第37話 初心者講習 1日目 朝~昼
酷く冷たい風が帝都を縦横無尽に走り、間もなく日の出なのだが、帝都ユミルの空はまだまだ黒に覆われていた。
日課であるランニングを終えた真田は、宿であるツキノクマの朝食を取っていた。
真田はバイトに遅れようとも、必ず朝食を取るようにしている。
寝る所が基本的にネットカフェか野宿の真田に、温かいご飯や味噌汁に漬物の朝食では無く、冷たいコンビニのおにぎりやサンドイッチ、偶に弁当を食べていた。
顧客を飽きさせないように味や品質を改良されている、おにぎりやサンドイッチに真田は満足していた。
だがパン屋で買ってきて焼き立てである筈なのだが、必要以上に固く黒色のパンを内心げんなりしながら食べていた。
「(物凄く今更だけど、これは無いんじゃないの!? そりゃさあ、この世界で日本みたいにモチモチとした、小麦粉で製造されたパンが食べられるとは思ってなかったけど、パンとしてこの固さはどうなのよ!?)」
本当に今更感が満載の文句を並べながらもドロっとした粘性が高い赤色のスープに浸して、作ってくれた人々に感謝しながら、ライ麦製のパンを飲み込めるまで噛み続けた。
フィルド帝国に小麦は無い訳では無い。だが生産量が著しく低く、価格も高価で出来たとしても王侯貴族や大商人等の上流階級に優先的に回されいた。例え庶民に回ってきても出来の悪いもので、結局安価なライ麦製のパンを食べるしかなかった。
何時かは小麦粉のパンを食べる事を夢見つつ、パンを真田は咀嚼していた。
時間をかけてゆっくり噛めば脳にある満腹中枢が刺激され、少量の食べ物でも満腹になるという事をテレビで言ってたのは、本当なんだなと思いながら、暖炉の火に当たって真田が食後の余韻に浸っていた。すると、1階と2階を繋ぐ階段からカチャカチャと金属同士が当たる音が聞こえた。
真田が何気なしに階段の方を見ると、1人の冒険者が下りて来た。
金髪で腰まであるポニーテール、つり目で勝ち気な碧の眼。顔は整っており中性的な顔立ちだ。背丈は真田の目線の高さ。着ている青の長袖の上着と茶色のズボンの上には、心臓や肺を保護する胸当てや肘や膝などの関節部を保護する銀色に鈍く光る防具がつけられていた。
「ん? またサナダが一番乗りか。今日は俺が先だと思っていたのに」
「おはよう御座います、アランさん。次もありますから、その時に頑張ってください」
真田からアランと呼ばれた冒険者は、真田と同じテーブルに着いた。
バートラム=アランは真田より先にアヴェドギルトに登録していた冒険者だった。
同じ宿に泊まり同じ冒険者ともあって、すぐに打ち解け朝食時には雑談を交わすまでになった。
アンナが朝食であるライ麦のブールという円形のパンとトマトを煮込んだスープを、アランの前に置いた。
アランは食事に手を付ける前に、両手を組んで静かに目を閉じた。
「主神アイテール様。貴方様の加護で今日もこのように食事が出来ました。感謝いたします。アーソン」
食膳の祈りを上げて、アランはライ麦パンを千切って、スープに浸して口に入れた。
真田は研究対象を見る研究者のような興味深けに見ていた。
少し時間が経ち、ふと何かを思い出したのか、アランは朝食を中断した。
「そういえば、今日はギルト主催の初心者講習の日だよな。サナダも参加するよな、防具を着けなくていいのか」
「今日が初心者講習の事をすっかり忘れていて、防具を用意してなかったのですよ」
その言葉にアランは驚きを通り越して、呆れ果てていた。
「大丈夫かよ。冒険者にとって防具は生命線だぞ。これが有る無しでは大きく違うぞ」
「まあ、何とかなるんじゃないですか。例え防具があったとしても、死ぬ時は死にますからね」
「そりゃあそうだけど」
お気楽そうに笑う真田にアランは食事をする事も忘れて怪訝な目で見ていた。
「一応集合に遅れないように、準備だけはしておきますか。‥‥‥確か集合場所は西門でしたよね」
「ああ、ギルトの先に行った所にある門だ」
真田はアランに軽く頭を下げて、2階の間借りしている部屋と戻った。
部屋に戻った真田はノーシェバッカスを発動させ、日本刀とこの時用に買っておいた赤ん坊が入るぐらいの大きさの2本の木綿の紐で背負う布製の袋、そしてある物を取り出した。
それは茶色のフード付きで釣鐘型の袖の無い、身体の前と後ろを覆う形状の特殊な毛糸で作られた、何処にもほつれの無い新品同様の外套だった。
いわゆる防寒用のマントだ。首元には留めるための茶色の紐が2本付いていた。
表面は何も細工が施されていないシンプルなものだが、裏面には幾何学模様が隙間無く埋め尽くされていた。長さはどう見ても、真田の身長より長く合っているように見えないのだが、真田は特に気にする事無かった。
真田は腰に帯刀し、布の袋を背負った。
長時間背負っても疲れないように、だらしなく垂れている布袋を上げて、背中に隙間が無いようにした。そして布の袋がずり落ちないように、紐の余った部分同士で結んだ。
そしてマントを羽織り、固定用の2本の紐を解けないように蝶々結びで固く結んだ。
本来ならば初心者講習に必要な色々な物を入れるので、どうしても袋が膨らみ、後ろの一部分がどうしてもせり出して、多少不恰好になるだが。真田のは綺麗に一直線に真っ直ぐとなっていた。真田の場合は、必要な物は全て亜空間に収納しているので、袋は何も入っていないと全く同じだった。
マントの長さは真田より長いので、裾の部分は当然床に接触していた。
このままだと地面と接触し続け、ほつれるかと思われたが、裾は床を移動していた。
少しずつなのだが、確実にマントは真田の身の丈に合うように収縮していた。
そして歩行が邪魔にならない程度までに収縮すると、その動きを止めた。
真田は部屋に忘れ物が無いか、きちんと窓は閉められているか確認すると、部屋を出て205号室の鍵を閉めた。
真田は1階に降りると先程までいたアランの姿が無い事に気付いた。
どうやら朝食を速攻で終え、部屋で準備をしているらしい。
真田は朝食を取っている宿屋で知り合った他の宿泊客と軽めの挨拶をし、受付へと歩いた。
そこには看板娘のアンナが立っていた。
「サナダさん、今から初心者講習に行かれるのですか」
真田は205号室の鍵を渡しながら。
「1週間ほどですが、死なない程度に頑張ってきますよ」
「それで大丈夫ですか。外は魔物がうろついていますから、危険でしょ?」
「まあ大丈夫じゃないんですか。ギルトの教官と現役の冒険者が同行するという話ですし」
アンナがまるで近所に散歩でも行くかのような気軽さで話す真田に怪訝な目で見ていた。
メアリーにないにしろ、アンナも冒険者がするクエストがいかに危険なのかは、分かっているつもりだったからだ。
「甘いぞ、サナダ!!」
そんな気楽な発言を打ち破るかのような質量を持った大声が、後ろから飛んできた。
真田が振り向くと、そこにはアランが居た。
先程の関節部を保護するプロテクターの他に、同色の手甲と麦わら帽子を一回り小さくした半球形の兜を革製のベルトで顎に固定させて被っていた。
その背中には真田と同じ茶色のフード付きのマントを羽織っていた。
カチャカチャと金属の高い音を立てながら、階段を降りてきた。
「お前のそういう気楽な態度が油断を招き、大きな怪我に繋がる。そしてそれが皆の足を引っ張り、最悪全滅するかもしれないのだぞ」
「アランさんの言う通りですよ、サナダさん。そうなったら、どうするんですか」
アランとアンナの両方からの攻撃に、真田は困ったなと苦笑していた。
「サナダ、ニヤニヤしない」
アランからそう注意受けても、真田の態度は崩れる事は無かった。
アンナは変わらない真田の態度に、宿泊客との応対中と事を忘れて、露骨に肩を落として溜め息を吐いた。
「大丈夫なんですか、もう。‥‥‥アランさん。出来る時でいいので宜しければサナダさんのフォローをお願いしてもいいですか。このままだと」
「ああ、このアラン。真田のフォローを出来る限りしよう。流石に同じ宿に泊まっている同じ冒険者が死なれたら、流石に夢見が悪いからな」
「お願いします」
完全に遠足での引率の先生とその保護者とかしているアランとアンナに、単騎でテラン王国軍勢に勝利を収めた真田は、苦笑いを浮かばざる得なかった。
多くの人々がそれぞれの職場に行きかうように、真田とアランは集合場所に指定された西門に向かっていた。
その途中ギルトの前を通っていた時、各種様々な色とりどりの鎧を身に纏った集団の中に見覚えのある人物が見えた。
その人物は真田とアランを見つけると立ち止まった。
「あら、サナダさんにアランさん。おはようございます。‥‥‥何だか珍しい組み合わせですね」
そこにはメアリーが立っていた。
何時ものようにギルトに制服を着ており、手には2枚の紙を持っていた。
「おはようございます、メアリーさん。いや、吃驚しましたよ、行っても何時もの場所に居ないんですから」
真田はアランと大通りを通る際にメアリーとの集合場所を確認したのだが、そこにはメアリーはいなかった。
どうしたものかと考えたが、初心者講習に遅れる訳にいかずその場を後にしたのだ。
「すみません。今回の初心者講習の担当だったので、早く出なければいけない事を言うのを忘れていて」
「それならば仕方が無いですね。‥‥‥担当って何をするんですか。まさか付いて来る訳では無いですよね」
「まさか。さすがにそこまでは無いですよ。初心者講習に使う物品が規定数あるか、参加者の名簿確認、そしてお見送りですね」
「それはご苦労様です」
「これで冒険者の皆さんをスムーズに送り出せれば、苦労では無いですよ」
真田とメアリーが朗らかに雑談していると背後から。
「何をしているカディック。そろそろ行かないと出発が遅れるぞ」
銀色のフルプレートを着た男性が、声をかけて来た。
その男性は真田より2つ半大きく、堂々たる体格に武骨そうな角ばった顔。頬には傷が1本走っていた。逆立ったショートの金髪。敵対者を射抜くような鋭い目つきに碧の瞳。口も堅くへの字に閉ざされていた。左手には兜を持ち、腰には柄に細かい傷がある剣を下げていた。
男性からは数々の修羅場を経験した歴戦の戦士といった、思わず背筋を伸ばすような緊張感が漂っていた。
「あっ、すみません。オークランド教官」
メアリーはオークランドと呼ばれた男性に、慌てて頭を下げた。
「仲の良い冒険者と話すのは構わないが、今が仕事中である事を忘れるな」
「はい、以後気を付けます」
まるで会社における上司と部下との会話をするメアリーとオークランドに、真田は驚いた表情で見ていた。それは横で聞いていたアランも同様だった。
オークランドはふと、メアリーから真田たちへと視線を移した。
その目は研究対象を見るような研究者のような興味本位な目だった。
「ほう、此奴らがお前のお気に入りの冒険者か」
「お気に入りではないですが‥‥‥」
オークランドはメアリーの小声の否定は聞き流し、右手を出した。
「私が今回の初心者講習会の責任者であるドゥーガルド=オークランドだ。宜しく」
真田は差し出された右手を握った。
「此方こそ、宜しくお願いします。参加者のタクト=サナダです」
「ああ、知っているよ。雑用のような依頼しか受けない、変わり者の冒険者だろ」
「か、変わり者って‥‥‥」
オークランドからのストレートな評価に、真田はショックを受けて固まってしまった。
オークランドは真田の様子を気にする事無く、アランの方を向いた。
アランは憧れの有名人に出会ったかのように、目を輝かせてオークランドと握手をした。
「バートラム=アランです。宜しくお願いします!」
「ああ、宜しくな。‥‥‥カディック、私は先に行くぞ。あんまり遅れるな」
そう言うとオークランドは待っていた一団と共に、西門の方へと行った。
ショックから回復した真田は、未だ目を輝やせているアランとオークランドを怪訝な目で交互に見ていた。
「アラン。あの教官って有名なの?」
「お前何を言っているんだ! ドゥーガルド=オークランドって言えば、元ツヴァイの冒険者でチームバイセクトのリーダー。数年前フィルド帝国中部で人々を苦しめていた毒竜を討伐し、フィルド帝国とテラン王国との撤退戦では王国軍の大軍勢を押し留め、侵攻戦ではその武力で敵軍を恐怖に叩きつけたんだ。その時の事は今でも吟遊詩人が歌う程だ!!」
「そ、そうなんだ」
興奮気味のアランに真田は若干引き気味に聞いていた。
「俺が理想とする冒険者なんだ。いつかあの人みたいな冒険者になる事が夢なんだ。‥‥‥一時期、姿を消していたけど、ギルトで教官をやっているとは」
「ふーん。そうなんだ」
真田はあまり興味なさそうに、オークランドの後ろ姿を見ていた。
そして、誰にも聞こえないような小声で。
「その強さには、一体どれだけの悲しみが染みついるんだろうね」
「えっ、何か言ったかサナダ?」
聞き返すアランに、何でもないと言って真田は西門へと足を向けた。
その真田の後ろ姿をアランとメアリーは首を傾げながらも、後に付いて行った。
大勢の人々が行きかう西門に到着した真田の眼前には、周囲に異色を放っている一団が居た。
責任者であるオークランドを始め、多くの男女が茶色のフード付きのマントを羽織って立っていたからだ。その近くには紐で結ばれた大量の薪と枝が置かれていた。
どう贔屓目で見ても怪しさ満載で、日本だったら職務質問されても、致しかたないなと思う程だった。その証拠に西門を警護する騎士の一部が、その集団を厳しい目で見ていた。
今さながら、あの集団と1週間寝食を共にするんだよなと、真田はストレスで胃が痛くなりそうになった。
気が赴かない真田とやる気がみなぎっているアランたちはその集団に近付いた。
他の冒険者と話していたオークランドは、担当であるメアリーが来たのを気付くと。
「メアリー。早速だが参加者の名簿確認を」
「はい、分かりました。‥‥‥参加者の方、此方にご注目下さい」
一斉に初心者講習に参加する冒険者は、メアリーを見た。
「今から、参加者の名簿確認をしますから、皆さんは自分のギルトカードを私に提示し、出した人から順次、私の前に並んでください」
参加の冒険者6名はメアリーの指示通りに、各々の保管場所からギルトカードを取り出し、緩慢な動きだが、メアリーの前に冒険者たちが並ぼうとしていた。
サナダはアランの後ろに並ぼうとしたが、強引に割り込んできた冒険者の男に遮られた。
その冒険者の男は茶褐色に日焼けしており、一切髪の毛が無いスキンヘッドで、淡褐色の瞳。茶色のフード付きのマントを羽織っていても一目で分かる、ボディービルダーのような体格の良い大男だった。真田の頭2つ分大きい。
日焼けの男は真田に威嚇するように睨みつけたが、何故か表情を崩し、ニタニタと気味の悪い歪んだ笑顔を浮かべた。
「おい、お前ら。此処に臆病者が居るぞ」
その言葉に仲間と思われる男2人が近付いてきた。またアラン以外の冒険者は、ジロジロと真田を値踏みするように見ていた。
2人も真田を臆病者と呼んだ男と同様に、背丈や体格も似ており日に焼けていた。
「本当だぜ。何で此処にいるんだろうな」
「そう言ってやるなよ。相当な覚悟を決めて来たんだから」
「違いねえ!」
2人はゲラゲラと、人を不愉快にさせるような歪んだ笑い声を上げた。
最初の男も口元を大きく歪め、ニヤニヤと下品な笑顔をしていた。
「お前ら、この臆病者の覚悟を褒めてやろうじゃないか。‥‥‥よく逃げずに来たな」
「「偉いぞ!!」」
何かが可笑しかったのか、ガハハハッ!!と、3人は大きな笑い声を上げながら列に並んだ。
雑用の依頼ばかり受ける真田には2つの評価が付き纏っていた。
オークランドが言った変わり者と先程の男が言った臆病者とに分かれていた。
これはアヴェドギルトの体質が、大きく関わっていた。
アヴェドギルトは冒険者の集まりだ。危険な魔物を倒して、名声や莫大な褒賞金を求めて生きている人々の集団だ。
それ故に冒険者は魔物を倒すための装置として、周囲の人々や自分たちが思うようになっていた。
だから一歩も外に出ずに、雑用の依頼ばかり受けている真田は、冒険者の風上にも置けない臆病者と言われるようになった。
ギルトに勤めているメアリーは、真田を心配そうな目で見ていた。
実はメアリーは真田が臆病者と言われている事に、気付いていた。
何せ冒険者が大勢集まる所に、ほぼ1日中居るので、冒険者の評価の話は嫌でも耳にする。
メアリーは真田の評価の時は、違うと否定したがったが、約束があったので歯を喰いしばって我慢した。
真田は何故3人が笑ったのか理解できずに、首を傾げながら3人の後ろに並んでいると、一足先に確認を終えた、近づいてきたアランにマントを掴まされた。
その力は、思いの外強く容易に外せそうになかった。
真田が外すように言おうと口を開ける前に、アランは低い声で。
「ちょっと来い」
訳の分からない真田はアランによって、強引に列から離された。
初心者講習の集団から少し離れた場所で、アランと真田は頭同士がぶつかりそうなまでに、肩を組んでいた。
自身の怒りに呼応するかのように、真田の方を持つアランの右手を小刻みに震えていた。
アランは真田にしか聞こえないような小さな声で。
「お前、どういうつもりだ」
「どうとは?」
小声にする必要はないのだが、アランから発せられる怒気に呑まれ、真田も小声になっていた。
「だから、あんな奴らに臆病者と馬鹿にされたろ。なんで違うと怒らないだ」
「えええっ、これってあの人達じゃなくて、私が怒られるところ!? 理不尽すぎるでしょ」
「理不尽で結構。この世界は理不尽で満たされているからな。‥‥‥此処で違うと否定しておかないと、このままずっと臆病者と言われ続けるぞ。それでお前はいいのか」
「いいもなにも、別に怒る程では無いでしょ」
さも当然のように言う真田の言葉にアランは絶句した。
冒険者は勇敢であると信じて疑わないアランにとって、到底容認できる言葉では無かったからだ。
これは1時間ぐらいは説教だなと、意気込むアランが口を開こうとしたが。
「サナダさーーん。何をしているのですかぁ? 早くカードを提示しないと、参加する意思は無しとみなして、不参加となりますよぉ」
「はーい、今行きます。‥‥‥また後で、アランさん」
そう言ってアランの手を退かし、逃げるようにメアリーの方へと向かった。
色々と言いたいアランは不満そうに真田を見ていた。
最後の真田の欄にメアリーがチェックを入れ、記入漏れが無いかの確認を終えると。
「オークランド教官。初心者講習の参加者は全員います」
「よし、分かった。‥‥‥全員、此方を注目!」
オークランドの力のこもった声に、全員が反射的に視線を移した。
「私が今回の初心者講習の指揮を取るドゥーガルド=オークランドだ。初心者講習中は私の指示に従ってもらう。従わない者には殺しはしないが、身体に出来た腫れが数週間は取れないと思え」
高い実力に裏打ちされたオークランドの力のこもった声に、アラン達は背筋に冷や汗が流れていくのを感じた。
真田はそれを見ていて、楽しそうに笑っていた。
「初心者講習では野外に出て、1週間を通してお前達、ひよっこ共に冒険者として基本を教える。この中にはもう知っている者も居ると思うが、知っているからと疎かにするな。基本的な事を疎かにして、全滅したチームは腐るほどいる。‥‥‥また外に出るので、魔物と遭遇する可能性もある。その時はお前達で対処しろ。ひよっこと言えど冒険者だ。何も出来ない子供ではなかろう」
真田以外の参加者はこくりと頷いた。
「よし。それではお前たちの中から、戦闘時でのリーダーを指名する。魔物と遭遇した際にはリーダーの指示に従え。‥‥‥おい、ボルジャー」
「はっ、はい!」
呼ばれたのは先程真田を臆病者と呼んだ冒険者だった。
オークランドからボルジャーと呼ばれた冒険者は、呼ばれた事に緊張をして背筋を、ピンと伸ばしていた。
「今からお前が参加者の戦闘の際のリーダーだ。この中で一番高いランクゼクスだ。またチームでリーダーしているみたいだから、その手腕を十分に発揮しろ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うとボルジャーは仲間らしい2人の男から、良かったなと声をかけられた。
「それでいいな、お前たち」
残りの3人、真田とアラン、もう1人の優男風の冒険者に異論がある筈も無く、そして言う権利も無く、ただ黙って肯定と頷くばかりだった。
「さて戦闘には予期せぬ事態が発生する事もある。お前たちが対処不可能の高ランクのモンスターが出て来るかもしれない。‥‥‥だが安心しろ。心優しいギルトが私の他に護衛として、第一線で活躍しているランクドライのチーム、ズワールトの主要メンバーだ」
オークランドが指し示すには、自身の鎧の上に真田たちと同じ茶色のフード付きのマントを羽織っている男性3人、女性1人が横に並んで立っていた。
男性3人は多少の差異はあるが、真田の頭一つ半大きく、体格に恵まれた身体。それぞれ金髪のショートで碧や赤、茶色の瞳をしていた。その中の赤色の瞳をした 冒険者の頭には、ピンと立っている金色の耳があった。
女性は男性より1つ半低く、ストレートのロングの金髪で碧の瞳をしていた。
「以上で初心者講習の説明を終える。また何かあれば、その都度説明していくが何か質問はあるか」
普段ならば参加者からの質問が無く、そのまま出発なのだが。ボルジャーがそれを遮った。
「オークランド教官殿。今回は外に出て、魔物と戦った事の無い臆病者が居ます。そんな素人の奴と一緒に戦うなんて、怖くて出来ません。それでも共闘せねばならないのでしょうか」
「‥‥‥と言っているが、どうだ戦えるか真田」
初心者講習に参加する全員の視線が真田に集まった。
まさか言われると思っていなかった真田は苦笑交じりに。
「これでも冒険者の端くれですから、自分の身を守れるぐらいの実力はあります」
『何か』からとは真田は付け加えなかった。元から言うつもりも無かったが。
「‥‥‥だそうだ。分かったかボルジャー」
「‥‥‥はい」
それ以上は何も言えないボルジャーは、渋々ながら言葉を引っ込めた。
「これ以上の質問は無いな。さて、私を先頭にして最後尾はズワールトが勤める。お前たちは私たちの間に入るといい」
聞いていたズワールトのメンバーが置かれていた荷物を背負いながら、いそいそと出発の準備をしていた。
「ああそうだった。お前たち、簡単な自己紹介をしろ。自分が何が出来るか、言っておかないと、いざという時に混乱するからな。‥‥‥ボルジャー、お前からしろ」
ボルジャーは右親指を自分に指すと、
「俺がチームシュキーンのリーダーで、ランクゼクスのインゴマル=ボルジャーだ。魔法は使えねえが、剣の腕には自信がある。教官が言った通り戦闘では、俺の指示に従ってもらう。絶対に誰も死なせないようにする、それが外に出た事の無い臆病者でもな」
真田を見てニヤニヤと神経を逆撫でするかのような不快な笑みを浮かべるボルジャーの言葉に、同じチームの2人はクスクスと失笑していた。
隣のアランが何か言い返せよと小声で言うが、真田はまあまあと興奮するアランを押さえていた。
「次は俺のチームの奴を紹介する。此奴らがマクシムとジャコモだ。この2人も俺と同じランクで、俺より劣るがそこそこ剣の腕はある。宜しく頼むぜ」
オークランドは頷くと、優男風の冒険者に自己紹介するように促した。
優男風の冒険者は真田より少し高いぐらいで、ショートの金髪で碧の瞳。マントを羽織っているので正確には分からないが、身体全体に線が細く冒険者というより若き学者といった風貌の少年だった。
「リュック=アシュレイです。ランクはズィーベン。皆さんのように剣士では無く、魔術師です。風の攻撃魔法を主体としていますが、簡単な回復魔法も出来ます」
アシュレイの自己紹介に参加者たちは、オオッと、感嘆な声を上げた。
それはアヴェドギルトでの魔術師の希少性の故だった。
基本的にはこの世界の住人には魔力は備わっている。
しかしそれが戦闘に役に立つレベルかと言われればそうでは無い。
殆どの一般人は魔力量は微量で、しかもアシュレイのように先天性に使える属性も決まっている。例えば火属性だとしたら蝋燭の火ほどの大きさの火が出現したり、風属性だとそよ風が吹いたりと、実生活ですら役に立つどうか分からないレベルで、しかも短時間しか発現しないので一切使わずに生活している。
魔術師となっても騎士団や魔術師専門のギルトがあるので、わざわざ荒くれ者が集うアヴェドギルトに所属するのが稀であるからだ。
同じランクのチーム同士でも、やはり魔術師が居るか居ないかでその実力が違った。
アシュレイの自己紹介が終わると、隣のアランが口を開いた。
「バートラム=アラン、ランクズィーベンだ。剣の腕には覚えがある。1週間宜しく頼む」
そして真田の番が回って来た。
「タクト=サナダです。ランクはアハトで剣士をしています。宜しくお願いします」
ボルジャー達は何が可笑しいのかクククッと、失笑していた。
真田の自己紹介も終わりオークランドが確認するように周囲を見回した。
「まだ自己紹介していない者はいないな。ボルジャー、全員の特性把握したな。戦いになったら、各々の特性を生かして皆を勝利に導け」
ボルジャーは重々しく頷いた。
「あと忘れ物は無いな。あっても、もう取り帰る事は出来ないぞ。‥‥‥では、出発するっ」
オークランドが西門に向かい、それに続くようにボルジャーのチーム、アシュレイ、アランが歩き始めた。
「では、メアリーさん。行ってきます」
「はい。決して無理はなさらずに」
真田は返事とばかりに片手を上げ、そのままアランの後ろについた。
万が一の護衛役のチームズワールトは最後尾に付き、縦一列に並んで出発した。
担当のメアリーは参加者の後ろ姿を、心配そうに目で見えなくなるまで立っていた。
隊列を組んで歩く真田の眼前には、見渡す限りの平原が広がっていた。
真田たちが歩いているのは帝都周辺に広がるエーベネ平原だ。
エーベネ平原には帝都から各地方都市に通じる街道が整備されており、春から秋にかけて多くの旅人と商人、旅行目的の貴族が行き交うが。どうしても寒い今の時期は、少ししんなりした草木同様に人間の活動も低下するみたいで、街道には真田たち以外の姿は見当たらなかった。
真田たちは最初は西の都市ニアスに通じるエティア街道を歩いていたが、直ぐに外れ北へ針路を取っていた。
平原には帝都のように障害物が無いので、山からの吹き下ろす冷たい風が、平野を颯爽と駆け抜けていた。
その所為かオークランド達は、防寒用の裏地に獣の毛皮があるマントを羽織っているのだが、それでも完全では無く、マントの上から分かる程に身体を縮こませて歩いていた。
しかし真田は平然とした顔で歩いていた。
「(久しぶりにこのマントを使ったが、術式もちゃんと発動しているようだな)」
真田はアウクシリアと同様に、自分が作り上げたマントとその術式が正常に発動している事に、非常に満足げに歩いていた。
真田が羽織っているマントには、装着者が暑さや寒さと感じると装着者の周囲数cmに特殊な場を形成し、風を圧縮させて装着者にとって快適に過ごせるように設計されていた。
原理としては圧力鍋と同様だ。
蓋と水を入れた鍋本体を隙間無く塞ぐ事によって、本来外に逃げる筈の蒸気が外に出る事が出来ない。その結果、行き場を失った水素の動きが活発化し、鍋内部の圧力が上昇し普通の鍋より高温になる。
マントの周囲に展開している膜のような力場が、窒素や酸素といった分子を強引に圧縮し動きを活発化、運動エネルギーを増大させて熱を発生させ、装着者を寒さから守っていた。
それがマントの装着者の魔力が続くまで連続して行うので、真田は寒空の下でも暖炉が在る温かい部屋に居るような感覚になっていた。
「(こんなに風が吹き抜けるのなら、春から夏にかけては気持ち良いのだろうな。アウクシリアで低速で上空飛行するのもいいけど、保存食を買って徒歩であても無くぶらぶらするのもいいかもしれないな)」
魔物がうろついており危険である筈の野外に居るにかかわらず、緊張感の欠片も無い真田はまるで散歩しているかのような気楽な様子だった。
それから歩き続けて、数時間。
魔物や盗賊に襲撃されるような危険な目に合う事無く、真田たちは草原を縦断するように流れる川を沿ってを歩いた。
その川は幅は約3m位で水深は深い所で数mあるように見えた。
水面は弱弱しい陽光を受けて宝石のように光り、川底がはっきりと見えるまでに青く澄み切っており、
まさしく清流といった川だった。
オークランドはある程度北上すると、方向転換して西に歩き出し、川に当たると南下した。
真田たち初心者講習の講習者は、そんなオークランドの行動に不思議に思いながら、黙って付いて行くばかりだった。
そして暫くすると。
「ここら辺か。‥‥‥よし、此処で止まれぇぇ!!」
オークランドの必要以上の大声に驚きながらも、真田たちはその場に停止した。
オークランドは振り返り、真田たちを見据えた。
「これより、昼食を取る。ズワールト、昼食の準備を始めてくれ」
オークランドの言葉に端を発し、ズワールトのメンバーは背負っていた荷物を降ろした。
そして荷物から昼食に必要な道具、火を起こすのに使う汚れた布、薪。ストックポットと呼ばれる深さが約20cmある赤色の両手鍋。その鍋を固定させる鉄の棒。 そして布の袋に入った四角の黄色い固形物が出て来た。
如何やら冷えたスープを道具で固めた物らしい。
見ていた真田はそれって衛生的に大丈夫なんですかと言おうとしたが、日本のような高水準の食品衛生を言ってもただ首を傾げられるだけと考え、言葉を飲み込んだ。
また真田は精肉店『ミートイッティング』で大目に保存食を買って正解だったなと、改めて実感した。
「参加者のお前たちは、昼食が出来るまで自由にして貰っても構わない。だがあまり遠くに行くなよ。何かあった場合、直ぐに助ける事が出来なくなるからな。‥‥‥では、解散!!」
アランたちに漂っていた変な緊張感は空気中に霧散し、仲間同士で話し込んだり 座って昼食が出来るのをただじっと待つなど、各々が好き勝手にしていた。
真田はズボンが汚れる事を気にせずに地面に座った。
日本でお金が無い時は基本野宿だったので、衣服が汚れる事に抵抗は無かった。
特にする事の無い真田は、ぼんやりとズワールトの昼食の準備を見ていると、隣に座っているアランが少し不機嫌な声で。
「おい、サナダ」
「なんですか、アランさん。説教なら勘弁してくださいよ」
「それはしようと考えたが。お前が何でそういったのか考えも聞かないで、一方的に説教するのはあまりにも横暴だから、お前なりの考えを聞こうと思ってな。‥‥‥さてサナダ、なんでお前は臆病者だと言われても一切反論しなかったんだ」
「それは前に言った通り、怒る必要性を感じなかったからですよ」
「そこが分からないんだよ。勇敢が美徳である冒険者に臆病さなんて要らないと思うけどな」
真田は断言するかのようにはっきりとした声で。
「必要です。何故人間が二足歩行なのか、何故馬車が左右両輪で動くのか。それを考えればわかるのでしょう」
アランは真田が言わんとする事が、いまいち理解出来ていないのか首を傾げるばかりだった。
訝しげるアランに真田は楽しそうに笑みを浮かべていた。
それは子供の成長を楽しみにしている親のようにも見えた。
「アランさんのような若い冒険者なら、まだ(・・)そう思えないのかもしれませんね。ですがこのまま冒険者を続けるのであれば、いつか私の言った事が分かる日も来るかもしれません」
「‥‥‥それはどう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
両者の間にアンバランスな空気が流れていたが、時間は皆平等に流れるので何時の間にか鍋を固定させる土台が完成していた。
その土台は太くて丈夫そうな2本の鉄の棒の端の少し手前で交差させ、それを麻の紐でがっちりと固定させているのが、4個が向かい合うように、結ばれているのを上にして地面に突き刺されていた。
そして地面に突き刺している鉄の棒よりも少し長い2本の鉄棒が、向かい合う鉄の棒に落ちないように置かれていた。
2本の鉄棒の間隔は、丁度鍋がすっぽりと入る広さだった。
その下には焚き火用にと、細い小枝の上に薪が円状に置かれていた
鍋を用意していた女性が、川から鍋の80%位に水を入れて持ってきた。
水が零れないようにゆっくりと鉄棒の間に置き、同じ色の蓋で閉じた。
すると女性の冒険者は汚れた布を片手に左手で持ち、右手を水平に構えると小さな声で。
「我が手に、小さな燈火を灯せ。ファイヤ」
片手サイズの小さな魔法陣が出現すると、その中心に蝋燭ほどの小さな火が出現した。
女性の冒険者はそれを布の端につけると、消えないように慎重に薪の下に置いた。
すると、ぱちぱちと軽快な音を立てて小枝が鳴った。
そして数分が経ち、発火点に達した薪に火が移り、ズワールトの女性の顔が焚き火の炎に赤々と顔を染めた。
それから幾ばくかの時間が経ち、赤色の鍋の蓋が上下に揺れて1人ダンスを踊っていた。
女性は慎重に蓋を取り上げると、鍋の中には黄色い少し粘性が高い液体が、液胞を膨らませたり消滅させていた。
つまり、グツグツと煮込まれていて、周囲には美味しいそうな匂いが漂っていた。
その匂いに樹液に群がるカブトムシのように、参加者達は鍋の周囲に集まって来た。
食事にようやくありつけ、楽しみにしている参加者たちの手には、いつ取り出したのか底が深い木のスープ皿を持っていた。
周囲を見て真田はマントを脱がずに背負っていた布の袋から、木のスプーンと深皿を取り出そうとしていた。
女性は近くの冒険者から順に、容器を受け取り量が均一になるように、木のお玉でスープを注ぎ分けていた。
これは食事の量の多いか少ないかで、冒険者同士で揉めるのを防ぐ意味合いが大きい。
ただでさえ血気盛んな冒険者の集まりだ。どんな些細な事で問題になるのか気が気でなかった。
そんな一見長閑な光景と思いきや危険を大きく孕んだ作業を、女性は細心の注意を払って行っていた。
取り出す時にもたもたしていた所為か、真田以外の参加者には全員スープが均一に行き渡っており、鍋を中心に皆が自分の思い思いの場所に胡坐をかいて座っていた。
最後である真田は女性に深皿を渡そうとしたら、何の前触れも無く急ブレーキをかけた車のように、目を丸くして身体の動きを止めた。
受け取ろうとした女性は、幾ら待っても深皿を渡そうとしない真田を不思議そうに見ていた。
真田の視線は目の前の女性を捉えていたが、映像としては映ってはいなかった。
見えない何かを探すのに全神経を使っているからだ。
「(‥‥‥あちらさん方は真っ直ぐに此方に来ているみたいだな)」
女性が動こうとしない真田に声をかけようとする前に、真田は露骨に肩を落とした。
「空気読めない奴って何処にでもいるんだな」
「‥‥‥えっ!?」
女性が意味が分からずに真田に聞き返そうとしたが、それはオークランドの鋭い声によって遮られた。
「敵襲だ!!」
その瞬間、ズワールトのメンバーは全員が、地面に置かれたスープ入りの深皿がひっくり返る事を厭わずに、弾かれたバネのように勢いよく立ち上がった。
それと同時に、場の空気が一瞬にして変化した。
緩んでいた糸が再び固く結ばれたかのように、ピンと張りつめた。
険しい表情をするオークランドやズワールトのメンバーは全員、同じ方向を向いていた。
見ていないとしたら場の空気に呑まれ、呆然としているアラン達と背中を向けて肩や肘、膝などの温めるように、関節部を重点的に動かしている真田だった。
唐突すぎて事態が呑み込めないアランは震える声で。
「な、何をやっている、サナダ」
「端的に言えば、敵襲。そしてその準備ですかね」
「えっ!?」
真田からもたらされた情報にアランは目を丸くして呆然となった。
「て、敵襲?」
言葉に出してようやく事態を飲み込めたのか、ハッと我に返り、アランは立ち上り羽織っているマントを脱いで、腰にかけている剣を引き抜いた。
それに続くようにボルジャーとそのチームも立ち上がり、マントを脱ぎ剣を引き抜いた。
ボルジャー達の鎧はアランと同様に、関節部や急所を保護し動きを邪魔しないように最低限ものだった
アラン達の剣は多少の長さの差異はあるが、柄は木製で鋼鉄製のショートソードだった。
何度も魔物と対峙しているとは言え、その表情には緊張が走っていた。
真田は相変わらずに呑気に関節部を温めていた。
張りつめた緊張感が漂うアラン達の目の前に現れたのは、緑色で低身長の人型をした集団だった。
それが約30匹、真田たちの方へと真っ直ぐ向かってきていた。
陣形など全く考慮せずに、ただ自分が走りたい所を勝手に走っているので、歪な長方形が迫って来ていた。
迫り来る集団を目を凝らしてみていたアランが、ボソッと呟いた。
「あれはゴブリンなのか」
ゴブリン。成体でも大人の胸の高さまでしかない人型の魔物。
身体の割には頭部が大きく、目は橙色で歯は刃のように尖っており、耳はエルフのように横に尖っていた。寒くないのだろうか着ているのは腰に、麻のような物で編んだ腰巻きをしているだけだった。
ゴブリンは他の魔物に比べて単純な腕力では劣っているが、それを補うかのように多少の知性がある。
これは腰巻きをしている時点で、ゴブリン同士で独自の社会が形成されている事の証だった。独自の言語を操り、コロニーを形成して人とあまり変わらない生活様式を送っている事は確認されていた。
たまに知能が高い個体が生まれ来て、魔術を使えるものも出て来る。
迫り来るゴブリン達の手には、それぞれの得物を持っていた。
血が付いた刃毀れがある鉄製のショートソード、通常の槍より一回り小さく小回りが利くショートスピア、片手の斧のハンドアックス等々、過去冒険者から奪ったり死亡した人達の物を拾ったりした物を、自分の武器として使っていた。
オークランドは前を見たまま、剣を構えているボルジャーに鋭い声を出した。
「今から戦闘が始まる、お前は参加者達に指示を出せ!」
「はっ、はい! ‥‥‥お前ら数は多いが、たかがゴブリンだ。俺たちを襲って来た事を後悔させてやるぞ!!」
『おおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!』
アラン達はそれぞれの得物を天に掲げて、自身を奮い立たせるように大声を出した。
ボルジャーが剣の刃先を迫り来るゴブリンの集団に向け。
「マクシム、ジャコモ、アランは俺に続け。アシュレイは俺達を援護しろ! ‥‥‥突撃ィィィィーーーー!!!!」
ボルジャーの荒っぽい突撃の命令に呼応するかのように、アラン達は勢いよく地面を蹴って、ゴブリンの集団に向かっていった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』
『フガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!』
平原に獣の咆哮のような野太い声が周囲に響き渡った。
それはまるで周囲にいるかもしれない死神を遠ざけるようにも、呼び込むようにも聞こえた。
一歩、一歩、また一歩。生死を賭けた戦いが近付いてきた。
アラン達がゴブリンの集団とぶつかろうとした瞬間、最初に仕掛けたのはボルジャーだった。
「うおおお!!!! 死ねぇ! ゴブリンどもぉぉ!!」
ボルジャーは走って来た勢いのままに、ショートソードを勢いよく振り下ろした。
前に居るショートソードを持ったゴブリンは、咄嗟に剣を水平にして受け止めようとしたが、所詮は非力なゴブリン。
ボルジャーの剛腕を受け止めきれずに、脳天から身体が真っ二つになった。
辛うじて原形を留めている半固体の脳みそや胃袋や腸などの内臓が、ドロリと、血と共に外に露出して、目を顰めるような光景が出来上がった。
しかし相手がそれだけにとどまらず、真っ二つになった仲間の屍を踏みながら、前方から更にショートスピアを持ったゴブリンが迫って来た。
ゴブリンはショートスピアをボルジャーの顔に目掛けて、力の限り放った。
ボルジャーは苦悶に満ちた表情で、首を動かし何とか避けた。
完全に避けきれなかったのか、一瞬片目をつぶって痛みに耐える表情をした。
ボルジャーの左頬には、一筋の赤い線がはっきりと浮かび上がっていた。
ズキズキと右頬が熱くなるのを感じながら、屈辱を晴らすかのように激昂した声で。
「こ、この野郎ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
左手で槍を離さないように強く握り、振り上げた剣でたじろぐゴブリン諸共、叩き斬った。
「フギャァァッ!」
悔しそうな断末を上げたゴブリンは、胸部で2つに分かれて緑の血を流していた。
ボルジャーは達成感のあまり、勝利の雄叫びを上げたかったが、事態がそれを許さなかった。
仲間が殺された事で怒り心頭な他のゴブリン達に囲まれていたからだ。
何かの拍子で一斉に襲い掛かりそうなゴブリン達に囲まれ、ボルジャーは背中に冷や汗を掻きながらも、不思議と気分は高揚としていた。
「(この状況は俺にとっては、大した事じゃない。だからやれる!!)」
割と絶望的な状況に負けじと、自身に暗示をかけて奮起させていたからだ。
絶望的な状況でも前向きに行動できるようになるのも、冒険者にとって必要なスキルかもしれないが。その絶望的な状況にならないようにするのが大事なのだが、ボルジャーはその事に一向に気付いていなかった。
同じチームであるマクシムとジャコモは、鎧に傷をつけながら何とかゴブリンを倒していた。
一緒に戦っているアランも、ゴブリンの攻撃を受けて服が裂けながらも着実に、ゴブリン達を殺していた。
「てやああああ!!」
ボルジャー達のように腕力が無いアランは、強引に叩きつける事無く。急所を狙って効率よくゴブリン達を殺傷していた。
魔術師のアシュレイはアラン達に極力魔法が当たらないように、少し外れた所にいるゴブリンを風の初級魔法で倒していた。
アラン達がゴブリンの集団と戦っているのを、教官たちの所で呑気に真田は見ていた。
真田はアラン達の熱気に乗れずに、呆然とする間に置いて行かれたのだ。
真田がアラン達がゴブリンの集団と戦っているの見ていると、オークランドが尋ねるかのように聞いてきた。
「お前は行かなくても、大丈夫なのか」
「大丈夫でしょう。リーダーが私の名を呼ばなかったのは、臆病者である私が来ると邪魔になるからだと思います。これで何故来なかったのか聞かれたら、リーダーの判断でと言えばいいのですから」
「確かにそれもそうだな」
真田とオークランドの会話が終わり、平原にアラン達の叫び声とゴブリンの断末魔が鳴り響ていると、それは起きようとしていた。
ハンドアックスを持った1匹のゴブリンが、アランの背後に回り込んだ。
そして持っていたハンドアックスを、天に翳した。
まるで自ら信仰する神に生贄を、捧げる儀式のように。
前に気を取られているアランは、背後にゴブリンがいる事に気付いていなかった。
それを見ていたオークランドは、切迫した表情で爆発したかのように叫んだ。
「アラン、後ろだ!!」
「えっ!?」
声に驚いて振り返ろうとするアランの視界の端に、口元を大きく歪め目に狂気を宿らせているゴブリンの姿が映った。
「フゴォォォ!!!」
ゴブリンは叫ぶと共に天に掲げたハンドアックスを、無防備な背中に向けて勢いよく降り下ろした。
アランは振り下ろされていくハンドアックスから目が離せないでいた。
「(やばい、避けきれないっ!)」
脳から避けろと命令が引っ切り無しに飛んでいるのだが、身体が先に振り返ろうとしているので、止まれずにしかも突然の事に剣も満足に振れない状態だった。
オークランドはクソッと悪態をつき、アランの援護に回ろうとした。
だがアランとの距離はどんな短く見ても約30mはあった。
「(魔術を使った方が早いか。しかし使おうにもあんなに近くでは当たってしまうかもしれない。だからと言って、この距離で当たる前に届くかどうか)」
事態を回避できるであろう選択肢があるがゆえに、最適な回答が導き出せずに、オークランドは行動に移せずにいた。
だからかもしれない。
隣に居た筈の真田が、何時の間にか居ない事に気付いなかった。
避けきれない状況にアランは、来るであろう激痛に耐えるかのように、身体を硬直させ目を瞑った。
しかし何時まで経っても、予想した引き裂くかのような激痛を感じる事は無かった。
不思議に思ったアランが、恐る恐る瞼を開けると、自分を襲おうとしていたハンドアックスが見た事も無い剣によって、防がれているのが見えた。
それは真田が持っている日本刀だった。
真田はアランが背後から攻撃されているのを気付いていないと判断すると、一目散に地面を蹴って、到着すると同時に鞘から日本刀を抜き、音を立てないように日本刀を優しく滑り込ませたのだ。
ハンドアックスを持っているゴブリンは、一瞬驚いた表情をしたが直ぐに奥歯を噛みしめて日本刀を折ろうするが、空間に固定されているのか日本刀はびくともしなかった。
アランは事態が呑み込めずに、ポカンと固まっていた。
「あんたには何の恨みは無いが、仲間の危機なんでね」
真田は刀を使ってハンドアックスを振り払うと、無防備になったゴブリンの両腕ごと雑草を刈り取るかのように淡々と首を刈り取った。
真田は絶命をしたゴブリンの身体を蹴った。
倒れたゴブリンだったものからは頭部と両腕はずり落ち、鋭い切れ目から大量の緑の液体が大量に噴出していた。
少し茶色になっていた草が、ゴブリンの血によって緑に染まっていた。
驚きのあまり目を白碧とさせているアランに、真田は少し呆れた様子だった。
「ほらアランさん、固まっていないの。まだゴブリンは居るのですよ」
アランは、ハッとなって我に返った。
真田とアランの周囲には、怒りを超えて殺意を目に宿らせているゴブリン達がいた。
真田とアランは死角をカバーし合うように、背中を合わせていた。
厳しい表情のアランは素早く剣を構えて、ゴブリン達に牽制を放った。
それとは対照的に真田は特に気負う事無く、刀を肩に乗せて何時もの調子だった。
「アランさん、やれますね」
「ああっ。ゴブリン如きに後れを取るような俺じゃ無い」
「そのゴブリンに背後を取られた人の台詞ではありませんね」
「う、うるさいっ!! ‥‥‥じゃあ、行くぞ」
「ええっ!」
その言葉を合図に、真田とアランは地面を蹴った。
己が目的を達成するために。
やっと初心者講習の回に入れました。
自分で決めておいてなんですが、ここまで来るのが長かった!!
後々の為に色々とやっておきたかった必要があったとはいえ、長い!!(まあ、更新が遅いのが1番のネックですが‥‥‥)
取り敢えず、今回のお話で物語が少し動きます。次回もお楽しみに。
誤字脱字矛盾がありましたら、ご指摘の方を宜しくお願いします。




