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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第3章 人間の国へ
32/65

第31話 人間の国へ

2話目です!!

 各里の戦力の殆どが森で侵略者達に対抗しようと陣形を展開をしていると同様に、各里は残った戦力で街に武装した人員を配置し、万が一アシュトン率いる警備隊が敗れても、侵略者達の魔の手から守れるようにしていた。

 戦力の殆どはその里の警備隊に所属している者達だが、それ以外にも予備兵として一般の男性達が戦力として組み込まれていた。サガムの場合はそれに巫女の護衛部隊が加わり、戦力の厚みが他の里とは格段に違った。

 何時来るやもしれないテラン王国軍の脅威に眠れぬ日が続いていたが、総指揮官のアシュトンから各里にテラン王国軍は撤退したとの旨が伝達用の鳥から持たされると。里の厳戒態勢は解かれ、予備兵力の一般の人々は装備を解き、剣や弓を持っていた手で避難所へと避難していた自分にとって大切な者達とお互いの無事を確認し合い、徐々にではあるが普段の生活に戻っていった。

 しかし表面上は落ち着いているように見えるが、突き刺すかのような張り詰めた緊張感が各里を覆い、何かの拍子で爆発しそうな危うさがあった。

 赤い絨毯を操作していた真田は、此の儘サガムへと入ると余計な事態を招くと考え、一旦サガムの裏側に回り、周囲を囲む樹の塀を超えて、人目を避けるように歩いて長老の家に向かっていた。

 そんな腰に日本刀を帯刀し、白の長袖に青のズボンを穿いている黒髪の真田の後姿を何処か呆れた様子で見下ろし(・・・・)ていた。


 「そんな人目を気にしなくてもいいのに、別に何か悪い事をしたんじゃないんだから」


 「そうですよ。堂々と門から入っていいんですよ。森の危機を救った英雄の帰還ですから」


 同調するかのようなミーシャの言葉に、真田は急にその歩みを止めた。


 「英雄ですか。そんなものには今直ぐにでもドブに捨てますよ」


 吐き捨てるかのような声色に、アシュリー達は一瞬固まった。

 真田は呆然と固まっているミーシャ達を尻目に、長老の家へと向かった。


 真田が人目に付かないように移動したおかげか、それとも住人達の意識がサガム唯一の出入り口である門の方へと向いていたおかげか、その両方なのかは分からないが、人目に付く事無く長老の家の近くまで到着すると、真田は長老の家から出て行く一団を見かけた。

 白の長袖のワンピースを着ている世話役の女性を先頭に、神樹カドモニアの巫女である所々に金の刺繍が入った上質な絹のロープを着ているソフィアと、その警護ついている隊長であるジェラルドと2名の護衛隊員が出て来るのを見えた。

 真田は内心面倒な人達と会ったなと溜め息を吐いた。

 ジェラルドは予定通りに神殿に行こうとしたが、ふと気配を感じてその方を向くと、アシュリーとミーシャが立っている事に気付いた。


 「おお、アシュリーさん。任務ご苦労様です」


 ジェラルドからの労いの言葉に、アシュリーが苦笑するしかなかった。


 「任務と言う任務では無かったわ。サナダ君が勝手に動いて解決しただけだから、私は他の人達との折衝が主だったわ。疲れなんてないわ」

 

 ソフィアは数日間を振り返えるアシュリーの言葉を聞きながら、何かを探すかのように周囲に視線を彷徨わせていた。

 気付いたジェラルドは怪訝な表情をして。


 「どうしたのですか、ソフィア様」


 ソフィアは聞いたジェラルドには向かず、同じく怪訝な表情をしているアシュリーに、少し不安に震えている声で。


 「ねぇアシュリー。タクトさんはどうしたの」


 「サナダ君ですか、それなら私の隣に‥‥‥」


 アシュリーは真田が居ると思っている方へと視線を向けたが、そこには真田では無くミーシャが立っていた。


 「ミーシャちゃん。サナダ君、知らない」


 言われたミーシャはようやく自分の近くに真田が居ない事に気付き、驚きを孕んだ視線を周囲に巡らせるが、真田の姿を捉える事は無かった。

 真田の突拍子の無い行動に、アシュリーはなにやってんだかと、重い溜め息を吐かざる得なかった。


 アシュリーたちから姿を消した真田は、長老の家の屋根を音をたてずに移動していた。

 屋根から長老の気配を探って、その目的地へと向かっていた。

 屋根の端まで行き、下の木の欄干(らんかん)へと足を下ろすと、木のロッキングチェアでゆらゆら揺られながら気持ちよさそうに、日光浴をしている長老が見えた。

 長老はささやかなひと時を邪魔した欄干に腰かける真田に、切れ長の険のある目で睨んでいた。


 「玄関から入らず、盗賊のように屋根をつたって無遠慮に人の家に入るような無礼者を、儂は招待した覚えは無いぞ」

 

 聞く者に強制的に背筋を伸ばさせるような迫力に満ちた低い声に、真田は面白そうに薄く笑っていた。


 「神樹カドモニアに登ってしまうような大罪人ですから。仕方が無いですよ」


 真田の言葉に納得したのか、長老は徐々に表情を和らげた。

 

 「それもそうか。‥‥‥で、一体何の用じゃ」


 「侵攻して来たテラン王国軍を追い返したとの報告と、没収している黒の財布を返していただきたいのです」


 長老は聞きなれない言葉に顎に手を当て、目を瞑って沈殿する記憶の中から該当する物を探し、思い出したのか瞼が開けられた。


 「ああ、あの不思議な形の革の財布か。それならば、儂の執務室に置いてある」


 「それはどこにありますか。言ってくれれば、私が自分で取りに行きますよ」


 「まあ待ちなさい。サガムや他の里との重要な情報が詰まっている執務室に、部外者である君に入らす訳にはいかない。部下がもうすぐ戻ってくるから、それまで待ってなさい」


 自分では取りに行こうとしない長老に、どうしようもないなと真田は内心鉛のような重い溜め息を吐いた。


 「別に意地悪で言っている訳では無い。君と少し話がしたいなと思ってな」


 「話?」


 長老は真剣な表情で小さく頷いた。


 「それはじゃな‥‥‥」


 ゆっくりとした重大な会議に臨むかのような真剣な物言いが続くかと思われたが、突然聞こえて来た無遠慮に床を叩くような足音に、遮られた。

 長老は聞こえて来た足音に頭を抱え、真田はその様子を悪戯少年のように破顔させていた。

 足音が大きくなるにつれ、複数の人影が見えて来た。

 それはソフィアとミーシャだった。2人は居なくなった真田を探しにここまで来たのだ。

 その後ろからジェラルドとミーシャが此方へと向かっていた。


 「もう、此処に居たんですかタクトさん。探したんですよ!!」


 「そうですよ。急に居なくなるから心配したんですから!!」


 ソフィアとミーシャが如何に自分が心配した事を表情を交えて伝えようとするが。

 すみません。今度から気を付けますよ」


 当の本人である真田は涼しい顔をして、ニヤニヤと意地悪な頬笑みを浮かべていた。

 反省の色も見えず逆に自分達が心配するのを楽しんでいるかのような節に、ソフィアとミーシャは少しカチンときたのか、真田を見る目が険しくなってきた。

 ソフィアは真田を少し反省させようと、きつい言葉を浴びせようと口を開こうとしたが、


 「ソフィア様!」


 長老の鋭く威厳に満ちた声に、ソフィアは反射的に口を噤ぎ驚いた表情で長老を見ていた。

 その表情は何で自分が怒られたのか分からないという顔だった。


 「今は私が彼と話しているのです。お話があるのなら、後でお願いいたします」


 「え、ええ」


 勢いが削がれたソフィアは借りて来た猫のように大人しくなった。


 「さて話が逸れたが、そろそろ聞かせてもらおうか。君がサガムに潜入した目的を」


 長老の言葉に傍で聞いていたソフィアとミーシャは何を言っているのだろうと、特大のクエッションマークが浮かんだ。

 その後ろで聞いていたアシュリーとジェラルドは、固い表情のまま黙って聞いていた。

 真田は表情を変えず、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべたままだった。


 「潜入だなんて人聞きが悪いですね。私は聖域でジェラルドさんに倒されて‥‥‥」


 「聖域でのサーベルベアーの討伐」


 昔話を語りだすかのような長老の重厚な口調に、真田の表情は固まった。


 「魔法を使えない状況でのカヌスウルフの討伐。大量誘拐未遂事件の解決。そして今回のテラン王国軍を単独での撃退。全てを見ている訳では無いが、どれも並の者では到底解決不可能なものばかりじゃ。それらから導き出される事は君は儂たちでは手に余る存在という事じゃ。そんなものがジェラルドに倒される筈がない。これは何か目的があって潜入したと考えるのが自然じゃ」


 長老の一切の感情を無視した里の将来に大きく関わる交渉を行っているかのような事務的な口調に、真田は表情を変えず極めて平素の声で。


 「‥‥‥いつ(・・)から気付きましたか」


 「疑念は君と会った時から。確信を持てたのは大量誘拐未遂事件の後じゃ。あのような状況で誰一人と傷つけずに解決するなど、信じがたい事を君はしでかしたのだからな」


 長老の確信に満ちた突き刺すような威厳のある声に、観念したのか真田は露骨に肩を落として、地獄の底に届きそうな重い溜め息を盛大に吐いた。


 「何時かは見破られるとは思っていたけど、予想以上に早かったな。やっぱり慣れない事はするもんじゃないな。腹芸では長老には敵いませんね」


 真田は今の状況を楽しむかのように笑みを浮かべた。


 「確かに私はある目的を持って、サガムに潜入しました。‥‥‥それはこの地域及び周辺に関する情報の取得です」


 「情報の取得じゃと?」


 長老は眉を深く顰め、怪訝な視線で真田を見ていた。


 「私は最初に会った時に言いましたよね。私は自分でも気づかない内に聖域に連れて来られたと。ですから此処が何処で、周囲には何があって、どのような人達が住んでいるのか、全くわからない状態でしたから。生活する上でどうしても情報が欲しかったのです」


 「だから、言葉が通じる儂らの所に潜り込んだのか。だが、危険な賭けだった筈じゃ。君は神樹に登った罪で死刑になったかもしれないというのに」


 真田の空腹になったから食事でもするかのような軽い口調で。


 「そこら辺は刑の執行日前日に暴れて、逃走していたかもしれませんね」


 長老は自分達では手に余る真田が暴れてサガムが壊滅状態にまで追い込まれた時の映像が、まるで直接見たかのように脳裏に鮮明に映った。そしてあの時巫女から減刑の嘆願があったとはいえ、死刑を執行せずに本当い良かったと心の底から思った。


 「さ、さっきから。な、何を言っているんですか、タクトさん」


 真田と長老のやり取りを間近で聞いていたソフィアとミーシャは、鈍器で思いっ切り頭を殴られたかのような衝撃を受けて、呆然としていた。


 「何って、私がサガムに潜入した目的を話しているだけですけど」


 「せ、潜入だなんて嘘ですよね。そうですよね、タクトさん」


 巫女に相応しくない絶望の淵に立たされた敬虔な信徒が神に縋るかのような、か細いソフィアの声が真田の耳に届いた。

 否定してほしかった。

 ただそれだけだった。ソフィアにとって真田がどれぐらい実力のある持ち主だろうか。真田が一体何者なのかは実際にはどうでも良かった。真田が凶悪な犯罪者だろうと里の皆が反対してもソフィアは受け入れるつもりだった。

 そうでもしなければ、自分を支えるものが真っ二つに折れてしまうかもしれないと思いがあった。

 それは隣で聞いていたミーシャも同様だった。呆然とし、心が大きく揺らいでした。

 だが、真田の口調は風鈴を風が鳴らすかのような軽いものだった。


 「嘘を言ってどうするんですか。第一考えても下さいよ。人の事情を考慮せずに一方的に自分たちの理屈を押し付けて、罪人として仕立てあげる民族に誰が好意的な感情が持ちますか。反感を持つのは当たり前でしょ。だから私は利用しようと考えたのです。この森から脱した後の事を考えて」


 「じゃ、じゃあ‥‥‥」


 ミーシャは受けた衝撃で身体の芯まで揺らぎ、弦を震わすかのような声で。


 「私に色々なお話を教えてくれたのは」


 「一方的に聞いていたら、疑念が発生してしまう可能性が否定できません。教えてくれた代わりに、知らなさそうな話を教えたら興味は話の方に向きますので、私に関する疑念に意識を意図的に向けさせないようにしたんですよ」


 ミーシャは聞いていく内に短い間だったが大切な真田との思い出の映像に、(ひび)が縦横無尽に音を立てて走って行くのが聞こえて来た。


 「そういう意味では、オルセンさんは十分に役に立ちましたよ。ありがとうございます」


 真田は笑顔で言っているが、とても寒々しく、まだ事務的な対応が感情が籠っていると思う程だった。

 その一言が引き金になったのか、罅が入った真田との思い出の映像は音を立てて、ガラスが割れたかのように粉々に砕け散った。

 ミーシャは天井を仰ぎ声にならない悲鳴を上げると、身体中の力が抜けそのまま床に倒れそうになった。

 後ろに立っていたアシュリーが倒れそうになったミーシャの身体を支えた。気絶しているのかピクリとも動かなかった。

 アシュリーは原因である真田を非難する事無く、ただ気絶中のミーシャを労を労うかのように優しく見ていた。

 倒れそうになるミーシャを真田はその場から1歩も動こうとはしなかった。

 それを見てソフィアは心の隅で抱いていた真田が嘘を吐いているのではないかという思いが、一気に吹き飛んでいくのが感じ取れた。

 ソフィアは真田と視線があった瞬間、ビクッ!!と肉食動物を前にした草食動物のように固まった。

 そして同時に戸惑いを感じていた。真田と目を合わせる事に抵抗を感じなかった自分が、こうも簡単に変質してしまったのかと。


 「ソフィア様には感謝の言葉を言う必要性は無いな。危険にさらされそうになったかもしれないからな」


 「えっ!?」


 「何驚いているんですか。首輪をかけようとするのに、自分勝手な理屈を述べてさせまいようとするんですから、内心相当焦りましたよ」


 「だって、命の恩人であるタクトさんが不当な扱いを止めさせようと」


 「それが自分勝手だというんだ」


 聞いた事の無い真田の冷たく突き放すかのような声に、ソフィアは愕然としていた。


 「仮に君の目論見通りになったとしよう。労働刑を科された私は必然的に外に出なくてはならない。首輪をしていない野蛮な人間である私を見て、周囲の人たちは一体どう思う」


 「そ、それは‥‥‥」

(かせ)をされていない罪人を外に出すなんて、上は一体何を考えているのだろう。怖いな。子供達を外で遊ばせてやれないな。‥‥‥そうだ、どうせ神樹カドモニアに登った大罪人だから殺してしまおうと、思うかもしれませんね」


 「そ、そんな事はっ!」


 自分を信じてついて来てくれる里の皆がそんな残虐な事はしないと、ソフィアは大声で否定しようとするが。


 「無いですか」


 真田の氷のような冷たい瞳と射抜くような鋭い言葉に、ソフィアは言葉が詰まった。


 「自分勝手に恐怖を増幅させて、不満を持つ警備部隊の一部とグルになって、私を殺しに来るかもしれないという可能性は無いと」


 ソフィアは否定しようと頭の中で必死に論理を立てるが、受けた衝撃の大きさにまとまらずにいた。


 「だから私は自分の命を守るために強引だったが、自ら首輪を着ける事を選択したのだ。‥‥‥わかったか。君の身勝手な善意の所為で殺されそうになったのかもしれないだぞ!!」


 張り詰めた緊張感が支配する場での真田の怒鳴り散らす声に、ソフィアは恐怖で瞳に怯えの色が宿り全身を小刻みに震わしていた。

 自分が良かれと思っていた事がかえって、真田を危険にさらしたかもしれなかったとの衝撃は凄まじく。また真田から発せられる剝き出しの敵意は、荒事に慣れていないソフィアには毒そのものだった。

 ソフィアにはもう目の前にいる真田は、以前の居るだけで自分を安心させてくれる存在では無く、サーベルベアー等の魔獣と同じようなモノのような錯覚を覚えた。

 耐え切れる限界を超えたソフィアは不意に力が抜け、床に倒れそうになったが、後ろで控えていたジェラルドが、ソフィアの身体を綿を触るかのように優しく支えた。


 「大丈夫ですか。ソフィア様」


 「え、ええ。ありがとうジェラルド」


 礼を言うソフィアの声は、やっと聞こえるか聞こえない程の声だった。

 普段のソフィアからは想像できないものだった。それだけ真田から受けたショックが大きい事を物語っていた。


 「長老。ソフィア様は連日の疲れが出たみたいなので、神殿に戻ります」


 「うむ」

 

 ジェラルドは重篤な病人を支える看護婦のように、ソフィアを優しく支え立ち上げさせると、玄関の方へと向かった。

 アシュリーは気絶しているミーシャを横抱きにして、ジェラルドの後に続こうとしたが。


 「あれ? オルセンさんをそのようにしたのに何も言わないのですか」


 背後から飛んで来た言葉に、アシュリーは足を止めて真田の方へと振り返った。

 怒ってるとの真田の予想に反し、春の日差しのように穏やかな表情をしていた。


 「怒っていない訳じゃないわ。ただミーシャちゃんやソフィア様には悪いけど、世の中には善意だけではどうしようもないという事があるという事を知って欲しかったから、今回に関しては君に何か言う事は無いわ。それは長老も同じようだし」


 アシュリーはチラッと横目でロッキングチェアに座っている長老を見た。長老は素知らぬ顔で明後日の方を見ていた。


 「あらら、知らずの内に利用されていたのですか」


 「ただ」


 真田を見るアシュリーの瞳は身を焦がすかのような怒りが宿り、目つきも獲物を狙う鷹のように鋭い。獰猛なサーベルベアーが逃げてしまう程の威圧感が部屋を支配していた。


 「2度目は無いと思いなさい。もしあるようだったら私の命に代えても、君を地獄に叩き落としてやるわ」


 真田はアシュリーの物理的に肌を突き刺すかのような脅しに、強張った笑みを浮かべた。

 真田に興味を失せたのか潤いが欠けた顔のアシュリーは、そそくさと玄関へと向かって行った。

 それと入れ替わりに長老からの命令で街へと出ていた男性が戻って来た。

 その男性は作戦会議の時に真田に一喝された男性だった。


 「おお、丁度良かった。今から儂の執務室に行って、棚の引き出しに入っている不思議な革の財布を取って来るように」

 

 男性は居る筈がないと思っていた真田が居る事に狼狽していたが、長老からの指示が最優先と大きく頷き、執務室に行こうとしたのだが。


 「それと。『あれ』も持って来てくれ」


 男性は最初は何をさしているのか分からなかったが、思い出したのか「わかりました」と、言って急ぎ早に執務室に向かって行った。


 「長老さん。『あれ』とは?」


 怪訝な表情をして尋ねる真田に、長老は何も言わずただ少年のように破顔させていた。

 数分後、執務室から戻って来た男性の手には真田の黒の折り畳み式の財布と、空気の入れ過ぎで破裂寸前の風船のように容量限界にまで入れられた白い布の袋。中途半端に膨らませた風船のような膨らみを持つ白い布の袋を持って来た。

 男性は黒い財布と白の袋2つをロッキングチェアの近くにある丸い机に置くと、 長老に一礼して部屋に下がった。


 「さっ、受け取ってくれ」


 長老に促されるように欄干から立ち上がった真田は丸い机に置かれた自分の財布をノーシェバッカスで亜空間へと転送した。本来な効率性を考えてジーパンの後ろポケットに直したかったが、ライの電撃の所為で所々に焦げ目が入ってしまい、ジーパンの生地が無いこの世界では修復は不可能と判断し、捨てる事は出来ず亜空間へと収納していた。真田の裁縫技術の低さも一因だったが。

 真田はパンパンに膨れた白い袋の紐を緩め、その中身を見た瞬間、驚きの表情を浮かべた。

 真田が驚くのも無理が無かった。

 袋の中身は、真田が見た事の無い程の大量の陽光に照らされて輝く大小の金貨と銀貨や鈍く光る銅貨が入っていたからだ。

 もう1つの袋を開けると、一番輝くように加工された赤、青、緑、紫といった様々な色の小石サイズからちょっとした石のサイズまである宝石が入っていた。


 「これは‥‥‥」


 予想しなかった物が入っていたので、心の準備が出来ておらず、真田は動揺していた。


 「それはフィルド帝国で流通している硬貨と宝石じゃ。今回の戦争に於ける君の働きに対しての褒賞金じゃ。受け取ってくれ」


 「いや、あなたとの契約では私の刑期を無くすのが成功報酬だった筈です。それを貰った以上、これを受け取る訳にはいきません」


 真田の断固たる拒否の姿勢に長老はほとほと困った表情をした。


 「それもそうなのじゃが。‥‥‥実はその硬貨はデラー一味から没収したものなんじゃ」


 思いがけない名前を聞いて真田の視線は険しくなった。

 今は停止している交易事業のフィルド帝国側の商人だった男だ。ある依頼で巫女であるソフィアを狙い、腕輪型の魔法道具でソフィアの身柄を抑え、手下達は他のエルフを誘拐しようとしたのだが、騒ぎを聞きつけた真田の働きで事無き事を得た。

 

 「巫女様を攫おうとした者達から、没収したものを使いたくは無いと意見が多くてな、倉庫に保管したままなのじゃ。それらもその一部なんじゃ。他の物だったらほとぼりが冷めて転用も出来るのじゃが、それらはサガムでは転用できない物じゃから。ここは倉庫整理を手伝うと意味で貰ってくれないだろうか」


 「‥‥‥なんかいいように押し付けられたような気がしますけど」


 「気のせいじゃ、気のせいじゃ」


 真田の疑念を長老は笑って誤魔化していた。

 とはいえ、真田には先立つものが無かった。黒の財布には日雇いのアルバイトで得た日本銀行券を持っているが、異なるこの世界で通用する訳が無く。役立つとすれば、せいぜい暖を取る時の燃料程度しか役立ちそうになかった。

 ある意味絶望的な真田にとって、長老の提案は砂漠の中にあるオアシのような魅力的な提案だった。


 「(成功報酬は受け取っているから、善意に甘えて追加の報酬を受け取っていいのだろうか)」


 真田は胸の前で腕を組んで、建前と本音の前で心が大きく揺らいでいた。

 天を見上げて唸りながら悩む事、数十秒後、真田は重苦しい溜め息を吐いた。


 「わかりました。長老さんの善意をありがたく頂戴します」

 

 本音に負けた真田は深々と長老に頭を下げて、硬貨や宝石が入った2つの袋を亜空間へと収納した。


 「ところで君はこれからどうするのじゃ」


 「そうですね。フィルド帝国の王都に行ってみようかなと思います。人が多い所だったら、何かしらの仕事があると思いますので」


 「そうか。場所はわかっているのか」


 「こっから西に行った中心部に白い城がある大きな街ですね」


 ある日、ミーシャから聞いた現代だったらまずありえない程のアバウトな帝都の位置を真田は力強く言った。


 「儂も行った事が無いから、詳しい事は言えんが交易事業を始める際に行った者達がそう言っておったのう」


 ロッキングチェアから立ち上がった長老は真田に近付き。


 「遅れたが、この森を守ってくれて感謝している。サガムを治める者として、また森に住む一住人として礼を言う。君が戦ってくれたおかげで誰一人として犠牲を出さずに、戦争が終われたのじゃ」


 「いえ。此方も色々な情報を提供していただき、ありがとうございます。今後の生活に大きく役立ちます」


 真田は長老に礼を述べると、亜空間からアウクシリアを取り出し、グリップを握れる位置に跨って乗り、黒のボタンを押すと、キィィィィィン!!と、甲高い金属音が周囲に鳴り響いた。


 「では」


 「ああ、君にアシュタロテ様の加護があらん事を」


 長老の言葉を背に受けて、真田は水のように澄んだ秋の空へと吸い込まれるように空に飛び立たった。

 そして真田が乗るアウクシリアは帝都ユミルがある西の方向に消え去った。

 地上の長老は少し寂しげな瞳で、目に焼き付けるかのようにじっと見ていた。



 時は少し流れ、テラン王国軍がヴァーグ草原から撤退してから、数週間後。王都ファルサに到着したゲルベルト率いる王国軍は兵力を約半数までに減らしていた。

 撤退してから日が経つにつれ、脱走者が雪だるま式に増えて行ったからだ。

 軍上層部は巡回の兵士を増やすといった対策を講じたが、最低ラインにまで落ちた士気の低さが相俟って、巡回中の兵士が見かけても見て見ぬふりが横行し、はたまたはそれを見た巡回の兵士が一緒になって脱走する事も多数発生していたからだ。

 王都ファルサの中心部、王城ストゥルティに到着したゲルベルトは細々な事は部下に任せて、戦死したエルカナとフェルデンの氷漬けにした遺体が入った棺と共に、国王エドワールが居る玉座の間へと向かった。

 ゲルベルトが居るストゥルティ城の玉座の間は、大理石で出来た部屋は100人が一斉に社交ダンスをしてもまだ余裕がある広さで、その中央を真っ赤な絨毯が正面の玉座に向かって、一分の狂いなく真っ直ぐに伸びていた。

 天井には発光する魔石が組み込まれている複数のシャンデリヤが、同じ大理石の壁や柱を照らし、何の汚れ無い純白な光を照らしていた。

 絨毯を挟んで大勢の近衛兵が並んでいた。ゲルベルトはその間を重い足取りで歩いていた。戦友や守るべき人を失った事の報告する事が気を重くしていた。それに加え、奥に居るストゥルティ城の主によって、自分をどうするか予想がつかない事も一因だった。

 ストゥルティ城の主であるエドワール=ジョクラトル三世夫妻が座る玉座は、部屋の正面にある目線の高さまである一番高い台の上に並んでいた。

 ゲルベルトから向かって右側が国王であるエドワールの玉座で、左側にはジャクリーン王妃が座る玉座となっている。

 本来なら空席である左の玉座にはジャクリーン王妃が座ならなければいけないが、第一子であるエルカナ戦死の訃報を受けて、体調を崩し療養中であった。

 ゲルベルトは絨毯に左膝をつけると、深々と頭を垂れた。

エルカナとフェルデンが入った其々の棺を部下達が丁寧におろし、ゲルベルトと同様に左膝を絨毯につけて頭を垂れた。

 玉座の間を支配する物理的に肌に突き刺すかのような緊張が漂う中、ゲルベルトはその重い口を開いた。

 

 「陛下、ゲルベルト=ブレット。カドモニアの森から帰参致しました」


 エドワールは何も言わず頭を垂れるゲルベルトを、冷たい目で蔑むように見ていた。

 再び玉座の間は無言になった。耳が痛くなるかのような静かさに後ろに控える部下達は激しく鼓動する自分の心音が大きく嫌に耳に付いた。

 ゲルベルト程では無いが、部下達も数々の視線を潜って来た。戦闘に於いて信頼を置く部下達が無力な子供のように身体を小刻みに震わせて、エドワールから発せられる圧迫感に恐怖感を覚えていた。

 氷のような冷たい目のエドワールはゆっくりと口を開けた。


 「敗軍の将が一体私に何の用だ」


 氷のような冷たい言葉がゲルベルトに浴びせられた。


 「わ、私は‥‥‥」


 「貴様からの連絡ではシリー=ハーミットとかいう、銀髪の小僧にエルカナとフェルデンやアイヴァンが討ち取られたらしいな」


 「そ、その通りでございます」


 「で、貴様はどうして此処に居る」


 言葉が発せられた瞬間、玉座の間を支配する雰囲気がガラリと変わった。

 息をする事すら躊躇わせるような見えない何かが重く身体に圧し掛かっていた。

 並んでいる近衛兵たちは額に嫌な汗を流して固唾を飲んで、事の成り行きを見守っていた。


 「フェルデン、アイヴァン等の多くの将兵や我が息子エルカナまで討ち取られて、森に住む出来損ない共に味方をする恥知らずな奴を前にして、何故貴様は何故戦わずのこのこと尻尾を巻いて帰って来た」

 

 頭上から氷水のような冷たい言葉を浴びせるエドワールに、ゲルベルトは石のように固まって奥歯を噛み締めて黙って聞いていた。

 エドワールは顔を真っ赤にして憤然と立ち上がった。


 「貴様の剣は一体何のために存在する。我等の敵を倒す為であろう! それを忘れ、敵を倒さずに王都に帰参するとは、将軍としての誇りは一体何処へやった!!」


 暗黒の刃として突き刺さるエドワールの言葉を、奥歯を噛み締め拳を爪で皮膚を突き刺すかのように硬く握り、小刻みに震えながらゲルベルトは聞いていた。

 遠慮なしに思いの丈をゲルベルトにぶつけて、少し気が晴れたのかエドワールは座り、玉座の間を支配する部下や近衛兵たちに重く圧し掛かっていた圧迫感は霧散した。


 「敵前逃亡に関して処罰を行わなければいけないが、過去に行ったお前の功績を鑑みて、特例の自宅謹慎を命じる。私の命令があるまで家に籠っていろ」


 「陛下の多大な御配慮に感謝いたします」

 断されずに済んだ事に安堵を覚えたが、事実上の引退勧告に慣れ浸しんだ戦場から離れる事に一抹の寂しさを感じながら立ち上がって、エドワールに一礼をしてこの場から去ろうとしたら、エドワールから待つように言われた。


 「お前に見せたい物がある」


 エドワールは純金の心地よい金属音を出す小さい鐘をと、外で控えていたジョクラトル王家に長年仕えている白髪の従者が入って来た。


 「お呼びでしょうか」


 「ゲルベルトに例の物を」


 「かしこまりました。‥‥‥将軍閣下、これを」


 従者からゲルベルトが渡されたのは、ある人物の特徴や人相が描かれている紙だった。


 「陛下、これは‥‥‥」


 「お前からもたらされた情報を元に作成したシリー=ハーミットの手配書だ。1番間近にいたお前から見て、何か不備はあるか」

 

 ゲルベルトは手元にある手配書を見て、感嘆の思いが沸き上がった。

 あの日、ゲルベルトが見た顔と瓜二つだったからだ。

 ゲルベルトは情報を伝える時に、出来るだけ客観的な特徴を伝えていたとはいえ、こうも特徴を捉えている事に驚いていた。

 ゲルベルトは手配書の一番下の捕らえた際に王国が払う賞金額を見て、目を丸くした。


 「陛下。賞金額が5000万ディールというのは、本当でしょうか!?」


 ゲルベルトが驚くのも無理が無かった。ゲルベルトは貴族の出だが、部下には庶民からの出が殆どであり、ある程度は庶民の暮らしというのを理解していた。

 テラン王国に流通しているナイム大金貨10枚でもあれば、数年間は遊んで暮らせ、それが500枚もあれば家族4人が悠々自適に数十年は暮らして生ける額だ。

 それ程までに今回の件を重要視している事の表れであった。


 「これでも私は安いと思っているぐらいだ。何せエルカナとフェルデン、アイヴァンを含めた第一連隊を全滅させた奴だ。我々の本気というの見せてやらんとな」

 

 エドワールの凶暴な笑みを見て、ゲルベルトの脊髄に巨大な針が差し込まれたかのような、強烈で鋭い悪寒が走った。

 草食動物を前にした肉食動物のような笑みにゲルベルトは覚えがあった。数十年前、エドワールがまだ王子だった頃。テラン王国国境線での争いでフェルデンやゲルベルトと共に参戦した際、たった一人で敵対国の万の軍勢を全滅させた時に見せた笑顔と全く同じだった。


 「(シリー=ハーミット。お前はとんでもない人の火を点けてしまったようだな)」

 

 ゲルベルトを含む周囲に居る全員は恐怖心を感じながら、これから起きるであろう大戦が起きる事を確信に近いもので感じていた。

 やっとスタートラインに立ちました。ここまで色々とやり過ぎ感が否めませんが、何はともあれフィルド帝国でタクト君はどういった行動を起こすのでしょう。作者的にも非常に楽しみです。

 まあ、十中八九厄介事なのは既定路線ですが(笑)


誤字脱字矛盾がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。

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