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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第4章 フィルド帝国
35/65

第34話 迷惑問題 途中経過

<m(__)m> フライング土下座中。

 クエストの報酬を受け取り真田はギルト1階にある食堂スペースで屋台で買ってきた本日の昼食である肉の串焼きを食べ終えた。

 ゴミを他のと混ぜ座っていた椅子に戻り、食後の休憩にとぼんやりと天井を見ていると。


 「お帰りなさい、サナダさん。どうでした配達は」


 食事を終えたメアリーが担当である道具屋に戻ろうとした時、真田を見つけて寄って来た。


 「大変でしたよ。帝都に来たばっかりなので、何処に誰が住んでいるのかわからなかったので、近所や店の人に聞いたりして何とか配り終えましたよ」


 「それは大変でしたね。‥‥‥この後はどうされますか。またクエストを受けますか」


 真田は腕を組んで唸っていた。何をやるべきか天秤にかけながら考えていた。


 「やる事も無いですし。じゃんじゃんとクエストをしていきますか」


 「その意気ですよ。サナダさん」


 部員を奮起させるマネジャーのようなメアリーの掛け声に立ち上がり、真田は依頼書が張られている木のボードに行こうとしたが、何かを思い出したのかその場に立ったままだった。

 動こうとしない真田にメアリーは怪訝な目で見ていた。


 「そうだ。メアリーさん」


 「はい?」


 「夜は一緒に帰りませんか」


 メアリーの耳に届いた瞬間、頬には血液が逆流したかのように真っ赤になった。

恥ずかしそうに俯くと、もじもじと身体をくねらせていた。


 「あの、その。サナダさんの御好意は嬉しいのですけど‥‥‥」


 声はどんどんと小さくなり最後の方は聞こえなくなった。

 メアリーも年頃の少女だ。周囲には各年代の同性の職員がおり、休憩時間となると女性同士で集まり。どこそこの男女が付き合っているや、恋愛話、不倫話、時には猥談に華を咲かせていた。

 そういう環境にいるメアリーはその方向の知識は積み重なっていき、耳年増になったのは当然かもしれなかった。

 しかも帰る時間は夜近くになる。

 その時間帯に年頃の男が同じ年頃の女性を帰りに誘うという事は、つまり『そういう事』なのだろうとメアリーは受け取った。

 そして知識を総動員して起きるであろう出来事を想像してさらに顔を赤くした。

真田はそんなメアリーを首を傾げて見ていた。


 「あのー。朝にあのような事があったから、1人で帰るのは危険だから一緒に帰ろうかと誘ったんですがが、駄目ですか」


 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えっ?」


 メアリーは目が点になり、口を半開きとなってきょとんとした顔で自分を疑問符を浮かばせている真田を彫刻品のように固まって見ていた。

 裁判官が被告人に量刑を言い渡すかのような冷静な口調で。


 「だからですね。此処に来る途中でデータスに絡まれたので、帰る時も同じような事が起きるかもしれません。ですので危険な1人で帰るよりも、2人で帰った方が危険度も減ると思いましたので誘ったのですが」


 真田はメアリーが思うような下心ではなく、純粋に身の危険を心配して、一緒に帰ろうと誘った。

 固まる事、数秒後。メアリーは高速で真田から顔を背けた。

 手で確認しなくてもわかる程に顔には体温が集まり、真っ赤になった。耳には心臓がサイレンのように喧しく鳴っているのが聞こえる。

 先程とは違った恥ずかしさが、込み上げてきた。

 自分が思っていた『そういう事』ではなく、ただ自分の身を心配してくれる真田に安堵した。ただ少し残念と思ったのは気のせいだろうと、そう自分に言い聞かせた。

 いまいち事態を飲み込めていない真田がどうしたのかと顔を覗き込もうとしたが、メアリーはそれを手で制した。


 「ごめんなさい、サナダさん。今はちょっと見ないで」


 真田は顔を背けるメアリーを怪訝な目で見ていた。

 数度の深呼吸で落ち着いたメアリーは真田の顔を見た。若干まだ頬が赤くなっているが。


 「ではサナダさん、帰りは一緒にお願いしてもいいですか」


 「いいですよ。帰りはどれくらいになりそうですか」


 「一応、夜近くになったら交代の人が来たら帰れますから、帰るのはその時になると思いますけど」


 「それだと私の方が先に終わると思うので、食堂で待っときますね」


 「はい。それでは帰りの時は宜しくお願いします」


 メアリーは頬を紅潮させ、嬉しそうに微笑んだ。

 初々しい恋人同士のような砂糖を50倍濃縮した甘ったるい雰囲気を醸し出す2人の周囲にいる独身の男性職員や冒険者は内心一斉に、チッ!!と、舌打ちをした。



 外は夕日が地平線に沈み込み、水で薄めたようなぼんやりとした漆黒の黒が帝都を染めていた。

 それに伴い1階にある壁や天井にから吊り下げられている照明用の魔石が光を放った。

 道具屋の店番をしていたメアリーはほぼ定刻通りに来た交代要員と店番を代ると、自分の荷物を置いている職員専用の控え室へと向かった。

 その途中、チラッと目を横に向けると真田が座っているのを見ると、自身に安堵感が広がっていくのを感じられた。

 自分でもなぜ感じるのかはわからないが、真田が冒険者だろうと考えた。

 メアリーは受付の近くにある職員専用の控室に入った。

 そこには照明用の魔石に照らされいる複数の机が置かれており、事務担当の職員が山積みになっているギルト長に提出する書類と格闘していた。

 メアリーは邪魔をしないように部屋の奥へ静かに移動しながら心の中で「お疲れさま」と、付け加えていた。

 メアリーは奥の机にいる黒縁の眼鏡をかけたインテリ風の男性職員の前に立つと。


 「メアリー=カディック。本日の業務、終えました」


 「はい、お疲れ様」


 職員は極めて事務的で平坦な口調で、1冊の本を取り出し、あるページを開いた。

 そして今日の日付とメアリーの名前が書かれている欄を指で辿ると、ある方向に視線を移した。

 彼の視線の先には木製の大きな柱時計が、この部屋の主かのように堂々と鎮座していた。

 木製でローマ数字に似た数の記号が1から12まであり、黒の長針と短針が12を頂点として右回りに回っていた。

 この柱時計はフィルド帝国の技術の粋を集めて作られ、国内に数台しかない最新式の時計だ。

 その1台がここアヴェドギルトに置かれている。

 本来ならばギルト長室に置かれる筈だったが、今のギルト長が時計を置く事を嫌い、寧ろ職員たちの業務に使ってくれと、この部屋に置かれる事となった。

 今までは勤務時間を人の感覚で決めていたので、人によって勤務時間が長いや来るのが早いや不満やトラブルが続出していたが。この時計が置かれた事でそういった不満やトラブルは一気に解消し、今は職員たちはほぼ同じ勤務時間で働いている。

 また見るからに振り子の等時性を応用した振り子時計なのだが、時計からは一切の音が聞こえなかった。

 振り子時計ならばチクタクチクタクと振り子の小刻みに音が聞こえるはずだが、電子時計のように無音で時間を刻んでいた。

 男性職員は今時間をメアリーの欄に書き込んだ。

 メアリーは自分の所に時間が書かれている事を確認すると男性職員に小さく「お疲れ様」と言って、隣の部屋に行った。

 三方の壁一面に置かれている棚と中央に置かれた長机と長椅子が置かれていた。

 ギルトの職員は食堂でだいたい食事を済ませるが、たまに冒険者たちで混雑するのでその時は此処で食事を取っている。

 メアリーは正方形に区切られている自分の棚から籠を取ると、真田が待つ食堂へと行こうと部屋を出ようとしたが寸での所で止まった。

 メアリーは出入り口付近に壁に掛けられている唯一の鏡に映っている自分を見た。

 徐にメアリーは汚れてもいないのに髪を手で整えたり、制服に(ほこり)(しわ)がついていなか何度も叩いていたり、伸ばしたりしていた。

 愉快に口笛を吹きながら、遠足を心待ちにしている小学生のような楽しそう表情をしていた。

 その姿はデートに出かける前の少女のような仕草だが、幸か不幸かメアリーは気付いていなかった。

 何度も見る角度を変え、自分が納得するまで髪や制服を整えたメアリーは、「よしっ!!」と強く意気込むと、真田が待つホールへと向かった。

 正面玄関前で立っている真田を見つけたメアリーは楽しそうな笑みで近付いた。


 「お待たせしました、サナダさん。さぁ帰りましょうか」


 「ええ」


 楽しそうなメアリーは真田と肩を並んで帰途に就いた。

 そして後ろからの女性職員たちから生暖かい視線で見られている事には、とうとう最後まで気付く事は無かった。真田は気付いてが、あえて無視していた。


 帝都には電気やガスを使った街路灯が無いが、通りに沿って建つ住宅からのランプや蝋燭の明かりで薄ぼんやりだが何とか輪郭が見える石で出来た通りを照らしていた。

 照らされた道をしんしんと冷える外気の中、各店は閉店作業し、1日の仕事を終えた様々な人々が家や宿に吸い込まれるように急いでいた。

 真田とメアリーは人々の流れに沿うように歩いていた。


 「やはり夜に近付くにつれ、ますます寒くなっていきますね」


 「もうすぐ冬になりますから、これからどんどんと寒くなっていきますよ」


 「それは勘弁してほしいですね。寒いと起き上がるだけでも一苦労なのに」


 「あー、それわかります。せっかく温まった身体を冷やす事になりますからね。出来る事なら1日中、掛布団に包まっておきたいです」


 真田はベットの上で蓑虫のように全身を掛布団に包まっているメアリーの姿を想像して、小さく笑った。

 だがツボにはまったのか。次第に口元は大きく歪み、身体は小刻みに震わしていた。


 「もう勘弁してくださいよ。そんな蓑虫みたいになるなんて、卑怯すぎですよ」


 メアリーはポカンと固まっていたが、自分が笑われている事に気付き、頬を赤らめて冬眠前のリスのように膨らませてむくれた。


 「もう。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」


 「すみません。笑ったら駄目なのはわかるんですが、どうにも我慢が出来なくて」

 

 言葉では謝罪しているのだが、表情と態度が伴っていなかった。

 その態度にメアリーの怒りの度合いは長雨後のダムのように増していた。

 我慢の限界点に来たメアリーは、プイッ!!と、顔を背けて先程よりも明らかに速いテンポで歩き出した。

 やりすぎたと石のように固まっている真田からどんどんと離れていった。


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、メアリーさん」


 このままだとメアリーと離れて自分がここにいる意味を失ってしまう真田は、急いで先行くメアリーに追いつこうとした。

 メアリーは真田の速度に合わせるかのように、自分の歩く速度を速めた。

 数分後。何とか先行くメアリーに追いついた真田は何度も誠心誠意の謝罪の言葉を述べて、一先ずはメアリーの怒りを鎮める事に成功した。迫力で押し切ったともいうが。

 その後はあの店はなんなのか、あのパン屋のどのパンが美味しいか、あそこの食堂の店員は態度が悪いやメアリーが知っている他愛の無い談笑して歩いていた。

 真田は話の合間や自分が話している時に見せる、メアリーが無意識に行っている。摩擦熱で暖を取るように両手を擦り合っている姿が嫌に目についた。

 真田は少し諮詢するとズボンの両ポケットに手を突っ込むと、ノーシェバッカスを発動させた。

 隣にいるメアリーに悟られないようにごく自然な形に近い状態で、ある物を亜空間内を探していた。

 目を凝らしてみれば本来なら手を入れた事でポケットが膨らむとこだが、手を突っ込んでいる筈なのにポケットは萎んでいた。

 真田は目的の物が見つかると、メアリーに声をかけた。


 「貰い物で悪いですが、これを使ってください」


 話の途中でいきなり声をかけられた事に驚くメアリーを尻目に、真田は亜空間と不自然に膨らむポケットの中から1対の手袋を取り出した。

 それはポリエステル製の白い手袋だった。

 その手袋はミトンタイプのものだ。普通5本の指先を保護や物を掴みやすくするのにそれぞれ独立した袋があるが、これにはそれが無く親指以外の人差し指から小指までの4本を纏めて覆っていた。掴みやすさを排除して、手袋本来の保温性を高めた手袋だ。

 真田は訪れたとある商店街の福引の4等で引き当てたものだ。

 なぜ男である真田に女性物の手袋があるのは、開催したのが夏で、最後まで残っていた事に起因していた。

 渡された真田は福引抽選会のテントを片付けをする人達の横で、この時期に一番要らない物だろうと、景品の担当者のセンスに呆れながら亜空間に収納した。

 真田が持っている見た事の無い手袋に、メアリーは驚きのあまり言葉を失っていた。

 似たような物は家にもあるが、それは幾重の布を重ね縫いしたもので、真田が持っているものとは比べようが無いほど貧疎なものだ。

 それでも寒い日には暖を取るのに使うのには十分だが。

 目の前にある毛糸で作られた見るからに暖かそうな手袋は、帝都の大通りに店を構える貴族などの上流階級御用達の高級服飾店に並ぶような手袋と同等のものに見えた。

 そんな手袋を一冒険者に過ぎない真田がなぜ持っているのか、不思議で仕方が無かった。

 恐らく寒がっているのを見て、真田は純粋な善意で自分に渡そうとしているのは分かっているが、自分の中の常識と目の前の光景が一致せずに、脳の処理速度が追い付かずにメアリーは石のように固まっていた。

 真田は中々受け取らないのは持っている手袋が1度使った物だから、使いたくは無いが人の善意を無碍にもする事が出来ず、困っていると考えた。

 だから。


 「大丈夫ですよ。1度も使った事が無いものですから」


 「あっ、いえ。そういう訳では」


 メアリーは疑問を口に出そうとするが、何から言えばいいのかわからずに口をパクパクと餌を食べる魚のように動かすのみだった。

 言葉が思いつかなかったメアリーは少し固まった後、手を伸ばした。


 「あの、手袋使わしてもらいます」


 少し恥ずかしそうに頬を赤くして俯きながら、手袋を手に取った。

 メアリーは初めて感じる手袋のこの世の物とは思えない柔らかさに驚きを禁じ得ながら恐る恐るとゆっくりと片方の手袋を右手に装着した。


 「(な、何なのこれ!?)」


 手から伝わる最高級の羽毛の山に手を突っ込んだかのような柔らかさと、自分が持っている物とは比べ物にならない保温性の高さに頭が白く溶けるような衝撃を受けた。

 何時も使っていた手袋は手触りなどを一切無視した実用性。ただ手の保温をするだけの機能を高めたもので、見てくれなどは一切考慮に入っていなかった。

 これに慣れたらもう前の手袋は使えないと確信に近い思いを持った。

 メアリーは左手にも手袋を装着すると、手袋の素材の柔らかさを顔全体で確かめたいとの欲求が高まった。

 だが真田の手前でそんな恥ずかしい事は出来ないと我慢しようとするが、その思いとは裏腹に手と顔の距離は次第に近くなっていった。

 だけど。

 しかし。

 そんな相反する思いがメアリーの中を激流のように激しく渦巻いていた。

 とうとうメアリーは我慢できずに手袋を顔につけた。

 メアリーは顔全体で手袋の感触を顔を洗うかのように堪能していた。


 「(この感触、癖になる)」


 手袋に隠れて顔の表情は見えないが、柔らかさを堪能しているメアリーは頭のネジが何本か飛んだかような非常に緩みきった顔をしていた。


 「(ああ、幸せ。こんな物がこの帝都にあったなんて)」


 今の状況は外から見ればかなり恥ずかしく、道行く人たちは固まって動こうとしないメアリーを好奇の目で見ていた。

 メアリーは手袋で目隠ししている状態なので、それに気付く事は無かった。

 短い人生の中で一番幸せを感じているメアリーを真田は新しい玩具を与えられて喜んでいる子供を見る親のような優しい目で見ていた。半分ぐらいは生暖かさがあるが。

 手袋の感触を堪能しきったメアリーは、顔から手袋を離した。

 その顔には何か物事をやり切った者に表れる独特のすがすがしさが滲み出ていた。


 「サナダさん。こんな良い物を私が使ってもいいのですか」


 「それは是非。私が持っていても意味が無いものですから」


 「ありがとうございます」


 メアリーは晴れやかな笑顔で礼を言うと、抑えきれない喜びにニヤニヤと顔を歪めながら大通りを歩き始めた。

真田はそんな危険人物1歩手前のメアリーを、したがないなと苦笑しながら後を付いて行った。


 十数分後、大通りのある路地へと通じる曲がり角の前でメアリーは立ち止まった。

 それに伴い真田も立ち止った。

 メアリーは真田へと振り返った。周囲は薄暗くはっきりと見えないが、その表情は晴れやかなだ。


 「今日はありがとうございます。こうやって久しぶりに安心して帰れたのはサナダさんが付いて来てくれたおかげです」


 「そう言っていただけて幸いです。色々と我慢しましたからね」


 真田は最後の方をメアリーに聞こえない程の小声で呟いた。


 「それとですね。この手袋は洗って返しますので、明後日には返します」


 「あーいや。返さなくていいですよ。寧ろその手袋を貰ってください」


 「えっ!? でも」


 「それ女性用なんですよ。だから男の私が持っていても使う事が無いので、そいつも使ってくれる人間の傍にいるのが1番良いでしょ」


 メアリーは手袋と真田を交互に見返した。

 こんな高価な手袋、貴族が使うような物を自分が使ってもいいのだろうかと迷っていた。

 難しい顔をして少し諮詢した後。


 「わかりました。これは大切に使わせて貰います」


 「ええ。ぜひそうしてください」

 

 真田は捨てずに取って置いて良かったと満足そうに頷いた。


 「ではサナダさん、私はこれで」


 メアリーは大通りから少し離れている自宅に向かおうと、足をその方向へと向けた。


 「あっ、ちょっと待って下さい」


 自分の家に行こうとしたメアリーが足を止め振り返った。その表情は疑問の色を濃ゆく出していた。


 「明日の朝はどうしますか。多分またあいつが絡んでくると思いますが」


 「確実にそうなりますね。ですから朝は路地を使っていこうかと」


 メアリーは言っていくうちに悲しい顔になっていった。

 またあのような事になるのかと思うと憂鬱が精神を侵食していくのが感じた。


 「朝も私が一緒に付いて行きましょうか?」


 「いえっ。そこまでして貰う訳には」


 メアリーはこれ以上は真田を巻き込みたくないと拒否をした。

 相手は何せ貴族だ。下手に国家権力を有している分、何をしでかすかわからなかった。


 「(今回は来なかったけど、どこからか見ていたかもしれない。だとしたら、このまま次もと続けたら、確実にサナダさんも標的になる。そうなれば‥‥‥)」


 メアリーは思い描いた最悪の想像に、気が遠くなりそうになったが、何とか堪え意識を保つ事が出来た。

 もしそのようになればもう帝都には居られなくなってしまう。

 実際はデータスを殴った時点で、真田も標的に入っているのだが、思いがけない光景に呆然としていたメアリーはその時の記憶があやふやで、データスの言葉を思い出せないでいた。

 真田は対照的に気取った風になく、ただ自然に友人と話すように。


 「遠慮しなさんな。あんな奴の所為でメアリーさんが何かを我慢する事はないですから。堂々と大通りを歩いてギルトに行きましょ」


 それをメアリーは黙って聞いていた。

 言葉にしては陳腐で、ありふれたものだ。

 恋愛小説に出てくる異性を誘うような甘い言葉ではなく、かと言って冒険談の物語に出てくる万民を奮い立たせるような格言でも無い。

 ただギルトへ一緒に行かないかと誘っているだけだ。

 誘い文句としても酷く、これで一緒に行く女性は皆無だろう。

 しかもある程度事情を知っているとはいえ、出会ったばかりの人間からだ。

 自分でもひどく単純だなと思った。

 だけれどもメアリーはその言葉がとても心地よく、春の到来を告げる風のように暖かく感じられた。


 「(我慢しなくてもいい?)」


 メアリーは咀嚼するかのように反芻した。

 今までは我慢の一言に尽きた。

 あのデータスに出会ってから、ほぼ毎日だ。

 メアリーはこの1ヵ月、朝夕大通りを歩けば強引に誘われ、休日に友人と買い物していた時には1日中付き纏れ、気が休まる事は無かった。それ以来、友人と出かける事は無くなった。

 自分の面倒事に友人を巻き込みたくないメアリーは外に出る事は危険と思い、最低限の用事しか出ないようにして、休日も窓から聞こえてくる楽しそうな声を聞いて部屋に引きこもっていた。

 ただ家に居ても痺れを切らしたデータスが何時家に押しかけてくるか、常に不安との戦いだったが。

 いくら実家暮らしでデータスに付き纏われようが、生活するのには生活費を稼げ無ければならない。

 ギルトに向かうのに人通りの少ない路地を使っても、データスが付き纏っているのではないかと疑心暗鬼になり気が気でなかった。

 何も出来ない平民の自分が貴族のデータスに対しての精一杯の抵抗として、今の昼間のシフトを夜のシフトに変更して会わないようにしたが、何故かシフトの変更は認められずにそのままだった。

 何度も担当に掛け合ったが出来ないの一点張りで、理由が理由だけになぜシフトを変更しようとするのか言えずに口を噤んだ。

 それからは感情を置くに押し込め我慢をする日々が続いた。

 ただ嵐が過ぎ去る事だけを信じて。

 真田を見るメアリーの目には涙が溜まっていた。

 溜まった涙の一粒が頬をつたって地面に落ち、小さな水溜りが出来た。

 それを契機にメアリーの目からぽろぽろと涙が、次々と零れ落ちていった。

 身体の中に溜まっていた我慢を吐き出すかのように。

 自分が泣いている事に気付いたメアリーは手袋を外して涙を拭うのだが、それでも感情が止められないのか、涙は手の甲を濡らし続けた。

 何で自分が泣いているのかメアリー自身わかっていなかった。

 別にこれで全て解決した訳では無い。現状では何も変化はしていない。

 もし明日データスに絡まれたとしても何も出来なく、ただ消極的な抵抗しか出来ないだろう。

 それでも嬉しかった。

 ただそれだけだった。

 今までの自分の頑張りが認められたかのように感じた。

 もうメアリーには身体の奥底から湧き出る激情に振り回されて、涙を止める事は出来なかった。

 見ていた真田は突然の事に、パニック状態だ。

 ただ気を使ってギルトへ一緒に行こうと誘っただけなのに泣かれてしまったからだ。


 「(ええっ!!! 時間稼ぎだったけど一緒に帰ったので、ある程度は気を許したと思って朝もと誘ったけど、そんなに泣かれるほどに嫌なの!!?? もしかして帰るのも嫌々だったのか。一緒に帰ったのは俺がしつこく言うから、仕方が無しに!!!???)」

 

 嬉しくて泣き出したのだが、そんなことをわからない真田は非常に困った顔をした。

 逃げたいと一瞬、脳裏をかすめたがそんな事は出来ないと振り払った。

 此処に居てもどうにもならないと真田は強引だと思いながら、手を持ってメアリーに家の方へと連れて行った。


 今だ子供のように泣きじゃくるメアリーの手を持って真田は路地を歩いていた。

 たまにすれ違う人からの好奇の視線に晒されながら。

 真田は人からの視線を無視しながら、メアリーに家の場所を聞いていた。

 泣いているのでとてもじゃないが聞き取れる内容ではないので、迷子の子供を相手するかのような言葉で聞いていく事にした。

 メアリーに家の場所に着いたのは、それから数度の事だった。

 メアリーの家は帝都によくある家で、周囲の家をそのままコピーしたかのような佇まいだった。

 泣いていたメアリーも落ち着きを取り戻し、自分が泣いているのを真田に見られた事に少し恥ずかしそうにしていた。


 「すみません。お恥ずかし所を見せたばかりか、家まで送ってもらって」


 「気にしなさんな。あれぐらいは可愛いもんですよ。‥‥‥結局、朝はどうしますか」


 「あの、サナダさんが嫌では無ければお願いしても宜しいですか」


 「別にかまわないですよ。どうせ行く場所は同じですから」


 メアリーは晴れやかな表情となった。

 

 「でしたら集合場所は、先程の路地の入口辺りで宜しくお願いします。‥‥‥ではサナダさん、お休みなさい」

 

 「はい。お休み」


 メアリーは深々と一礼をすると、家の中に入っていった。

 そして中から複数の男女の楽しそうな声が聞こえてきた。

 真田はそれを一瞬少し寂しげな目で見ていたが、次の瞬間にはそれも霧散していた。

 そして真田は空腹の腹を満たそうと、泊まっている宿に向かった。

 

 翌日。窓から差す朝日に刺激されてメアリーは、睡眠を邪魔された事に多少の不機嫌さを感じながら意識は覚醒と向かっていた。

 羽毛の掛布団から出なければいけないが突き刺すかのような冷気がそれを邪魔し、まだまだ掛布団に包まっておきたくなるが、身を切るような断腸の思いで甘美な誘惑を振り切り、完全に起き上った。

 少し寝ぼけながらも白い寝間着から普段着へと着替え、朝食にとリビングへと向かった。

 母親が用意した朝食を終えたメアリーは一旦自分の部屋に戻り、木のハンガーにかけているギルトの制服に袖を通した。

 中流階級に位置するメアリーの家には鏡なんて高価な置いていないので、木の櫛で髪のブラッシングや制服に皺などが走って無いか間接的ではなく、自分の目で直接確認しなければならない。

 目立つ皺が無いない事に満足し、職場へ行こうと部屋を出ようしたが、ある事を思い出して立ち止まった。

 メアリーは振り返りベットの近くにある簡単な木の机に近付いた。

 そして置いてある白い手袋を手に取った。

 昨日、真田が寒そうにしていたメアリーに渡した手袋だ。

 メアリーは大事そうに白い手袋を持ち上げると、その存在を確かめるようにきつく抱えた。

 それはあの出来事は夢ではなかったことを確かめるように。


 「(サナダさん‥‥‥)」


 頬は紅潮し、目はとろんとしており夢見心地のように見えた。

 部屋は全身を締め付けるかのような冷気に包まれているのだが、メアリーの周囲だけは春を感じさせるような生暖かさが漂っていた。

 メアリーとしてはこのまま手袋を1日中抱えていたかったが、そこは外部に勤めている人間の弱い所。自分の我儘で他の人に迷惑が掛けられないと、渋々といった様子で手袋を手に装着した。

 母親にギルトに行ってくると言うと、ドアノブに手をかけた。

 今まではこのドアノブを開けるのが億劫で致し無かったが、今は違った。

 憂鬱なものが体を覆っていた薄衣が滑り落ちかのような安堵感を持って、ドアを開ける事が出来る。

 それは自分に白い手袋を渡した真田の存在が大きく占めていた。

 メアリーはドアノブにかけている手に力を込めると、そのまま開け放った。

 過去の自分を捨て去り、新しく始まる日々を受け入れようとするかのように。


 快晴で透き通るような淡い水色の空の下、メアリーは真田の待ち合わせ場所へと向かい、その待ち合わせ場所には先客がいた。

 真田だった。

 メアリーは真田を見つけた瞬間、心がほのかに温まり微笑みが浮かんだ。


 「おはようございます、サナダさん。待たせてしまいましたか」


 「おはようございます。私も先程来たばかりなので」


 なんだか恋人同士の会話をしているのだが、真田とメアリーは別に付き合っている訳では無く、ただデータスの魔の手からメアリーを守ろうとしているだけなのだが。


 「じゃ、そろそろ行きますか」


 「はい、宜しくお願いします」


 メアリーは多少の心臓の高鳴りを感じながら、真田と共にギルトへと向かっていった。


 十数分後、ギルトへ通じる大通りを他愛も無い世間話をしながら真田とメアリーは歩いていた。

 話のネタも切れて無言で歩いていると真田はふと、ある事に気付いた。


 「今日はあいつとは会わなかったですね」


 「そういえば、そうですね。‥‥‥ふふふ、サナダさんとのお話が楽しかったので気が付かなかったです」


 「そう言っていただけて、幸いです」


 真田は帝都に来る前に体験したテラン王国との戦争を色々な個所を改竄し、此処まで来る暇潰しに使った。

 女の子だからこういう血生臭い物語は駄目かと考えたが、冒険者のギルトに勤めているとあってかメアリーは新しい玩具を見つけた子供のように物凄く目を輝かせて、真田の改竄物語を聞いた。

 真田とメアリーは再び談笑をしながら、ギルトへ続く大通りを歩いていた。


 それを路地から見ている3つの視線があった。

 データスとその取り巻きの2人であった。

 データスは前を歩く真田とメアリーを悔しさのあまり血涙を流すかのような目で見ていた。取り巻きの2人はそれを少し呆れた表情で見ていた。

 「アニキ、そんな思いをするのなら朝行けば良かったじゃないですか」

 もう1人が同意するかのように頷いた。

 彼らは朝の日課のような気軽さでギルトへ向かうメアリーに接触しようとしたが、真田が一緒に歩いている事に驚き、咄嗟に人混みの中に隠れて通過していくのを見ているだけだった。

 

 「そんな事は分かっている。だがな‥‥‥」


 データスは激しい憤りが頭の中で渦巻きながらも、手を出せない事に悔しそうにして鼻を擦っていた。

 そこは昨日、反撃にと真田が殴った個所だった。

 会ったばかりの恰好が周囲の住人達と変わらぬ風貌だったので、女の子を助けて格好つけたい野郎だと思い、1回殴って自分の名前を言えば、引き下がるだろうと考えていた。

 だがそれはものの見事に外れ反撃を受けてしまった。

 それがデータスに邪魔された苛立ちと痛みによる敗北感を与えていた。


 「でもアニキ。あんな奴、魔法で一発じゃないですか。昨日は学園で魔法を放とうとしていましたし」


 「馬鹿野郎。街中で魔法をぶっ放してみろ、面倒くさい騎士どもが駆けつけてくるのが目に見えている。そうなれば出かけている親父の耳に届き、行動が制限されてしまうだろ。昨日は俺たちは学園の敷地内に居ただろ、魔術を扱う学校だ。魔法の流れ弾が1つや2つあってもおかしくないだろ」


 取り巻きの2人はいやそんな事は無いと反論したがったが、寸でのところで飲み込み、あははと曖昧な顔をした。

 データスが親の仇を見るような鋭い目で2人の行動を見ていると、何時も開いているギルトの正面玄関に吸い込まれるように入って行った。

 

 「ギルトに入ったか。これ以上は何もしなくてもいいだろ。‥‥‥しかし、あの野郎。メアリーちゃんが人が良い事を利用して、下心丸出しで近付きやがって許せね。‥‥‥なんとかしなければ、なんとかしなければ、なんとかしなければ」


 瞳に光を宿らせていないデータスはぶつぶつと独り言を呟きながら、帝都の街に消えていった。

 取り巻きの2人はそれを気味悪そうに見てながら、後を付いて行った。


 真田とメアリーは正面玄関で別れた。

 メアリーは担当者に来た事を告げると、別室の自分の棚に手袋を入れると、置いていた給仕用の白いエプロンを着て、食堂へと向かった。

 食堂の給仕は特にトラブルに見舞われる事も無く無事に終わり、夜からの交代要員と交代し、担当者に仕事が終わった事を告げ、別室の棚から白い手袋を手にすると、その部屋を後にした。

 時が経ち、メアリーは何時ものように雑用のようなクエストを終えた真田は帰りも一緒に帰る事としていた。

 同僚で年上の女性職員からからかいの言葉をかけられて、少し赤面しているメアリーは正面玄関で待つ真田と合流して、帰路へとついた。

 周囲が薄暗い中、真田とメアリーは黙って大通りを人の流れに沿って歩いていた。

 真田は沈黙を耐えかねて打破しようとどうしたものかと、何か話のタネが無いかと思考を巡らせていたが、女性が好みそうな話を持っていなかったので、結局黙って歩くしかなかった。

 だが隣を歩くメアリーは嬉しそうにして歩いていた。

 そこに不安や怖れといったものは無く、あるのは危機から脱したかのような安堵感が滲み出ていた。

 まだ出会ってまだ数日しか経ってないが、幼いからの友人のような信頼を寄せていた。

 黙って歩いていた2人は待ち合わせ場所の路地の入口に到着した。


 「サナダさん、今日もありがとうございます。此処まで来れば大丈夫です」


 「いや、此処まで来たなら家まで送りますよ」


 「大丈夫ですよ。ここら辺には近づかないみたいですから」


 「‥‥‥そこまで言うのなら」


 真田は否定できる根拠が無かったので、渋々といった様子で引き下がった。


 「それではサナダさん。また明日も宜しくお願いします」


 「ああ、また明日」


 メアリーは軽く一礼をすると、路地の奥へと消えていった。

 真田はそれを見送ると、宿へと足を向けた。


 その翌日、真田が懸念した路地でのデータスの横槍も無く、メアリーはその元気な姿を見せた。

 特にトラブルに見舞われる事も無く、いつも通りの日を過ごした真田とメアリーは2人一緒に帰った。

 そんなことが数日続き恒例となっているメアリーとの一緒の帰宅はぎこちなさも消え、板についてきた。真田としては限りなく不本意であるが。

 そんなある日、メアリーは腰まである長い髪を三つ編みにしてまとめている仲の良い同僚と昼食を取っていた。

 互いに違う業務内容なので一緒の建物に居てもそんなに会わないが、同時期でギルトに入り歳もほぼ同じだったなので、何回か顔を合わせると自然と仲良くなっていった。

 友人との昼食にメアリーは心の底から楽しそう、満開の花を思わせるような笑顔で談笑していた。

 食堂の焼きたてのパンをカボチャスープにひたして食べていると、メアリーは自分を見ている視線に気付いた。

 視線を辿ると対面で一緒に食事をしていた友人が食事を取らずに自分をじっと見ていた。


 「どうしたのフィリスちゃん。私の顔に何かついているの?」


 「ううん、最近よく笑うようになったなと思っただけ」


 「そう? 皆で食事をする時は結構笑っていたと思うけど」


 メアリーはフィリスがおかしな事を言うなと首を傾げた。

 だがフィリスは真剣な表情で、メアリーの言葉を否定するかのように首を横に動かした。


 「確かに楽しい話や可笑しい話の時は笑っていたけど、それは皆と合わせるようなどこかぎこちない、影の差した笑顔だった」


 フィリスの指摘にメアリーは、ピタッ!!と、動きを止めた。

 それは図星だった。ここ最近は心の底から笑った事なんて一度も無かった。


 「たまにだけど、冒険者が少なくて暇な時に何か思い悩むようになったよね。私が近くで声をかけたり、冒険者が来ても全然気が付かない程に」


 「そ、それは‥‥‥」


 少し青白いメアリーは言い淀んだ。

 本部にはひっきりなしに依頼が舞い込むとはいえ、依頼してくるのは人間である以上、人々の日々の生活サイクルに左右される。

 だからどうしても仕事が多い時間帯と無い時間帯が出来てしまう。

 以前は空いた時間は編み物をしたり、書類の整理をしていたがデータスに出会ってしまってからは苦痛の時間となっていた。

 考えないように編み物や仕事に集中しようとしているのだが、それが余計にデータスの事を考えてしまい。結果的に悩む時間が増えてしまった。


 「ねえメアリー、私はあなたの親友と自負しているわ。だからこそ悩んでいるあなたの力になりたかった。‥‥‥だけど、ただ悩んでいるあなたを見ているだけしかできなかったわ」

 

 親友をこんな目に合わせている奴に対して、そして何も出来なかった無力な自分に怒りを覚え。フィリスは両手を固く握り締め、怒りで小刻みに身体を震わせていていた。

 メアリーは不謹慎ながらも自分の考えが間違っていなかった事に安堵した。

 嬉しかった。

 他人の痛みを自分のように感じる事が出来る人間を友人として持った事が。

 それと同時に悲しかった。

 自分が良かれと思ってしていた事が、結果的に友人を苦しませていた事が。

 そして確信した。

 絶対にこの友人を自分の問題に巻き込ませてはいけないと。

 もし巻き込んでしまい何かの拍子で傷でも負ってしまったら、自分はもう2度とフィリスの顔を見れないような気がした。

 メアリーとフィリスの間には季節を逆行するかのように、春のような温かな陽気が差し込んでいるように見えた。

 メアリーは何物にも得難い喜びを噛み締めながら。


 「ありがとう、フィリスちゃん。私は大丈夫だから」


 「そうは思えないけど。‥‥‥でもまあ」


 折角の良い雰囲気をぶち壊すかのように、フィリスは近所にいる噂好きのおばちゃんのようなニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべた。


 「愛しの彼氏と一緒に考えているんじゃ、私はいらないよね」


 「彼氏? 私は誰とも付き合っていないよ」


 「またまたぁ、無理に隠さなくてもいいじゃない。最近冒険者登録をした黒髪の少年のサナダ君よ。付き合っているんでしょ」


 メアリーの表情がピタリと止まった。

 そして数秒後。言葉の意味を正しく理解したメアリーの顔は、耳まで熟したトマトのように真っ赤になった


 「なっ、何を言っているの!? 私はサナダさんとはそんな関係じゃないよ!!??」

 

 メアリーは舌を噛みそうなまでの早口で捲し立てて否定した。

 だがフィリスは懐疑的な目をしていた。


 「えー。此処毎日一緒に朝来て、帰りも一緒なんでしょ。これで付き合っていないと言ったら、世の中の恋人たちが付き合っていない事になるよ」


 「それはそうだけど。別に告白されてもいないし」


 恥ずかしそうに俯くメアリーに、フィリスは盛大に溜め息を吐いた。


 「あれだけ2人の世界を周囲に見せつけていたのにそれでいて付き合っていなとは、とんだ恋人たちね」


 「だ・か・ら、恋人じゃないって!」


 顔を真っ赤にして懸命にメアリーは否定しているが、フィリスはどこ吹く風と涼しい顔をして聞いていなかった。


 「まあ、それは追々ギルトの皆で追及するとして」


 「しないでよ!」


 メアリーのツッコミを、フィリスは当然のように無視して。


 「もし困った事が起きたら、相談してね。出来る限りの事をするから」


 「うん、ありがとう」


 メアリーは友人からの善意に嬉しさに顔を綻ばせながらも、胸中では絶対に巻き込ませてはいけないと悲愴な決意を新たにした。


 「あと」


 フィリスは周囲に聞こえないような小さな声で。


 「サナダ君との進捗状況も随時教えてね」


 「‥‥‥」


 一切の感情を無くした無表情のメアリーが、空になった木の皿でフィリスの頭を叩いたのはそれから数秒後の事だった。


 その翌日、メアリーはギルト1階にある食堂の給仕係をしていた。

 本来は違う持ち場なのだが、時間になっても交代要員が来ないので、仕方が無しにメアリーが代わりに給仕係をしていた。

 朝食時間が終わり、まだ昼食の準備をするのには幾分か早い時間帯。給仕係の仕事も落ち着き、メアリーは一息つこうと温かいお湯を飲もうとしたが、それを遮る声が飛んできた。


 「メアリー。木の桶に入っている残飯をゴミ捨て場に持って行ってくれ」


 「‥‥‥はーーい」


 邪魔された事に落ち込みながらもメアリーは、これも仕事だと思い身体を震え立たせて、調理場の中央に置いてある桶へと向かった。

 机にある円形の木の桶には調理の際に出た食材の皮や切れ端、食べ残した残飯などが隙間無く埋め尽くすされていた。

 少し嫌そうな顔をしながらもメアリーは桶を持った。

 メアリーの細腕にはズシリと重さが感じるが、持てない程では無かったので、落とさないように慎重に何とかゴミ捨て場に持って行った。

 ギルトの敷地内にあるゴミ捨て場には様々なゴミが山のように無造作に捨てられていた。

 食材の皮や切れ端、残飯は勿論の事。不要となった書類やギルトカード、寮の白いシーツや汚れた誰かの衣服までもが捨てられていた。

 定期的に炎の魔術を使える人間が纏めて燃やしているのだが、まだその時間になっていないみたいだ。

 メアリーは発せられる鼻を突くような酸っぱい臭いを我慢しながら、桶の残飯をゴミ山に投げ入れた。

 桶に何も残っていない事を確認すると、メアリーは休憩にと食堂に向かおうと後ろに振り替えった。

 振り返った視線の先には、1人の若い男性が立っていた。

 男は無表情でメアリーを見ていた。

 自分以外は誰もいないと思っていたので、男性がいる事に驚いたが、メアリーは制服を着ていないので部外者が勝手に入って来ただろうと考えた。


 「あの、此処は一応部外者は立ち入り禁止なので」


 「メアリー=カディックだな」


 流れを切断するかのように突然言われた自分の名にメアリーは、ビクッ!!と、肉食動物を見つけ警戒する草食動物のように固まった。

 目の前の男から発せられるただならない雰囲気に、メアリーは思わず身構えようとしたが、それよりも早く男が近付き腕を掴んで制止させた。

 メアリーが逃げようと抵抗するよりも早く、男はメアリーの視界一杯に右手を広げると。


 「彼の者に安らかな眠りを。シュラーフ」


 青白い半透明な手の平サイズの魔法陣が出現した。

 瞬きする間も無くメアリーの瞼は鉛のように重たくなり、常時目を開けている事が出来なくなった。

 興奮する暴れ馬ですら眠らせてしまうかのような強烈な眠気が、メアリーの意識に靄がかかったような状態にさせ、まともな思考が出来ずにいた。

 それ故に非常事態にもかかわらず助けを呼ぶ事が出来なかった。


 「(サ‥‥‥ナ‥‥‥ダさん)」


 メアリーは残り少ない意識で覚醒状態を維持させようと抗っているが、多勢に無勢。怒涛の大軍勢に少数が敵わないように、睡眠状態へと移行しようとしていた。

 そして次第に自立できるだけの力が維持出来なくなり、膝がカクンと折れ曲がって、このまま地面に激突するかと思われたが、その前に男がメアリーを起こさないように優しく抱き抱えた。

 それは遊び疲れた孫娘を抱き抱える祖父のような動作だった。

 男はほんの一瞬、穏やかな顔になったがそれも直ぐに感情の奥に引っ込み、元の無表情に戻った。

 男はメアリーを荷物を担ぐように右肩に乗せた。

 そして、次の瞬間にはメアリーを担いだ男の姿は無く、ただ木の桶が所在なさげに転がっているだけだった。

作中に出てきた『そういう事』とはどういう事なんでしょ?

作者の私ですらわかりません。( ゜ 3゜)~♪

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