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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第4章 フィルド帝国
39/65

第38話 初心者講習 1日目昼~2日目昼

 真田とアランのコンビは、即席ながらもそれなりの動きで、ゴブリンを撃破していった。真田がアランのフォローに徹していたともいうが。

 突然のゴブリンの集団の襲撃は一先ず収束した。

 だが真田たちにはやらねばならない事がまだ残っていた。

 そう、昼食を食べていなかったのだ。

 朝食同様、昼食を食べなければこの後の行動に支障が出てしまう。またスープが入っている鍋が片付けられずに、次の場所へと移動が出来ないもあった。

 運動して小腹が空いた真田はアランと共に食事場所に戻っていると、1人の男性がそれを遮った。

 ボルジャーだった。

 何故か腕を組んで無意味に尊大な態度を取っていた。


 「お前は一体何をしている。臆病者のお前には戦いに参加しろとは言ってない。それなのに何故ここにいるんだ」


 「それはアランさんが危険だったので、助けに入ってそのまま戦いに参加しました」


 「‥‥‥それは本当か、アラン」


 「ああ、確かにサナダは俺の背後を狙ったゴブリンを倒してくれた」


 ボルジャーは真田とアランを交互に見ると、嘲笑うかのような皮肉な笑みを浮かべた。


 「ゴブリン如きの下級魔物に後れを取った上に、臆病者のサナダに助けられるとはな。‥‥‥アラン、ズィーベンのランクを返上してもう1度、アハトからやり直した方が身のためだぜ」


 反論を許さずに好き勝手な事を言ったボルジャーは、昼食場所へと戻って行った。


 「な、何なんだあれは。あれが一緒に戦った仲間への態度か!?」


 アランはボルジャーの態度に不快感を露わにした。

 別にアランはと感謝の言葉を言って欲しい訳では無く、同じ冒険者の礼儀としてただ単に労いの言葉が欲しかっただけだったからだ。

 そんな事を意に介さずに、真田は特に深く考えずに口を開いた。


 「悔しかったじゃないんですか。倒したゴブリンの数で負けてますし」


 真田の言った通りだった。

 真田とアランの即席コンビのゴブリン撃破数は、ボルジャー率いるチームシュキーンの撃破数を上まっていた。

 真田は、更にと付け加え。


 「ゴブリンから負った傷の程度の違いもあるでしょ。私達はほぼ無傷ですけど、彼らはアシュレイさんの世話になる程に傷を負っていますから」


 「なるほどねぇ」


 その言葉が指すように、ボルジャーのチームメートであるマクシムとジャコモは、アシュレイの回復魔法を受けていた。

 あの乱戦で真田はマントにほつれなど見えず、アランは服が少し切れた程度で傷そのものは負っていなかった。

 だがボルジャー達はそうはいかなかった。

 身体に傷を負いながら、がむしゃらにゴブリンを殺していた。

 これは戦い方の明確な違いだった。

 ボルジャー達はチームと言っても、お互いをフォローし合うチーム戦では無く、各々が自分勝手に戦うソロの人間が3人集まっただけであるのに対して。真田とアランはフォローし合いながら、ゴブリンを効率よく撃破していった。

 低ランクの魔物相手でも乱戦になれば、ボルジャーのような新人に毛が生えた程度の冒険者ならば、それが普通だった。

 寧ろ真田とアランのように無傷に近い状態で、勝利を収める方が異常だった。

 それがボルジャーの冒険者としてのプライドを刺激した。

 両方とも自分より低ランクで、しかも片方は自分が臆病者と馬鹿にしていた真田だ。

 冒険者として自信をつけていたボルジャーにとって、これ以上の無い屈辱だったのだ。

 真田は面倒臭いなとボヤキながら、昼食場所へと戻って行った。

 鍋は火をかけっぱなしで多少は底に焦げ付いたが、温かいままだった。

 しかし地面に置いたスープ皿の方はそうはいかなかった。

 ゴブリンの襲撃に気を取られスープ皿の事等、すっかり忘れていたので蹴飛ばしたのか引っ繰り返っているのが殆どだった。

 戦いから戻って来た順に、女性が再びスープを注いでいた。

 オークランドやズワールトのメンバーは、周囲に魔物が居ないか警戒に当たっていた。

 真田は落ちていた自分のスープ皿を拾うと、女性に注いで貰い、アランの隣に座った。

 アランは戦いに邪魔だと脱いだマントを羽織っていた。

 待っている間に真田は、布の袋で偽装した亜空間から先日『ミートイッティング』で買った保存食の燻製された豚肉1個を取り出し、キャンプ専門店で買った銀色の刃渡り約15cmの半波型のサバイバルナイフを取り出して、食べやすいサイズに数枚スライスした。

 少しすると回復魔法を受けていた、マクシムとジャコモが戻り、最後のアシュレイも女性からスープ皿に注いで貰い、地面に座った。

 それを見ていたオークランドを皮切りに、ズワールトのメンバーがスープで満たされている器の前に座っていった。

 オークランドは見回して全員がいる事を確認して、重々しい口を開いた。


 「一先ずご苦労だったな。襲撃で欠員が出なくて俺としても嬉しいぞ。‥‥‥では、昼食を始めようか」


 オークランドは目を瞑って、胸の前で手を組んだ。

 それに倣い真田以外は全員、自分が信仰の対象の神への祈りをしていた。

 祈る神が居ない真田は形だけでも真似をしておこうと、アランと同じ格好をした。

 食前の祈りを終えたアランが見えたので、真田も格好をやめて昼食を始めた。

 昼食といっても簡単なもので、スライスをした豚肉数枚とスープしかなく、ものの数分で終わった。


 「(仕方が無いか、野宿なんてそんなものだからな)」


 香ばしい臭いとそれから発せられる漫然とした空腹感を思い込みで、何とか真田は誤魔化そうとしていた。

 食事を終え食器を川で洗おうと立ち上がろうすると、焚き火に手を伸ばそうとしているアランが見えた。

 真田がその先にみると、約30cmの鉄の櫛に刺さった肉のブロック数個が焚き火を囲うように地面に刺さっていた。

 ズワールトのメンバーが襲ってきたゴブリンの死体から食用部分を取り出し、参加者にと振舞ったのだ。

 アランは櫛の熱さに気を付けながら、その中の1つを手に取ると口を大きく開けて、獣ようにカブリと豪快に噛みついて肉を強引に引き千切り、口をもごもごと咀嚼していた。

 その表情は幸福に包まれており、まるで天国にいるようなものだった。


 「アランさん、美味しいですか」


 「美味しいに決まっているだろ。疲れてお腹が空いているのに、スープと肉の保存食数枚だけなんて拷問だろ」


 「それは理解できますが。‥‥‥何はともあれ食べ過ぎないように、太りますから」


 その真田の一言に何故か雷に打たれたかのような衝撃を受けて、アランは目を見開いて固まってしまった。

 顔には冷や汗が流れ視線は相変わらずゴブリンの肉から離れていないのだが、口が一切動こうとしなかった。

 アランの中で余程の葛藤が起きているのか、その激しさを表すかのように身体が携帯のバイブレーションのように小刻みに動いていた。

 真田はアランの様子にやってしまったと困った顔になり、逃げるように川に向かった。

 川の水で汚れを落とし、亜空間から青と白の容器に入った除菌効果があるウエットティッシュ1枚を取り出し食器を拭いた。

 そんなに汚れを気にする方では無かったが、ここ最近どうしても汚れが気になるようになり、こうやって食器類を除菌効果があるウエットティッシュで拭かなければならなくなった。

 綺麗にした食器は周囲から見られないように、マントで隠して亜空間に収納した。

 川から離れる時に入れ替わりに、食事を終えたオークランド達が来た。

 オークランド達も真田と同様に川の水で食器を洗っていた。

 違いを挙げるのならば除菌効果があるウエットティッシュでは無く、ただの布で拭いているぐらいだった。

 鍋などの道具類は準備したズワールトのメンバーが片付けるので、特にする事の無い真田は少し離れた場所で風に当たる事にした。

 そよ風程度だがそれでも冷たいと感じる風に、目を閉じて気持ちよさそうに当たっていた。


 「(気持ちいいな。‥‥‥しかし、この世界に来てから、こうやって風に当たる時間が極端に少なくなったよな。何でだ?)」


 真田は色々な規則に縛られていた日本に居るよりも、自由な時間が減っている事の原因を探ろうとしたが、折角の良い気分が台無しになると考え、思考を放棄した。

 自分の感覚を研ぎ澄ませ風を堪能していると、背後から人の気配を感じた。

アランだった。


 「真田、何をしている。片付けが終わったからそろそろ出発するぞ」


 「はい。分かりました」


 真田は振り返って昼食場所へと戻ろうと、アランの横を通り過ぎようとしたら。


 「助けてくれて、ありがとうな」


 真田しか聞こえないような小さな声が届いた。

 真田が驚いた表情で声がした方を見ると、其処には耳まで真っ赤にしたアランが居た。

 声をかけようと真田が口を開く前に、あまりの恥ずかしさに耐え切れなくなり、脱兎の勢いで昼食場所へと戻って行った。

 取り残され少し固まっていた真田は、純粋に楽しそうに微笑むと歩くのを再開した。

 真田が昼食場所へと戻ると、鍋やその土台は片付けられ、焚き火は万が一周囲の草に引火しないように水が撒かれていた。

 アランも含めてボルジャー達は、何時でも出発が出来るように布の袋を背負ったり、防寒具のマントを羽織ったりしていて準備は終わっていた。

 オークランドは真田が来たのを確認すると。


 「これより川に沿ってノーウェイの森に入る。森に入れば先程のように魔物の襲撃が起きる可能性が高まる。これからは気を引き締めて歩くように、出発!!」


 ユミルを出発した時と同様にオークランドが先頭で、ボルジャー率いるチームシュキーン、アシュレイ、アラン、真田とチームズワールトと続き、ノーウェイの森へと向かった。



 出発してから数時間後。

 途中、昼食時の血に(まみ)れた出来事は無く、順当に真田たちはノーウェイの森に到着した。

 真田の前には1本1本が真田の数倍もある樹が、正確な面積を割り出す事を阻害するかのようなまでに広がっていた。

 帝都南から西南部に広大に広がる森で、今の冬の時期には地面に落ち葉が落ちている筈なのだが、ノーウェイの森には落ちている様子は無く一年中緑が茂る常緑樹が広がっていた。

 鬱蒼としている訳では無いが、かと言ってカドモニアの森のように陽光が充分に地面に届いていなかった。

 帝都から比較的に近く森でゆっくりとしていても日帰りで帰れる距離で、出現する魔物も新人のランクであるアハトの冒険者でも対処可能な下級レベルが多く生息している。

 その為、アハトからズィーベンまでの魔物の討伐はノーウェイの森とエーベネ平原が中心だ。

 ノーウェイの森を縦断するかのように帝都から南の都市ミニュノへと通じる街道が整備されているのだが、今回はそれを使わずに獣道から入るらしい。

 オークランドは後ろで立ち止まっている真田達へと振り返った。


 「これよりノーウェイの森に入る。目的地はノーウェイの森にある野営地だ。‥‥‥此処に何度も入った奴も分かっているだろうが、森の中は魔物の巣窟と化している。いつ何時、何が起きても不思議では無い。皆気を引き締めて、森の中を歩くようにっ!」


 オークランドの気の張った激しい忠告に、アラン達は真剣な表情でコクリと頷いた。

 真田は呑気に話半分聞いて、樹の様子を見ていた。


 「では、出発する!」


 その言葉を端に発し、真田たちはノーウェイの森に入って行った。



 真田たちの頭上に広がる緑の屋根には、所々穴が開いているのでそこから差し込む柔らかい陽光が地面を照らしていた。

 本格的な寒さが到来し冬籠りをしているのか、何時もなら透き通るような綺麗な鳴き声を披露する百舌鳥(もず)や雀といった鳥類が、鳴いていないどころか飛んですらいなかった。

 時折吹く風に揺られた葉の波音が響く森の中を真田たちは、地面に露出した根に足に取られる事無く、野営地に向かって問題なく進んでいた。

 ノーウェイの森に入って数時間後。

 真田たちは無事に野営地に到着した。

 日もすっかりと暮れ、夕日が薄っすらと森に差し込むぐらいで、間もなくしたら漆黒の(とばり)が下りようとしていた。

 野営地は川の近くの開けた場所で、真田たちが動いても窮屈さを覚えない広さだった。

 川の近くには焦げた薪が密集されて置いてあった。如何やら前回の初心者講習で使った物みたいだ。

 オークランドは川を背にして、真田たちを一旦座らせた。


 「さて、無事に野営地に到着し、今日は1日ご苦労だったと言いたいところだが。君達にはもう一仕事をして貰う。それは見張り用の焚き火に使う枝を拾って来て貰う」


 休めると思っていたアラン達は、露骨に嫌な顔をした。

 アラン達の反応を見て、オークランドは愉快そうに口元を浮かべた。


 「お前らが別に構わないと言うのなら、私は一向に構わない。薪は調理用ぐらいしか持って来てないから、寝る時が大変だろうな。お前らも知っている通りノーウェイの森は魔物の巣窟だ。来た時は運良く会わなかったが、夜になるとどうだろうな。昼よりも夜行性の魔物は多いから、襲撃される頻度は多くなるだろ。それに夜は帝都のように多少の明かりがある訳では無い完全な闇だから、暗闇でも自由に闊歩できるアイツ等に有利に働くだろう。‥‥‥ああ、目を閉じれば浮かぶな。休んでいるお前達が闇夜から襲い掛かる魔物達の手によって、1人また1人と犠牲になっていくのを」


 情緒たっぷりに天を仰いで感慨深く言うオークランドが視線を元に戻すと、そこに苦笑を浮かべている真田しか居なかった。

 想像しなかった事態にオークランドは目が点になっていた。


 「他の奴らはどうした、サナダ」


 「皆さんなら、教官の脅迫めいた言葉に表情を引き攣らせて、慌てて枯れ枝を拾いに行きました」


 「そうか。では、お前は何をしている」


 「慌てて行く皆さんに付いて行けずに、出遅れたのです」


 「なら」


 「はい、薪を拾いに行ってきます!」


 真田は地面を強く蹴って、勢いそのままに林の中に消えて行った。

 オークランドはその後ろ姿に、落胆するように肩を落とした。



 真田は薄ぼんやりと見える地面に落ちている枝を、目を凝らしながら拾っていた。

 既に何本か拾っているのか、左手には太さも長さもバラバラな枝を持っていた。


 「(本当に雨が降る前に初心者講習があって良かった。濡れた枝は使い物にならないから、危険な闇夜の中を手探りで探さなければいけないからな)」


 真田はぼんやりと考えながら、足元に落ちている細い枝を拾った。

 それから十数分後、それなりに薪拾いが慣れている真田の脇には、抱えられるだけの枝が有った。

 真田はふと自分の右手を見た。

 先程までしっかりと輪郭が見えていたのだが、今では輪郭がぼやけ闇に溶かされそうになっていた。

 周囲も同様に境界が曖昧になっていくのが見えた。


 「(ここら辺が潮時か。暗闇の中でもある程度目が利くから大丈夫とは思うけど。遅くなったら、色々と面倒臭くなるからここら辺で切り上げるか)」


 真田は枝拾いを止めると足元に気を付けながら野営地に向かった。

 野営地には既にアラン達が来ており、その脇には真田と同じ位の量の枝を抱えていた。

 ズワールトのメンバーが、昼食同様に鉄の棒での土台に鍋を沸かしていた。

 オークランドは真田たちが揃ったのを確認すると、自分の近くを指で指して。


 「お前達、ご苦労だった。拾ってきた枝を此処に置いてくれ」


 真田たちは拾ってきた枝をオークランドの近くに置くと、適当に鍋を囲むように座って行った。

 真田たちが深い皿を取り出すと、再び女性が量が均一になるように、鍋の中のスープを注いでいった

 スープ皿に入っているのはオレンジ色をした粘性が高いドロっとしたスープだった。

 真田が皿を近づけて、嗅ぐとカボチャの匂いがした。

 今晩のスープは如何やらカボチャスープらしい。

 全員にスープが行き渡り、食前の祈りを済ませ、夕食が始まった。

 真田は料亭の料理長が味見をするかのように、カボチャスープにほんの少し口にした。


 「(確かに慣れ親しんだカボチャの味だが、日本で感じた甘味が無いな。やはり材料は原種のカボチャという事か。これじゃ日本では受け入れられない味だな)」

 

 真田は日本で味わったカボチャの味に思いを()せていた。

 此方のカボチャと日本で流通しているカボチャに差が出るのは致しなかった。

 日本で流通しているカボチャは、消費者の口に合うように品種改良されてきたものだ。

 そもそも真田が日本で食べてきた料理は、連綿たる歴史に蓄積されたデータを元に、豚や牛などに与える家畜の餌の向上。その餌を育てる土壌の改良などの食材に関連するであろう項目の改良を日進月歩で行い、その完成品を市場に送り出し、消費者に提供してきたものを使っている。

 その土台となっている材料の品質の高さを取っても、この世界のものとは差が歴然としていた。

 真田がカボチャスープを啜りながら、野菜の品種改良にはどうしたらいいかと考えていると、横の方から何か話し声が聞いてきた。

 ボルジャーが如何やらマクシムとジャコモに話しかけているみたいだ。


 「そう言えば、『あの噂』を聞いたか」


 「『あの噂』?」


 「2.3週間前だったか。テラン王国の老将軍フェルデンに率いられた精鋭部隊のカドモニアの森への侵攻が、たった一人の剣士によって阻まれたという噂」


 「ああ、それ聞いた事があるぜ。銀の髪をした男がエルカナ王子とテラン王国随一の槍の名手である白銀のフェルデンを殺したという噂だろ」


 「ああ、しかもそれを聞いた王様が大激怒して、その男の首に莫大な懸賞金をかけたらしいぜ。‥‥‥その莫大な懸賞金につれられて冒険者たちが、探しているらしいぜ」


 真田はスープを啜るのを止めて、会話を注意深く聞いていた。

 聞いていたジャコモがボルジャーとマクシムの会話に入った。


 「確か漆黒の鎧を着た銀の長髪の男だろ。本当に居るのかそんな奴。俺も帝都で色んな奴を見たが、銀髪の奴なんて見た事も聞いた事も無いぜ」

 

 「でも、言っているのが1人2人かじゃない、その戦争に参加した大勢の冒険者が言っているんだ。居るだろ。‥‥‥俺は世界に数人しか居ないランクアインスの冒険者じゃないかと、睨んでいる」


 「ええっ、世界各地を放浪している凄腕の剣士じゃないのか!? 俺はそう聞いたぜ」


 「そんな訳無いだろ。仮にそうだとしたら、何故そいつの噂話が他に一切無いんだ。噂が無いって事はそいつが居ないって事だろ。だからランクアインスの冒険者だろ」


 「何言ってんだてめえは。ランクアインスの冒険者だったらギルトが何も言わないのは変だろ。言わないって事はギルトが分かっていないって事だろ。そんな事も分からねえのか」


 ボルジャー達が根拠の無い事を言い争いが、周囲にも伝播し参加者達が自分の考えを元に銀の髪の男について推察していた。

 ここがノーウェイの森という事を忘れさせるほどまでに、野営地は一気に騒がしくなった。

 話し込んでいる他の参加者達を見ていたアランも我慢できなったのか口を開いた。


 「サナダはどう思う。ギルトで聞いても曖昧な事しか聞けなかったから、俺も放浪している凄腕の剣士だと思うな」


 アランの疑問に、渦中の人物である真田は全く知らないと装い、シレッと答えた


 「最大の冒険者ギルトであるアヴェドギルトが何も言ってないとすると、関係する人物ではない可能性が高いですね。となると各地を気儘に放浪する剣士と考えた方が、自然ですね」


 「やっぱりお前もそう思うか。テラン王国軍をたった1本の剣で食い止めるとは一体どんな人物なんだろうな」


 「別に高尚な人間ではなく、何処にでもいるようなただの剣術馬鹿じゃないんですか」


 思いを馳せるアランに冷や水を浴びせるかのように、真田は身も蓋も無い事を言った。


 「何でそう思う」


 気分を害されたのかアランの口調は、相手を押し除けるような冷たいものだった。

 そんな事は一切気にせずに、真田は淡々としていた。


 「考えてもみて下さい。正規軍を相手にするという事は国そのものに喧嘩を売る事なのですよ。放浪しているのならば、それがどういう事になるのか十分に認識できた筈。現にその銀髪の男には莫大な懸賞金がかかったじゃないですか」


 「それもそうだが」


 「だから単なる剣術馬鹿な人物と考えたのですよ。‥‥‥馬鹿すぎて自分の信念を変えれずに、困っている人達を見捨てられずにテラン王国に喧嘩を売った大馬鹿者ですよ」


 なんだか妙に説得力のある言葉に、アランは押し黙った。

 そして脳裏に浮かんだある疑問を真田にぶつけようとしたが、その前にオークランドが口を開いた。


 「皆、そこまでだ。 銀髪の男はどうしても気になると思うが、今は初心者講習に集中してくれ。講習は今日から始まったばかりだ。気になりすぎて怪我でもしたら、笑い話にもならんからな」


 オークランドの風船のような軽い口調に、そこかしこからクスクスと忍び笑いが零れ出した。

 それからは誰も会話をせずに、黙々と夕食のスープとスライスした保存食の肉数枚を食べた。

 夕食を終え、食後の余韻に浸っている全員に向けてオークランドが言葉を放った。


 「さて、これからの事を皆に伝える。私を含めて皆で初心者講習の間は2交代で、夜通しで見張りをして貰う。見張り役のチームだが、お前達に任せると決めるのに時間がかかると思い、私の方で独断で決めた。‥‥‥チームシュキーンとアシュレイ、アーガトン、ジェレミーが最初の見張り役のチーム。次にアラン、サナダ、ハンゼル、ジョアンナ、そして私が次の見張り役のチームだ。基本的にはこの2チームが交代で見張りを行う。‥‥‥分かったなっ!」


 オークランドの念の押しように、アラン達は引き攣った顔で小刻みに頷いていた。


 「よしっ、なら良い。いったん解散するが、その後にお前達には協力してテントを立てて貰う。テントに関してはアーガトンとジェレミーに聞いてくれ。‥‥‥なに、簡単に組み立てが出来る簡易型のテントだ。協力すれば直ぐに終わる。では一旦解散する」


 アラン達に圧し掛かっていた奇妙な圧力が解け、安堵の溜め息を吐き、オークランドの言う通りに、チームズワールトのメンバーである赤の瞳の冒険者アーガトンと茶色の瞳の冒険者ジェレミーの後に続いた。

 アーガントとジェレミーがそれぞれの子供が余裕で入るぐらいの大きさの布の袋から、片方にはL字のフック、もう片方にはそれを差し込む穴が開いている長さが約30cmの円柱型の木材を20個、それと長さが5cm程度の鉄の釘を同数程度。また中心に円柱型の木材が糸で繋がれ幾重にも折りたたまれた厚手の布、同じように中心に木材の直径程の穴が開いている普通の厚手の布を取り出した。


 「これらを使って、テントを立てる。時間も無いからさっさと終わらせるぞ」


 微妙にやる気の無い声でジェレミーは、真田たちに円柱型の木材を使ったテントの作り方をレクチャーした。


 それから数十分後、真田の前には高さが約5m半の円錐形の白いテントが聳え立っていた。

 アーガントが出した円柱型の木材を繋ぎ合わせて1つの支柱に仕上げ、布に付いていた木材と合わせて立たせた。

 その際、布が風で靡かないように鉄の釘で布の端を地面に固定させた。

 テントの正面には何とかボルジャーが入れる幅の出入り口があった。

 風除けのドア代わりに、後付けの出入り口の幅より若干長めの白い布が、重し用の石によって固定されていた。

 ジェレミーが言うにはこのタイプのテントは、アヴェドギルトで多く使われているらしい。

 テントを眺めている真田は今までの工程を思い出して、日本での野宿生活に使った広げると独りでに広がる、3~4人用のテントって本当に便利だな感慨深く思っていた。

 焚き火の所で真田たちのテント製作を見ていたオークランドが近付いてきた。


 「(ようや)く出来たか。低ランクのお前達では帝都周辺の依頼を受けているからまだ使わないかもしれないが、ランクが上がるにつれ使う頻度が高くなるからな。今のうちに組み立て方を覚えた方が良い」


 アラン達は首肯とばかりに頷いた。


 「これより先程言った通り、見張り役のチームは焚き火の所で、周囲の警戒に当たってもらう。チームシュキーン、アシュレイ、アーガトン、ジェレミーは宜しく頼むぞ」


 「了解です。教官」


 「残りのメンバーは今から自由時間とする。早々に寝るのも良し、剣の手入れもするのも良し、各自の自由だ。但し起こされる時間は決まっているから、早く寝た方が身の為だ」

 

 言うだけ云うとオークランドは、出入り口の布を捲るとそそくさと中に入って行った。

 ハンゼル、ジョアンナもオークランドの後に続いた。

 最初の見張り役のチームであるボルジャー達は、焚き火を囲むようにして陣取った。

 残されたアランは初めての経験で何をしていいか分からず、所在無さげに立っていた。

 助け舟にと真田がアランに声をかけた。


 「アランさん、教官たちが鎧を脱ぐのにテント使っていますから、焚き火に当たって身体を温めて、時間を潰しましょ」


 「ああ、分かった」


 テントの中が落ち着くまでアランは真田と焚き火の所で、身体を温める事にした。

 それから数十分後。そろそろ頃合いかなと考えた真田は、アランと共に四つん這いでテントの中に入って行った。

 テントの中は焚き火の明かりで薄ぼんやりだが見えおり、中心にはテントを支える柱が存在を示すかのように聳え立ち、地面には厚手の布が引かれていた。

 存外に広く、オークランドのような体格の良い男が6人雑魚寝をしても、余裕があるぐらいだ。

 真田が目を凝らすと支柱の奥には、マントを羽織ったままで大の字になって寝ているオークランドと、左側には同様にマントを羽織ったままでハンゼルとジョアンナが向かい合うようにして寝ていた。また近くには装備品と思われる鎧一式が置いてあった。


 「(あらあら、あの2人ってそんな関係だったのか)」


 ひょんなことから思いがけない情報に好奇心が出そうになったが、何とか抑え込んで後ろにいるアランに振り返った。


 「左側は埋まっていますから、右側の方に行きましょ」


 真田の近くの人にしか聞こえない小さな声に、アランは了解と頷いた。

 先に寝ているオークランド達を起こさないように、細心の注意を図り真田達はテントの右側に移動した。

 移動したのは良いが、ある問題が真田の脳裏をよぎった。


 「(寝る所だが、俺は男と並んで寝る趣味は無いから‥‥‥)」


 真田は割と真剣な表情で、アランの方に振り返った。


 「アランさんはどっちで寝ますか」


 「俺は別に何方でも構わないが」


 「‥‥‥でしたら、私が入口の方で寝ますから、アランさんは右側でお願いします」


 「分かった」


 アランは真田と同じような小さな声で返事をすると、腰を下ろし装備品である鉄製のプロテクターを外していた。

 装備品など一切無い真田はアランから少し離れて、入口付近でそのまま横になった。

 その時真田は寝やすいように、表面中央部に凹みがあるポリエステル製の黒の携帯用枕を人知れずマントから取り出し、床と後頭部の間に滑り込ませた。

 本格的に寝ようとした真田が何気なしにアランに視線を向けると、何やらもぞもぞと身体を動かしているのが見えた。

 薄暗かったのとマントを羽織ったままなので、正確な事までは分からなかったが、胴体部分を触っているように見えた。


 「(何しているんだアランは? 魔力の流れを感じないから、魔術の類では無いと思うが)」

 

 真田は怪訝な目で見ていたが、これ以上人の事をジロジロ見るのは失礼に当たると考え、思考を放棄して眠りに入った。



 真田が眠りの途についた頃、ノーウェイの森の奥深い所を歩いている2人が居た。

 新月で月明かりも無く森には黒の帳が下りて、非常に見えずらい筈なのだが、2人はまるで日が差し込む日中の時のように、その歩きには一切の迷いは無かった。

 1人は碧の瞳に丸眼鏡をかけたショートの金髪。優男風な風貌で防寒用なのか黒のマントを羽織っていた。

 もう1人は褐色の肌にオールバックの赤髪で碧の瞳。前を歩く優男よりも2回り大きく、オークランドに負けない程の筋骨隆々の大男だ。眼光鋭く、見られただけで身体が竦むような剣呑な雰囲気を漂わせていた。

 寒さを感じていないのかマントを羽織っておらず、胴体と脚部を保護する血のような真っ赤な細工が施されていないシンプルな鎧を装着しているだけだった。

 その背中には身の丈もありそうな大剣を、刀身を布を幾重に包んで背っていた。

 大男は目の前を歩く優男を怪訝な目で見ていた。


 「アレックス。わざわざこんな所を歩かずとも、街道を歩けばいいだろ」


 アレックスと呼ばれた優男は、この状況を楽しんでいるかのように朗らかだった。


 「まあまあ、いいじゃないですか。『計画』に何も支障はきたして無いのですから、こうして寄り道をしても大丈夫ですよ、オルグレンさん」


 「それはそうだが」


 アレックスからオルグレンと呼ばれた褐色の大男は、言わんとしている事は分かるのだが、それでも納得できないのか難しい顔をしていた。

 アレックスは朗らかな表情を崩さずに、目的の地へと向かっていた。


 「さあ、楽しい仕事がかの地で待ってますよ」



 真田が眠りに入って数時間後。

 真田は誰かがテントの中に入ってくる気配を察知した。


 「(‥‥‥ボルジャーか。‥‥‥交代の時間という訳か)」


 まどろんでいた真田の思考は、闇夜に光が灯されたかのように鮮明になっていく。

 使用していた携帯用枕が見えないように起き上がると、真田は素早く携帯用枕をマントに入れると同時に亜空間に収納した。

 ジェレミーに言われて嫌々ながらも起こそうと入って来たボルジャーは、起き上がっていた真田と視線が合った瞬間、驚きのあまり腹の底から悲鳴を挙げそうになったが、寸での所で口を両手で塞ぎみっともない悲鳴をあげるのを防いだ

 真田はおもしろ百面相をしているボルジャーに、忍び笑いをしながら寝ているアランに向かった。

 笑われたボルジャーは、屈辱に暗闇の中でもはっきりと分かるぐらいに身体を震わせて顔を赤くしていた。

 真田は背を向けているアランの身体を、起こすように大きく揺らした。


 「アランさん、交代の時間ですよ。起きて下さい」


 「あっ!? ‥‥‥ああ、もうそんな時間か」


 アランは眠たい目を擦りながら身体を起こそうとした。

 しかし突如、アランは関節部を瞬間接着剤で固定化されたかのように固まった。

 そして何故か全身の血液を集めたかのように顔が真っ赤になっていくのが見えた。

 真田は幾ら経っても起き上がろうとしないアランに怪訝な目で見ていた。


 「どうしたのですか、アランさん? 交代の時間ですよ」


 俯いたままアランは物凄く言いにくそうに。


 「手洗いをしてから行くから、先に行っといてくれ」


 「はぁ、分かりました」


 四つん這いになってそそくさとテントから出ていくアランに、真田は首を傾げるばかりだった。

 ジャコモと入れ替わりにテントを出た真田は、オークランド、ハンゼル、ジョアンナが囲む焚き火の所に行くと、開いてる場所に座った。

 少しして真田の耳には、枝が鳴らす軽快な音と夜行性の鳥の重低音の鳴き声が届いていた。

 目を閉じて自然が織りなす心地良いBGMに耳を澄ましていていると、お手洗いに行っていたアランが戻って来た。


 「遅れてすみません」


 アランはそう言うと唯一開いていた川を背にした所に座った。

それから

 真田たちは特に話す事も無く、無言で焚き火に当たっていた。会ったばっかりなので何を話していいか分からないのもあるが。

 暫くしてとうとう耐え切れなくなったアランが、変に重苦しい雰囲気を壊すように口を開いた。


 「なあサナダ。そもそも、何で雑用の依頼ばかりこなしている訳? あの程度のクエストは得られる褒賞金が少ないだろ」


 アランからの思いがけない質問に、真田はただただ苦笑するばかりだった。


 「褒賞金が少なくても依頼する人がいるからですよ。依頼があるから私たち冒険者は現場に行く。これは冒険者において基本ですよ」


 「そうだけど、なんか勿体無くないか。このように外に出て魔物の討伐すれば、余った分を店に売ればその分の儲けも出る。それを同じ店に売り続ければ、最終的には商業ギルトに繋がってくる。薬草の採取を採取をすれば、薬を売っている教会との繋がりを持てる。それらの繋がりがあれば、いつかはその繫がりが自分を助ける事になるんじゃないか」


 「そうでしょうね。アランさんが言った事が実際に正しくて賢明ですね」


 「だろ? だからさ」


 「そのためには、同じように困っている人を見捨てても良いと?」


 真田の指摘にアランは一瞬、言葉が詰まった。


 「彼らだって困っているから、ギルトに依頼を出したんです。日々の生活費を削って何とか私たちに払うお金を用意しているのに、そんな彼らをその先が無いから見捨てろと」


 「そ、それは‥‥‥」


 アランは何を言っていい分からず言い淀んた。

 真田の言っている事は事実だった。

 アラン等の冒険者や騎士団が魔物を討伐するのも、増えすぎたら外で農作業をする農家が困まり。また街から街へと行く行商人が来なくなり、帝都の経済に悪影響を及ぼすかもしれないから。素材の採取も教会が薬品を作る事が出来ないからだ。

それと同じように、真田が最初に行ったベイル家での薪割りは暖炉用の薪が無ければ、厳しい冬を乗り越える事は無かっただろう。城壁の補修工事ではそのまま放置し、壊れた所から魔物が侵入するかもしれない。それも騎士団や冒険者に退治されるだろう。だがその過程で命を落とす人が居るかもしれない、補修をしていれば助かるはずだった命が。

 アランと同様にそこに困っている人が居たから、真田も行ったまでだ。

 ただ違うとすれば目に見えて、自分の将来につながる物が在るか無いだけだ。

 思い悩むアランに真田は気持ちのいい笑顔を浮かべた。


 「悩め若者よ。無理に答えを出さずに大いに悩んで、苦しめ。その悩みや苦しみが成長の糧となり、人生の道標となるぞ」

 

 何だか格言みたいな事を言う真田に、アランは不満を表していた。


 「そう思うが、俺と同じ年齢のお前に言われてもな」


 「‥‥‥それもそうですね」


 今更ながらあるギャップを思い出して、真田は苦笑を浮かべていた。

 漆黒の闇夜を淡く優しく照らす焚き火が、小さく笑う真田と呆れ顔のアランを照らしていた。



 真田たちが見張りをしていて、数時間後。

 東の空に薄っすらとだがオレンジ色の帯が見えて来た。

 それを見たオークランドは真田たちに其々指示を出した。


 「ハンゼル、お前はテントの中に居る奴ら起こしてきてくれ。‥‥‥サナダとアランはジョアンナと共に朝食の準備をしてくれ」

 

 承諾したハンゼルはテントの中へと消えて行った。

 残された真田たちはジョアンナと共に昨日昼食時に使った道具を取り出し、鍋で川から水を汲み朝食の準備に取り掛かった。

 残っていた薪と枯れ枝を使って、鍋の水を沸かしているとテントの中に入って行ったハンゼルが出て来た。

 それに続くように寝ていたマクシム達が、少し微睡んだ目でのそのそと出て来た。

 カバのような大きな口を開けて欠伸をしながら、焚き火の周囲で開いている所に腰を下ろした。

 待つ事、十数分後。

 黄色の固形物を溶かした、コーンスープが煮え上がった。

 ジョアンナが全員に注ぎ分けると、食前の祈りをしてから朝食となった。

 そして全員の食事が終わると、見計らっていたオークランドが口を開いた。


 「さて、今日の行動予定を言っておく。このままノーウェイの森の奥に入って、奥地でモンスターの動向調査をする。‥‥‥何か質問はあるか」


 聞いていた真田たちからは声が上がる事は無かった。


 「朝飯とテントの片付けが終わり次第出発する。‥‥‥最初の見張り役のチームはテントの片づけを、残りは朝飯の片づけをして貰う。‥‥‥では、一旦解散する」


 オークランドからの指示を受けると、真田たちはそれぞれ場所へと行った。

 先日ように川で鍋や食器類を洗って、皿に付いた汚れを落としていた。

 それと同時にボルジャー達はテントを破損させないように気を付けながら、テントの支柱の解体や幕とシートの厚手の布を畳んでいた。

 暫く時間が経ち、野営地にはテントは折り畳まれて無く、水浸しになった炭化した木片が真田たちが居たという形跡を残すばかりだった。

 真田が近くにいたハンゼルに何故テントを直すのか聞くと、置いておくと魔物が壊してしまうからその都度に袋に直していくという答えが返って来た。

 準備を終えた真田たちを見て、オークランドが再び口を開いた。


 「これよりノーウェイの森の奥地に入る。奥地は魔物の遭遇する頻度が高くなる。皆は周囲に気を付けて歩いて貰いたい。‥‥‥では、出発する」


 そう言うとオークランドは森の中へと入って行った。

 その後に続くように出発時と同様の順序で後に続いた。



 歩いていて数時間後、真田は景色が変わってきている事に気付いた。

 空は時折太陽に雲が差す程度で、木々の間から陽光が差し込んで来ていたが。木々が鬱蒼と乱立し、まだ昼前なのに森の中は夕方のような明るさしかなかった。

 動物たちの静かな鼓動の中を、真田たちは幾重にも重なっている落ち葉の上を乾いた音を立てて歩いていた。

 更に数時間後。

 危惧された魔物との遭遇も無く、順調に真田たちはその行程を消化していた。

 間もなく太陽が真南の位置に到達しようとした頃。

 真田は何の前触れも無く、その場に立ち止った。

 その目は前を見ているが、アラン達の後ろ姿を移してはいなかった。

 皮膚から持たされている情報の処理に、全神経を使っていた。


 「(数は8‥‥‥9‥‥‥10。‥‥‥囲まれている? 中心の2が囲まれ、その周囲を残りの8が囲んでいる状態か。周囲の8は殺る気満々で、中央の2はギリギリみたいだな。焦りを感じている。‥‥‥助けに行くべきだろうか)」


 判断がつかない状況で、真田はどうするべきか迷っていた。

 真田は周囲に放つ探査網のお蔭で、何度も助かっていた。

 カドモニアの森の聖域でのサーベルベアー、アロコンダ、カヌスウルフの接近の感知。サガムでの周囲の警戒と自身の降りかかるであろ危機を察知していた。

 だが、この探査網は大きな欠点があった。

 それはそれが人間か魔物かどうか、分からないのだ。

 真田にはどこそこに何が居るかは分かるが、それが人間なのかは理解出来ない。

今回の場合は人間が魔物に囲まれているのか、それとも魔物が人間に囲まれているのか。また動物が魔物に囲まれているのか、はたまたその逆なのか。

 それらの判断がつかないため、真田はどう動いていいのか分からず考えあぐねていた。

 ほとほと困った表情を浮かべる真田に、一向に動こうとしないハンゼルが声をかけた来た。


 「どうしたサナダ、何かあったのか」


 真田はハンゼルの答えとばかりに、異変を感じた場所を指した。


 「‥‥‥あのですね。あちらの方で誰かが危機的な状況に陥っているのですよ」


 「誰かって、誰だよ」


 「それが分からないのですよ。人か魔物か動物か。人だったら助けないと思うのですけど、魔物か動物だったらこのまま見過ごしても、問題は無いと思うのですけど」


 「確かにな。ちょっと待ってくれ。‥‥‥オークランド教官、此方に来てください」


 自分の判断の範疇を超えていると思ったのか、ハンゼルは先頭を行くオークランドを呼んだ。


 「何だ?」


 「教官。サナダがあちらの方で、何かが襲われているのを感じ取ったらしいです」


 「襲われている?」


 オークランドはその方向を見るが、樹が鬱蒼とし障害物となっているので奥が見えないでいた。

 見る事を諦めたオークランドは、真田と同様に自身の探査網で探すが何も引っ掛からなかった。


 「(何も感じないが、本当に危機的な状況は起きているだろうか)」


 オークランドが真田への疑念を深めていると、見ていたボルジャーが嘲るような表情で口を出した。


 「教官。そんな臆病者の言っている事を真に受けずに、さっさと進みましょ。どうせ臆病すぎて、何も無いのに何かあるように感じただけですよ」


 ボルジャーの言葉に賛同するように、マクシムとジャコモも馬鹿にするように嘲笑の表情で何度も頷いていた。

 だが、オークランドはボルジャーの意見を耳を貸す事無く、目を瞑って思考の海に浸っていた。

 そして、オークランドは静かに目を開けた。

 アランたちは固唾を呑んで、オークランドに注目していた。


 「サナダ、一先ずその場所へと偵察に行って来い。お前が対処可能と思うならそのまま援護に入れ」


 「分かりました」


 真田はオークランドに軽く頭を下げると、そのまま音も無く消えた。

 アランなどの参加者は、サナダがいきなり消えた事に目を丸くして驚き。オークランドやチームズワールトのメンバーは厳しい表情で真田が居た場所を見ていた。

 オークランドの許可を得て、何が起きているの確認に出た真田は、鬱蒼とした木々の間を目にも映らない速さで移動していた。

 不規則に張り巡らせている枝や蜘蛛の巣に当たる事無く、最小の労力で危機的な状況が起きているだろうと思われる目的の地へと向かっていた。

 着実に近づく真田は目的の地の事は逐一把握していた。


 「(まだ何も起きていないな。何時からそうなったか分からないが、膠着状態が続いているみたいだな。‥‥‥という事は両方の技量は拮抗している事なのか)」

 

 真田は探査網から得られる情報から、自分なりの推察していた。

 更に目的地へ近付き、得られる情報がより鮮明になっていく中、真田はある疑問が浮かび上がった。


 「(あら? 囲まれている2つの気配の内、1つに覚えがあるが。‥‥‥何処だったか?)」


 真田は憶えのある気配に首を捻りそうになったが、それを中断する事態が目に飛び込んできた。

 囲んでいた8つの気配の内、1つの気配。

 体胴長が約150cm、肩までが約80cmの漆黒の狼が、2本の鋭い犬歯を剝き出しにして、高価そうなシルクの白いマントを羽織った金髪でセミロングの少女の顔へと目掛けて、襲い掛かろうとしていた。


 「(やばいっ!!)」


 それを見た真田は反射的に、地面を蹴る力を一段と強くし、さらに加速し、黒い狼に向けて飛び上がった。


 「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ドゴッ!!!、と。


 驚いて呆然とする少女の顔に、飛びかかろうとする黒い狼の横っ腹に突き刺すかのように風のような速さで真田は跳び蹴りをした。

 黒い狼は受け身を取れないまま激流にのまれた石のように、進行方向上にあった太い木の幹に何も出来ずに激突した。

 衝撃の大きさに樹が大きく揺れ、葉っぱが大量に落ちた。

 その時、ゴキンッ!!、と決して聞こえてはいけない何かが折れる音が、黒い狼から聞こえた。

 そのまま黒い狼は地面に落ちると、ボロ雑巾のように横たわった。

 真田は樹を倒さないように幹に静かに着地をすると、近くにあった枝を掴んで、上から事態の把握に努めた。

 真田の眼下には2人の少女を横たわっている黒い狼と同じ狼が7匹囲んでいるのが見えた。

 真田はふと2人の内1人の少女の横顔に見覚えがあった。

 その少女と目があった瞬間、真田は虚を突かれたかのように驚いた。

 それはノイズが走って不鮮明だったものに周波数を合わせて鮮明にしたのはいいが、それは決して聞こえて来てもいい物では無かったようなものだった。

 決して認めたくは無い現実を直視するかのような断腸の思いで呟いた。


 「お、お前はマリアンヌ‥‥‥」


 その少女は真田にとって、ある意味会いたくは無い人物だった。

誤字脱字がありましたら、ご指摘の方を宜しくお願いします。

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