副料理長の後ろ姿を見ていた。

 それから空腹を我慢しながら待っていると、真田たちの目の前にはコンビニで売られているサイズの肉まん5個が載った大皿が出て来た。

 蒸したての肉まんはホカホカと湯気が立ち上り、水蒸気の水滴が日の光に当たりテカテカと反射していた。

 真田は1000フラルを払い、美味しそうに出来上がった肉まんを前にゴクリと喉を鳴らした。


 「副料理長、肉まんがこうやって出て来た事は、正式採用なのですか。という事は、料理コンペはメアリーさんたちが」


 「そうなるのかね。まだ発表されてないから今は何とも言えんが、こうやってレパートリーに加わったんだ。その可能性は高いだろうな。‥‥‥何だ、お前も何か買いたいものがあるのか」


 「私は無いですが、メアリーさん達があんなに楽しみにしてたのですから、結果が何も得られなかったじゃ可哀想ですから」


 真田はしみじみとした表情で思い浮かべていた。

 閉じた瞼の裏にはメアリーの楽しそうな顔が鮮明に映っていた。


 「それもそうだが判断するのは料理長だから、俺からは何も言えないな。‥‥‥で、そんなハッキリしていない将来を考えるよりも、今はこの温かいニクマンを食べる事が先決だろ」


 「勿論です!!」


 新しい玩具を買って貰った子供のような晴れやかな笑顔とホール全体に響き渡るかのような威勢のいい声を上げて、真田は肉まんが載った大皿を空いている席に持って行った。

 アランはクスクスと楽しむ子供を見ている母親のような優しい笑みを浮かべた。


 寒い日はみな考える事は一緒で暖炉近くの席は完全に埋まっていた。

 仕方が無しに真田は離れた場所の席に座る事となった。アランも何時ものように真田と対面になる席に座った。

 真田は机の中心に置くと肉まんを1つ取ると、大きく口を開け肉まんの半分を頬張り、冬眠前のリスのように頬を膨らませて、もぐもぐと口を動かしゴックンと嚥下(えんか)した。続けて2口3口と肉まんを頬張り手元に肉まんが無くなると、皿に手を伸ばし次の肉まんを取り、同じように口に入れた。

 アランは最初は見た事の無い料理に美味しいのかと怪訝な視線で見ていたが、真田が美味しそうに食べるので、恐る恐るとゆっくりと手を伸ばし口に含んだ。

 何度もモゴモゴと口を動かしている内に、アランの表情は晴れやかなものとなった。


 「美味しいっ」


 飾り気の無い感想に真田の表所も晴れやかなものとなった。


 「そうでしょ。今日のような寒い日に食べるのがいんですよ。それに手に持ちやすい携帯食ですから、寒空の下で歩きながら食べるのもいいですよ」


 バイト帰りにコンビニで買った肉まんを食べ、ネオン輝く街中を歩いていた頃を思い出しながら、真田は肉まんを頬張っていた。

 5個の肉まんは瞬く間に皿の上から消え、残るのは肉まんから落ちた水滴ばかりになった。

 肉まんを食べられた事で精神的にも胃袋的にも満足した真田は、非常に満足気な表情を浮かべていた。


 「食べた食べた、満足満足と。‥‥‥アランさん、この後どうしますか。予定通りにグランドゥセールの肉を引き取って、宿に戻りますか」


 美味しいものを食べられた事でホクホク顔のアランは、気が緩んだ声で。


 「別に構わないけど、宿に帰っても何もする事は無いから部屋でじっとしとくだけだろ。それでは味気が無いから、どっかに行かないか。そろそろ新しい本や服が欲しいと思っているんだ」


 「でしたら、本屋と服屋に行くついでに帝都の街を散策しますか。そして、いい時間になったら、グランドゥセールの肉を引き取って、ツキノクマに持って行きましょ」


 「ああ、異論は無い。だとしたら、此処から近いのは本屋の方だな。そっちに行こう」


 真田たちは予定を決め大皿を返却口に持って行くと、アランの行きつけの本屋や服屋と向かった。


 まず最初に立ち寄ったのは本屋だった。

 大通りから1,2本外れた路地に立っており、周囲の建物と溶け込んでいる姿はまさしく街の本屋と言ったところだった。

 真田はアランの後を付いて行くように入った。本屋『リブロ』へと。

 中は天井にまで届く木製の棚が壁一面に内壁のように立て掛けられ、その間を区切るように同じ高さの木製の棚が並べられていた。しかもその間は狭く、人一人がようやく通れるだけの幅だった。本の棚に隙間なく所狭しと本が並べてあるが、きちんと題字や背表紙が施されている装訂(そうてい)された本から、数十枚の紙をバラバラにならないように糸で括り付けているだけのものもあった。

 店内には誰も居らず、店主なのだろうか出入り口付近のL字型のカウンターの中に顔が皺だらけの高齢の男性が座っているだけで、図書館のような静けさが漂っていた。

 アランは買うべき本の種類が決まっているのか、他の本には目もくれず目的の棚へと一直線に行った。

 真田は棚に本を名だたる絵画を見るかのように、興味深けにじろじろと見ていた。

 それなりには本を読む真田は本の内容にも大いに興味が注がれる対象なのだが、それ以上に本の状態が気になっていた。


 「(これって絶対に新刊とかじゃないだろ。中古本の類だろ)」


 真田が持っている辞書程の厚さでダークブラウンの本の金色の題字は所々剥げおり、表紙にも汚れが数ヵ所見え、ページの紙は日焼けしていた。

 同じ棚に並んでいる本もある程度の差異はあるが、真田が持っている本と似たようもので、新刊特有の仄かなインク独特の匂いを感じ取る事は出来なかった。

 真田は表紙の所々剥げている題字に視線を落とした。


 「(ドナ・ソーナーの冒険、空想冒険活劇の本か。‥‥‥一体どんな内容なのだろうな)」


 好奇心に駆られ本を捲ろうと、日焼けしたページを開こうとしたが、


 「こりゃあ!!」


 店内に響き渡る程の大声に阻まれ、本を開けずにいた。

 目が点となった真田が声の方向を見ると、座っていた老人がカウンターに身を乗り出して此方を睨んでいる姿が見えた。


 「本屋では立ち読みはしてはいかんと知らんのか。本を読みたければ勝手から読むのじゃ!!」


 「はっ、はい」


 「‥‥‥全く最近の若者はそんな事も知らんのか」


 老人はぶつぶつと文句を垂れながら椅子に座り直した。

 激しい剣幕に圧倒され芽生えた好奇心は、穴が開いた風船のように一気にしぼみ真田は持っていた本を元の場所に直した。

 一連の遣り取りを見ていたアランは少し落ち込んでいる真田を珍獣を見るかのような目で見ていた。


 リブロを出た2人は次の目的地、服屋『ギャルドローブ』に到着した。

 広さは先程のリブロより少し広い位で、中には何本の丸い棒が平均的な人の目線の高さで縦に走っていた。その棒には様々な色合いの服が男女別に、整然としてハンガーに掛けられていた。商品の服は色としては男女ともにそこまで違いは見受けられないが、種類と言うべきか装飾に大きな違いが見られた。

 男性用は上下共に飾り気の無いシンプルなものが多いが、女性用のシャツの上から着る袖なしの上部とスカートが一体になったジャンパースカート、シャツの身丈を長くしたシャツワンピース等には花や幾何学模様などのモチーフにした凝った刺繡が細工されていた。

 先程のリブロでは真田たち以外の客は見受けられなかったが、オシャレになりたいのは何処の世界でも共通なのか、真剣な表情で女性客が服を選んでいる姿や友人同士で話しながら楽しそうに服を選んでいる姿が見られた。

 入り口付近では長机を挟んで女性店員と客が採寸に関して話していた。

 アランは自身の服を探し出そうと、並んでいる服を手に取っては元に戻し、また手に取っては元に戻したりを繰り返していた。

 真田は日本で特売の服を大量買いしていたので今直ぐに必要と訳では無いが、この帝都ではどういった服があるのか興味をそそられ色んな服を見ていた。

 すると。

 

 「サナダ、ちょっと来てくれ」


 「どうしたのですか、アランさん?」


 真田は何事だろうと反対側で選んでいたアランの元に駆け寄った。

 真田が回り込むと両手に明るい黄緑色の若草色と青色を濃ゆくした瑠璃紺色、其々1着ずつを持ったアランが立っていた。

 アランは少し緊張しているみたいで、おずおずといった様子で呟き始めた。


 「この2つの内、どちらかにしようと思うのだが。お前的にはどっちがいいと思う?」


 「えっ、私がですか? ‥‥‥別にどちらでも良いのないですか、何方もいい色ですし。それにアランさんが着るのですから、御自身で決めればいいじゃないですか。その方が失敗が少ないのですよ」


 真田は自身の言葉に疑念など一切持っていない、心の底からの純粋な思いを吐露した。

 真田が言ったのは全くの正論であった。

 アランはそれなりに年月を重ており、決定の意思が決められない子供でも無い。そもそもアランが自身の身に纏う衣服を決めるのだから、自分が好きな色の服を着ればいいだけで、態々真田に決めて貰う必要性など皆無に等しい。

 余人が聞けば10人中10人が、真田の言っている事に間違いの無い正論であると頷くかもしれない。

 しかしアランが求めていたのは、コンクリートのようにガチガチに固められた正論では無かった。

 その証拠に、何かを期待していた不安と楽しみが入り交じっていた瞳が、ゲスな人間を見るかのような軽蔑するような冷めきっていた。

 重たい雰囲気を醸し出し冷め切ったアランは、無言のまま持っていた2着の服を元の場所に直すと、能面のような無表情のまま淡々とした様子で服探しを再開した。

 真田はアランの劇的な雰囲気の変化に、情報処理能力を軽く凌駕したのか石像のように固まったままだった。


 ギャルドローブを出た真田とアランは、まだ日が高った事もあり帝都の街を見て回っていた。

 魔術師の集まりであるヘクセレイギルトから卸された格安の魔術工芸品(アーティファクト)を販売している道具屋、木製の定規や羽のペンと鉄の鋏がある生活雑貨屋、動物の革や糸で紡いだ布のバックや帽子が並んでいるブティック店などを見て渡っていた。


 「(うう、重い‥‥‥)」


 大通り隣の通りを歩く真田の表情は疲弊しきっていた。背中に透明な巨石が圧し掛かっているのではないのかと錯覚させるほどだ。

 通りは帝都のメインストリート程では無いが、アクセサリーや野菜、スープなどの軽食を販売している露店が立ち並び、それを目当てに人が多く行き交い活気に満ち歩いていた。

 しかし真田たちの周囲だけ人の影など無かった。

 行き交う人々は真田たちを避けて歩いていた。それがギャルドローブからずっと続いていたのだ。

 途中で立ち寄った魔術工芸品の販売店、生活雑貨屋、ブティック店にいた客は真田たちを近付かぬように避けるように移動していた。

 原因ははっきりとしていた、アランだった。

 隣を歩くアランは何時もの表情をしているが、発する雰囲気は絞め殺すかのように息苦しいものだ。

 真田は1番濃縮されたものを常に隣で浴びせられていた。


 「(うう、そろそろ精神的にまいってしまい胃に穴が開きそうだ。‥‥‥アランも言ってくれれば改善するのだが)」

 

 真田はチラリとアランの横顔を見るが、発せられているものから取り付く島もない事を感じ取り重い溜め息を吐いた。

 真田は道中の途中でアランにそれとなく聞こうとしたのだが、今のように拒絶の雰囲気を前面に押し出され聞けずじまいだった。

 真田がこれは長引きそうだなと事態を悲観していると、アランが急に立ち止まった事に気付いた。

 アランは真田を気にする事無く、視線がある一定方向を向いたままで立ち止まっていた。

 いきなり止まった事に懸念を抱いた真田はアランに声をかけようとしたが、先程とは違った異様な雰囲気に押し止まり、アランの視線の先を目で追った。

 いや、アランだけでは無かった。真田が周囲を見渡すと、周囲の人々がアランと同じものを見ていた。

 そこには、男性が相手に一方的に因縁を付けているように見えていた。

 因縁を付けている男性の様子がおかしかった。

 顔が赤く右手で胸元を強く掴み、相手を見る目はすわっていた。何かの拍子があれば帯刀している剣を抜きそうな一触即発だった。


 「おっらぁぁ、もっと安くならねえのか。おい!! カッペが1つ250フラルって高すぎだろぉぉ!!」

 

 「そ、そんな!! げ、原材料価格を考えれば、この値段がギリギリなんです。これ以上、値段を下げたら家族が路頭に迷ってしまいます!! 常連客も出来て、やっと帝都での商売が軌道に乗り始めというのに」


 露店の店主だろうか顔を顰めながら、何とか事態を打開しようとしていた。

 如何やら露店で売られていた円形のパンに肉や野菜、チーズを載せた国民食と言っても過言では無いカッペの値段について揉めていた。

 値切り自体はそんなに珍しい事では無く、寧ろ日常の光景だ。

 安く買いたい消費者と儲けを出したい販売者との意識には明確な溝があり、合法や違法スレスレまでのバラエティーに富んだ値切り合戦が各所で行われていた。

 だが。

 それがただの値切りだけなのならここまで注目を浴びる事は無かっただろう。

 値切りをしている人物、その状態が此処までの悪目立ちを増長させていた。


 「はっ!? そんなもの知らねえよ。俺はこの帝都を守る騎士だぜ。日夜お前達か弱き民衆を日夜魔物や薄汚い盗賊共から守ってやっているだぞ。だから民衆は俺達に感謝し奉仕するのが当然だろ!!」


 帝国騎士団で正式採用している青の鎧に青のマントを羽織った騎士だったのだ。しかも左手には、まだ入っている表面が凸凹となっている酒の瓶を持っていた。

 どうやら顔が赤いのは巡回中に酒を飲んでいたらしく、小腹が空いたので軽食であるカナッペを買おうとしたのだが、価格に不満を持ったらしく店主に値下げるように因縁を付けていた。

 涙目の店主は助けを求めようと周囲を見渡すが、周囲は目を合わせようとはしなかった。

 騎士としてあるまじき行為で周囲から非難を受けそうなのだが、酔っ払い騎士が武装している事や地位、もし関係性が悪くなり自分達が住んでいる地区を守って貰えないかもしれないという疑念が、周囲の人々を見て見ぬふりへとさせていた。

 直ぐ近くにもう1人の騎士も居るのだが、相棒の暴走を止めもせずに頬を赤くしニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべ、職務中にもかかわらず酒を飲んでいた。


 「それとも、なにかぁ? お前には感謝の欠片も無く、守って貰うのが当然と考えているのかぁ?」


 「い、いいえ。騎士団の日夜の激務は大変に感謝しています。そのおかげで私達はこのように商売を安全にさせて貰っていますから」


 店主は騎士が言うたびに鼻に付く酒臭さを我慢しながら、事態の鎮静化させようとするが暖簾に腕押し状態みたいで然したる効果は見受けられなかった。


 「何も無料にしろという訳じゃないんだよ。安月給で働かされている俺達に憐れんで、少し安くして貰うだけだ。そうだな、10フラルでどうだ」


 「10フラル!!!?? そんな、横暴な! それこそ生活が出来なくなります」


 規格外の値段の提示に店主はあ然とするしかなかった。

 帝国で流通している硬貨の最小単位であり、パン1枚すら買えない値段だ。


 「んぅなもん知らねえよ!! お前が選ぶべきは俺に殴られてカッペを差し出すか、10フラルでカッペを売るかだ。どっちだ!!」


 それは値切りの範囲を超え、もはや脅迫だった。それと同時に民衆を守る筈の騎士が決して言ってはいけない言葉でもあった。

 酔っ払いとはいえ数々の戦いを経験した騎士の凄みは本物で、店主は二進も三進もいかない状況に泣き出す一歩手前であった。

 そもそもこの状況から逃れたければ、騎士の要求通りに10フラルで販売すればいいのだが、店主としてはそうもいかない事情があった。

 これが1度きりで次から提示価格で売買されるのなら、素直に店主も売っていただろう。

 だが味を占めて、同じように要求されたらどうだろうだろうか。

 次もその次そのまた次も10フラルで売らなければならない。そうなれば赤字となり他の部分で補填をしなければならない。

 しかも10フラルでカッペを売り出していると噂になり、他の人々が聞きつけたらどうだろう。消費者は間違いなく騎士と同様の価格で求めるだろう。そうなってしまえば後は転落していくしかない。

 拒否したところであそこは騎士にだけ贔屓にしているとレッテルを張られ、信用は落ち客足が次第に遠のき店を畳む事になる。逆に販売したところでも、パン1枚買えない10フラル程度で利益など出る筈も無く、経営不振に陥り店を畳む事になる。

 故に店主は騎士の要求は呑めなかった。彼には守るべき生活と家族がその双肩に乗っているからだ。

 見ていた真田はそろそろ限界だなと介入をしようとしたが、近くに居た筈のアランが何時の間にか居なくなっている事に気付いた。

 真田がキョロキョロと視線を動かしていると、


 「おい、お前。その汚い手を離せ」


 アランが店主と酔っ払い騎士との間に割って入っていた。


 胸中に激しく吹き荒れる怒りが籠った声と非常に厳しい剣幕で酔っ払い騎士を睨み付けていた。


 「ああ、何だこの小僧は? 大人の会話を邪魔するんじゃねえよ。怪我をしない内にさっさと家に帰りな」


 騎士は人を小馬鹿にするかのような口調で、乱入して来たアランをまるで野良犬を追い払うかのように手を動かした。

 動じる事無くアランは酔っ払い騎士を真っ直ぐ見据え。


 「お前は誇り高きフィルド帝国聖騎士団所属の騎士だろ。本来ならば民衆を守るべき騎士が危害を加えようとするとは何事だ。このような事をして恥を知れ、恥を!!」


 その瞬間、プチンッ!!と、何かが切れる音が周囲に響き渡った。


 「んぅだとこらぁ、いきなり現れてぺちゃくちゃと偉そうに言いやがって!! うるせんだよ、このクソガキが!!」


 酔っ払い騎士は目標を店主からアランに変え、胸ぐらを乱暴で強引に掴んだ。

 どうやら琴線が触れたらしく、自身の怒りを表すかのように目じりをを険しくし睨み付けた。

 見る者を硬直させるような恐怖が襲いかかるが、アランは気にする事無く睨み続けた。


 「帝国騎士は国と正義への武勇と忠誠を誓う者。これは陛下と国と共にとの精神を表した騎士の教えを忘れたのか、叙任式で誓う基本中の基本だぞ。そんな事も忘れ、人を襲うだけの獣と化したお前に騎士を名乗る資格など無い、今すぐ除隊して来い!!」


 断罪するかのように厳しく言い放った。それはまるで自らが騎士であるかのような言い方だった。アランは騎士では無く冒険者筈なのに。

 酔っ払い騎士は最初は口を半開きにして固まっていたが、次第に顔を全身の血を集めたかのように真っ赤になっていった。

 そして子供が喚くような口調で。


 「うるせぇうるせぇうるせぇ、うるせぇェェェェェ!!! 何も知らないガキが知ったような口を利くんじゃねんだよぉォォォォォォ!!!」


 固く握った右手をアランの顔にめがけて、勢いよく走らせた。


 「(‥‥‥えっ!?)」


 ようやくアランは右手が向かって来ている事に気付いた。

 普段なら気付けるのだが、この時は完全に失念していた。

 店主に絡んでいた酔っ払い騎士の非道に怒り心頭で視野が狭まり、事前に察知する事が出来ず直前にしか気付く事が出来なかった。


 「(あっ、当たる‥‥‥)」


 アランがぼんやりとそう考えていると。

 不思議な事が眼前で起きた。

 騎士の拳がアランの鼻に当たるか当たらないかの位置で、急ブレーキを掛けたかのように止まったのだ。

 事態が呑み込めず混乱するアランは、寸止めしたのかとチラッと騎士の方を見たが自身と同様だった。

 情報処理能力が通常に戻っていくと、1本の腕が騎士の右腕に伸びている事に気付いた。

 アランは拳を止めている腕に沿って恐る恐る視線を動かすと、そこには真田が居た。

 アランは真田に声をかけようとしたが、口に出す事は出来なかった。

 まだ混乱しているので何て言えばいいのか分からないのもある。

 だが、それ以上に。

 真田から今まで感じた事の無い強烈な怒気が、突き刺すかのように感じられたからだ。


 「おい、お前」


 ビクッ!!と、あれ程威勢を放っていた騎士の身体が、蛇に睨まれた蛙かのように固まった。

 短いながらも硬直させるのは充分だった。

 真田は腕を握っている拳の握力を強めながら。


 「なに、うちのもんに手を出しているんだよ。カタギに迷惑かけているお前にただ注意しただけだろ。それを暴力で黙らそうなんて、お前それでも人間か」


 「なんだと」


 「俺達はチームを組んでいる。仲間に売られた喧嘩はチームに売られたも同然だ。言っておくが俺は売れた喧嘩は買う派だからな」


 真田はその言葉が偽り無しと表すかのように腕を握る握力を強めた。


 「痛てェェェぇぇぇぇ、離せってんだよこの野郎ォォォぉぉぉぉ!!!」


 腕から伝わる金属製のハンマーを全力で叩かれたかのような激痛に、騎士は逃れようと思わずアランの胸ぐらを離しジタバタと暴れるが。真田の握力が完全に上回っているのか、腕はピクリとも動かなかった。

 アランは目の前の光景を信じられな表情で見ていた。


 「(嘘でしょ!? 防護する部位によって多少の強度の違いはあっても、一般クラスの騎士の鎧でも中級魔術にも耐えられるように設計されているのに。それを易々と突き破るなんて、一体どんな握力をしているというの!?)」


 アランは怒りに満ちた真田の横顔を驚愕の瞳で見ていた。

 それは見ていた相棒の騎士も同様だった。

 鉄以上の強度を保つ筈のガンレットが真田の手形に変化していくというあり得ない光景に、酔いは完全に冷め驚愕と恐怖が入り交じった表情で見ていた。

 それはもう真田を人間として見る目では無く、討伐対象の魔物を見るような目と同じだった。そうでもしなければ、彼が信じる人間の領域というものが完全に破壊されてしまうと危惧したからだ。

 だから、騎士はゆっくりとした静かな動作で帯刀している剣を抜いた。

 そして。


 「死ねェェェぇぇぇ、人間の皮を被った魔物がァァァぁぁぁ!!」


 殺意が籠った雄叫びをあげながら、真田に斬りかかった。

 騎士が斬りかかろうと振り上げた瞬間、真田は掴んでいた手を離すと素早く騎士の懐に入った。

 真田は息を吐く暇も無く、身体を反転させ後ろ向きになり騎士の腕を掴み柔道の1本背負いの要領で、人が居ない場所に投げ飛ばした。

 空中に弧を描き数秒間の浮遊体験をした騎士の身体は、ガシャンッ!!と、激しい金属音を立てて地面に仰向けに倒れた。

 騎士は石畳の地面に後頭部を強打し激痛に悶えていると、ガシャンッ!!と甲高い金属音と共に腹部に衝撃が走った。後頭部と腹部からのダブルパンチに途切れそうな意識を何とか繋ぎ、全力で金槌で殴られた玩具のような鈍さで頭を上げていると、そこには相棒の騎士が仰向けで自分の上で倒れていた。

 当然ながら真田が投げたのだ。

 斬りかかった騎士を投げ飛ばし、呆然としている騎士をすぐに同じ場所へと投げ飛ばしたのだ。

 何が起きたのか皆目見当がついていない騎士は、混乱の絶頂にあたり暫しここが公衆の面前である事を忘れていた。

 その騎士を現実に引き戻す事態が起きた。

 真田は倒れている騎士の頭上まで行くと、取り出した直槍の笹の形をしている笹穂の刃を顔に突きつけた。

 任務などで刃物の危険性を身を持って知っている騎士は、身も凍るかのような恐怖に襲われ、全身が凍られたかのように固まった。


 「おい」


 真田の底冷えするかのような声に、騎士の身体はビクッ!!と不自然に震えた。


 「もう2度とカタギの人間に手を出すのは止め、あのような醜態を晒すのも止めろ。貴様の肩には考えている以上のものが圧し掛かっているのだぞ。分かったな」


 騎士は首を痛める事を考慮しないような速さで、コクコクと首を縦に動かしていた。

 真田は騎士の態度に一応の納得が得られたのか、直槍を亜空間内に収納した。

 恐怖で顔を引き攣りながらも騎士は、上に乗っかっている相棒の騎士を乱暴に退かし、一刻も早くこの場から立ち去ろうとしたが、


 「違うぞ。お前が行くべき場所は自分の詰め所では無く拘置所だ」


 突如、上から浴びせられた冷たい一言に騎士の行動は停止した。

 恐る恐るとゆっくりと視線を上げると、そこには見知った人物が立っていた。

 自分達の隣の範囲の巡回を担当する隊の隊長であるケンタロウス族のベイカーであった。

 騒ぎを聞きつけてきたのか、後ろには部下の騎士達が控えていた。

 騎士を見下ろすベイカーの瞳は、同僚としてでは無く犯罪者を見るような冷たさが宿っていた。


 「随分と傍若無人な立ち振る舞いをしたな。何故このような行為に至ったのか、取り敢えず詰め所でじっくりねっとりと聞いてやるからな。‥‥‥連行しろ!!」


 「「「はっ!!!」」」


 後ろに控えていた部下の騎士達は、無駄の無い機敏な動作で持っていた紐で後ろ手に縛ると、横暴な振る舞いをしていた2名の騎士と自分達の詰め所へと向かった。

 ベイカーは無事に連行していくのを見ると、真田の方へと近づいた。


 「お前は確か、‥‥‥サナダだったな。すまないな、本来なら同じ騎士である私達がしなければならない事を、お前にさせるような事をしてしまって」


 「私は別に気にしていまから構いませんよ。寧ろ私より先にあの露店の店主に謝罪をした方が良いと思いますよ。実害を被っているのは彼ですし」


 「そ、そうだったな」


 ベイカーは慌てて酔っ払い騎士が絡んでいた露店の店主に向かい、騎士の行為に対して謝罪と厳罰を下す事を約束をした。

 店主は事を大きくしない事を約束し、ベイカーは詫びなのか自腹でカッペを3枚買い、店を後にした。

 ベイカーはアランを引き連れて真田の方へと戻り、詫びの意味なのか買ったカッペをアランと真田に渡しながら。


 「今回は本当にすまなかったな、2人共。本来ならあってはいけない不祥事の対処させるようなことをさせてしまって」


 「別に構いませんよ、民衆を守るのに騎士や冒険者もありませんから。‥‥‥ところでベイカーさん、ここ最近の騎士の質が落ちていると思いませんか。ギルト内でも度々噂として流れていますよ。俺も全部は知りませんが、少なくとも陛下の膝下である帝都では、前はあのような粗暴な騎士は居なかったと思いますが」


 アランの疑問にベイカーは物凄く言い難そうな表情をした。隊長として秘匿すべき情報というよりも、周知の事実同然なのだが態々言うべきなのか迷っているのだ。

 それを知らないアランは言えない事を聞いてしまったのかと、表情を曇らせた。


 「言えない事だったら、無理にとは言いませんが」


 「そう言う訳では無いけど。‥‥‥‥‥‥まぁ、いいわ。貴方達を信頼して疑問に答えるけど、この事は他言をするような事は止めてね」


 真田とアランはベイカーから何かを感じ取ったらしく、真剣な眼差しで重々しく頷いた。

ベイカーは真田とアランに聞き取りやすくする為に、馬が休むように両足を曲げ胴体を地面につけ真田たちと目線を調整すると、周囲に聞こえないように小声で話し始めた。


 「近年、騎士団の方針が変わって人員を増員することなったの。その方針に従い入団条件を幾分か緩和し、騎士の増員に図ったのよ。人が増えればそれだけ新人教育を行き渡せられる事が困難になり、結果的に質が低下しあのような騎士が出てくる事となったの」


 「それは結果的には失敗なのでは。あの騎士のように民を守るべき騎士が民を傷つける事態になっていますし」


 アランの素直な疑問にベイカーは教師のようにやんわりと指摘した。


 「それはそうかもしれないけど、戦いにおいては質もそうだけど数も重要な要素よ。出来る範囲が広り、戦術の幅が広がる。結果的には仲間達の損傷は軽減される。それは決して失敗では無いわ」


 アランは頭では理解したが感情が納得していないみたいで、頬を冬眠前の栗鼠のように膨らませていた。

 ベイカーはしょうがないなと苦笑し。


 「現騎士団長であるヘニング団長の強力な推進によって、この方針が推し進められているから、細かい所は現場の方で何とかやりくりしていくしかないさ。まぁ、普段の討伐任務に比べれば遣り甲斐のあるものだから、苦では無いわ。‥‥‥ただ、まぁ」


 虚空に視線を移したベイカーは目を細めた。

 それは大事な何かを思い出すかのように見えた。


 「前騎士団長であったロヴェッタ団長だったら、同じような事をしても此処までの風紀の乱れは無かっただろうな」

 

 ベイカーの哀愁が漂いしみじみとした言葉に、何故かアランは俯いていた。

 真田には拳を強く握り奥歯を強く噛み締め、何かに耐えているように見えた。


 ベイカーと別れた2人はそろそろ夕食の時間だと思い、解体の依頼をしていたグランドゥセールの肉を引き取りに、アヴェドギルトへと向かっていた。


 「アランさんはグランドゥセールの肉はどうやって調理しますか」


 「そうだな。奮発して良質の香辛料を振りかけて、焼いて食べるのもいいな。それか、さっき食べたカッペにして食べるのもいいな。量が多いからどう調理しようか悩むぜ」


 まだ見ぬグランドゥセールの肉に思いを寄せていた。

 ツキノクマに渡すと約束したとはいえ、6頭分もあるので多少のお裾分けを期待しないのは無理が無かった。

 2人で肉料理について談義していると、不意にアランの言葉が止まった。

 首をかしげる真田が視線を辿ると、数人のアランとほぼ同世代の少女が、楽しそうに談笑しながら前から歩いていた。色々とオシャレをしたい年頃みたいで、帝都で流行している服や指輪やネックレスを着飾っていた。

 合点がいった真田はアランに語り掛けるように、静かに呟き始めた。


 「やはり憧れますか、あのような姿に」


 アランは少女達から視線を外すと、何も言わずに遠い所を見るような細い目で見た。


 「憧れて無いと言えば嘘になるな。俺は今はこのようなだが、もし『あれ』が無ければそのまま成長し同年代の子とあのように楽しくお喋りしている光景を、思わず思い浮かべてしまう時がある。‥‥‥しかし」


 そして何かを睨み殺すかのような鋭い眼光を瞳に宿し、拳を固く握りしめた。


 「俺にはやるべき事がある。たとえどんな事を犠牲にしても成し遂げないといけないものが。その為に俺は生きているんだ。‥‥‥だから」


 アランは身体を小刻みに震わせ、奥歯を噛みしめて俯いてしまった。

 それは未だに見知らぬ敵への怒りや憎しみに打ち震えているのか、それとも何も出来なかった無力な自分への悔恨なのか、それとも別のものなのか、はたまた両方なのか。

 振るえるアランを見ている真田には、その区別がつく事は無かった。

 雰囲気が再び悪くなってしまい、どうしたものかと真田が困った顔で周囲を見渡していると、ある物を見つけた。


 「アランさん、ちょっと待っていて下さい」


 そう言うと真田はあるものが売っている露店へと駆け寄った。

 それは月や花を模った木製や金属製の指輪、リング、ネックレスなどを販売し、移動性を重視した簡易設備で展示している女性向けのアクセサリー店だった。

 真田は一通り商品を観察するように見渡すと、決まったのかある商品を指を指した。女性店主に商品の値段の金額を渡して受け取った。

 それは茶色の紐で通した銀色の三日月のネックレスだった。

 アランは真田が持っている三日月のネックレスを不思議そうな目で見ていた。


 「お前それを買ってどうするんだよ。それから魔力を感じないから魔術工芸品(アーティファクト)の類では無いのだろ。戦闘に役に立たない只のネックレスを一体どうするんだよ」


 「それはこうするんですよ」


 真田はアランに近付き、買った三日月のネックレスを首に掛けた。

 その行為は泣きじゃくる子供をあやす親のかようにあまりにも自然すぎて、ネックレスをかけられたアランが何も反応を起こせずにいた。

 数秒後、我に返ったアランは徐に三日月のネックレスを手に取り、穴が開くほどまじまじと見ていた。


 「こ、これは‥‥‥」


 「オシャレですよ、オシャレ。別に他人から見える範囲で着飾る必要も無いですし、見えない範囲ですれば、誰かに気付かれる事も無いですよ。万が一気付かれたとしても、誰も見破る事は出来ませんよ。私が前に居た国では、男性でもネックレスをしている人は大勢いましたし」


 隙の無い戦術を思いついたかのように、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 真田の理論にも一理はあった。

 人は認識の殆どを視覚に頼っている故に、見えなければないのも同然だと思ってしまうのだ。

 だからなのだろう。

 アランの様子がおかしい事に気付くのが遅れたのは。


 「あ、あら? 大丈夫ですか、アランさん」


 真田が気付いた頃にはアランの顔は茹で蛸のように真っ赤になっていた。

 真田の声が聞こえて無いのか、ネックレスから視線を外そうとはしなかった。

 しかも。


 「ネックレス、かけられた。ネックレス、かけられた。ネックレス‥‥‥」


 熱に魘されたかのように誰にも聞こえない小声で呟いていた。

 傍から見れば危険な薬を服用している人間のように見えていた。

 真田は異様なアランの様子に危機感を感じ取り、


 「アランさん、アランさん。だ、大丈夫ですか!!??」


 現実に引き戻すかのように大声で叫び、脳をシェイクするかのように肩を大きく揺さ振った。

 何度か揺さぶれた事で、思考回路が正常に戻ったみたいらしく、アランは漸く真田に視線を合わせた。


 「さ、サナダ‥‥‥」


 真田も普段に戻ったと一安心し、声をかけようと口を開こうとしたが。

 ボンッ!!と、音が鳴るかのように一瞬にして再びアランの顔が林檎のように真っ赤になった。何か言いたそうに口を開けているが何を言っていいのか分からず、唇を上下に動かすばかりだった。


 「(えっ、ええ!? なんで、なんでだよ。何も俺はしていないのに)」


 目まぐるしく変わるアランに真田は混乱の途についていた。

 事態の脈絡が全く分からないのだ。

 真田にとってはサッカーでゴールキーパーが遠くでボールを確認したら、何時の間にかゴールされたかのような事態が起きていたのだ。


 「(そりゃあ、ネックレスをいきなりかけられたら驚くかもしれないが、アランの表現は明らかに度を越したものだ。何故そんな事になるんだ?)」


 真田は事態の解決への糸口にと、何とか状況把握に努めていた。

 しかし情報が少なすぎて鎮静化への有効な手立てを出せず、思考をループさせるのが限度だった。

 だがそれを打ち破る事態が発生した。


 「サナダ」


 耳を澄ましてようやく聞き取れるだけのアランの声が聞こえたのだ。

 真田が聴覚の神経を総動員し、一字一句聞き逃さないようにしていると。


 「少し、考えさせて!」


 と、少し早口で言うと脱兎の勢いで何処かへと走り去っていった。

 意味が分からずポツンと1人残された真田は、人混みに消えて行ったアランを見る事しか出来なかった。


 「(ネックレスを貰うだけでも考えなければいけない事なのか。日本に居た時も感じたが此処は異世界だから、俺が知らない規則があるかもしれないのか。‥‥‥変なルールだな)」


 真田は改めて此処が自分の常識が通じない場所である事を再認識した。

 此処に何時までも居ても仕方が無いなと思い、予定通りにグランドゥセールの肉を引き取りにアヴェドギルトへと向かった。

 故に。

 行き交う人々に紛れ真田を親の仇を見つけたかのような鋭い目で睨み付けている人物の存在に気付く事は無かった。


 アヴェドギルトでグランドゥセールの肉を引き取った真田は、白い袋を背負ったままツキノクマに戻って来た。

 1階の食事スーペスでは看板娘のアンナが、机を布で拭いていた。

 

 「アンナさん、これが前に言っていたグランドゥセールの肉です」


 手を止め覗き込んだアンナは、中身を確認しようと中を覗き込んだ。

 グランドゥセールの6頭分の肉の量が、予想以上の量に驚きの色を示した。


 「結構な量がありますね。肉屋に売ったら結構な金額になりそうなまで。‥‥‥お父さんから聞いた時は冗談かと思いました」


 「冗談とは心外ですね。ある程度の約束は守ると自負していますから、必ず持ってきますよ。‥‥‥で、この通り持ってきましたので、美味しい肉料理お願いしますよ」


 アヴェドギルトにも来ておらず途中で合流すると思い、探索範囲を最大限にまで広げて宿に戻ってきたが、1度も引っ掛かる事は無かった。


 「分かっていますとも、お父さんが腕に縒を掛けて美味しい料理を提供しますよ」


 父の腕前に絶対の自信があるのか、笑顔のアンナの表情には迷いなど微塵も感じられなかった。

 真田は零れないように袋の口を閉めながら。


 「ところでアンナさん、アランさんは此方に戻ってきていますか」


 「ええ、戻ってきていますよ。それがどうしたのですか」


 「ああいや、肉を引き取り行く途中でいきなり走って行ってしまい、そのまま別れたままだったので、

何処に行ったか気になって」

 

 言葉が引っ掛かりアンナは怪訝な面持ちで聞き返した。


 「いきなり走って行った? 何か喧嘩でもしたのですか」


 「まさか、仲は良好ですよ。喧嘩では無くオシャレについて話していたら、訳の分からないまま走り去ってしまって、そのままなのです」


 「それは変ですね。オシャレなんて軟弱というような人では無いと思うのですが。‥‥‥私の方から其と無く聞いておきましょうか。何も関係の無い第3者の方が言いやすいと思いますし」


 「それには及びませんよ。これぐらい出来なければ、チームとしてやっていけませんよ。私の方から聞いておきますよ」


 「そこまで言うのでしたら私は何も言いませんけど、そのまま喧嘩別れだけは止めて下さいね」


 アンナの懸念が分かっているのか判断が付かない程に真田は気楽な口調で。

 

 「分かっていますよ」


 真田はグランドゥセールの肉が入った袋を厨房の入り口に置くと、夕食までの時間を潰そうと自身の部屋の鍵を受け取り戻って行った。

お酒は20歳から。

お酒のタクト君の感想は良いお酒を知っているとありますが、中世ヨーロッパ並の文明でしかない世界で、あらゆる技術が発達している現代並みに美味いというのは考えたら変ですのであのようなものになりました。


誤字脱字がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。

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