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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第3章 人間の国へ
31/65

第30話 カドモニアの森防衛戦~フェイズ5 後始末

今回は2話連続投稿です。

 フェルデンを倒した『真田』が目の前に広がる軍勢を如何したものかと考えていると、左側から複数の気配が近付いて来ている事に気付いた。

 『真田』は警戒感を抱いて視線を向けると、眼帯をしている男が先頭の騎兵部隊が此方に近付いてくるのが見えた。

 それは機動性を重視し騎兵を中心としたゲルベルト率いる別動隊だった。

 本隊の方向から地響きのような轟音を聞いて、嫌な予感を感じたゲルベルトは進軍を中止して、別動隊を率いて駆けつけた。


 「(あれは別動隊か。全滅していない所を見ると、中間線を越えなかったのか)」

 

 『真田』は本隊に戦闘を仕掛ける時に懸念が1つあった。それは本隊とは別の位置に居た別動隊の事だった。

 本隊の事でかかりきりになるので、必然的に別動隊が自由になってしまう。別動隊の数程度でどうにかなるとは思わなかったが、念の為に進路上の中間地点の真上にアウクシリアを待機させていた。その際、中間地点を超えると自動的にトレノテンペストを発射するようにセットしていた。

 ゲルベルトは『真田』の近付くで倒れているフェルデンを発見した。


 「フェルデン!!」


 急いで倒れているフェルデンに近付き、馬を下りたゲルベルトはうつ伏せで倒れているフェルデンの身体を起こした。


 「フェルデン、フェルデン!! おい、しっかりしろ! 陛下を共に支えるという俺との約束を破るつもりなのか!!」


 今にも泣きそうな緊迫した声でフェルデンの身体を揺するが、血の気を失ったフェルデンは、なされるがままにゲルベルトの腕の動きに合わせて動いていた。

 幾ら動かしても動こうとしないフェルデンに、ゲルベルトはようやくフェルデンは死亡したのだと認識した。

 同期に入隊しライバルとして、衝突しながらも切磋琢磨しあった突然の戦友の死に、ゲルベルトは胸に悲しみが充満していたが、部下の手前で泣く事を我慢していたが、限界を超えて、目に涙を溜めて嗚咽が漏れ始めた。

 そんなゲルベルトを部下の騎兵達は、沈痛な面持ちで見ていた。

 ゲルベルトは応急処置用の白い布で涙を拭きとると、立ち上がり真田の方を向いた。

 その目は獲物を前にした肉食動物のような凶暴さが宿っていた。


 「貴様か、フェルデンを殺したのは」


 ゲルベルトの身が竦むような低い声に、『真田』は事実は変わる事の無い事実であるように感情を込める事無く平坦な口調で。


 「ああ、そうだ」


 その言葉を皮切りに、ゲルベルトは制止できない程の怒りが身体全体を支配していた。

 だから、無意識に黒の鞘から剣を取ったのは無理も無かった。

 ゲルベルトの剣は、黒の鉄鋼で作られたファルシオンという片刃で身幅の広い剣だ。

 血走った目でゲルベルトはファルシオンを『真田』に向けて構えた。

 『真田』もゲルベルトから発せられるただならぬ気配を察し、腰を少し落とし刃を上向きにして鞘に入れた。

 両者の間に振れただけでも爆発しそうな一触即発の気配を漂わせていたが、それを水を差す者が現れた。


 「ゲルベルト将軍。ゲルベルト将軍!!」


 馬を駆って大声を上げて此方に来たのは、魔術対策で同行しているアレックスだった。

 アレックスはゲルベルトの近くにまで来ると馬から下りた。

 ゲルベルトは視線を『真田』に向けてまま、口を開いた。


 「どうした、アレックス。今からコイツを殺すところだ。始まったら俺は周囲の事なぞ、一切気にしなくなるぞ」


 「将軍。あの者との戦闘をやめていただきたいのです」


 ゲルベルトは思いもよらない言葉に、耳を疑った。

 ギギギと錆びついた機械のようなゆっくりした動作でアレックスに向き、感情を押し殺すような低い口調で。


 「なんだと。もう一度言ってみろ」


 「あの者との戦闘を止めていただきたいのです」


 「止めろだと」


 「はい」


 「‥‥‥ふざけるな!!」


 鼓膜が割れるような大声を発した瞬間、ゲルベルト周囲の魔力の密度が急激に上昇した。


 「アイヴァン、フェルデン、そして多くの将兵達を死に追いやったアイツを殺すのを止めろと言うのか貴様は! 今、生かしておけば必ずや将来にわたって我等テラン王国に害を為すであろうアイツを!!」


 並の者なら身体の芯を打ち砕かれ自立できずに地に這いつくばるような迫力に、アッレクスは真正面から受けていた。


 「それでもです。確かに将軍はお強いです。ですがそれはフェルデン将軍と同等の強さなのでは無いですか!」

 

 アレックスの鋭い指摘にゲルベルトは口を噤んだ。

 確かにアレックスの言った通りだった。フェルデンとゲルベルトの実力は伯仲していた。

 2人の時間が合えば今までの決着をつけようと稽古場で模擬戦を行っており、通算成績は引き分けの数が断トツに多かった。


 「戦いに関しては素人の私ですが、あの者はフェルデン将軍を終始圧倒しておりました。その者に実力が同等であるあなた様が、戦いを挑んで勝てるというのですか!」


 ゲルベルトは何か身体から絶え間なく湧き上る激情を我慢するかのように、奥歯を砕くかのように噛み締めて聞いていた。


 「それに戦はこれで全て終わる訳ではありません。フェルデン将軍を失った今。将軍まで失う事となれば、周辺諸国に付け入るスキを与える事となります。そうなればテラン王国はどうなるか誰も予測がつきません」


 「だから、今戦う事を止めろというのか」


 冷静さを取り戻したゲルベルトの問いかけに、アレックスは大きく頷いた。

 一瞬の静寂の後、ゲルベルトはいきなり真上を向くと、


 「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 身体にあるものを全て吐き出すかのような獣染みた咆哮を上げた。

 突然の事に部下の騎兵達は、目を皿のようにしてゲルベルトを見ていた。

 ゲルベルトは一呼吸をすると殺意を宿らせた瞳で『真田』を見た。


 「小僧。名は?」


 『真田』は少し呆れ顔になった。


 「相手に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るものでは無いのか」

 『真田』の指摘に、めんどくさそうに舌打ちをした。


 「ゲルベルト=ブレットだ」

 

 「それはご丁寧にどうも。俺の名はシリー=ハーミットだ」


 『真田』の『名』を耳にしたゲルベルトは、鋭い険のある目でファルシオンの切先を『真田』に向けた。


 「憶えたぞ、シリー=ハーミット。その名、その顔、決して忘れない。貴様を殺すのは俺だからな、誰とも知らない奴に殺されるな」


 ゲルベルトの宣言を受けた『真田』は、内心面倒だなと鉛のように重い溜め息を吐いた。

 ゲルベルトは馬に乗ると、周囲に聞こえるような大声で。


 「これより我等は王都に撤退する。フェルデンを棺に入れると共に、撤退の準備をしろ!!」


 帰還では無く、撤退。ゲルベルトが発したこの言葉に、周囲の騎兵達は自分達は負けたのだなと初めて自覚した。


 「ゲルベルト将軍。後方は私に任せていただけないでしょうか」


 ゲルベルトはアレックスの申し出を一蹴しようとしたが、余りの真剣な表情を見て、どうしようかと迷ったが、最終的には根負けした。


 「貴様の好きにしろ。護衛に私の部下から数人つける事が出来るが」


 「ご厚意感謝いたしますが、大丈夫でございます。素人ですが魔術の腕はそれなりとは自負しております。それに逃げ回れば死ぬ事はございませんので」


 「そうか、そこまで言うのなら私からいう事は無い。命を無駄にするような事はするな。貴様のような若い力がテラン王国にはまだまだ必要なのだからな」


 「はっ!!」


 アレックスは申し出が通った事にゲルベルトに深々と一礼をした。

 少しして、部下から撤退の準備が出来たと言葉を受け、ゲルベルトは再び腹の底から出した大声で。


 「我等は王都に撤退する!! ‥‥‥帰るぞ我等の家に」


 ゲルベルトが王都ファルサの方向に馬を動かすと、部下の騎兵達は白い布に包まれたフェルデンの遺体と槍を携えて、後に続いた。

 後方で事の経緯を見ていた2つに別れた本隊は、列にバラつきが見られるも此処から一刻も離れたい思いが歩行速度を速め、ゲルベルトの後に続いていた。

 十数分後、アレックスは撤退して行く本隊が視界から消えると、『真田』へと振り返った。

 『真田』は警戒度をより一層上げて、目の前に居るアレックスの行動に注視していると、パチパチッ!!と、アレックスが満面の笑みで拍手をした。

 その拍手は同情でしているような事務的なものでは無く、素晴らしい劇を鑑賞したかのような心から賞賛するような拍手だった。

 『真田』はアレックスの行動に眉を顰めた。

 戦闘中で殺気や罵声等を浴びせられた事はあるが、拍手されたのは初めてだったので、どういう意図でその行動に出たのか皆目見当がつかなかったので、若干戸惑っていた。

 自分が気が済むまで拍手を続けたアレックスは、楽しそうな笑みを浮かべていた。


 「戦争も予定通り(・・・・)にテラン王国が負けたか。‥‥‥流石にお強いですね。『あの御方』が言われた通りの強さだ。やはりフェルデンみたいな小物では、相手にならなかったですか」


 そこには先程の仲間達への真摯さの欠片も無く、寧ろ小馬鹿にするかのような口調だった。


 「お前何を言っている。奴は貴様の部下では無いのか」


 「部下? 何を言っているんですか。あんな前時代の遺産みたいな奴の部下では無いですよ。今の立場が便利が良いから、あんな奴の部下をしているだけであって、本来は違う所属なのですから」


 「そんなにペラペラと内情を話してもいいのか」


 「心配して下さるのですか。大丈夫ですよ。私が此処で言う事、思う事、全て『あの御方』にとっては些細な事であり、了承済み(・・・・)ですから。罰を受ける事はありませんから」


 「了承済み?」


 『真田』はアレックスの言っている意味が理解できず、思わず聞き返した。

 アレックスは『真田』をそっちのけで、何か重大な事を思い出したかのようにハッとなった。


 「そうそう自己紹介がまだでしたね。組織名は今は言えませんが、そこに所属しております。魔術師アレックスと申します。偽名ですが、以後お見知りおきを」


 アレックスは身体を畳むかように、深々と頭を下げた。


 「偽名って、自分で言うか」


 「まあ普通は言いませんよね。でもこの場は偽名でも大丈夫ですよね。ねぇ、シリーさん(・・・・・)」


 『真田』は雷に撃たれたかのような衝撃を受け、目を白黒させていた。

 脳裏にばれているという文字が横切った。

 正直に真田拓人というと名前から追跡されそうだと考えたので、敢えて『真田』は偽名を使った。

 何時かはばれてしまうだろうと思っていたが、早々に露見してしまった事に『真田』は焦りを感じていた。

 対照的にアレックスはニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべていた。


 「その事をゲルベルトに言うのか」


 『真田』からの指摘にアレックスは心外そうな顔をした。


 「そんなセコイ事はしませんよ。それに私はあなたの名前がシリー=ハーミットでは無いという事だけしか知りませんから、あなたの本当の名前は知りませんよ」


 「それを信じろと」


 「別に信じてもらわなくてもいいですよ。私は此処で死ぬだけですから。私なんて『あの御方』やあなたの前に立っても、その辺に生えている草と同じですから」


 自分の生命に対してのあまりの無頓着さに呆れながらも、『真田』はジッとアレックスの碧色の瞳を睨むように見ていた。

 『真田』の身が竦むようなプレッシャーにアレックスは身動ぎ一つ出来なかった。

 不意に『真田』からのプレッシャーが和らいだ。

 息が詰まるようなプレッシャーから解放されたアレックスは、呼吸を落ち着かせようと一呼吸した。その額にはびっしりと冷や汗が流れていた。


 「いやぁ、私を信じてくれるわけですね」


 アレックスの言葉に『真田』は心底心外そうな顔をした。


 「アホか。敵か味方かわからない奴の言葉なぞ信じる奴など何処に居る。俺がお前を殺す事を諦めたのは、俺の名を知っているのが少なくとも、もう一人居るという事だ」


 『真田』は面倒だなと思いながら溜め息を吐いた。


 「組織の構成員であるお前が俺が言った名前が偽名であるという事を知っているという事は、お前が言う『あの御方』という奴は俺の別の名を知っている可能性が高い。俺は『あの御方』というのが誰で、何処に居るか不明な以上、俺の名が露見するのは時間の問題という事になる。となれば此処でお前を殺してもなんの意味が無いという事になるから、殺さないだけだ」


 アレックスは感心したように見ていた。


 「そこまで考えているとは、唯の剣術バカじゃないんですね」


 「お前が『あの御方』という奴から、俺に関してどんな風に聞いたか気になる所だが、俺はなんも変わらんよ。今も昔もただ剣に覚えがあるだけの無芸な人間だ。‥‥‥で、お前はどうする。言い訳作りに此処で俺に9割殺しされてみるか」


 『真田』はその辺の魔物よりも凶暴な笑みを浮かべると、アレックスに日本刀の刀身を見せつけた。


 「9割って、虫の息じゃないですか。そんなのは嫌ですよ! ‥‥‥でも言い訳作りは確かにしておかなければいけませんね!!」


 アレックスは興奮気味にそう高々に宣言すると、天に右手を(かざ)した。

 アレックスの魔力の高まりに呼応すると同時に、真田の真上に直径約20m程の魔法陣が展開された。


 「天の白き雷光よ。輝ける刃となりて、我が敵を撃ち滅ぼせ!! サンダーインベル!!」


 アレックスの右手が振り下ろされると同時に、魔法陣から幾多の雷撃の槍が雨として、轟然たる雷鳴を鳴らしながら降り注いだ。

 着弾する度に凄まじい衝撃に地面は抉れ、『真田』を中心に中規模のクレーターが多数形成されていた。

 『真田』は魔法陣が展開された同時にアイギスを発動させ、傷一つ負っていないかった。

 舞い上がった土煙が晴れるとそこにはアレックスの姿は無かった。

 逃がした事に悔しがることは無く、『真田』は周囲に敵が居ない事を確認すると警戒を解いた。

 『真田』は強張っていた筋肉が弛緩していくのが感じ取れた。

 そしてすぐに目の前の光景に憂鬱な気分に叩き落された。


 「薄々思っていたが、やはりあれの片づけは俺がやらないといけないのだろな」


 憂鬱な『真田』の目の前には、綺麗に真っ二つになっている一直線上に倒れているテラン王国軍の兵士と傭兵達の死体が無残にも晒されていた。

 自分がやった事とはいえ、その後始末をする事は憂鬱そのものだった。


 「仕方が無い。これも環境保全の一環だ」


 『真田』は足枷があるような重たい足取りで、死体の方へと歩き始め『戦争って、やっぱり割に合わない』と、愚痴をこぼしていた。

 大量の死体を片付けるのに1人では時間がかかりすぎるので、『真田』は人海戦術を取る事にした。

 後方の森に居るエルフ達に頼めば何とかなるかもしれないと思ったが、目の前に広がるショッキングな光景は見せられないと却下した。

 『真田』は仕方がないと溜め息を吐いて無属性魔術『ディムミーレス』を発動させ、そして『真田』の足元には淡く光る巨大な魔法陣が出現した。

 その巨大な魔法陣の中では、急速に周囲の光の粒子が集まり始め、徐々に人の形へと形成していき、光が治まる頃には青白い半透明な人の形をしたのが20体がバラバラに出現した。

 その身体的特徴は術者『真田』に酷似していた。

 『真田』は無残に転がっている死体を片付けさせるために、自らに似せた分身を作った。

 本来は数としては今回出した5倍以上多いのだが、死体を片付けさせるだけなので、魔力を絞って数を減らした。


 「よし、お前達は転がっている死体を中心に集めろ」


 音を聞く耳が無く、光の集合体であるので当然骨も無く、目も鼻も口も無いのっぺらぼうのような顔なのだが、一番近くにいた真田の分身はわかったと大きく頷き、他の分身体に指示を飛ばした。

 次の瞬間には、全ての分身体達は魔法陣の中にはおらず、前方にある転がっている死体や臓器をせっせと中心に集めていた。

 間違いなくトラウマ級の光景に『真田』は眉一つ動かす無く、死体の方へと歩いていた。

 数分後、『真田』の目の前には築き上げられた兵士や傭兵の死体や臓器で出来た、『真田』の最低でも3倍はあると思われる悪趣味な山が出来た。それと共に分身体は役目を終えて、姿を光の粒子へと変えていた。

 雨が降って山に清らかな小川が出来るように、悪趣味な山にも兵士達の身体から出ている真っ赤な血によって、幾つもの血の小川が流れていた。

 地獄の責め図かのような光景を目にして真田は。


 「死体の処理は燃やすのが一番なのだが、これだけの量があると地面に影響を与えずに、燃やしきるとなると骨が折れそうだな。‥‥‥だとすると、やはりあの方法が一番手っ取り早いか」


 『真田』は死体の山に向かって右手を翳すと、死体の山を中心に六芒星を中心としたぐるりと囲む巨大な魔法陣が出現した。

 『真田』は転移魔術『ヴァストセンド』を発動させると、中にあった死体の山は音も無く消え去った。

 死体の山が消えた事を確認すると『真田』はヴァストセンドを解除し、右手を何かから守るように目に翳すと、隙間から眩しそうに目を細めて、上空に燦然と輝く『それ』を見つめていた。

 そう『真田』は死体の山を太陽へと飛ばしたのだ。

 太陽は表面でも約6,000度になり、中心部では約1500万度に達する。ある意味ではゴミの焼却処分するにはうってつけの場所だ。

 そんな高温に人間の質量程度が耐え切れる訳が無く、太陽の近くに出現した魔法陣から放り出された死体の山は、太陽に近づける事は無く宇宙空間に出された瞬間に灰も残らずに燃え尽きた。

 地上からでは太陽まではあまりにも遠すぎて目に映らないが、『真田』は確信を持って死体の山は残らず燃えたと思った。

 焼却処分を終えた真田の目の前には大地に深々と入った亀裂とその周囲に広がる草を赤く染める血が残るばかりだった。

 『真田』はその光景を脳に焼き付けるかのように、じっと視線を逸らさずに見ていた。

 いつの間にか来ていた上空で待機させていたアウクシリアに『真田』は乗り、ミーシャ達がいる森へと戻って行った。


 数分後、呼び寄せたアウクシリアに乗っている『真田』の瞳は、カドモニアの森と草原の境界線辺りに男女数人が固まって此方を見ているのが見え、その近くに降りた


 「何しているんですか、皆さん」


 「何って。偵察用の鳥からテラン王国軍が撤退しているのが確認されたので、事情を知ってそうなタクトさんを待っていたんですよ」


 ミーシャは自分の手に止まらせている白い鳥を見せた。白い鳥は周囲を窺うように(せわ)しなく頭を動かしていた。


 「ああ、そうですか。私が飛行部隊を全滅させた後、そのまま本隊の方へと行き、指揮官を討ち取ったので、テラン王国軍は戦意を喪失して王都に撤退しましたよ」

 

 世間話をするような気軽さで結果報告をする『真田』に、ミーシャ達は信じられないものを見るような驚いた目で見ていた。

 真田はあの大軍勢をたった一人で追い返すと言ったが、まさかやってのけるとは思いもしなかったのだ。

 アシュリーは『真田』のやった事に驚きを通り越して、呆れていた。


 「もう君のやる事に驚くのは疲れたよ。じゃあもう、テラン王国の奴等はこの森へ来ないのね?」


 「そう考えるのは早計ですね。一部の血気盛んな奴らが敵討ちと言って、来る可能性は否定できません。後、1週間は部隊を置くのが賢明ですね」


 「やはり君もそう思うか。今回は味方は誰も傷つかずに終わると思ったが、現実はそう甘くは無いか」

 

 そう溜め息交じりに深刻そうに言ったのは、防衛戦の指揮を執っているアシュトンだった。

 当初は一番早く着いたダーナが住むリルトの警備隊長が作戦の指揮を執っていたが、カドモニアの森で1番の戦力を有するサガムからの戦力が到着すると、指揮権は自動的にリルトの警備隊長からアシュトンに移行された。

 数に任せて指揮権をアシュトンが取ったかのように見えるかもしれないが、これは森を守るのに必要な措置だった。

 もし各里の戦力同士が自分勝手に行動していたら、足の引っ張りあいを起こして連携が取れずに、少なくてもいい筈の被害が大きくなったり。部隊が全滅してしまって、侵入者が里に危険を及ぼす可能性も考えられた。

 それを防ぐ意味合いで、各里の長老達は会合で森全体を揺るがすような事態には、優先的に多くの戦力を有するサガムに指揮権を与える事を決定した。

 これに伴いサガムの警備隊長の条件も各里が納得できるような厳しい条件となった。

 前任者がこれ以上任務に着けないと判断された場合、各里中から警備隊長がサガムに召集され、適性試験を受ける事となった。

 アシュトンは見事、何時審査されたか分からないまま適性試験に合格し、晴れてサガムの警備隊長に就任し、その手腕を振るっていた。

 アシュトンは此の儘考えても仕方が無いと考え、前向きに気持ちを切り替えた。この気持ちの切り替えの良さが警備隊長へと就任できた一因でもあった。

 新人なので黙っていたミーシャはふと『真田』の腰に見慣れない剣を差している事に気付いた。朝別れた時にはなかったものだった。


 「タクトさん。腰に差している剣はなんですか? 私達が持っている物とは違うように見えますが」


 ミーシャの一言に周囲の視線が真田が帯刀している日本刀へと視線が注がれた。

 

 「これですか。これは日本刀という剣の一種ですね。オルセンさんが差している剣が叩き切るというのに対して。これは純粋に切る事に特化した片刃の剣ですね」


 『真田』は専用のベルトから日本刀を外して、皆に見えるように説明をした。その際、アシュトンは何故か玩具を前にした子供のように顔を輝かして聞いていた。


 「確かタクトさんが居た所は二ホンと言っていましたね。それが何か関係あるのですか?」


 「ええ。この剣は日本で使われていた剣ですから、だからこの剣は日本刀と言うのです」


 「そうなんですか。‥‥‥それって見せて貰う事は出来ますか。片刃の剣なんて初めて見ます」


 警備隊員として剣も扱うので、『真田』の刀の説明を聞いている内に興味が湧いたらしく、ミーシャは未知の玩具を前にした子供のように好奇心を瞳に宿らせていた。

 それは後ろで聞いていたアシュトン達も同様だった。態度に差が出るが未知の物『刀』へはミーシャと同様に好奇心を孕ませた視線を向けていた。

 『真田』は首を横に振って、きっぱりと否定した。


 「それは無理ですね。この刀の『属性』はあなた達エルフ族の『特性』と相性が悪いので、刀身を見せられないです」


 『真田』の言わんとする事がいまいち分かっていないのか、ミーシャは如何にも腑に落ちない顔となった。

 後ろで聞いていたアシュトン達も、近くの者同士で『真田』が言った意味を理解できずに、困惑していた。


 「あなた達が人間だったら何の問題も無いのですが、エルフや他の種族になると問題が発生しますから、この刀は見せられないですね」


 『真田』が言葉を発するたびにミーシャの眉間の皺は益々険しくなっていった。

 『真田』は専用のベルトに刀を直すと、アシュトンの方を向いた。


 「最初に言った通り、一部の奴らが敵討ちと引き返してくるやもしれませんから、私は此の儘この場所で待機しています」


 「それ位だったら俺達でも対処できるから問題は無いが、今の俺に君に命令できる権限が無い上に、君は私達とは別系統の命令で動いているからな。君の好きなようにするといい」

 そう言うとアシュトンは森の奥にある本営へと部下数人を引き連れて戻って行った。

 ミーシャはペコリと頭を下げると、自分の持ち場へと戻って行った。

 『真田』はミーシャ達を見送りアウクシリアを亜空間に直すと、近くにあった樹を背凭れにして地面に座った。

 今の季節に相応しい冷たく澄んだ陽光が、勝者である『真田』をスポットライトのように照らし、少し冷たい風が『真田』の汗を拭うタオルのように身体に当たっていた。



 「暇だわ」

 水のように澄んだ秋の空の下、サガム特製の保存食で簡単な朝食を終え、樹に背中を預けて座るアシュリーが過ごした数日間の全てをその一言が物語っていた。

 『真田』とテラン王国軍が最後に激突してから数日、当初の懸念にあったテラン王国軍が引き返してくる事や一部が暴走して敵討ちとくる事は無く、時偶に兵士が流した血に誘われて狼系の魔物が草原をうろつくぐらいで、何事も無く平穏に時間が過ぎて行った。

 現状視察という名目で来たダーナが自分の知らない魔術を行使する『真田』に、誘い文句たっぷりに自分の里に来ないかと誘って、それを見ていたミーシャが必死になって妨害していたり。『真田』が持っていたのコーヒーで保存食の英国の伝統衣装を着たバグバイプを持っている男性の絵柄の缶に入っているクッキーを食べたりなど一切なかった。

普段から詰所の食堂を預かる身として、腹を空かせた元後輩達を満足させ飽きさせないように料理の研究を行いながらも、日々後進の育成をしていたので、この様に纏まって休む事は無かったので、暇の潰し方を出来ないでいた。


「そうですね」


『真田』が何度目ともアシュリーの愚痴に律儀に合の手を入れていた。

少し離れた木の根元で座っている『真田』は目と瞑っていた。

ただ目を瞑っている訳では無く、監視用の魔術『ヴァッヘ』から送られてくるテラン王国軍の動向を注視していた。

『真田』によって敗退したテラン王国軍は一番近い砦から王都までの街道を進軍していた。

その数は約85%にまで減っていた。見切りをつけて付いて行けなくなった兵士を中心に、大多数の脱走者が数日間で出たからだ。

最初はヴァッヘを使ってテラン王国軍と戦った草原を中心に残存兵が居ないか探っていたがそれも杞憂に終わり、後はテラン王国軍がどこまで行ったのか監視をするのが殆どだった。

距離的に考えてもう引き返す事は無いだろうと判断し、『真田』は監視用の魔術『ヴァッヘ』を解いた。それと同時に、上空8,000mの高さに居た青白い半透明の『真田』は音も無く消えた。

ヴァッヘを解いた『真田』は脳に響く『ささやき』が無くなった事に解放感を覚え、疲れていない筈なのだが思わず背筋を伸ばした。

アシュリーはそんな『真田』を不審者を見るような疑わしい目で見ていた。


「偶にだけど。サナダ君って、何もしていないように見えて何かに没頭しているような時があるよね。何をしているの?」


『真田』はどう答えたらいいか迷った。

正直に監視魔術ヴァッヘでテラン王国軍を監視していたと話してもいいのだが、それだとややこしい事態になると思ったので、当たり障りの無い事を話す事にした。


「これが終わったらどうしようかと考えていたんですよ。基本的に私は無職なので、お金を稼ぐにはどうしようかと」


切実そうに話す『真田』に、アシュリーは何処か納得した顔となった。


「君には剣の才能があるから、冒険者はどう? ミーシャちゃんから聞いたと思うけど、人間達は普通の人には対処できない事を専門的に扱う冒険者というのが居るらしいわ。それならどうかしら。‥‥‥言っておくけど他の冒険者のように神樹を狙うような事はしないでね。もし君が神樹を狙ったら私達には対処する方法が無いから」

 

 釘を差すような強い言葉に真田は曖昧な笑みを浮かべた。

 アシュリーが二の句を告ごうと口を開けるが、それは後方からの言葉によって遮られた。


 「わざわざ人間の国に行かなくても、サガムで警備隊の職につけばいいじゃないですか」


 後方から聞こえた声に、反射的に『真田』とアシュリーは弾かれたバネのような勢いで、声が聞こえた方へと視線を向けた。

 そこにはミーシャが立っていた。


 「森の危機を救ったタクトさんなら誰も反対する人は居ないですよ。寧ろ里の皆から歓迎されますよ」


 近付きながらそう自信満々に言うミーシャが言うが、聞いていたアシュリーは何か重大な懸念事項でもあるかのように表情を曇らせていた。


 「歓迎ね‥‥‥」


 一見何の問題もなさそうな事に何故そんな燻しがるか、ミーシャは理解出来ず顔を顰めた。

 場の雰囲気があらぬ方向へと行きそうと感じ取った『真田』は、意識的に明るい口調でミーシャに話しかけた。


 「オルセンさん。何か用があってこっちに来たんじゃないのですか」


 『真田』からの指摘に何かを思い出したのか、ハッとなった。


 「すっかり忘れていました。タクトさん、アシュトン隊長から伝言です。偵察用の鳥からテラン王国軍は近くの砦から王都に向けて出発したのを確認し、周囲に残存兵も確認できないので、此方は先発隊を含めた一部の部隊をサガムに帰還させるが、君はどうする。今直ぐサガムへと戻ってもいいが、此の儘最後まで残っても大丈夫だ。君の意思を最大限に尊重する。と言うらしいですけど、タクトさんどうされますか」


 「えっ、戻ってもいいの? じゃあ戻ります」


 『真田』のあまりのあっさりとした判断に、後ろで聞いていたアシュリーが面を喰らって目を白黒させていた。


 「いや此処はもう少し考える所でしょ。そんなあっさりと決めちゃっていいの!?」


 困惑するアシュリーの指摘に、『真田』は困った表情をして後頭部を掻いていた。


 「そうは言われても、私がテラン王国軍を追い返した後、何かありましたか。何もなくて2人で1日中、樹の根元で座っていただけですよね。それにあまりに暇だから、手合せをしようと言ってきたのはアシュリーさんだった筈ですよ」


 『真田』があっさりと帰る事へ決めた一因が自分にある事を指摘されて、その時の事を思い出してアシュリーは言葉に詰まった。

 此の儘話しても勝ち目がないと考えたのかアシュリーはミーシャに向かって。


 「ミーシャちゃんは先発隊だから、サガムへと帰るんでしょ。私達はこのまま帰るけど、一緒に帰らない?」


 「えっ、いいんですか!?」


 それはミーシャにとって思いもよらない提案であった。


 「もちろんよ。そうよね、サナダ君」


 『真田』が少し戸惑いながら頷くのを見ると、ミーシャは嬉しさのあまりに叫びたい衝動に駆られたが何とか抑え込んだ。

 行きと同様に帰りもまた別々に行動するんだなと考えていたからだ。

 ミーシャとしては行きも一緒に行きたかったのだが、緊急性が高かったので自分の意思を飲み込んで『真田』とアシュリーを見送った。一刻も早く『真田』と合流したかったから、アシュトンに無理を言って先発隊のメンバーに入れてもらった。 その後、顔見知りという事でエルフ側の連絡役として度々何か理由を付けて、『真田』の傍に居るようにした。

 ミーシャにとっては『真田』の傍にいる事が、自分の中の優先事項として徐々に高まって来ていた。

 そんな折にアシュリーからの『真田』と一緒に帰らないかという提案は、ミーシャにとっては福音そのものだった。

 ミーシャが嬉しさに身を任せていると、ある懸念が生まれて来た。


 「アシュトン隊長が許してくれますか。あまり勝手な事をしていると迷惑に」


 「大丈夫、大丈夫。アシュトンには私から言うからミーシャちゃんは気にしなくてもいいから。‥‥‥それに我が儘を通す方法もちゃんと考えているわ」


 ニヤリと悪だくみを考えている人特有の気味の悪い笑顔をアシュリーは浮かべた。

 そんなアシュリーにミーシャは一抹の不安を感じていた。


 「じゃあ私は自分の荷物纏めてきます。集合場所は此処でいいですか」


 「うにゃ。私とサナダ君はアシュトンがいる本営の所に行くから、ミーシャちゃんもそこに来て」


 「わかりました」


 ミーシャは軽くお辞儀をすると振り返り、嬉しさに頬をだらしなく緩め、踊るような軽い足取りで自分の持ち場へと戻って行った。

 『真田』は楽しそうに歩くミーシャの後姿を見て。


 「あんなに楽しそうにしているとは。余程アシュリーさんと帰るのが嬉しいのですね」

 至極真面目な『真田』の一言に、アシュリーは何を言っているだこの男はと、雷に打たれたかのような驚愕の目で見ていた。しかし、直ぐに疲れたかのように肩を落とすと、地獄の底に届きそうな溜め息を盛大に吐いた。


 「ミーシャちゃんが可哀想だよ」


 そう小さく呟くとアシュトンが居る本営の所へと、アシュリーは錘が付いているような重い足取りで向かった。

 トボトボと歩くアシュリーの後姿を『真田』は、首を傾げながらも置いて行かれないように後に続いた。


 アシュトンがいる本営の場所は人が出入りしやすいように、陽光が大量に差し込む少し開けた場所だった。

 テラン王国が使っていたテントと似たような、丈夫な布製の白い六角形のテントだった。違うとすればテラン王国のは鉄の骨組みによって自立できるタイプだが、 エルフのは周囲の木に白い太い糸を括り付けて吊るすタイプだった。

 森での道幅の狭さや1度に輸送できる物資の量を増やそうとした結果、エルフが使うテントは総じて吊るすタイプのテントとなった。


 「まあ、それぐらいだったら別に大丈夫ですけど」


 テントの前でアシュリーから事の経緯を聞いたアシュトンの返答は何処か気の抜けたものだった。

 アシュトンがテントの中で他の里の隊長達と帰還させる部隊とその穴を埋める部隊の配置転換について協議していた所、アシュリーがテントの中に入って来てアシュトンに外に出るように言うとアシュトンはアシュリーと共にテントの外に出た。

 ここにきて森を揺るがす程の重大な案件が発生したのかと緊張感を持ってアシュリーの言葉を聞いていたが、ただ今からサガムへと戻る事とそれに伴ってミーシャを連れて帰るという事だった。

 自分の予想した事と違った事に安堵と、別にそれ位の事をわざわざ言いに来なくてもと少しの面倒臭さが半々だった。

 

 「ミーシャが乗って来た馬は先発隊か俺が帰る時にでも、一緒に連れて行きます」


 「お願いね」


 アシュトンは真剣な表情でアシュリーの横に立っている『真田』に視線をずらした。


 「サナダ君。今回はありがとな。君のおかげで今回は誰一人も犠牲を出さずに作戦は終われそうだ。本作戦を指揮する者として、森に住む住人としても礼を言う」


 「いえいえ。此方としても良い運動が出来たので、助かりました」


 「あの軍勢を相手に運動程度ですませるとは、いやはや君の実力の底が知れないな。このままサガムに残って、俺達に戦闘指導をしてほしいぐらいだ」


 アシュトンが心底残念そうにサガムに居られない『真田』に愚痴をこぼしていると、樹の奥から両肩に隊からの支給品の茶色の布製の簡易荷物入れと弓と弓矢を入れる筒箱をからったミーシャが歩いて来ていた。


 歩いてくるミーシャに何かが足りないと気付いたアシュリーは。


 「ミーシャちゃん。馬はどうしたの?」


 「馬は他の隊員の人にサガムまで持っていてもらうように頼みました」


 「そう。それはよかったね」


 おつかいを成功させた妹を見るような目でアシュリーは微笑んだ。

 ミーシャの準備が完了した事を見ると、『真田』はノーシェバッカスを発動させ、亜空間に右腕を突っ込み、右腕を動かして、何かを探していた。

 いきなり『真田』の右腕半分が消失したように見えたミーシャ達は口を半開きにして、そのまま立ち尽くしていた。

 アシュトン以外は食堂に冷蔵箱を設置の時に見た事があるが、あの時は物が出て来るようにしただけなので、『真田』が直接取る所を見たのは今回が初めてで。思わぬ光景を目にして驚いていた。

 そんな周囲の様子を他所に『真田』は目当ての物を見つけたのか、晴れやかな顔となった。

 何かを持ち上げるように右腕を動かすと、何も無かった虚空から幾重にも巻かれた分厚い赤い布が出て来た。

 『真田』は人が居ない所を狙って、何重にも巻かれた分厚い赤い布を投げるように広げた。

 赤い布はそのまま引力に引かれてそのまま地面に落ちると思われたが、『真田』の膝の位置で停止し、下で支えられているんじゃないかと思わせるようにその位置に止まっていた。

 分厚い赤い布は、絨毯だった。

 縦2.5m、横5mの長方形の最高級のシルク製の赤い絨毯で、青や茶、黄色といった様々な色の糸が隙間なく、かといって煩雑している訳では無かった。デザインとして計算された位置に幾何学模様を編み込んでいた。また機械で大量生産品のような物では無く、熟練の職人が丁寧に1本1本編み込んでいる事が分かる美術品と言っても過言では無い物だった。

 アシュリー達は空に浮かぶ高級感漂う赤い絨毯を、興味津々といった感じで、食い入るようにまじまじと見ていた。

 アシュリー達は初めて見る赤い絨毯の模様に美術的センスを刺激されたのか、それとも何の支えも無しい浮かんでいる事に一抹の恐怖を感じているのか。それともその両方なのか。

 『真田』は触って赤い絨毯の感触を確かめると、自分の思った通りだったのか満足気だった。

 『真田』はミーシャの方を向くと、まるで淑女をダンスに誘う紳士のような動作で。


 「オルセンさん、準備が出来ましたので。どうぞ」


 「ええ」


 ミーシャは大舞台で初主演をする俳優のような非常にぎこちない動きで、赤い絨毯まで行くと、腰かけて汚さないように靴を脱いで絨毯に乗った。

 初めて浮遊物に乗った所為か、ミーシャは何処か落ち着かない様子で両手を絨毯について座っていた。

 それを見ていた『真田』は別に靴は脱がなくてもと思ったが、ミーシャなりの気遣いと考えて敢えて言わなかった。


 「アシュリーさんもどうぞ」


 「わかったわ」


 アシュリーもミーシャ同様に一旦赤い絨毯に腰かけて、靴を脱いで絨毯に乗った。

 一連の光景を見ていたアシュトンは何処か呆れた顔となっていた。


 「サウナといい、今回の戦争といい、その絨毯といい。君の行動は我々の予想を遥か上に行くな」


 『真田』は営業用のいい感じの笑顔を浮かべて、乾いた声ではははと言っていた。


 「これを見た長老のじいさんの驚く顔を見たいが、俺は指揮官として此処に残んなくちゃいけないからな。此処で一旦お別れだ。‥‥‥サナダ君。またな」


 「ええ。またいつの日か」


 『真田』は片手を軽く上げて、ふと感じる淋しさに表情を曇らせて、アシュトンに別れを告げ、ミーシャ達同様に靴を脱いで絨毯に乗った。

 真ん中に座るミーシャ達よりサガム側に胡坐を掻いて座った『真田』は、絨毯を作った時を思いだして、目を細めて懐かしむように触りながら絨毯に魔力を注入していた。

 それに伴い赤い絨毯は空へとゆっくりとした速度で上って行き、周囲の樹木よりも数m高い位置に止まった。

 止まっていた赤い絨毯は『真田』がサガムを見据えると、サガムに向かって人が1秒間に歩く速度で動き始めていたが、徐々に加速度を増していき、数分後には最高速度の300kmに到達し、流れる風を刃物で強引に断ち切るように赤い絨毯はサガムへと飛んでいた。

 赤い絨毯に乗っている『真田』達には家など簡単に吹き飛ばす猛烈な台風以上の風に当たり、また車のように背凭れが無い赤い絨毯の上では簡単に吹き飛ばされそうになるはずなのだが。赤い絨毯の周囲には何か『力場』が発生しているのか、時たま『真田』とアシュリーの長い髪が軽く靡く程度に風が吹いていた。

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