第36話 初心者講習の準備
メアリー誘拐事件解決から数日後の朝。メアリーを攫った主犯格のデータスは、メアリーとの生活に父親に買って貰った別宅では無く、父親の屋敷に居た。
父親であるエルサレット=グリビン子爵の邸宅は、城を中心とした上級区という貴族や大商人といった富裕層が居住している区画であり、真田やメアリーといった平民の立ち入りを厳しく禁止していた。
だが貴族といっても、爵位は子爵程度であり。城へと通じる道から大きく外れ、寧ろメアリー等の一般庶民が住む中級区の方が近い程だ。
しかし貴族というのは伊達では無く、素材は同様なのだが敷地には近くにある一般的な住宅の3倍以上はある邸宅があり。それを囲む庭園には色とりどりの鮮やかな植物や草木が、庭師によって何かの規則性の上によって植えられていた。
白のラフな私服のデータスは、少し諮詢しつつもある一室の扉をノックした。
少しすると短いながらも中から入るようにと言葉が、耳に入って来た。
気が重いデータスは、気が進まないとばかりにゆっくりとしながらもドアを開けて部屋に入って行った。
天井から吊るされている光を発する魔晶石によって照らされている書斎には、壁に沿って天井まで届きそうな本棚があり、表紙は茶色の帝国で発行している書籍、外国語で書かれている書籍が隙間無く置かれていた。
そして部屋の奥には木製の4つの引き出しがある学習机のような物に肘をかけ、その付属品である座面や背凭れに張り材として動物の革を使用し、クッション材としてガチョウの羽毛を贅沢に使っている肘掛け椅子に腰かけている男性が居た。
その男性こそが屋敷の主であり、データスの父親であるエルサレット=グリビン子爵だった。
エルサレットは白い肌に少し薄いショートの金髪。何処か淀んだ碧眼。顔は饅頭のような背丈はデータスよりも少し高いぐらいだ。体格はまるで相撲取りのようにぶくぶく太っており、黒を主体とし赤い線が等間隔に縦に走っている服が、立体的となっているかのように突き出していた。どこか劇に出て来るような悪徳商人のような雰囲気を醸し出していた。
データスは机の前に立ったが、父親とは視線を合わせずに少しズレた所を見ていた。
エルサレットはデータスを注意する事無く、ただじっと見ていた。
無音が書斎を支配する中、エルサレットは静かに口を開いた。
「何で呼ばれたかわかっているな」
少し諮詢しながらもデータスは小さく頷いた。
エルサレットはわざとらしく肩を落として、大きく溜め息を吐いた。
「平民の女1人を自分の物に出来ないとはな。儂も人を使って調べさせたが、相手はギルトの職員1人に冒険者1人。しかも新人で小僧1人なら、どうとにもなるだろ。情けない、それでも儂の息子か」
「違うんだ父さん。あれは全てが俺の手には余りあるものだったんだ。父さんが作ったルートであのギルトと接触し、俺の全財産を使って最高の暗殺者を用意したんだ。そして依頼通りにメアリーちゃんをアヴェドギルトから誘拐してきたんだ。そこまでは良かったんだ。だけれども」
データスは自身に受けた屈辱を思い出したかのように、身体を激しく渦巻く怒りで声が震えた。
「あのサナダとかいう奴の所為で全てが狂ったんだ! アイツの所為で俺は罪人のように床に叩きつけられ、雇った暗殺者も契約書を破棄して寝返ったんだ! 誰も味方が居ない孤立無援の状況のあの時は、俺にはどうしようもなかったんだ!!」
至近距離から放たれる大声にエルサレットは顔を顰める事無く、三文芝居を観ているかのように淡々としていた。
「それはお前の思慮の浅はかだったからだ。雇った暗殺者が裏切る事を考えもせずに、そのまま依頼を実行させたのだろ。‥‥‥どうせこれで平民の女を手に入れられると、浮かれたんだろ」
データスは図星なのか言葉を詰まらせた。
「儂なら自分に手が及ばないようにやるがな。合法非合法を問わずに」
エルサレットはニヤリと見た者を嫌悪感を抱かせるような脂ぎった笑顔を浮かべた。
データスは今更ながら思い出した。目の前にいる父親がどういった人物なのか。
そしてその裏に泣かされた人間たちがどれだけいるのか。
「しかし、そのメアリーとかいう女に興味が湧いてきたな。雇った暗殺者が依頼を破棄してまで、その女を助けるとはな。受けた依頼を途中で破棄するという事が、どれほどの事なのか分からんでもあるまい」
「父さん」
「わかっておる、お前の女を横取りするような事はせん。儂はもう少し脂がのった大人の女が好みだ。ただその女の素性が気になっただけだ」
「なら、いいけど」
データスは渋々ながらも、言葉を引っ込めた。
だが油断はならなかった。この女癖が悪い父親が何時メアリーに手を出してくるか分からなかったからだ。
徐にエルサレットは徐に椅子から立ち上がった。
呆然とするデータスを尻目に、エルサレットは分厚いステーキから滴り落ちる肉汁のような欲望に塗れた笑みを浮かべ。
「付いて来い。お前に貴族の力というものを見せてやる」
エルサレットとデータスは自家用の場所に乗って、アヴェドギルトへ向かった。
見送る使用人が人知れずにぼそっと呟いた。
「目標がアヴェドギルトに向かった事を確認。お嬢様に連絡を」
塀の上にいた毛並みが良い黒猫がにゃーと鳴くと、上級区の中に颯爽と消えて行った。
「そう言えばサナダさん、初心者講習の準備は終わったんですか」
そう投げかけられたメアリーの疑問に、真田は読みかけの文庫本から野菜の皮むきをしているメアリーにと視線をずらした。
真田は何時もなら雑用の依頼をこなしている時間帯なのだが、依頼書が掲示されているクエストボードを見ても、如何にもやる気が出なかったので本を読んでいたのだ。
仕事を休む事を決めたのはいいが、このまま宿に戻るのも気が引けた。かと言って帝都に来たばかりなので友人はおらず、ブラブラするのも面倒だなと思い。そこで買ったのはいいが読む事を完全に忘れていた棗漱石の著書、活発な少女からの当時の明治時代を見る『嬢ちゃん』を読む事にした。
基本的に玄関が開けっ放しなので、部屋と野外の気温に差は無く、読んでいる内に手がかじかんでしまうので1階の唯一の暖炉の近くで本を読んでいた。すると給仕係としての仕事が一段落したメアリーが近付き、真田の邪魔をしないように昼に使う野菜の皮むきをしていた。
真田は何か大切なものを忘れていたのを思い出したかのように、しまったと頭を抱えた。
「‥‥‥全く用意していないな。そうか、明日ですよね」
「そうですよ。ちゃんと掲示板に初心者講習の案内の紙が貼っているじゃないですか」
メアリーの言う通り掲示板の一番目立つ所に、初心者講習の日時や集合場所などが書かれている紙が数日前から貼られていた。
だがメアリーの誘拐事件やそんなものには興味を無しにと、無意識的に見ないようになっていたらしく、頭の中から綺麗に消えていた。
「ギルトが食料、テント、焚き火用の薪など、野宿で全体的に必要な物を負担するとはいえ。寒くなりますから防寒具、野外に出ますので魔物と遭遇しますから装備一式など、冒険者自身が必要なのは自己負担になるのですよ」
「帝都に来てからずっと中で過ごしていたから、忘れていましたけど。野外には危険な魔物が居るんですよね」
「危険と言っても新人のアハトでも対処できるので、サナダさんだと簡単なのでは?」
誘拐事件で自分を助けに来てくれた真田の実力の一端を知っているメアリーにとっては、真田によって魔物が簡単に切られていく場面しか思いつかなった。
だが真田は違うとばかりに首を振った。
「油断大敵。例え相手が格下だろうと一瞬の気の緩みが、そのまま死に直結しますから、気を引き締めなければならないのです」
「そうですか」
メアリーは気の抜けた返事をした。
荒事を行うギルトに所属しているとは言え、所詮は戦いに一切関わらない受付嬢。如何にもピンと来ていないようだ。
「しかし、今回は時間が無いから、保存食を買うぐらいしか出来ないか。帰り道に肉屋はありましたか」
「確か『ミートイッティング』というお店がありますよ。少し道を外れて路地にですけど」
「でしたら今日はその店に寄ってもいいですか。せめて保存食ぐらいは買っておかないと」
「それぐらいの事でしたら大丈夫ですよ。帰りの時に私が案内します」
「では、よろしくお願いします」
「はい」
メアリーは頬を紅潮させ、満面の笑顔を浮かべた。
冷えている冬なのだが、真田とメアリーの周囲だけ春の雰囲気を醸し出していた。
ところがそれを打ち壊す声が届いた。
「メアリー、ちょっといいか」
振り向くと其処には、先輩の男性職員がいた。
その表情は物凄く困っているように見えた。
「どうしたのですか?」
「お前にお客さんだ」
「お客さん?」
メアリーは意味が分からず何気なしに男性職員が指す方向を見ると、思いもよらない人物に、目は見開き口はポカンと開き、彫刻のように固まった。
真田は一切動こうとしないメアリーに不審に思い、その視線の先を見た。
そして納得した。何故メアリーがそうなったのか。
真田の視線の先にはエルサレット、データスが居たのだ。
真田は面倒事が舞い込んだなと内心溜め息を吐きながら、メアリーの方に視線を移すと、先程まで顔はあれ程血色が良かったのに、今は死者のように青白くなっていた。しかもよく見ると身体全身が小刻みに震えているのが見て取れた。
「(やはりか。あの時は口約束とは言え、データスがもう関わらないと言った以上、もう脅威が無くなった。それでもメアリーから一緒に帰る事をお願いされた時は、もしかしたらと思っていたが案の定だったな)」
真田は悲しみに暮れる孫娘を慈しむかのような優しい目をしたが、それも一瞬で奥に引っ込み元の表情に戻った。
「すみませんが、メアリーさんを宜しくお願います」
「あ、ああ」
戸惑う男性職員にメアリーを任せて、真田は此方に向かって来るエルサレット達の前に、これ以上近付けさせないように立ちはだかった。
進路妨害をする真田にエルサレットは怪訝な目で見ていると、何かを思い出したかのように頷いた。
「貴様がサナダか。何時ぞや息子が世話になったな」
「そう思うのなら、世話になるような教育をするな。お前の躾の悪さで一体どれほどの人間が迷惑を被ったか、考えてみろ」
エルサレットは見るからに平民である筈の真田の上から目線の言葉遣いに、不快感を感じ口元を無意識に小刻みに動かしていた。
エルサレットは無礼な真田を殴ってしまいたい衝動に駆られるが、ここで問題を起こしても何の得にもならず、寧ろ損しかないならないと考え、一先ず激情を抑え込んだ。
「それは申し訳無いと思っている。だからこそこうやって来たのだ」
「当たり前だ。何時から貴族の仕事に人攫いが追加された。もしそんな事になれば、お前達は民を導く貴族では無く、破壊するだけの只の蛮族だ」
「君は言葉遣いが悪いな。目上の者にはちゃんとした言葉遣いをした方がいい。これは多くを経験した者からの忠告だ」
「すいませんね。あんたのような育ちが良い所で育ってないんでね。こういう風な粗雑な言葉遣いしか出来ないんですよ」
人を小馬鹿にするかのような態度で話す真田に、エルサレットは怒りに似た感情が身体を突き上げるのを覚えた。
会話を聞く限り喧嘩をしているようには見えないのだが、真田とエルサレットの間には、肌を突き刺すかのような緊張感が漂っていた。
データスと御者、職員や冒険者などの周囲の人々は真田とエルサレットの会話をハラハラしながら見ていた。
平民である真田が貴族であるエルサレットに平気で楯突いているからだ。
庶民は貴族に従う。それはこの帝国の常識だ。
河が山から海に流れるように平民は王侯貴族に従い、王侯貴族は平民を従わせる。これは不文律のように、あらゆる人々に遺伝子レベルで刷り込まれていた。
もしこれを破るのならイレギュラーとして判断され、冤罪を着せさせられ、連行され形式上の裁判を行い、惨たらしい処刑方法で殺される。
だからメアリーはしつこく交際を迫るデータスに何も出来ずにいた。もし怪我でもされたらしたら、その後に何が待っているのかわかっていたからだ。
それに加えギルトとしては顧客である貴族の機嫌を損ねたくは無いという本音が見え隠れしていた。
ギルトは顧客からの仲介手数料で運営している。
貴族からの依頼は数としては少ないが、1回1回の仲介手数料が大きいかった。
だからこそメアリーの誘拐事件の時は、ギルトとして直ぐに動けずにいた。
「いい加減、そこからを退かないか。私は彼女に用があって此処に来たのだ」
「彼女は貴様の愚息の所為で、精神的に大きな傷を負っている。だから貴様たちを彼女に近付けさせる訳には行かない。‥‥‥さっさと家に帰りな」
エルサレットは自分の中で、ブチッ!!と、何かが切れる音が聞こえた。
そして気付いた時には真田の胸ぐらを掴んでいた。
怒りが沸々と滾っているエルサレットは自分の激情に流されるまま。
「貴様いい加減にしろ! 人が下手に出れば図に乗りおって!! ‥‥‥いいか、私はお前のような平民の人生をどうにでも出来る権力を有している。貴様がアヴェドギルトで仕事が出来なくなるようにも。このフィルド帝国にすらいられなくするようにも出来るのだぞ!!」
エルサレットは貴族の力を使って社会的に抹殺しようとしていた。
確かにそれだけの事を実行出来る力をエルサレットは有していた。
だが。
真田の声は背筋に戦慄が走るほど寒々しいものだった。
「やってみな。‥‥‥だがな、その前にお前が死ぬ事になるぞ」
真田の右手の指が不自然に動いていた。
それはまるで処刑に使うギロチンの刃を研ぐように指の筋肉を温めているように見えた。
ギルト1階ホールに一触即発の雰囲気が漂う中、それを鋭い声が打ち破った。
「お止めさい!!」
1階にいる全員が玄関を見た。
そこには1人の少女が立っていた。
セミロングの金髪で碧の瞳。真田より少し低いその少女は、自らの潔癖さを表すかのような胸元が空いた最高級のシルクの純白のドレスを着ており。腕には同じ素材の手袋を着けていた。また胸元には庶民が到底手が届かない、長方形の赤の宝石が埋め込まれた三日月型の金の首飾りをかけていた。
その後ろには同じ白のフルプレートを着た騎士数人が整然と並んでいた。
突然の見知らぬ少女と鎧姿の男達の登場に、全員が誰だろうと首をかしげていたが。唯1人、データスだけが目を見開いて、身体を小刻みに震わしていた。
少女は優雅にそして規則正しいテンポで歩き、エルサレットの前に立つと礼儀作法であるカーテシーをした。
「お久しぶりです、エルサレット=グリビン子爵。グレゴル=カノーヴィル公爵が三女、マリアンヌ=カノーヴィルです」
マリアンヌが自己紹介した効果は劇的だった。
あれ程怒りに身を任せ顔が真っ赤だったエルサレットは、血の気を失ったかのように青白くなり、真田の胸面を掴んでいた手は離され身体に隙間無く沿わせ、弾かれたかのように深々とお辞儀をした。
「お久しぶりで御座います、マリアンヌ様。先月、城で行われた舞踏会以来で」
エルサレットの声に先程までの威勢は無かった。
まるで親とはぐれた迷子の子供のような弱々しさだった。
それは無理も無かった。
同じ貴族なのだが、そもそも階級が違った。会社で言うなれば、エルサレットの爵位である子爵が課長と仮定するならば、マリアンヌの父親の公爵は副社長となる。
だから今の状況は、課長が自分の人生なんてどうにでもなる副社長の娘と話しているようなものだった。
貴族の力と云うものを知っているエルサレットは、今の状況というのが自分にとって危険な綱渡りをしているか十分すぎるまでに理解していた。
今のエルサレットは立つのに十分な木の床では無く、髪の毛ほどの細い糸の上を立っているような感覚に陥っていた。
「グリビン子爵、小耳に挟んだのですが、貴方の息子であるデータスがとある少女を無理矢理、連れ去ろうとしていると聞いたのですが、それは本当ですか」
マリアンヌの言葉に、エルサレットとデータスの身体が、ビクッ!!と、反応した。
だがマリアンヌはエルサレットたちの様子を気にする事無く、更に続けた。
「それに皆さんが噂をしていたのですが、子爵の羽振りがここ最近良いと言っていたのですが、何か事業でも当たったのですか」
「い、いえ。ま、まったく。こ、ここ心当たりは御座いません」
「それならば、子爵が羽振りが良くなった頃から、ある商会が急速に販路を拡大してきたのは偶然だという事に。ちょっと販路の拡大があまりにも不自然なものでしたから、私達が内偵を入れて調べると、このリストが出て来たのですよ」
マリアンヌは影のように後ろに控えていた壮年の執事から複数の紙を受け取り、 それをエルサレットの前のテーブルに置いた。
手に取ったエルサレットは更に血の気が引き、もう生きているのかどうか外見上から分からなくなるまでに青白くなっていた。
「そのリストには会った人物と渡した金額が書かれておりました。それにはなんと子爵の名前が載っていたのですよ。これも偶然なんですかね」
エルサレットは神経質に唇を震わせ、迷子になった子供のような震えた声で。
「マ、マリアンヌ様。こ、この事を知っているのは」
「そうですね。先日ですけど、父上と共に皇帝陛下にお会いする機会がありましたので、この話をしたら大変興味を持たれたようで、ぜひ子爵とお城でお話をしたいと言っておりました」
そこで全てが決まった。
エルサレットは膝が崩れ四つん這いになり、何も映さない虚ろな目で、『終わりだ。終わった。何もかも』とぜんまい仕掛けの玩具のように同じ単語を繰り返していた。
突然の事に付いて行けずにデータスは、自分ではどうしたらいいか分からず、あたふたしていると。
「データス。あなたにはメアリー誘拐と庶民に対する暴行など、父親の力で揉み消していた数々の事件について聞きたい事がありますから、父親と共に取り調べを受けて貰います。‥‥‥連れて行きなさい」
マリアンヌの合図とともに後ろに控えていた白い鎧の騎士たちが、混乱しているデータスと四つん這いになっているエルサレットの両脇を抱えると、罪人のようにそのまま外に連れて行かれた。
周囲の職員や冒険者たちは呆然と見ていた。
マリアンヌは連れて行かれるエルサレットたちから視線を真田へと移した。
「お久しぶりとはまではいきませんが、お久しぶりですサナダさん。帝立スキエンティア魔法学園の生徒会長で御座います」
「ああ、あの時の生徒会長さんか。あの時は案内ありがとう」
「いえ、生徒会長としての役目ですから、当然の事をしたまでです」
「そう言ってもらえると助かるよ」
メアリーは真田を別の生物を見ているかのような驚きの目で見ていた。
相手は公爵家の娘、学園に通っているとはいえ自分たちの身分とは天と地の差があり、友人のような気軽さで話していいものでは無かったからだ。
「ところでサナダさんは貴族というものが怖くないのですか。貴方とエルサレットとの諍いを一部始終見させてもらいました。同じ貴族から言わせてもらいますが、一番爵位が低い男爵すら、庶民の生活を根底から崩す事が出来る権力を有しています。そんな貴族を相手にあのような振る舞いをするのは、あまり賢明とは言えませんよ」
「別に賢明でいる必要はない。例えこの国に居られなくなったら、別の国に行けばいい事だけだ。この世界はこの国だけではないからな」
「悔しくないのですか。理不尽に仲の良い友人や親兄弟とも別れさせられて、自分の事を誰も知らない土地に行くなんて」
「それは構わないさ。結局、俺の自業自得だからな。‥‥‥だが、それに付き合わせられた人達には申し訳無いと思っている」
マリアンヌは特に驚きも怒りもせずに、寧ろその答えに満足そうに頷いていた。
「そうですよね貴方はそういう人ですよね。でなければあの時、データスを殴ってはいませんよね。それを確認を出来ただけでも此処に来たかいがありました。‥‥‥さて、あまり長居しますとそちらに迷惑がかかりますので、私はこれにて退散させていただきます」
「ああ、そうしてくれ。これ以上居たら、凄く面倒臭い事態が起こりそうなんでね」
「ふふふ、そうさせていただきます。‥‥‥メアリー」
「はっ、はい!」
まさか自分に声が掛けられるとは思っていなかったメアリーは、驚いて背筋を物差しを入れたかのように真っ直ぐ伸ばした。
「今回のデータスが起こした誘拐事件はごめんなさい。データスが貴女に嫌がらせをしているのは気付いていたけど、余程の事が無ければ、他の貴族に対して公権力を行使出来なかったの。本当は最悪の事態になる前に、エルサレットと共に牢屋に入らせたかったけど、巧妙に証拠を隠していたから、こんなに遅くなってしまったわ。許してくれるかしら」
「ゆ、許すも何も。こうして気に下さっただけで、私は充分で御座います」
「そう、ありがとう。‥‥‥メアリー、これだけは覚えていてね。貴族はああいう者だけでは無いと。ちゃんと国家や民の為に尽力している者も居る事を」
「はっ、はい」
「それでは失礼させていただきます。サナダさん、メアリー、それではごきげんよう」
マリアンヌは最初と同様に、カーテシーをしてから、壮年の執事を引き連れてギルトの外に出て行った。
嵐のような騒動が過ぎ去り、職員や冒険者は元の生活に戻ろうとしたが、繰り広げられた一連の光景に呆気に取られ、誰も動けずにいた。
「なんだったんだでしょうね、サナダさん」
「さあ、なんだったんでしょうね。まぁ、言える事は貴族の自浄作用とギルト側の心証の低下の阻止でしょうね」
「‥‥‥どういう意味ですか?」
メアリーは言っている意味が分からず、温まろうと先程座っていた座り直した真田に聞き返した。
「言葉通りの意味ですよ。汚職をしていた貴族が同じ貴族によって裁かれた。貴族自体の腐敗を防止し、他の貴族への牽制と世間体への衝撃の低下。また今回のメアリーさんの誘拐事件で、ギルト側からの貴族への心証がガタ落ちになりました。それに今回来た事で印象は、更に悪くなったでしょうね。でも同じ貴族が来て、厄介者の貴族を倒せばどうなりますか。ああ貴族はちゃんとやっているなと、ただ偉そうにしているだけでは無いなと、思うかもしれません。そうなればギルト側からの貴族への心証は和らぐ事となりますからね」
「そんなに上手くいきます?」
「きっかけとなるのは確実でしょう。こんなに職員や冒険者の人達が居るのですから、誰かがこの件を話す事となるでしょ。そうなれば乾いた田畑に水が流れるがように、噂が人々の間に広がっていきますので、決して悪い方向にはいかない事は確実です」
「では、マリアンヌ様はそこまで狙っていたと」
「そこまでは分かりません。ただ公爵家ですから、社交デビューはしていてもおかしくはありません。あの醜く浅ましい欲望が渦巻く所で、簡単な権謀術数が出来なければ生きて行く事が出来ませんからね。狙っていたとしても何ら不思議ではありません」
「そんなものですか」
「そんなものですよ」
納得したかのように頷くメアリーは、ボソッと一言呟いた。
「なんだか、サナダさんって貴族の方みたいな考えをしていますよね」
その瞬間、呆然とする真田の身体は見えない糸に引っ張られるかのように地面に勢いよく倒れた。
バタァァン!!と、何か鈍い物同士が当たったかのような音が鳴った。
メアリーは慌てて倒れた真田に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですかサナダさん!?」
起き上がる真田は苦々しそうな表情をしていた。
「メアリーさん、冗談でもそういうのは止めて下さい。私はあいつらと一緒にされるのだけは勘弁ですから」
「でも‥‥‥」
「メアリィ!!」
それは普段滲ませない激しい怒気を含ませた声だった。
メアリーはなぜ怒られたのか理解できなかった。
国や領地の指導者たる貴族みたいに、先見性が高いと言いたかっただけなのに。
混乱するメアリーの瞳には、雫が溜まっていき。
「ご、ごめんなさい」
親に叱られた子供のように縮こまって謝罪をした。
その姿を見て真田はしまったと頭を掻いた。
「(ああ、やってしまったな。貴族どもと接触して気が立っていたとはいえ、何の関係も無い少女に当たって泣かせるとは、情けない。こういうの避けようと努力してきたというのに)」
真田は後悔から滲み出る苦汁に苦々しく思っていると。
「ああ、サナダ君がメアリーちゃんを泣かしている。いけないんだ」
主に小学生低学年ぐらいの子供が言いそうな言葉に、真田とメアリーはバネが弾かれたかのような勢いで、声の方を向いた。
そこにはメアリーの同僚であるフィリスが立っていた。
「ど、どうしたの、フィリスちゃん?」
「上司が今回の騒動について聞きたい事があるから、サナダ君とフィリスちゃんを呼んで来いと言われてきたの」
「そ、そうなの、ありがとう」
メアリーは泣いていた事を誤魔化すかのように、そそくさと事務室の方へといった。
真田もその後を追うとしたが、フィリスの手がそれを遮った。
そして瞳に光を宿さず、地獄の底に届きそうな低い声で。
「次は無いと思え」
そう言うとそれ以上は興味は無いと、フィリスはメアリーの後を追った。
真田は誘拐事件で戦ったアベル以来の、背筋に氷が当てられたかのような恐怖に身が竦み、身体を動けずいた。
結局、直属の上司だけでは無く、騒ぎを聞きつけた他の上役たちが来てしまい。 真田とメアリーの事情聴取は、メアリーの就労時間ギリギリまでかかってしまった。
交代要員も来ているので、これ以上ギルトに居ても何もする事が無いので、真田とメアリーは2人揃って帰路に着いていた。
真田の背中には今までには無かった、大小2つのファスナーがあるADIDOSのロゴが入っているポリエステル製の黒のリュックを背負っていた。
真田とメアリー、普段見せないような疲れた表情をしていた。
「疲れた。貴族共が来た後の事情聴取で疲れるってどういう意味?」
「仕方がありませんよ。グリビン子爵が来られて、更に公爵家の御令嬢であるマ
リアンヌ様が来られたのです。実際は何もなかったですけど。本来なら私たちでは無く、事情を聞いた上役の人達が応対しなければいけない事なのですよ」
「それは分かっていますよ。‥‥‥今日は疲れましたから、さっさと保存食を買いに肉屋に行きましょうか」
「それもそうですね。こちらです」
メアリーが指す路地の方へと真田は進路を変えた。
当然のことながら、帝都フィルドには冷蔵庫等の食品を長期間保存を出来るような物は置いておらず。食品の保存方法は精々日当たりの悪い場所に食品を置いとくか、長期間長持ちにするように保存食にするかぐらいだった。
だが保存食と言っても食用の部分以外を取り除き、真空状態にして高温高圧での加熱殺菌された、真田が日本でスーパーでよく見かけた科学技術満載の缶詰は置いておらず。漬物のように塩の脱水作用を利用した塩漬け、木材を燃やした熱で脱水、煙に含まれる殺菌作用が強いフェノール類で殺菌処理した燻製等だった。
フィルド帝国がもし日本や東南アジアのように米を主食とするようならば、野菜が塩漬けしたものがあったかもしれないが。パンを主食としているので野菜は合わず、必然的に他の食品、牛や豚といった家畜や魚の肉があてがわれた。
「あそこですね。精肉店、ミートイッティングですね」
メアリーが指した先には周囲の建物と同じような煉瓦と木材の家が建っており、出入り口の木の扉には鉄の棒で吊るされ、肉の絵が彫られた長方形の木の板が垂れ下っていた。
それは大通りから路地に入り、幾つかの角を曲がった所にある精肉店だった。
メアリーが扉を開けると扉の内側にある鈴が、チリンチリンと、店主に来客が来たのを告げた。
メアリーの後に続き真田も入ると、薪割りの依頼で行ったセルマの家のように壁が各部屋に区切られている訳では無く、1階部分をホール構造に改装していた。また部屋の奥には2階へと通じる階段と扉があった。
客と店の領域を分けるかのように、真田の胸の高さまでの商品を陳列する棚が設けられいた。
その奥には加工場なのだろうか、肉を加工する用のキングサイズのベットのような大きな机があった。
紅瞳でショートの赤毛で、顎にはたっぷりと髪の色と同じ赤い髭を生やし。背丈は真田の頭2つ半大きく、緑の服の上に白いエプロンを着たプロレスラーのようなごつい体格の男性が、女性客の接客をしていた。
真田にとっては、なんで冒険者していなのかと疑問に持つ恵まれた体格だった。
そして何より特徴的なのが、店主の頭の上には髪の色と同じ尖がった三角形の猫のような耳と尾骶骨部から伸びるシンプルな赤毛の細長い尻尾があった。
赤い猫耳は辺りを窺うかのように小刻みに動き、尻尾は男性の気持ちを表すかのように左右に大きくゆっくりと振っていた。
真田は横を歩くメアリーに、他の人には聞こえないような小声で。
「メアリーさん、目の前の男性ってもしかして」
「ええ、猫の獣人であるワーカッツェ族のハインズさんです」
「そうなんですか」
ワーカッツェ族。猫と人間の両方の特徴を併せ持つ、人の一種。流石に原種である猫の能力に遠く及ばないが、それでも人の数十倍の嗅覚と人が聞き取れない高音域を聞き取れる。また夜目と俊敏性に優れ、里を離れ街に来た多くのワーカッツェ族は、特性を生かし街の自警団や騎士、ギルトに所属していた。
「毎度あり!!」
清算を終え、帰ろうとした女性客の顔を見てメアリーは驚きに満ちた表情をした。
「お、お母さん!?」
メアリーから母親と告げられた女性も驚きの色を示した。
「あら、メアリーじゃないの? 此処で会うなんて珍しいじゃないの」
メアリーから母と呼ばれた女性は歳は30代後半ぐらいで、腰まである毛先がウェーブしているロングの金髪、碧の瞳だった。桃色の長袖のワンピースを着ていた。目は少し垂れていて、何処かおっとりとした雰囲気を出していた。また腕には木製のカゴを下げていた。
「お母さんこそどうして此処に? 今の時間帯なら家に居るのに」
「それがね。お母さん、ちょっと暖炉で転寝していたら、そのまま寝ちゃって。夕食の用意が何も出来ていなかったから、慌てて此処に買いに来たのよぉ」
「えーー!!??? じゃあ今家に帰っても、夕食無いの!?」
「そうなるわねぇ」
のほほんとした母親の言葉に余程ショックを受けたのか、がっかりして肩を落とした。
「そんな事よりも」
「私はそんな事じゃない!!」
娘の必死のツッコミを無視して、ミリアムは視線を隣りへと移した。
「あなたの隣にいる方はどなたなの?」
真田は軽く頭を下げて。
「初めまして、アヴェドギルト所属のタクト=サナダといいます」
「ご丁寧にどうも。メアリーちゃんの母親のミリアム=カディックよ。‥‥‥なるほど、あなたがサナダ君ね。メアリーちゃんが言っていた通りの礼儀正しい人ね」
「ん? メアリーさんがですか?」
「そうよ、夕食の時にいつも話しているのよ。サナダ「わあああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
自分の恥ずかしい事が暴露されそうになり、耳まで真っ赤になっているメアリーは、空気中に漂う霧を霧散させるような鼓膜が破けるような大声を出した。
それをミリアムと真田は驚きを持って見ていた。
「ど、どうしたんですかメアリーさん、いきなり大声を出して」
「えっ、あのそのですね。な、何と言いますか。‥‥‥そ、そんな事よりも早く保存食を買わないと、宿で夕食が食べれなくなりますよ」
「えっ、別に急がなくても余裕で。‥‥‥ちょ、ちょっと、メアリーさん!?」
自身の恥ずかしさを紛らわすかのようにメアリーは、真田の背中を押して強引にカウンターへと押しやった。
メアリーの行動が理解出来ていない真田は首を捻っていた。
ミートイッティングの店主、ハインズはニヤニヤと口元を大きく歪め。
「いらっしゃい。保存食ならこっちだよ」
棚には多くの生肉の塊、それを長期間保存できるようにした塩漬けや燻製にされた肉が陳列していた。
重量が約10kgはありそうなブロック化され、グロテスクでは無いが生々しさが感じ取れる血抜きされた肉の塊が、木の大皿の上に載っていた。それも1つでは無く、羊、豚、牛等の一般的な家畜の肉から、ゴブリンやオークと言った魔物の肉まで売られていた。また皿の前には商品名と100ポド(1ポド=1グラム)○○○フラルと木の板に書かれていた。
真田は特に考える事無く一瞥し、目的の商品を指さし。
「この塩漬けの牛肉2つと、燻製された豚肉を2つお願いします」
「あいよ! 少し待ちな」
威勢の良い男性は仕切りのような棚に近付き、注文の肉とその数を取り出した。
「はいよ。塩漬けした牛肉2つに、豚肉の燻製2つ」
男性は棚の上に横が約20cm、縦が約6cm位のブロック化した肉の塊を置いた。
近くに置かれているランプの灯が、微妙に光沢を放つピンク色の牛肉と燻されて表面が茶色と変化した肉の塊を照らしていた。またその両方には網の目のように縦横無尽に白い糸で、肉が零れ落ちないように固定されていた。
「塩漬けした牛肉2つに、豚肉の燻製2つだから、合わせて2,400フラルだな」
真田は完全に閉じていた黒のジャンパーのファスナーを少し開けると、首から下げていた小銭入れを取り出した。
そしてシング銀貨2枚とエシュ銀貨4枚を取り出し、肉の塊の横に置いた。
男性は置かれた硬貨が値段通りにある事を確認し、棚の上に置いていた木の箱に硬貨を入れた。
真田はラップや透明なビニール袋等で包装されていない、剝き出しの肉の塊をそのままリュックに入れるとバックが汚れると考え、背負っていたバックを右腕を使って胸の前に移動させた。そして閉じている主要収納部のファスナーを開け、そこからある物を取り出した。
それは1羽の飛び立つ鶯がプリントされている、スーパーでよく見かける普通サイズの白いビニール袋だった。
真田がそのマークを使っているスーパーで買い物した時に、清算の時に入れ物として貰ったで、便利そうだったのでそのまま亜空間へと収納した。
見ていたハインズは初めて見る白いビニール袋に、驚いた様子で見ていた。
背負っていたリュックには元から何も入っておらず、出す時にリュックに手を入れ瞬間にノーシェバッカスを発動させ、真田は亜空間からビニール袋を取り出したのだ。
4つの保存食をビニール袋に入れている真田の後ろ姿を、ミリアムは見ながら隣のメアリーに声をかけた。
「ねぇ、メアリーちゃんの目から見てサナダ君って、冒険者としてどう。大成出来そう?」
「うーん、無理かな」
ミリアムは娘であるメアリーの答えに、意外そうな顔をした。
普段のメアリーからの態度から考えれば、出来ると言い張ると思っていたからだ。
「サナダさん、全く大成する気なんて無いもん。やっている依頼も魔物の討伐等では無く、雑用の依頼をこなしているだけだもん。これじゃ冒険者のランクが上がるだけでも時間がかかるよ」
「そ、そうなの」
ミリアムは淡々と話す娘の横顔を驚いて見ていた。
メアリーは真田の後ろ姿を、複雑な思いで見ていた。
本当はメアリーとしても、真田は一流の冒険者に大成すると言いたかったが。真田本人がそれを望んではおらず、誘拐事件で発揮した実力を言わないでくれとギルトに帰る時に頼まれたのだ。
メアリーとしても救ってくれた恩人の頼み事を、無下にする事が出来ず承諾した。
だからギルトに帰って来た時の上役からの事情聴取の際には、お互い口裏を合わせ。『メアリーを救い出す事が出来たのは、警備の人間が少なかった事と名も知らない男性がデータスの屋敷で暴れていたから、その混乱に乗じてメアリーを救い出した』と、微妙に嘘っぽい事がギルトの正式な報告書にもなっていた。
名も知らない男性、アベルに関しては真田とメアリーは知らないの一点張りで突き通した。
実際に知らないのだから、元から問題は無かった。また冒険者最大のギルトであるアヴェドギルトのギルト長を、呼び捨てで言う人物を知っていると面倒臭くなると真田は考え、メアリーにアベルに関しては名前も知らないに、突き通してくれと頼んだこともあった。
メアリーは真田が何故そうするのか、分かっているつもりだ。
だけれども自分を救ってくれたあの勇姿が、他の人に分かってもらえない事に残念で仕方が無いが。その一方であの勇姿を知っているのは自分だけという、その特別感が嬉しいのも事実だった。
保存食を亜空間に詰め終えた真田は、頬が緩みかけているメアリーに近付いた。
「メアリーさん、終わりましたよ」
「はい、では帰りましょうか」
真田はミリアム親子を先頭に、ハインズの『毎度あり』との威勢の良い声を背後から受けて、ミートイッティングの扉を閉めた。
絶え間無くではないが、人がそれなりに歩いている路地を通って真田はメアリーの家の前に着いた。
「サナダさんどうもありがとうございます。わざわざ家まで付いて来て下さって」
「流石に女性2人だけで、危ない夜道を歩かせる訳にはいきませんからね。当然の事をしたまでですよ」
真田の言葉にちゃんと女性扱いされているんだなと、自分でも単純だなと思いながらもメアリーは嬉しそうに微笑んだ。
「メアリーがいつもお世話になっているから、それの御礼に夕食を御馳走しましょうか」
ミリアムの提案に横で聞いていたメアリーは、驚いて目を丸くするが、どこかその表情は嬉しそうなものにも見えた。
誘拐事件から真田とメアリーは昼食を一緒に取っているが、夕食を一緒に取る事となるとその意味合いが大きく違った。しかも家族と一緒という事はどういう事なのかも、メアリーは知っていた。そしてその後の事も!!!
真田はそんな桃色の幻想を破壊するかのように断った。
「折角のお誘いですが、申し訳無けありませんがご遠慮させていただきます。夕食は家族の団欒の時間ですから、そんな時間に見ず知らずの男が入れば、壊れてしまいます。私にはそんな趣味は御座いませんので、申し訳ありませんが」
「そうなの、残念ねぇ」
ミリアムはそう言葉で出すが、その声色は残念がっているように聞こえなかった。
寧ろ予定通りという感じだった。
メアリーは真田の言葉を聞いて、残念のようなでもホッとしたような何だか複雑な気分だった。
「それでは失礼します」
真田はミリアム親子に軽く頭を下げて、暗闇のカーテンが下りる路地を、宿屋に向けて歩いた。
明日行われる初心者講習に備えて。
今回は誘拐事件の後日談と初心者講習の前日談を合わせた話となります。
プロット段階ではタクト君とメアリーが武器屋や防具屋等の店を回る話でしたけど。よくよく考えてみると、単騎でテラン王国との戦争をやってのけたタクト君が、初心者講習程度で防具を買うというのも変な話なので、買わない方向に変更しました。だから更新が遅くなったのもありますが‥‥‥‥‥‥。
因みにどうでもいいのですが、作中に出て来たデータスの罪は空き家に無断で住んでいたや公共性の高い施設で暴れたりなど軽犯罪の罪ですね。基本的には親の力が無いと何も出来ない人間なので。
誤字脱字がありましたら、ご指摘の方を宜しくお願いします。




